MBAの真価は取得した学位ではなく、「社会の創造と変革」を目指した現場での活躍にある――。グロービス経営大学院では毎年、卒業生の努力・功績を顕彰するために「アルムナイ・アワード」を授与している。今年は、コロナ禍で合宿型勉強会「あすか会議」が開かれなかったため、学生主催によるオンラインの「あさって会議」で授賞式を開催。2020年「変革部門」で受賞したアクサ損害保険の小原奈名絵氏に、MBAの学びをどのように活かしたのかを聞いた。
リーダーになる恐怖を乗り越える
竹内:まずは受賞の感想をお願いします。
小原:社内で喜んでくれる人が多くて驚いています。個人的なことなのであまり社内の人には話していなかったのですが、それこそ社長や執行役員をはじめとして、会社をあげてお祝いしてもらった感じです。こういう賞を女性の私が受賞したことで、社内の女性社員にとって励みになったようです。外部の方に評価していただくことの重みを感じました。
竹内:「あさって会議」での受賞コメントで、たしか「あすか会議に来るときは、アルムナイ・アワードを受賞するときだ」とおっしゃっていましたよね。
小原:同期に近い人たちに「(あすか会議で)ずっと聞いている側でいたら駄目だよね。いつか登壇する側の人間にならないと」と言う人が何人かいました。私も全く同感でした。
私は、2009年にスタートしたIMBA(英語MBAプログラム)の1期生です。アルムナイ・アワードを受賞したのはIMBAでは2人目、変革部門では初めてです。IMBAの卒業生だからこそ外資系企業で重要なポジションに就いて結果を出し、アルムナイ・アワードを受賞するという目標は持っていました。
竹内:これまでのキャリアの中で転機を挙げるとしたら?
小原:転機でいうと、今から5年前。課長から部長になれるかどうかのときでしょうか。「リーダーになりたい」と思う一方で、その覚悟ができませんでした。40代に入ってから、「いつまでも誰かのやりたいことを実現する係でいるのはつまらない」と思い始め、リーダー的ポジションにつく恐怖を乗り越えられました。
竹内:アクサダイレクトの広告宣伝部長になったタイミングの話ですね。このときなぜハードルを乗り越えられたのですか。
小原:女性の場合、課長ぐらいまで、上司の正解を探りにいくとか当てにいく傾向が強いと思います。それはそれで正しいのですが、部長以上になると、過去の事例、誰もがオーケーということから外れていかないとなりません。
例えば、テニスでは相手の取りやすいところにボールを返したら負けてしまいます。相手が取りづらいところに返球するから勝てる。そういうギリギリのラインを狙うといったマインドセットがあるかどうかは結構大きいと思います。私の場合、2014年頃、『大人の女はどう働くか?』という本を読んで、そういうマインドセットを学びました。この本が、私のキャリアを変えたくれた。ちなみに、この本を紹介してくれたのはグロービスの同窓生です。
せっかくの知見を使わないのは非効率
竹内:そもそもグロービスで学ぼうと思ったきっかけは。
小原:10年以上前、当時勤務していたアリコジャパン(現メットライフ生命)でトランスフォーメーションプロジェクトがあり、リーダーのアシスタントとしてチームに加わりました。いわゆる変革プロジェクトでしたが、結果としてうまくいきませんでした。
ちょうどその頃、単科で「組織行動とリーダーシップ」の講座を受けていました。そのクラスでジョン・コッターの「変革8段階のプロセス」を知ったとき、私が体験してきたことがそこに全部書いてありました。「もしこれを知っていたら(プロジェクトの)結果が違ったかもしれない。世の中にはさまざまな知見がある。それをうまく取り込んでいかないと進歩しないし、非効率だ」と思いました。それがIMBAを取ろうと思ったきっかけです。
竹内:あえてIMBAに行ったのはなぜですか。英語で学べるからですか。
小原:そうですね。1期生ってなかなかないチャンス。そういう本流ではないところに面白いものは転がっている。できあがったところではなく、新しい、ユニークなものに魅力を感じるタイプです。たしか同期は20人ぐらいだったと思います。
竹内:IMBAで学んだことで、役立っていることはありますか。
小原:私はずっと外資系企業で働いていますが、やはり発言してなんぼ。7割ぐらいの完成度の意見でも、意見を言わないよりまし。IMBAでは語学のハンデがある中で存在感を示すスキルが鍛えられたと思います。また、自分の専門領域でなくても、経営の視点で何らか意見を言え、貢献ができる。英語に加え、経営の知識は今、かなり役に立っています。
竹内:学びの中で、今でも特に意識していることは何ですか。
小原:自分で結論を出すことです。プレゼンテーションをしたり、レポートを書いたりするときに、絞り込むというプロセスに価値があります。ありがちなのが、オプションを出すところで終わってしまうケース。自分の意思や判断基準、胆力で1つに絞り込む体験をするかしないかで、リーダーとしての迫力が変わってきます。オプションの中からなぜそれを選んだかを説明する擬似体験や訓練ができたことは大きかったですね。実際、仕事の中でも「私はこう思います。なぜならこうです」と意思表明するところで役立っています。
竹内:人的ネットワークの面はいかがですか。
小原:今フェイスブックでも知り合いの知り合いといった感じで、グロービスの同窓生の方々とつながっています。みなさんが発信していることで刺激を受けたり、新しい行動様式を発見したり……、大きな資産だと思っています。実際、グロービス関連からのつながりから、(ほかに比べて)圧倒的に良質な情報を得られています。
私も積極的に発信しなければと思い始め、取り組んでいる仕事や自分の思い、考えていることを伝えるようにしています。すると、直接面識がなかった人ともどんどんつながれる。発信することはかなりレバレッジが効くと思います。
立場が上になればなるほど、オフィスでは悩みを口にしづらくなります。グロービスでのつながりがありがたいのは、社外の似たようなポジションの人や価値観が似ている人に話を聞いてもらえること。それが命綱になっている部分はありますね。
自分の判断で即実行できることが楽しい
竹内:現在の姿は「なりたい自分」になれたという感じなのですか。
小原:そうですね。私なんかにリーダーが務まるのかという不安や葛藤はあって、そうなりたいと思っていることを認められない時期もありましたが、今はすごく楽しく仕事ができています。
楽しく仕事ができているのは、自分の判断で即実行できることが大きいですね。これまでは上司などに同意を取ることに労力かけていましたが、それなりの立場になると、結果さえ出せばよく、誰の承認を得る必要もなく自由に動けます。特に組織づくりと文化づくりは(企業の)差を生み出すと考えていて、その部分を自分の采配で変えられることは充実感があります。
課長から部長、執行役員と昇進する中で「こうだったらもっとよくなるのに」といった組織上の課題にたくさんぶつかってきました。今はそれを一つひとつ、自分で変えてきている感じです。
竹内:次の展開はどんなふうに考えていますか。
小原:なりたい姿というとわりときれいな像をつくってしまうので、それは本当に自分がなりたい姿なのか、世間がなりたい姿を単に取り込んでいるだけなのかがわからなくなってしまうところもあります。自分がやりたいことを行き当たりばったりで見つけていく方向にシフトチェンジしてもいいのかなと最近は思っています。
ましてや、今回のコロナ禍のように、1年前には考えられないようなことが起こるわけで、計画してもそれが完全に塗り替わることが起こり得ます。だったら読めない変化に自分がどう対応していくかに面白みがあるかもしれないと思っています。
竹内:変化が読めないからこそ、しなやかに対応していこうと。
小原:冒険心というニュアンスに近いかもしれません。冒険していると、予測できないことに遭遇するけれど、それが楽しい。そういうポジティブなニュアンスで、これから自分がどんなうれしい驚きにぶち当たって、どう変化してくのかを楽しみに待つぐらいのマインドのほうがいい。これだけ世の中が変わっていく中で悩まなくて済むし、楽しいことが見つけやすいと思います。
竹内:しばしば人生100年時代と喧伝されますが、100年人生の残りの時間をどんなふうに考えていますか。
小原:時間への対価をもらうという仕事の仕方からは卒業していかなければいけないでしょう。また、自分の発信すること、もしくは貢献できること一つひとつの質を高めていかないといけないとも感じています。
うちの会社でも、60代でも最先端のDXプロジェクトのリーダーを任されている人もいます。年齢に関係なく、特定のスキルは陳腐化しないというか、必要とされる。例えば、プロジェクトマネジメントだったり人材の育成だったり、人生経験がものをいう領域は年齢によらず活躍できる場所もあると思います。そういう形で私も関わっていけたらいいなとイメージはしています。
自然にやれていることが強み
竹内:学びに対しては、これまでとこれからで何か違う部分はありますか。
小原:これまでは目先の自分の仕事に役に立つといった方向に行きがちでした。最近はビジネスに限らず、思想的なものや経済学的なものなどにインスピレーションを感じるようになっています。
自分の見てきたスパンが長くなればなるほど、社会や国など大きい単位で物事を見る視点のほうにシフトしていくのでしょう。今後は古典やもっと違うスケールの大きい学びに興味が移っていくと思います。そうした知的なことを吸収する充実感が今後得られそうな感じはしています。
竹内:先の見えないこのコロナ禍の中で、自身のキャリアについて悩んでいるビジネスパーソンに何かアドバイスをいただけますか。
小原:おそらく変化に適応できるかどうかが一番の心配だと思います。こういう時期だからこそ、自分の強みは何かをもっと自覚する必要があるでしょう。強みは自然にやっていることなので、自覚できないことが多い。
普段とは異なる環境で、何か活動をしてみて、自分がどう振る舞っているか、共通点を探ってみると強みが浮き出てきます。「自分はこういうことが自然にやれています」「皆さんの役に立っています」ということまでわかると、それをコアにしてどんな変化が起きてもキャリアはつくっていけると思います。
竹内:今みたいなことは、小原さんはいつ頃から自覚されていたのですか。
小原:割と最近です。ここ1年ぐらいですかね。
竹内:それは何か実体験があったのですか。
小原:そうです。部下の育成をしているときに気づきました。当然ながら一人ひとりで得意なことが違うんですよね。うちの部署では「ストレングスファインダー」という診断を使っているのですが、それをチームのメンバー30人に受けてもらったら「本当にその通りだな」という結果が出ました。
私の場合は戦略性が強い。勝手に3歩先までシナリオを作ったり、いろんなバリエーションのシナリオを用意したりすることを自然にやっています。その人だから自然にやっていることが、結果的に自分のキャリアを構築していく上ですごく助けになるのだなと実感しました。もっと早くそれに気付いていたらよかった。だからみなさんには早く自分の強みを見つけてほしいと思います。
(文=荻島央江)
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