ポテチ一筋の熱血先生物語
落ち込んでいる真面目そうな女子生徒を励まそうとする先生。湖池屋のポテトチップス「リッチコンソメ」味を手に、声をかける。「リッチは英語だ、コンソメはフランス語だ。おかしいよな。自由でいいんだよ。若者はもっと自由でいいんだよ。ほら言ってごらん!」
湖池屋ポテトチップスのCMは、とある中学校を舞台に、ポテチ好きの「コイケ先生」と、生徒や同僚の教師との日常を描くシリーズ。ユーモアたっぷりで、熱く、魅力的なコイケ先生を個性派俳優、阿部サダヲが熱演している。
昨年は放送批評懇談会主催のギャラクシー賞CM部門で優秀賞を受賞、各メディアでも「物語に引き込まれていく」(日本経済新聞)「実在したら記憶に残る先生になるだろう」(読売新聞)など、評価は高い。
実際に売り上げにも反映されているようで、2009年8月7日付日経MJは「売り上げは過去最高を記録、湖池屋ではCM効果が大きいと見ている」と報じている。
同社のCMといえば、「ヒーヒーおばあちゃん」のカラムーチョや、「ポリンキー劇場・三角形の秘密はね」のポリンキー、「ドンタコスったらドンタコス!」のドンタコス、「スコーンスコーンコイケヤスコーン〜♪」のスコーンなど、ユニークなCMは枚挙にいとまがない。
一連のCMと商品の連携は、同社の開発したユニークな商品をさらにユニークなCMで告知して盛り上げるという構図になっており、括弧書きしたように、キャッチコピーやフレーズが極めて分かりやすく、思わず口ずさんでしますのが印象的だった。
しかし、「コイケ先生」は少々様相が違うように思われる。
商品はド定番商品のポテトチップスだ。1962年に湖池屋が全国で初めて量産化に成功した由緒正しい商品であるが、もはや独自性も新規性もないことは明らかである。CMの「コイケ先生」は、従来のオリジナルキャラクターで目をひいたり、印象的なコピーやフレーズで話題をさらうものでもない。コイケ先生を中心とした生徒や教師同士のやりとりを見て、少し考えさせてニヤリと笑わせるタイプの内容だ。からっと分かりやすいというより、どちらかというと少々ネチっこくてクセになるCMだと言える。つまり、「コイケ先生」シリーズは、従来と全く異なる商品とCMの連携パターンを展開しているのである。
なぜだろうか。
コイケ先生は誰に向かって訴えているのか
スナック業界で考えれば、リーダー企業は「カルビー」であろう。板橋区、北区と同じく東京の城北地区に本拠を置く両社であるが、両社の売上げ規模は桁が一つ違う。矢野経済研究所が発表した2007年度の企業別シェア、スナック菓子部門では、カルビーが47.5%、続く湖池屋は11.3%となっている。
湖池屋の戦いは、即ちカルビーとの戦いでもある。コンビニやスーパーの棚では常に両社の商品が競うように並べられる。特にコンビニなどの狭小店舗では、うっかりすると棚自体を失いかねない。そのため、チャレンジャーらしく商品でも、CMでも常にユニークさを前面に出して差別化戦略を徹底しているのだ。
では、「コイケ先生」もカルビーとの戦いのために展開しているのか。店舗の棚を見ると実はそうではないことに気がつく。
今日、コンビニやスーパーの棚を席巻しているのはプライベートブランド(PB)商品である。安さを武器に棚を我が物顔で占領し、湖池屋の商品は隅に追いやられている。まさしく、敵はPB商品なのである。
PB商品対抗のために、「コイケ先生」は消費者にアピールしているのかといえば、実はそれだけでもない。カルビーに比べて二番手メーカーである湖池屋は、うっかりすると本当に店舗の棚から追いやられる危機に瀕している。では、棚を失わないためにはどうしたらいいのか。もちろん消費者が購入してくれることは重要だが、そのためにもまず、棚に並ばねばならない。まずは、小売業者のマーチャンダイザー(MD)が発注してくれることが必須である。また、コンビニであれば、チェーンのMDが仕入れた商品一覧が並ぶ仕入れ端末に表示された画面から、さらに店主に選ばれなければならない。
2009年4月12日付の日経MJに掲載された記事「ヒット分析バイヤー調査」によると、スナック菓子の仕入れを判断する基準の1位は「味」で、2位は「テレビCMなどの広告・宣伝」となっている。
MDもCM展開している商品であれば、消費者からの支持もあると考え発注する気になるだろう。店主もついつい、発注画面をポチッと押す気になるだろう。しかし、「ポテトチップス」自体は定番商品なので、ブームを作って大量に仕入れてもらえるようなことはない。消費者に安定して好感を与え、チャネル関係者の記憶にもネチっこく残って、常に発注してもらえるような効果がCMにも求められる。そこで「コイケ先生」シリーズの出番なのだ。
CM対象になっているポテトチップスのラインナップにも工夫している。独特の味が人気の「マヨポテト」でシリーズが始まった。続いて2作品は定番の「うす塩」を取り上げたが、それ以降は独特のカットを施した「リッチカット」、湖池屋ポテチの真骨頂である「のり塩」、最新のCMは「リッチコンソメ」などを取り上げている。
PB商品のフレーバーはほとんどが「うす塩」か、一部で「しょう油」があるぐらいである。つまり、PB商品にないフレーバーを中心にアピールしてチャネルの棚を確保しようという配慮が伺える。
「CM」と聞くと、「消費者」へ向けてのメッセージと一元的に捉えがちだが、阿部サダヲ扮する「コイケ先生」は流通関係者にも語りかけているのだ。PB商品対抗のため、チャネルプロモーションの重要性はどんどん増している。それは、CMの有り様まで変えていっているのである。