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リスクテイク型思考のすゝめ vol.4 通らない稟議書のワナ

投稿日:2020/10/06

リスクテイク型思考のすゝめ vol.3」では、相手を意識した“刺さる稟議書の書き方”を解説した。コラム連載の最終回となる今回は、更に一歩踏み込んで、稟議書を書き進める過程で陥りがちな状況(或いは、“ワナ”)とその対応策を紹介したい。

これらの“ワナ”は、筆者がグロービス経営大学院や企業研修で事業投資戦略論を中心とする講義を担当してきたなかで寄せられた悩みのうち、TOP3に入るものである。

文末では、“刺さる”稟議書を作成するために最も意識すべきことは何かを説明する。これらを念頭に置くことで、あなたが作成する稟議書の説得力がグッと上がるのではないだろうか。

稟議書作成の過程で陥りがちなワナ①~社内の定例フォーマットにはまらない~

「稟議書」には予め定例化されたフォーマット・形式が存在することが多い。一般には、A4サイズの1枚に、提案内容、案件の趣旨・背景、立案部門から決裁部門に至るまでに関与する関係部門を記した案件決裁ルート(および、各部門の責任者がハンコを押すスペース)などが設定されている。

そのフォーマットでは投資事業の①予測収益額と②投資回収期間の2つの情報だけが求められ、これ以外の情報を説明しても審査部門には響かないという相談を受けることがある。ワナ②にもあるように、稟議書の申請者として案件に没頭するがあまり、自分が主張したい要素に力点を置き過ぎてしまうのではないだろうか。結果として、稟議書の審査が思う様に進まない事にもなりかねず、案件担当者として「自分の思いがストレートに伝わらず、残念、悔しい」という訳だ。

<対応方法>
難しく考えず、まずは必要な情報を過不足なく網羅・回答しよう。その上で、案件の意義や予測収益の振れ幅などを説明すべきだが、大切なのは社内で決められた情報とあなたが主張したいそれの位置関係を説明することである。

ヒトは予想していなかった情報を相手(=あなた)から聞かされると、その情報が自分の聞きたいこととどの様に繋がるのかを探るものである。また、上手く繋がらないと、あなたの説明に耳を傾けなくなることすらある。

従って、あなたの説明内容が稟議書フォーマットで要求される情報カテゴリーを「補足」し、案件の意義やアウトラインを「より明確に」するというキーメッセージを伝えてから、具体的な追加情報を説明することが重要ではなかろうか。

稟議書作成の過程で陥りがちなワナ②~視野狭窄によるリスク分析不足~

あなたが説明すべき「補足」情報のひとつとして様々な“リスク分析”は欠かせないが、時にリスク要素の洗い出し・リストアップが甘くなることがある。無意識のうちに「稟議内容を許可して欲しい」というバイアスがかかることも一因だが、案件に没頭するあまり視野が狭窄してしまい、「自分から見える範囲内の」リスクだけを拾いあげてしまうのかも知れない。

結果として、リスクが発生した際の様々な感度解析の幅が限定的になり、「事業採算分析の踏み込みが足りない」との印象を審査部門に持たれてしまう。結果として、案件審査が進まず、場合によっては稟議書差し戻しなど、事態が後退する展開も少なくない。

<対応策>
対応策は2つある。1つは、出典が明らかなデータ(例:経済産業省が発行している化学製品の過去20年間にわたる市場価格グラフ)や客観的な事実(例:株式市場での日経平均株価の推移)を収集し、それらを反映させたシミュレーション分析をすること。情報がオープン且つパブリックなものは、審査部門に安心感を与える。

「客観的なデータを元に分析すべきことなど当たり前」と思われるかも知れない。が、担当者として案件に没頭すればするほど基本に立ち戻ることをうっかり失念しがちなのである。言うは易し、行うは難し。一旦は案件から離れ頭を冷やすなど、基本動作を確認するための自分なりの方法を持っておくのは重要である。

もう1つは、事業経済性に大きなインパクトを及ぼすリスク因子に目星を付けること。つまり、「目利き力」を高めることである。

この能力は一朝一夕には身に付けることは難しく、ある程度の場数を踏む必要がある。案件や事業特性によるため一概には言えないが、その重要な因子がターゲット市場における製品の市場浸透率なのか、当該事業が生み出す製品の相場価格のバラツキ・ボラティリティーなのか、発電プラントの稼働率なのか、(サブスクリプションモデルでのKPIと言われる)長期契約の解約率(churn rate)なのか。ある程度経験を積むことでセンスの良いリスク要素の洗い出しが可能になる。

稟議書作成の過程で陥りがちなワナ③~多すぎるシナリオ分析~

客観性があり、センスの良いリスク因子の洗い出しができた後は、そのリスクが発現したシナリオを想定しての様々な事業経済性分析(“シナリオ分析”)、或いは、例えばプロジェクトが生産する製品の販売価格が数パーセント上下したシナリオでの事業経済性分析(“感度解析”)を実施するのが定石的なアプローチである。

そこで陥りやすいのは、シナリオ分析をし過ぎることだ。

投資金額が数百億円~数千億円にも上る大型プロジェクトの場合、製品価格が数パーセント下落しただけで、巨額の収益ダメージを被ることも珍しくない。従って、稟議書の立案部門はいきおい複数のシナリオ分析を実施し、プロジェクトの収益の振れ幅を確認したくなるものだ。が、あまりにも多くの数字に触れてしまうと感覚がマヒしてしまい、何をベースケースとして位置付けるべきかがわからなくなってしまう。私はこれを“数字の嵐”と呼んでいる。

<対応策>
相当な覚悟と腹括りが必要だが、シナリオ分析の数はせいぜい5つ程度にまで絞り込む必要がある(そこに至る過程で多くの分析を実施する必要はあるが)。

冷静に考えると、稟議書を作成した後、立案部門の責任者は時には社長を含む複数名の役員に対して稟議説明をする必要がある。その際に、手元の分厚い資料を見ながら説明するのでは迫力に欠けてしまい、場合によっては稟議書に記載された条件で許可されないことも十分にあり得る。

そうならないためには、しっかりと相手の目を見据え、自分の言葉で最後まで説明しきるくらいの熱意が必要である。結果として、シナリオ分析のバリエーションも自ずと3つから5つ程度に絞らざるを得ないのではなかろうか。説明する側も聞く側も、責任を持って判断するには最大でも5通りくらいが限界であり、寧ろ、この限られたシナリオをしっかりと選び、シナリオが都合の悪い方に振れた場合の対応策を2重3重にも練っておくことにエネルギーを注ぎたいと考える。

以上、典型的なワナを3つほど紹介したが、思い当たるふしがあるのではなかろうか。

【コーヒーブレイク 103通りのシナリオ分析】

余談だが、筆者は商社マン時代に3,400億円規模の一大石油化学コンプレックスをインドネシアに建設し、生産される化学製品を日本・アジア諸国向けに長期販売するプロジェクトに携わった経験がある。筆者が勤務していた前職の商社は、このプロジェクトに対して、他社と共同出資、プロジェクトファイナンス(プロジェクト向けの貸付)、プラント建設、20数種類もの石油化学製品を販売するなど多角的に関与していた。

エネルギー資源と同様、石油化学製品の市場価格も変動幅が大きい。そのため、当時の上司の指示で、私は製品毎の価格が色んなパターンで変動することを想定した事業採算シナリオを103通り作成した。案の定(?)、この分析結果を見たその上司は途方に暮れてしまい、「結局、どれが本当のシナリオなのだろうか」と相談された経験がある。

 

“数字なき物語も物語なき数字も意味はない”

4回にわたり、VUCA時代だからこそリスクテイクする姿勢が重要であること、リスクを乗り越えるとあなたも会社も大きな成功を収める可能性があること、そのために、“できるビジネスパーソン”として陥りがちなワナに留意しながら意を伝えるコミュニケーションを身に付ける必要があることを説明してきた。

しかし、先々の予測がしにくい時代にリスクテイクするのは決して易しいことではない。経営者にしてみれば、株主や債権者に対する説明責任(アカウンタビリティー)も問われ、いざという時の資金調達も難航しかねず、場合によっては社員の離職にもつながりかねない。

ビジネスリーダーにとってはこれまで以上に慎重な分析と英断が必要だ。

一方、リスクが少ないビジネスでは大きな収益が見込めず(ローリスク・ローリターン)、また、競争相手に簡単に商権を横取りされるかも知れない。収益面でも競争面でも先細りしかねない時代にあって、リスクを上手くコントロールしながら高い収益を望めるリスクテイク型思考、リスクテイク型案件の実施は一つの有力な選択肢である。

では、リスクテイクという英断をくだすために、大切なことは何だろうか?

「数字なき物語も物語なき数字も意味はない」

キヤノンの御手洗冨士夫氏(当時CEO)がとある経済紙のインタビューに答えた内容だが、私は前述の問いに対するヒントがこの中に秘められていると考える。

御手洗氏が言いたい事は何だろうか。様々な解釈が可能だが、筆者は

「物語」=企業戦略
「数字」=事業経済性

とそれぞれの言葉を置き換えて理解している。

事業経済性を伴わない企業戦略は空虚であり、実行するべきではない。また、経営戦略に裏付けられていない事業経済性は根拠のない数字の遊び、ナンセンスという訳だ。

筆者は更に、

  • リスクテイク型の案件で高い収益を望めるのであれば、それを支える優れた経営戦略が必ず存在するはず
  • 但し、その戦略にはリスクを伴うだろうから、そのリスクをしっかりと分解・分析し、できる限り「見える化」を図るべき

と、拡大解釈している。

つまり、リスクを取るということは漠然とした「不確実性」を飲み込むことではなく、リスクの種類、規模、発生頻度・確率、そしてリスク軽減策(と、そのコスト)などをしっかりと見極めることなのである。

①100%とは言わないが、見える化されたリスクを一つ一つ精査する
②リスクコントロールするための打ち手を考え抜いた上でリスクテイクという英断を下す
③そして競争優位性に優れた経営戦略を実行に移し、リスク見合いながらも高い収益や企業価値向上を実現する

という「繋がりのあるストーリー」を描くことができれば、社内外の関係者に対する説得力がグッと増すのは言うまでもない。

特に、稟議書を作成する様な場面では、「物語と数字の間には整合性があるか。良い物語は素晴らしい数字として表出しているか。良い事業経済性の裏にはロジカルに説明できる物語・理由が存在するのか」。この問いを自問自答し、Yesと回答できるまで思考を深めて欲しい。

あなたが、こうした考え方を日常業務の中に徐々に取り入れ、案件に対する自らの考え方を堂々と論じ、一人でも多くの賛同者を勝ち取り、意を同じくする仲間とチームを組成し、リスクテイク型の案件を実行する“できるビジネスパーソン”に成長することを願ってやまない。

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