アベノミクスが推し進めた「攻めのガバナンス」 ~よくわかる!はじめてのコーポレートガバナンス・vol.3~

前回の記事「ガバナンス強化の背景と問題点、コロナ禍のガバナンス改革」では、日本企業にガバナンス強化が求められる理由として挙げた3つの要因、①日本企業の株主軽視の傾向、②株主と経営者の利益相反関係、③日本経済の長期停滞をふまえ、歴史的経緯とガバナンスの機能不全、資本の生産性が上がらなかった一因が経営者のリスク回避的なマインドにあることを示しました。

今回は、アベノミクスの要請に端緒を開くガバナンス改革の状況とコーポレートガバナンス・コードをざっくりと見た後で、ご自身の会社や取引先・競合の上場企業がどれだけ真剣にガバナンス強化に取組んでいるかを知る方法をご紹介します。ぜひ最後まで、読み進めてみてくださいね。

アベノミクスからの要請

停滞する日本企業の生産性を上げ、グローバル競争に打ち勝って価値を創出し、国内に富を還流させるにはどうすればいいのでしょうか?企業の収益力が強化できれば、株式時価総額の増大だけでなく、雇用機会の拡大、賃金の上昇、税収の自然増、増配等の好循環が期待できます。となれば、まずは企業の収益力をいかに上げていくか?それを投資家に評価してもらい日本株を買い増してもらうには?と考えた国と専門家は、上場企業に対して、最低でもグローバル水準の「ROE8%」を目標にせよという指針を、2014年安倍内閣の「日本再興戦略-JAPAN is BACK-」(*1)の一環として「伊藤レポート」の中で発表しました(*2)。ROEとは資本の生産性を示す指標で、Return On Equity(自己資本利益率)の略です。これが達成できれば、ブルドックソース事件(2007年、ブルドックソースに敵対的買収を仕掛けた米ファンド・スティールパートナーズが、ブルドックソースによる買収防衛策が株主平等原則に反するとして裁判を起こしたが、最高裁でファンド側が敗訴した事件)後、減少傾向にあった海外からの投資マネーを日本に呼び戻すことができ、日本の株式市場が回復する可能性が高まるからです。こうして、官学の共同作業でガバナンスのあるべき姿を策定し、企業経営者と企業の株式を保有する機関投資家に対して、望ましい行動規範を示すことにしたのです。

企業に自律を求めるコーポレートガバナンス・コード

2015年に、株主である機関投資家向けには「スチュワードシップ・コード」が、規律を受ける側の企業向けには「コーポレートガバナンス・コード」(*3)が制定され、ガバナンス強化を後押しする規則が設けられました。

まず、「スチュワードシップ・コード」は、リーマンショック後のイギリスで、短期的な利益を追い求めがちで経営者をきちんと監視して来なかった投資家の行動を改めさせるために2010年に制定されたコードを手本に、日本でも制定されました。みなさんも確定拠出年金(401k)や資産形成のために投資信託をお持ちかもしれません。そういった資金提供者から預かったお金を運用する機関投資家に対して、きちんと投資先企業の経営をモニタリングして、目先のリターンに惑わされずに中長期的な企業価値の向上を果たせそうかを見極めて説明できるようにしておきなさい、といった内容が定められています。

もう一方の「コーポレートガバナンス・コード」では、規律づけを受ける側である経営者の行動規範が定められています。制定後、何度も改訂されていますが、現時点での最新版に準拠して以下に要点をまとめました。

コーポレートガバナンス・コード5つの基本原則

1.株主の権利・平等性の確保
2.株主以外のステークホルダーとの適切な協働
3.適切な情報開示と透明性の確保
4.取締役会等の責務
5.株主との対話

出所)東京証券取引所、「コーポレートガバナンス・コード~会社の持続的な成長と中長期的な企業価値の向上のために~」(2018年6月版)

1.株主平等の原則では、少数株主と外国人株主に対する平等性の確保に懸念があるので、特に配慮するようにと説かれています。公開資料や招集通知は企業の責任で英訳する、政策保有株を持つならその理由を説明する、買収防衛策に頼り過ぎてはいけないなど、細則でこまかく決められています。

2.株主以外の企業関係者との関係については、企業理念や企業文化の醸成、サステイナビリティー、女性活躍の促進や内部通報など、顧客や国・地域社会、従業員との関係づくりについて記されています。

3.情報開示は、財務諸表だけでなく、企業理念や中期経営計画などの非財務情報についても開示するよう求めています。裏を返せば、企業側は、開示できるような経営戦略を策定することが必要になってくるということです。

4.取締役会等の責務については、細則が最もこまかく定められていることから、日本企業の多くが課題を抱えていることがわかります。日本では経営の執行と監視の分離が進まず取締役会が形骸化している企業が見受けられるため、なるべく分離させて機能させましょうという提案があり、さらに取締役の選任や、監査役・社外取締役も含めた機関設計、経営人材のトレーニングについても触れています。

これらを踏まえて、5.の「株主との対話」を具体的に実施しましょう、ということです。

お気づきの方もいらっしゃるかもしれませんが、コーポレートガバナンス・コードは一見、外部の関係者との対話のための決まりごとのように見えて、実際には、企業内部の仕組みを自律的に変革するよう求めています。実務を担うミドル層にとって、もはやガバナンスが雲の上の事ではなくなった理由が、ここにあります。

守りのガバナンスから攻めのガバナンスへ

このようにアベノミクスの要請もあり、日本企業は、コンプライアンスや内部統制を通じて不祥事を未然に防いだり、起きてしまった事へのリスクマネジメントを意味する「守りのガバナンス」から一段視野を広げて、「攻めのガバナンス」と呼ばれる、成長と企業価値向上に重きを置くガバナンス強化に取り組む事を求められるようになりました。

守りのガバナンス:不祥事を未然に防止/有事の際のリスクマネジメント
攻めのガバナンス:経営陣に迅速・果断な意思決定を促し、成長と企業価値向上を目指す

コーポレートガバナンス・コードでは、経営陣に対して、戦略を示し、適切なリスクテイクと迅速・果断な意思決定を支える仕組みを持つことによって、持続的な成長と企業価値向上を実現することを求めています(*4)。法的拘束力はありませんが実質的な上場要件に相当するため、グローバルに活躍する上場企業にとっては、組織ぐるみでガバナンス強化に取り組んだ上で積極的に情報開示することが、株主との対話に向けたはじめの一歩となるのです。

自社や競合の「ガバナンス報告書」を見てみよう

東証に上場する企業のコーポレートガバナンスへの取組みは、コーポレートガバナンス報告書情報サービスで検索し資料をダウンロードすることができます。このガバナンス報告書を見る限り、自社も競合他社も取引先も、上場企業であれば、コーポレートガバナンス・コードが細かく定める諸原則にのっとり、財務情報、企業組織の仕組み、将来への仮説、企業理念にCSR(Corporate Social Responsibility:企業の社会的責任)など、今後その企業が目指していく経済的な価値と理念的な価値(*5)をきちんと説明し、英語での発信も行い、情報開示に取り組んでいることがわかります。

または、会社ホームページの「投資家情報」にある「統合レポート」あるいは「アニュアルレポート」という、有価証券報告書よりも非財務情報をふんだんに盛り込んだ報告書にも、コーポレートガバナンスへの取組みが図解入りで解説されています。コーポレートガバナンス・コードが制定されてから現在までの間に、多くの企業で、経営陣だけでなく実務担当者も含めて、いかに真剣にガバナンス強化に取り組んで来られたかがよくわかります。

次回以降の「よくわかる!はじめてのコーポレートガバナンス」シリーズでは、ガバナンスにまつわる大事件や組織でうまく機能させるコツ、米国型と日本型のちがい、ESG投資等について見ていきます。どうぞお楽しみに。

(*1)首相官邸HP、経済再生審議会「日本再興戦略 改訂 2014-未来への挑戦-」、平成26年6月24日、2020年6月26日アクセス
(*2)経済産業省、伊藤邦雄(一橋大学教授)「持続的成長への競争力とインセンティブ~企業と投資家の望ましい関係構築~プロジェクト(伊藤レポート)」、2020年6月26日アクセス
(*3)金融庁・東京証券取引所「コーポレートガバナンス・コード~会社の持続的な成長と中長期的な企業価値の向上のために~」、2015年6月1日、2020年6月26日アクセス
(*4)金融庁、「コーポレートガバナンス・コード~会社の持続的な成長と中長期的な企業価値の向上のために~(改訂案)」、2018年3月26日、2020年6月26日アクセス
(*5)松田千恵子著、「これならわかるコーポレートガバナンスの教科書」、日経BP社、2015年、p.167-173

RELATED CONTENTS