ガバナンス強化の背景と問題点、コロナ禍のガバナンス改革 ~よくわかる!はじめてのコーポレートガバナンス vol.2~

前回は、以前は経営幹部以外の企業の関係者にとって縁遠かったガバナンスが、近年だんだんとミドル層や一般従業員にも身近になってきたことを受け、コーポレートガバナンスの意味とその目的について、はじめての方でもわかりやすいように解説しました。

今回の記事では、日本企業にガバナンス強化が求められるようになった理由として挙げた、①日本企業の株主軽視の傾向、②株主と経営者の利害の対立、③日本経済の長期停滞について詳しくみます。その後、コロナ禍でのガバナンス改革に向けたマインドセットについて、一緒に考えていきましょう。

株主重視へ―なぜ日本企業は株主を重視しなくても済んできたのか

まず、①日本企業の株主軽視の傾向は、戦後の日本経済の歴史を、財務面から紐解くことでわかります。

日本でコーポレートガバナンスが注目され始めたのは、バブル崩壊後の1990年代のことです。それ以前には経営者が株主の利益を尊重した経営を行っているかどうか、チェックする仕組みはありませんでした。なぜなら、戦後の日本企業のガバナンスを担ってきたのは、メインバンク(主要取引銀行)だったからです。日本が高度経済成長を実現できた一因は、事業を行うにあたって先立つもの(=お金)の工面をメインバンクが取り仕切り、企業の意思決定に大きな影響力を持つ一方で、経営者はしっかり借金を返済していれば、事業活動や新規投資に専念することができる効率的な仕組みが機能していたからと言えます。これを、メインバンク・ガバナンスと呼びます(*1)。

上場後も、本来であれば株主から声高に求められるはずの資本効率への意識は、総じて高まりませんでした。というのも、日本の上場企業の株主には、メインバンクだけでなく旧財閥系グループ会社(系列、英語でも”keiretsu”と表記)や取引先など「モノ言わぬ株主」が名を連ねていたからです。これが、いわゆる「株の持ち合い」です。これは、今では「政策保有株式」と呼ばれており、海外の投資家には株主の権利と流動性を阻害する懸念材料と見なされています。現在は、政策保有株式を保有する企業は説明責任を求められるようになったため、ある程度、持ち合い解消が進んで来てはいますが、日本特有の現象と言えます。

ところが、バブル崩壊による従来の銀行制度の瓦解や1990年代後半からの金融・資本市場での規制緩和が進んだことによって、株主構成が大きく変化しました。1990年以前にも総合電機メーカーや自動車など世界中で事業を展開する大型株の株主には外国人投資家もいましたが、少数派でした。1989年に日本企業の株主全体の約5%を占めるだけだった外国人投資家は、1998年には約20%に上昇、2018年では、およそ3割を外国人が占めています(*2)。株主全体の3人に1人が外国人となった今、日本企業にガバナンス改革を求める声は、30年前に比べて圧倒的に増加しました。こうして、日本でも投資家的にふるまう株主の存在感が徐々に大きくなり、旧来のガバナンスの主役であった銀行とは違った視点から、経営陣に対して意見や要望が出されるようになりました。

株主と経営者の利害は衝突しがち

次に、②株主と経営者の利害の対立ですが、実は、どの国の株主と経営者間でも内在する問題です。

エージェンシー理論(組織・人間関係を「依頼人」と「代理人」でとらえ、代理人に、依頼人の利益に沿った行動を取らせるためにどのようなインセンティブや監視形態が有効かを考察する経済理論。ハーバード・ビジネススクールのマイケル・C・ジェンセン名誉教授が提唱)にあてはめると、依頼人(principal)である株主が、代理人(agent)である経営者に経営の執行を任せても、株主の意向通りに経営者が行動するわけではなく自分の利益を重視しがちですし、情報の非対称性も存在します。

株主が知らないのをいい事に私腹を肥やす経営者、悪いとわかっているけれど好業績に見せかけるための粉飾決算などなど、洋の東西を問わず、このような例は枚挙に暇がありません。ここに、「コーポレートガバナンス」の原点があります。他の利害関係者とちがい、契約で守られていない株主はダウンサイドのリスクが比較的大きいため、コーポレートガバナンスの第一義的な関係性を持つ企業の一構成員として、経営者に対して公正かつ株主の利益も重視した行動を取るよう、「規律づけ」を行う必要があるのです。

株主は、経営者への規律づけを行う存在

しかしながら、株主総会は年1回しかなく監視の目は行き届きません。そのため、経営を執行する人(執行役)と監視する人(取締役)を分離して、自社内で経営状況を監督する仕組みを機能させるよう、株主から要請されています。

経営者への規律づけを実質的に担うことを期待されているのは、取締役会

ところが、少なくない日本企業において、経営を監視する役回りの取締役が執行役と分離されていなかったり、執行する側が取締役会を構成する非執行の取締役と監査役等の人事権を持つために厳しい事を言えなかったりと、ガバナンスが機能しづらい組織構造があります。株主と経営者の利害を調整するはずの取締役会の役割が、実質的に無効になっているのです。

ちなみに、ここで言う「執行役」「取締役」は、日本企業内の役職の呼び名である「執行役員」や「○○取締役」とは異なり、会社法で規定された役職を指します。日本企業では、ハイレベルな意思決定を行うはずの「(会社法の)取締役」と「(従業員の位置づけの)執行役員」が兼任される場合があり、コーポレートガバナンスがわかりにくくなっている理由のひとつとなっています。今回は詳細を割愛しますが、株式会社の機関設計については、いずれ触れていきたいと思います。

日本経済と企業の生産性の低迷

最後が、③日本経済の長期停滞です。バブル崩壊後の平成不況、リーマンショックから立ち直りかけた矢先に起きた東日本大震災、そこからも立ち直りつつあった日本と世界をおそった新型コロナ・・・。金融危機や災害、大国間の対立など、景気循環だけでは説明できない出来事が短期間のうちに起きる不確実性の高い今、日本経済全体を覆う不安の根源のひとつとなっているのは、価値創出の源泉のデジタルシフトが遅れていることにあるという指摘は、すでに多数の文献でなされています。では、これを数字で見てみると・・・?

2001年に4.3兆ドル(名目、年額、世界のGDPの13%)だった日本のGDPは、2017年に4.9兆ドル(世界のGDPの6%)と、ほとんど増えていません。その間、アメリカとEUのGDPは倍増、中国はおよそ10倍になりました(*3)。みなさんもご存知の通り、米中発の巨大テックプラットフォーマーが経済成長とデジタルシフトを牽引しています。この間、日本企業もビジネスパーソンも、別に仕事をサボっていたわけではありません。むしろ、いつになく、人によってはいつも以上に、懸命にビジネスに取り組んでいたはずです。しかしながら、GDPが増えないということは、人的・経済的な投資が価値創出に結びつかない、すなわち、資本の生産性が上がらなかったことを意味します。

経営者のリスク回避志向

経済停滞の要因は多々ありますが、そのひとつに、経営者の多くが、時代に合わせた大掛かりな変革を起こす意思決定をして来なかったことが考えられます。実際に、経営者が投資に消極的であったことは、企業の内部留保額が2011年以降、7年連続で過去最高を更新し続け、463兆円にのぼっていることからも推測できます(*4)。震災以降、経営者の意思決定はリスク回避の志向が強くなり、適切なリスクテイクがなされなかったことがデジタルシフトの遅れを招き、資本の生産性向上を阻んできたのではないでしょうか。

ここで、前回の記事で触れた「コーポレートガバナンスの目的」を思い出してみてください。

コーポレートガバナンスの目的とは、企業の「持続的な成長」と「中長期的な企業価値の向上」のでした。これらの目的を達成するためには、経営者の縮こまったマインドを払拭することが不可欠です。もちろん例外はありますが、変革機運の高まらない企業経営者の多くにしびれを切らした日本政府は、変革を後押しする役回りとしての株主に注目しました。株主にもっとモノを言ってもらい、規律づけの仕組みを変革のテコとして活用することにしたのです。次回の記事で詳述しますが、日本のガバナンス改革は官製なのです。

コロナ禍のガバナンス改革

このように独自色の強かった日本企業のガバナンスは、外から強く変革を求められることで変化してきました。そして今、コロナ禍によって、産業および生活インフラのデジタルシフトが、最優先課題のひとつとして、広く考えられるようになってきました。拡大が続くデジタル経済における価値創出の源泉が、ようやく社会的な需要と合致するようになったのです。

しかも景気動向は今後数年間は不透明な状況が続きそうなので、いくらモノ言う株主と言えど、短期的な観点から現金を流出させるのは望まないでしょう。従って、借入による自社株買いや増配など金銭的な株主還元策よりもむしろ、取締役会の監視機能を強化して公正さを担保し、かつデジタルシフトに向けた適切なリスクテイクを行えるように経営体制を整えることに対しての要求が強まるのではないでしょうか。

日本でもコロナ禍で、リモートワークやデジタル印鑑など社内業務プロセスのデジタルシフトが着々と浸透する一方で、アウトプットとしての製品やサービスの顧客接点のデジタルシフトは部分的には進んでいますが、まだ十分とは言えません。消費者接点をこれまで以上にデジタル化しサービスを大きく成長させ、デジタル経済の価値創出の主役になることが、日本企業の資本生産性を上げ、ひいては日本経済全体を活性化するカギとなるのではないでしょうか。  

経営者は今こそ、ガバナンス改革を推し進め、「モノ言う株主」との対話、つまり、時に激しめの「ガイアツ(外圧)」を活用することによってPDCAサイクルを回し、リスクがあってもデジタルシフトに舵を切り、自社の戦略転換をスピードアップさせたり、業界再編を実行したりして、資本生産性の向上の実現に近づけるチャンスなのではないかと、私は考えます。

次回は、アベノミクスが推し進めたガバナンス改革と企業の情報開示についてみていきましょう。

(*1)松田千恵子著「これならわかるコーポレートガバナンスの教科書」、日経BP社、2015年、p.25
(*2)財務省、財務総合政策研究所 石本尚「日本企業の株式保有構造の変遷と制度的背景」、2015年8月、p.76、2020年6月25日アクセス
日本取引所グループ「株式分布状況調査(2018年度)」、2020年6月25日アクセス
(*3)内閣府、経済政策白書「世界経済の潮流 2018年Ⅱ」、第1章第1節、2020年6月25日アクセス
(*4)財務省「法人企業統計調査」、2018年、2020年7月10日アクセス

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