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ビジネスモデルとは?藤井聡太ブームは将棋界をどこまで変える?

投稿日:2020/08/21

将棋の藤井聡太棋聖・王位の快進撃が止まりません。史上最年少でプロの仲間入りとなる四段昇段を果たしたのが2016年ですから4年前。2017年の最多連勝記録更新への挑戦・達成を巡っては、将棋界のみならず世間一般からも広く注目を集めました。その後も昇段・昇級の勢いは衰えず、今年はいよいよタイトル戦への挑戦に手がかかると、棋聖戦では初挑戦にしてタイトル獲得、ほぼ同時進行で挑戦していた王位も獲得と、連勝記録達成時を上回るほどの話題を巻き起こしています。

ビジネスモデルのフレームワークで藤井壮太ブームを考える

これだけのブームになりますと、ビジネス的にもどのような波及効果があるのか興味が湧いてきます。ビジネスの仕組みを分析する「ビジネスモデル」のフレームワークを用いて考えてみましょう。ビジネスモデルを考えるフレームワークには様々ありますが、ここではクリステンセン教授らが提示した「4つの箱」モデルを採り上げます。

4つの箱モデルとは

この「4つの箱」モデルでは、ビジネスモデルを以下の4つの要素で考えていきます。

・顧客価値の提供(CVP : Customer Value Proposition
どんなターゲット顧客に、どんな価値のあるモノ・サービスを提供しているか、またその提供方法

・利益方程式
上のCVPが、どのように実際の儲けという形に結び付くか。収益モデル、コスト構造、1単位当たりの目標利益率、経営資源の回転率を見る

・経営資源
CVPの実現に必要な経営資源(人材、技術、製品、設備、情報、流通チャネル、パートナーシップ、ブランドなど)。

・プロセス
CVPの実現に必要な業務プロセス(研究開発、調達、製造、販売、サービス、採用、研修など)。また、社内の業務ルールや評価基準、行動規範も含まれる。

将棋界のビジネスモデル

これまでの将棋界では、新聞社等が主催する棋戦の賞金や契約料が主な収入源で、免状の発行、指導・普及のために開催するイベントからの収入、解説書や揮毫入り扇子などグッズ類の売上げがサブという形でした。これを4つの箱モデルに当てはめてみると、CVPは、将棋を趣味として楽しむファンたちに向けて「有段者の妙技」という娯楽を主に「棋譜(と観戦記事)」の形で提供するとともに、自らも上達したいという意欲を喚起してその支援をすること、と言えそうです。経営資源は、そんな目の肥えたファンを喜ばせられるだけの強さを備えた棋士たち、チャネルとして棋譜を掲載してくれるメディアや観戦記者。プロセスとしては、強い棋士の選抜と権威付けに必要な“番付”を作るリーグ戦やトーナメントの仕組み、プロの育成かつ選抜機関としての奨励会などが中核にあります。利益方程式は、棋戦の契約料や賞金は基本的には年間契約で、かつよほどのことが無い限り急に切られることはありませんから至ってシンプルなものでした。

このモデルですと、成長していくためにはとにかくファンの数と熱心さを高めるべし、ということになります。ただ仮に人気が出ても、新聞社の契約料は機動的には上がりませんし、むしろ新聞というメディアそのものの収益力の頭打ち傾向に伴って苦戦が予想されていました。免状やグッズ等の収入もインパクトでは限度があり、ビジネス的にはなかなか飛躍的な成長が望みにくい状況にありました。

「4つの箱」の1つが変わると全てが変わる―新メディア台頭がもたらした変化

しかしそんな状況も、実は藤井二冠登場前から変化の兆しがありました。それはAbemaTVやニコニコ生放送などネット経由の対局中継という新チャネルの登場です。タイトル戦の完全生中継をはじめ、動画の将棋コンテンツが一気に増えることとなったのです。以前からCSでは「囲碁・将棋チャンネル」がありましたが、番組アーカイブが簡単に検索できて再生できる点や視聴者のコメントが同時に流れて臨場感を与える点など、新チャネルによる将棋番組には分かりやすく新しい魅力がありました。また、従来のメディア露出は、竜王戦は読売新聞、名人戦は朝日新聞という具合に棋戦と主催新聞社が紐づいているため、メディアごとに扱いに偏りがありましたが、ネットメディアでは将棋界全体のアピールがより効果的にできるようになりました。

ビジネスモデル分析のポイントは、「4つの箱」のどれかに変化が生じたとき、それに連動して残る箱にも変化が起こるはずと予測したり、この箱の変化が不十分だなどと課題を認識したりできる点にあります。上記のネットメディアの台頭は、従来の将棋ファンに「リアルタイムでの対局観戦を気軽に楽しめる」という新しい価値(CVP)を提供しました。プロの将棋をネット中継で楽しむという習慣が定着していくにつれ、テキストによる棋譜中心から、棋士一人一人の人間性へとファンの興味関心も広がっていきます。また、将棋そのものへの関心はほどほどでも「プロ棋士達の勝負の世界」を楽しむ層が、ターゲット顧客の中にどんどん入ってきます。

こうしたCVPの変化は、利益方程式にも表れます。棋戦ごとの新聞社からの契約料だけでなく、AbemaTVやニコニコ動画等からの放映権料も入り、また露出が増すことによってスポンサーも多様化の道が開かれました(先の棋聖戦も、主催は産経新聞社ですが、「ヒューリック杯」と2018年から冠スポンサーが協賛しています)。そうなると、経営資源プロセスについても、単に「強い棋士」の育成に精進するだけでは済まなくなります。解説等で魅力的なしゃべりのできる棋士の価値も向上しますし、面白いコンテンツを生み出す企画力や、ネットビジネス(加えてゲームビジネスも)との交渉力なども重要になってきます。たとえば、まだAbemaTV登場前、当時著しく実力が向上していたコンピュータ将棋ソフトと高段者との真剣勝負(「電王戦」)がニコニコ生放送で中継されたことは、大いに話題になりましたが、これが実現した経緯には当時の米長将棋連盟会長の英断があったと言われています。

今回の藤井二冠の快進撃は、上記の新しいCVPに正にうってつけの、魅力的なストーリーと言えるでしょう。これから残るタイトルへの挑戦、特に名人挑戦リーグへの進出、そして将来的にはタイトル防衛など、少なく見積もっても今後数年にわたって、世間への訴求力を持つイベントには事欠きません。これに合わせて、いかに利益方程式を組み替え、収益を伸ばしていけるか、そのために新たな経営資源・プロセスを調達できるか。筆者も一ファンとして発展を期待しています。

このように皆さんのビジネスでも、市場環境の変化によってビジネスモデルに変化が生じていないか、「4つの箱」に不整合が生じていないか、チェックしてみましょう。

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