後ろに10歩下がっていたそこの君!
ちょっとしたことで、人生は変わるのかも知れない。いや、人生は変わらなくても、生きていくキモチが変わるかも知れない。ちょっとした隠し味があれば。
「オレ、山田伸一(仮名)。ふと気付けば40歳過ぎていて、お腹も最近少しメタボ気味。だけど、実はオレ、『バック転』できるんだもんね。仮面ライダーやゴレンジャーみたいに。
ちょっと生意気になってきた息子も、バック転を見せてやれば目を輝かせて「お父さんスゴ〜イ!」と言ってくれる。この間、社員旅行の宴会の大広間でちょっとやってみたら、職場のみんなも本気でビックリしていた。いい気分だ」
全国にこの山田さんのように、人生の隠し味を求めている人は数多いはずだ。
平成の世にも綿々と続くオトコの子のあこがれ、「仮面ライダー」の放映が開始されたのは1971年4月。「秘密戦隊もの」の草分け、「秘密戦隊ゴレンジャー」は1975年4月の放映開始だ。少年たちはヒーローの武器や必殺技に固唾をのんでテレビを見守ったが、ドラマの中で欠かせないのがその体術である。バック転や宙返りで軽やかに宙を舞うヒーローはあこがれの的だった。だがバック転など出来るはずもなく、「バック10できるもん」と10歩後ろに下がっていたはずだ。
そんな少年たちもオトナになり、通勤列車に揺られ、アスファルトで靴底をすり減らして暮らす。あこがれは記憶の奥底に深く沈んだままになる。
そんな記憶を、「誰でもバック転、できますよ!」と強烈に呼び覚ましたのが、アクションスタジオ「つばさ基地」である。
40歳からでもバック転できるんです
8月3日付け日経MJ「TRENDBOX」に紹介された「バック転だけをひたすら練習するマニアックなスクール」。幼少期に見たマンガや特撮テレビドラマの影響で、バック転に密かにあこがれる大人が多いことに目をつけた、という。
アクション女優・秋本つばさが主催する同スタジオには、アクション・アクロバット・ダンス・カラダ作り・エクササイズ・リラックス系まで18種類51のクラスがあるというが、バック転ができるようになることに特化した「バック転クラス」は目下、人気ナンバー1クラスだという。
このクラスの売りは、何といっても「体験クラス」で、スタッフのサポートを受けつつ、その1回のクラスでバック転の「疑似体験」ができるということ。
大人の習い事はブームである。そして、そのポイントは「手っ取り早く希望を叶えてくれること」にある。例えばピアノ。子供なら「エリーゼのためにを弾きた〜い」といっても、「基本が大事!」と、延々と「バイエル」を50〜60番ぐらいまで練習することになる。
オトナ向けの教室は「戦場のメリークリスマスが弾きたい!」といえば、時間はかかっても、そこに向けた挑戦をさせてくれる。
「バック転」のさらにいい所は、「時間はかかっても」というイメージを払拭してくれることだ。「スタッフのサポートで、疑似体験はすぐにできる」と聞けば、「逆上がりみたいなものか!」とイメージがしやすい。きっかけを覚えれば、習得に時間はかからないだろうと思えるのだ。
この、「できる感」。顧客の潜在ニーズを引き出し、それに対して、「すぐに成果が出る」と理解させることは、全てのビジネスにとって重要なポイントであるといっていい。
しかし、カンタンにできてしまってはビジネスにならないだろう、と思うとそうではない。疑似体験の後、1人でバック転ができるようになるための、バック転の習得を目標にした身体づくりを行うクラスが用意されている。
アップセルとクロスセルで囲い込み
最初から「体づくり」といわれれば、なかなかやる気は出ないが、一度成功体験を味わっているので、ハードルは低くなる。うまいシカケだ。
さらに、バック転をマスターすれば、バック転・側転や前方転回・倒立などの基本的なアクロバット技を習得し、ロンダートからの連続技や前方・側方・後方宙返りなどの発展技を目標にがんばるクラスもある。体育大のお兄さんみたいにぐるんぐるん回れてしまうのだ。さらにあこがれの「宙返り」クラスもある。
アップセリング。顧客に同種の商品の買い換え、買い増しを勧めること。一つ習得すれば、その快感がクセになり、また次を習得したくなる。そしてまさに、幼き日のあこがれであるライダーの体術そのものが身に付けることができるという仕掛けだ。
一方、関連商品のお勧めは「クロスセリング」という。カラダを動かす快感に目覚めたなら、なつかしのマット運動から高度な連続技までを習得できるというクラスで、「おとなの体操教室」を楽しむもよし、アクションや演舞等で使えるデモンストレーションキック(蹴り技)専門クラスというキック専門クラスで「ライダーキック」に磨きをかけるもよし。
さらに、趣旨を変えてダンスにチャレンジしたり、本格的に体づくりをしたりという展開もある。同スタジオは「18種類51のクラス」という豊富なメニュー、多彩な講師陣でクロスセリングのビジネスモデルを強力に固めているのだ。
見込み客の潜在ニーズを掘り起こし、そのニーズが簡便に充足できると提案し、「バック転」というフックを用意、まずは小さな成功体験を提供する。顧客化した後には、アップセリング、クロスセリングで囲い込みを図り、ビジネスを重層化させていく。
筆者も出来れば通いたいぐらいだ。プレゼンの際に、会議室の入り口からプロジェクターまでバック転で移動してみる。事務所のある新橋の駅前で宙返りを決める。愛娘から「お父さんバック転やって」とせがまれるだけでもいい。教鞭をとっている青山学院大学やグロービス経営大学院のクラスで披露すれば、“バック転先生”とモテモテじゃないか……。