本連載ではこれまで2回にわって、リスクを織り込んだ予算策定の仕方など、営業活動の中の「プランニング」に焦点をあてて考えてきました。今回からはプランニングの次、つまり営業数字を達成するための具体的な打ち手の検討といった「アクション」のフェーズに視点を移して議論していきたいと思います。
より多角的に満遍なく多くの打ち手を考えるには
いきなりですが、試しに次のような状況を考えてみてください。
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あなたは産業用システムの開発・販売会社の営業部長に就任した。ここ数年、この事業は売上が低迷しており、営業力強化のための異動であることは誰の目にも明らかだ。扱う商品は高額かつ複雑なものが多く、顧客によって求めるスペックも異なるため、顧客に合わせてカスタマイズすることも多い。このため、営業マンが何度も足を運び、詳細な商品説明・提案をすることが必要となっている。あなたは営業部長として、特に「新規顧客獲得に資する営業力の向上策」を打ち出したい。
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あなただったら、この「新規向けの営業力向上」のために、何をするでしょうか?(ちなみにBtoBの世界においては、相手が新規顧客か既存顧客かによって営業の行動パターンは全く違うものになると思いますので、既存向けの営業については、ぜひご自身で思考実験をしてみてください)
もちろん「現状分析をしてみないことには・・・」という面はあるでしょうが、どちらにしろ「営業」においてあなたが重視している部分に偏った打ち手ばかり思い浮かぶのではないでしょうか。例えば、仮にあなたが「営業」を「何かを提案する場面」に重きを置いて捉えているとすると、「良い提案書の書き方の勉強会をする」、「プレゼンや交渉のロールプレイをする」など、思いつく打ち手の大半は、交渉場面におけるものとなるのではないでしょうか。
しかし理想的には(最終的に何を選択し、実行するかは別にしても)、そんなふうに限定的に考えるより、より幅広い角度から、満遍なく、なるべく多くの打ち手を考えたいですよね。
そのために、まず肝要なのが、「営業とはそもそもどんな営みなのか」と俯瞰して考えてみることです。「俯瞰」、つまり全体像を少し引いた視点から見てみるということですが、現場で日々忙しく活動し、数字への責任を持っている方々からすると、これこそ「言うは安し、行なうは難し」の典型かもしれません。
打ち手を考える上で大切な三つの分解方法
そこで、先ほどの問いかけに対し、例えばこんなことを考えるところから始めてはどうでしょうか。
「営業とはどんな営みから始まり、どんな営みで終わるのだろう?」
「営業とは、どんな営みの連続体、つまりプロセスと捉えることができるのだろう?」
まずそうして「営業」という行為の全体のイメージをもった上で、今度はそれがどのように分解できるのかを具体的に考え、個々のプロセスごとに課題や打ち手を考えていくのです。すると、「なにかを提案する」以前に、例えば「最適な潜在顧客を見つけるには?」とか、「その顧客のニーズを探るには?」など、別な場面での課題やら打ち手が見えてくるのではないでしょうか。
詳説する前に、まず第1回から継続して考えてきている「分解」という考え方から整理してみましょう。
分解の考え方には大きく三つあります(図1)。一つ目は、全体集合を部分集合に分けていくものです。例えば、「人」を「男性」と「女性」に分けるとか、「眼鏡をかけている人」と「かけていない人」に分けるなどの考え方です。二つ目は、これまでにも議論してきたように、四則演算などを用いて、変数で分解するものです。例えば、「売上=客単価×客数」、「利益=売上—コスト」などというのが典型例といえます。
そして三つ目が、先ほど少し触れた、ある事象が発生するまでの流れ、つまり「プロセス」を考えるというものです。「お客様から受注をするまでに、まず自分は何をして、次に何をして、その次に何をして・・・」と思考してみるのです。
【図1】分解における3つの方法
この三つの分解の考え方は、分解する対象によって使い分けることが重要ですが、今回は三つ目の「プロセスで分解する」というコンセプトを使って、営業力向上のための打ち手を、より具体的に考えてみることにします。
全体を俯瞰してから詳細まで分解する
まず、大きな流れから俯瞰してみましょう。今回の設定のように、複雑かつ高額な商品の営業となると、営業マンはどんなことをする必要があるでしょうか?
なんといっても、まずしなければならないことは、自分たちの会社の顧客になってくれる可能性のある企業(=ニーズのある企業)をリストアップすることでしょう。そして、その企業に連絡をとる努力をし、連絡が取れたら訪問の機会をいただき、ヒアリングをし、そして顧客のニーズをつかむ・・・こんな風に、考えていくのです。【図2】を見てください。一例として、大まかなプロセスを示しました。
【図2】営業力アップのための大まかなプロセス例
流れを俯瞰する大きな枠を押さえたら、さらに個別の要素を細かく分解し、プロセスをより具体化していきます。例えば「正しい顧客を効率的に訪問する」ことは、「正しい顧客を特定する」ことと、「特定はできているが訪問できていない状態を改善する」ことに分解でき、さらに「正しい顧客を特定する」ことは、「そもそもターゲットとすべき顧客セグメントを特定する」ことと、「顧客を正しく特定、選択する」ことに分けられます。そうやって具体化した個々のプロセスに紐づく打ち手も考え、図示したのがつきのページの【図3】です。
【図3】より具体化されたプロセス例
いかがでしょうか?一つ目のプロセスだけでも随分とたくさんの打ち手があり、「やれることは、まだまだ残っている!」という感じがしてきませんか。
幾つか個別に見てみましょう。例えば、「受注に結びつかない顧客セグメントを洗い直すす」という部分。あなたの部署では昔から積み上げた顧客リストをただ追い続けているというようなことは起きていないでしょうか。
時代や環境と共に顧客のニーズは当然、変わります。それに応じて潜在顧客リストの書き換えも適宜、行うべきです。
また例えば、「無駄な作業を効率化する」という部分。本社から要求される社内資料作成に多くの時間が割かれ、顧客訪問の回数が減ってしまっているというようなことはないでしょうか。
第1回から継続してお話ししてきている「分解」というコンセプトは、このようにチェックリストのようなものをつくるのにも大いに役立ちます。
分解しきった上で課題と打ち手を考える
四つに大別した営業プロセスの二つ目「顧客のニーズを的確に掴む」と、最後の「一つの受注から十分な売りを得る」についても同じようなやり方で検討してみました【図4・5】。
【図4】「顧客のニーズを的確に掴む」事に関する分解図
【図5】「1つの受注から十分な売りを得る」に関する分解図
一口に「顧客のニーズを掴む」といっても、「そもそもニーズがあるのかどうか」、「きちんと聞き出すことができるか」、「聞き出した内容を正確に理解できるか」と、順序立てて分解しきった上で打ち手を考えていくことで、非常に多様な打ち手を上げられることがお分かりいただけると思います。
ここで挙げた打ち手の中でも、例えば「顧客ニーズに関して『知るべきこと』を定型化・マニュアル化」することは、とても大切ですね。しかし、「そもそも何を理解したら、顧客のニーズを掴んだことになるのか」という定義がされている組織はほとんどないのではないでしょうか。定義がなければ、自分の抱える部下が顧客について何をどの程度、理解しているかを把握することすらできません。最低限どのような項目を押さえるか、意識合わせをしておきたいところですし、5W1Hのように昔から使われているフレームワークを参考にして整理すると、いろいろ見えてくるものもあると思います。
このように日常的な営業活動の中では看過しがちな問題意識を喚起されるのも、営業プロセスを分解して考える大きな効用と言えるでしょう。
なお、営業プロセスの三つ目「受注に結び付くような効果的な提案を行う」については、非常に大切かつ読者の皆さんが強く意識をされる部分でもあると思いますので、一度ご自身で考えていただきたいと思います。この場合も、「提案とは何をする営みなのか?」「どんなプロセスで提案につなげるのか?」を考えるとよいですね。
全体観をもつことそうすれば可能性は拡がる
営業の現場で目標数値に追われていると、「できることはすべてやった」、「万策尽き果てた」、「もう打つ手がない」などと絶望的に感じる場面もあると思います。けれど、そうして諦める前に是非一度、全体を俯瞰し、考え直してみてください。
繰り返しになりますが、多くの可能性を考えるためには、まず「俯瞰」をすることが非常に重要です。物事を最初から狭く捉えてしまうと、思考がその範囲の中に限定されてしまうからです。すると当然、考えられる打ち手も少なくなってしまい、すぐに万策尽き果てたというような状況になってしまいます。予算も人も限られた中で、最後の段階で打ち手を絞り込むことが重要であることは言うまでもありません。しかし、最初から選択の幅を狭めてしまうというのは避けたいところです。
なお今回ご紹介した内容はあくまで一例であり、プロセスの詳細や打ち手はケースバイケースでいろいろなものになり得ます。皆さんそれぞれのシチュエーションにおいて、この「全体を俯瞰して考える」→「個別の打ち手として何ができるのかを詳細まで分化してみる」というやり方を実践してみていただければと思います。