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ワインの近代化(1) その背景:科学の発展

投稿日:2009/06/16更新日:2019/04/09

科学の本質は「分ける」こと

科学とは、そもそも何なのでしょうか?

広辞苑によると次のような定義が記されています。「観察された実験など経験的手続きによって実証された法則的・体系的知識。また、個別の専門分野に分かれた学問の総称。物理・化学・生物学などの自然科学が科学の典型であるとされるが、経済学・法学などの社会科学、心理学・言語学などの人間科学もある」。

また、新漢語林という漢和辞典で「科」を調べると次のように書かれていました。『?しな。品等。等級。?ほど。程度。きりめ。区分。?すじ。箇条。条目・・・?類別。区分。「文科・理科」・・・』。

第1回のコラムでも記しましたが、「科学」という言葉が持つ一つの本質は、「分ける」ということです。「分ける」とはモノゴトが「分かる」ということであり、そのためには「分析的視点」でモノゴトを大雑把にではなく、ひとつひとつ丁寧に見ることが必要です。

分析的視点とは、「木」を見るにあたって、根・(茎)幹・枝・葉・花、さらに花を花弁・おしべ・めしべ・がくといったように一つひとつ観察することです。これは、一つひとつの細部を「意識」することであり、その細部がどういう「メカニズム」で、どう組みあがって「全体を構成」しているのかを明らかにしようというのが、「科学」の一つのアプローチです。

ただし、このアプローチには欠点も存在し、幾ら分析的に細部を観察しても何も分からないこともあります。例えば、人間という生命の謎を解き明かすために、人間を細かく分けて、しまいには細胞、さらには遺伝子まで観察してみるのですが、なぜ人間という自律的生命が動いているのか、循環器系、骨格系、神経系、筋肉系、生殖系という系がどうして機能しているのか、実はよく分かっていません。

では、なぜ科学(≒分解)するのか。それは、17世紀のころに遡って科学の歴史を振り返ると分ってきます。

同じ技術ルーツ:地動説と発酵メカニズム

カトリック教会公認の「天動説」が誤りであるとガリレオ・ガリレイ(1564-1642)によって実証されたのは1610年といわれています。彼は、約20倍の天体望遠鏡を用いて木星を観察し、木星の周りをイオ、エウロパ、カリスト、ガニメデという衛星が回っていることを発見し、「全ての星は地球の周りを回っている」という「天動説」の間違いを、『星界の報告』という書籍を出版し指摘したのでした。さらに、ガリレオは金星の満ち欠けを発見し、「地動説」によってこの現象を説明できると確信を深めていきました。

「天動説」が誤りであるという実証は、星が東から西に移動していくという現象を漠然と見たのではなく、天球の中で不規則に移動する明るい星(木星や金星はとても明るい星です)に天体望遠鏡の焦点をあわせ、その様子を丹念に観察したことがポイントでした。天球を「分析」したのです。

一方で、ワインと関わりの深いアルコール発酵のメカニズムが明らかになったのは、1857年のルイ・パストゥール(1822-1895)の論文でした。この当時、発酵とは、糖が二酸化炭素とアルコールに変化する現象であるということは、アントワーヌ・ラボアジェ(1743-1794)によって説明されていたのですが、この現象はただの化学反応であるという考え方がより多く信じられていました。しかし、パストゥールは論文で、この反応には微生物が介在することを指摘したのです。

この発見は、1856年に甜菜糖ダイコンからアルコールを製造しているビゴー氏が、パストゥールに相談を持ちかけたことがきっかけでした。その相談とは、「工場でほとんどの樽がアルコールに変化するなかで、いくつかの樽はただ酸っぱくなってしまい損害が出ている」というものでした。

パストゥールは、まず正常な樽と不良な樽それぞれから液体を採取し、顕微鏡で観察したところ、無数の小球体が見えました。当時、すでに酵母の存在は知られていましたが、酵母が微生物であることや酵母の役割は知られていませんでした。このような時代下、パストゥールは「酵母は微生物なのではないか」という仮説をもとに、根気良く酵母を観察し、正常な樽の液体のなかで、酵母が発芽・分離・増殖する現象を見つけたのです。一方で、不良な樽の液体からは、酵母よりかなり小さい黒い棒状の微生物が多く泳いでいることを確認しました。この黒い棒状の微生物は後に乳酸菌と呼ばれるものです。

これらの観察をもとに考えられる仮説は次のようなものです。

1.酵母が甜菜糖ダイコンの搾汁にある糖を吸収し、アルコールと二酸化炭素に変換。

2.乳酸菌が甜菜糖ダイコンの搾汁にある糖を乳酸に変換。

3.乳酸菌が多くなると、樽中の液体が酸っぱくなり品質が劣化。

これらの仮説を証明するために、パストゥールはより多くの樽から液体サンプルを採取し、観察を続けました。そして、酸っぱい樽ほど乳酸菌が多いことを確認し、上記の仮説がほぼ間違いないと結論づけたのです。

しかし、これだけではまだ肝心なことが分かっていません。それは、「そもそも酵母や乳酸菌はどこからやってくるのか?」というものです。結論から申し上げると、「空気中から」ということなのですが、その後パストゥールは、パリの街中やアルプスの頂上の空気を採取し、「空気中から」という仮説を証明したのでした。

さて、話をやや戻しますと、ここでご紹介した地動説と発酵のメカニズムを明らかにした共通の技術は何だったか、お分かりでしょうか。

レンズです。ガリレオは天体望遠鏡、パストゥールは顕微鏡、両者ともレンズという技術によって可能となったものです。レンズは17世紀初頭では、最先端工業技術であり、1680年にオランダのアントニ・ファン・レーウェンフック(1632-1723)によって顕微鏡が発明されました。

レンズというものは、科学の発展に大きな貢献をもたらした道具です。さまざまなモノの詳細を丁寧に観察することを可能にし、「分析」することを容易にしたからです。レンズに頼らずに人間の視力だけでモノを認識できるスケールは一般に0.1ミリ〜数十キロといった範囲だと思いますが、レンズのおかげで0.001ミリ〜10数億キロ(木星までの距離)に広がったのです。

今では、電子顕微鏡や電波望遠鏡、赤外線望遠鏡なども存在し、およそ10の-9乗ミリ(ナノ)〜100億光年以上まで観察できるようになっています。ちなみに、私は大学で物理学科だったのですが、学科に入るときに先生が、「物理学は半導体から天文、つまり、10の-9乗ミリから100億光年以上をカバーした学問であり、これほどのスケールをもった面白い学問は他にない」と仰っていたことがありました。このようなスケールで科学を語ることができるのも、レンズのおかげであったということです。

レンズを通してモノゴトを分析的視点でみることが、さまざまな現象を次々と明らかにしていったのです。現在では、かなりの対象物が分解・観察・観測され、人間のDNA配列という細かさまできてしまいました。しかし一方で、いまだに人間がなぜ存在するのか、なぜ人が生まれるのか、なぜ自律的に行動できるのか、といったことは分かっていません。かつて、モノを分析的に見ることで自然現象の説明に大きなブレークスルーをもたらし、これまでにある程度のことを説明してきたのですが、更にその先の疑問に答えようとすると、限界に来ている可能性があるということです。

科学的手法:仮説・検証アプローチ

現在、科学は自然現象から社会現象にまでその対象を広げつつあります。社会科学、人間科学といった学問です。社会科学は、経済学、経営学、金融工学などが含まれます。そして、こうした対象の広がりは、科学手法自体に広がりを持たせます。

科学の目的の一つに、さまざまな観察結果から普遍的な法則を導出することがあります。そのためには、客観性、再現性、観測可能性といった要件が必要であり、誰が見ても同じであることが求められます。

こうした挑戦を、社会科学、たとえば経営学(つまり経営科学)に適用したとき、極めて難しいことが起きます。この難しさは自然科学・社会科学・人文科学の差を比較すると分かり易くなります。

この表をみて分ることは、「同じ科学でもその検証の厳密さにどうしても差が生じる」ということです。その理由は、社会科学では、事象があまりにも複雑であることが大きな障害です。人文科学では検証のためのファクトがなかったり、曖昧であったりすることが大きな障害となります。

ビジネススクールでは、多くのケース・スタディーをベースに、経営の成功要因などを議論しますが、そこから出てくる結論は、常に万能というわけではありません。多くの場合は、ある特定のファクトを取り上げますが、それ以上のファクトを集めようとするとあまりにも複雑になってしまうからなのです。例えば売上増加要因ということ一つとってみても、厳密にはあまりにも多くのパラメータが存在し、真の姿を捉えることは非現実的です。その結果とられるアプローチが、「戦略的な思考」によって、ものごとを大きな構造で捉えて、8割のファクトをもって「真」に違いないと判断したりするわけです。

わたしは、現在経営コンサルティングを生業としていますが、そのアプローチは、現場への経営科学的手法の適用であると考えています。しかし、そこには自然科学並みの厳密な証明論はなく、ほとんどの場合8割程度の確信から一歩を踏み出していくことが求められます。そもそも、経営科学において、自然科学で言うところの、客観性、再現性、観測可能性といった基盤は薄弱です。

このように科学という学問は、ハンディを背負いながらも果敢に社会、人文科学領域に対象を広げていっていると言っていいと思います。ビジネスにおける「仮説・検証」という言葉は、あくまでも社会科学レベルの曖昧さを残した話であり、最終的な意思決定の場面では、そこに存在する曖昧さに対して経営者は価値観、人生観を発揮しなければならないのだと思います。それはビジョンであり、経営理念とも表現されます。

科学はレンズの発明によって、多くのことを分解観察できるようになり、多く自然現象を明らかにしてきましたが、現在は、もはやいくら分解してもそれ以上のことが簡単に分からないところまできていること、そして、数世紀にわたる時代の流れの中で、自然科学から社会科学まで対象を広げ、その検証の困難さに挑戦していることを綴ってきました。

今回ご説明したように科学は17世紀ごろから大きな発展を遂げるのですが、中世まで何千年と続いたワインの世界も、当然、科学という学問の対象となりました。そして、ワイン造りの技術に対して科学は大きな貢献をしています。科学は、ブドウ栽培時の病気の予防や品質向上といった重要な課題を解決してきたのです。そして、この科学こそが、現在のワイン業界で起きている大きな変動の張本人なのです。次回は、ワインと科学の関わりを具体的にご紹介いたします。

*参考文献

宮崎正勝『世界史を動かしたモノ事典』日本実業出版社

ビバリー・バーチ『パストゥール』偕成社

ジェラルド・L・ギーソン『パストゥール実験ノートと未公開の研究』青土社

新村出編『広辞苑第六版』岩波書店

『新漢語林』大修館書店

【お知らせ】本欄の著者・前田琢磨氏の翻訳書『経営と技術—テクノロジーを活かす経営が企業の明暗を分ける』(クリス・フロイド著、英治出版刊)が発売になりました。さまざまなベストプラクティスを取り上げながら、技術マネジメントの在り方について議論した一冊です。

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