映像ストリーミング配信の大手ネットフリックス日本法人が、先日、日本でのサービス料金の値上げを発表しました。たとえば、スタンダードプラン月額950円は1200円になるとのことです。
ネットフリックスといえば、本家アメリカではオリジナルドラマが大ヒットするなど、既にかなりの普及度を獲得していますが、日本ではどうでしょうか。進出当初に比べれば明らかに存在感を増してきてはいるものの、「浸透している」と言える水準にはもう一息でしょう。
ネットフリックスのような、特にハイテクに基づいた新しいサービスを世の中に広めていく際のマーケティング戦略に関して、「キャズム」という言葉がよく出てきます。
キャズムとは、コンサルタントのジェフリー・ムーア氏が著書『キャズムver.2』で提唱した概念で、ハイテクの新製品・サービスが、ある程度のところまで普及した後でなかなかそれ以上一般に浸透しない現象を指したものです(キャズムは英語で“溝”の意)。
新商品の普及はアーリーアダプターへの移行が肝に
キャズムの考え方は、1960年代に社会学者のエベレット・ロジャース教授が示した「イノベーター理論」を下敷きにしています。イノベーター理論によれば、新商品が世の中に普及していく際に、それをすぐ受け入れるかなかなか受け入れないかによって、5つのタイプの顧客層に分かれるとします。ムーアは、それを特にハイテク分野における新製品・サービスのマーケティング戦略に応用し、以下のとおり解釈を加えました。
1. イノベーター
いわゆる新しもの好き。画期的な新商品と聞くと真っ先に飛びつく層で、全体の3%程度
2. アーリー・アドプター
その商品の価値の革新性、将来性をよく考えた上でそこに魅力を感じて導入する層。全体の13%程度
3. アーリー・マジョリティー
新商品を慎重に見極め、メリットがありそうなら買うという態度の層。全体の34%で1~3までで世の中全体の半数程度になる
4. レイト・マジョリティー
保守的な層。3と多くの点で共通だが、本質的には新商品に抵抗感を抱いている。全体の34%程度
5. ラガード
基本的には、新商品にはどうなっても関心を示さず、顧客とならない層。
これら顧客タイプはそれぞれ志向が異なるので、同じようなマーケティング戦略を続けていては普及が進みません。とりわけアーリー・アドプターとアーリー・マジョリティーとでは特性が大きく異なるため、前者から後者への移行が「深く大きな溝(キャズム)」になっていて、ここを乗り越えられずに普及しきれなかった新商品が数多い、というのがムーアの見立てです。
日本におけるネットフリックスの普及度は、今のところアーリー・アドプター期と言えそうです。この層は、有料のサブスクリプションモデルで好きな番組をオンデマンドで見る、もしくはスマホなどで移動中に見るという、新しい動画視聴体験そのものに魅力を感じているのでしょう。
しかし、今後アーリー・マジョリティー層を攻略していくためには、これまでのアーリー・アドプター向け戦略から切り替えて、従来民放地上波テレビを楽しんできた(そして、オンデマンドで見ること自体には現状そこまで魅力を感じていない)人々に対し、いかにメリットを感じさせるかがカギとなっていきます。
それには、単にコンテンツの魅力をアピールするだけでなく、今までのテレビ視聴習慣との差を小さくする、すなわちわざわざネットフリックスで番組を見るコスト=面倒くささを軽減することが重要となるでしょう。実際、ネットフリックスがアメリカで普及した要因として(ヒットドラマの存在はもちろんですが)、アメリカではケーブルテレビが一般的で多チャンネルから選ぶことに視聴者が元々慣れていたこと、テレビメーカーと提携してリモコンに「ネットフリックス」のボタンを付け、それを押せば一発でトップ画面が出るようにしたことが指摘されています。
日本でも、J:COMなどケーブルテレビ局との提携、テレビリモコンへのボタン付けといった施策は既に打たれています。ただ、普段ケーブルテレビを見ない家庭においては、テレビ上でネットフリックスを立ち上げて見たい番組を選ぶ際の操作性や反応速度は、通常の地上波局の場合と比べて劣るのは否めません。この辺りをどのようにして克服していくか、あるいはここを克服しなくても済むくらいのコンテンツの魅力で勝負するのかが、勝負どころとなるのではないでしょうか。