人はどんな理由で就職先の企業を選ぶのでしょう?給料や勤務時間などの待遇面がチェックポイントになるのは当然。ですが、それらが良くても会社のポリシーに疑問を感じたり、働く人やお客様が不満を持っていたら、その会社を選ぶ確率はぐっと下がるでしょう。言い換えれば、仕事や働く会社を選ぶことには、「お金を稼ぐ手段=自分へのメリット」以上の価値があり、ある会社で働こうという決断には、自分なりの「大義」や人の役に立ちたいという思いが少なからず影響しているということです。
とはいえ、働き始めてみれば目の前の仕事に忙殺されたり、思うように自分の意見が通らなかったりで、人や社会の役に立つどころかストレスがたまる…なんていう現状があるでしょう。
仕事を楽しみながら、同時に誰かの、社会の役に立ちたい。多くの社会人が願うことながら実現は難しく見える「本業で社会貢献」は、決して不可能ではありません。今回はどうしたら「本業で社会貢献」を実現できるのか、よくある疑問を例にヒントを探っていくことにしましょう。
Q.フロント業務に携わっていないと無理では?
「本業で社会貢献」と言ったとき頭に浮かぶのは、たとえば前回ご紹介した「水をほとんど使わないトイレ」のように、自社の製品を社会問題の解決に役立てるというイメージでしょう。そうであれば、研究開発や製造、営業・販売などの、いわゆる「フロント業務」に携わっていないとダメなのでは、という疑問です。けれど、人事や総務、経理などの間接部門で働いていたり、フロント部門でアシスタント業務についている人でも「本業で社会貢献」することはできます。ここでは2通りの方法をご紹介しましょう。
■いつもの仕事を、そのまま転換する
まずは、「世の中を良くする自社の製品やサービス」が生まれやすい環境づくりをすることです。「それって結局、いつもの仕事のこと?」と思われた方、実はその通りです。違いは持っている視点や目標を「本業で社会貢献」に合わせて変えるだけですが、これが意外と重要なのです。
こんな話をご存知でしょうか。旅人がある町を通りかかり、レンガを積む職人が3人いるのに目を留めました。何を作っているのかとそれぞれに聞くと、最初の職人は「何って、レンガを積んでいるのさ。見りゃわかるだろう」と答え、次の職人は「高い壁を作っているんだよ。まあ仕事があって幸運さ」と答え、最後の職人は「大聖堂を作っているんだよ!歴史に残る建築物さ、すごいだろう?」と答えたというお話です。
要は何に目標を置くかによってモチベーションは変わり、誇りを持って自分の仕事に取り組めるようになるという寓話ですが、私たちの日々の仕事にも通じるところがあります。特に目の前にある仕事を「こなす」という風にとらえてしまいがちな業務を通じて「本業で社会貢献」を実現しようと思う時には、こうした視点の転換は大事です。
積極的にフロント部門の人に働きかけて、お客さんの顔を見せてもらうこと、現場に行かせてもらうことも重要です。自分の仕事がどんなふうに製品、お客様につながっているかの実感を持てれば、「大聖堂を作っているレンガ職人」になることは難しくないでしょう。
■業務範囲の中で新しい取り組みを試す
サポート・間接部門で「本業で社会貢献」を実現する方法のもう1つは、自分の仕事でも直接社会に良いことをすることです。先ほどの話は、同僚をサポートすることで、文字通り「間接的に」社会貢献していくという話でしたが、ここでは自分自身の仕事を社会問題の直接解決につなげていくやり方です。
「そんなことできるの?」と思われるかもしれませんが、たくさんの人が働く企業にできるのは、自社製品で誰かを助けることだけではありません。
たとえば人事部門で働く人なら、障害者やニートの人たちを積極的に採用することで就職が困難な社会的弱者に就業の機会を提供できます。総務で働く人なら社屋の光熱費を見直したり、什器をリサイクル品に変えたりすることで環境負荷を下げることができるでしょう。
ここでご紹介した方法はどれも、いつもの仕事を大きく変えることではありません。マインドを切り替えたり、いつもの仕事を少し見直すことばかり。サポート業務であっても間違いなく「本業で社会貢献」はできるのです。
Q.フロント業務をしていても権限がなければ無理では?
「自社製品をたくさん売って、どんどん人助けをするぞ!」と思っても、そう簡単にはいかない場合も多々あります。たとえば開発途上国向けに既存製品を作り変えようとすれば、仕様やパッケージ、値段設定も変える必要があるでしょう。当然自分の独断ではできないし、上層部で正式にOK取って自分の仕事にまで落ちてくるのはいつの話になることやら…。でも、他にもできることはあります。ここでも大きく2つに分けて、疑問に答えるヒントをご紹介しましょう。
■既存製品に新たな意味合いを与えられないか考えてみる
新製品をわざわざ開発するのは難しいけれど、今ある製品を社会的に意義のある目的で使えないだろうか、と考えるのは1つの手です。たとえば2度の大震災を経た今、キャンプ用品の多くは非常用にも役立つと認識され、メーカーもそれを意識したマーケティング、販売をしています。
また日本でも病中の水分補給として認知されているスポーツドリンクは、東南アジアの国々で熱中症を予防するための、またはイスラム教国でラマダン(断食月)後に初めて口にする飲料として推奨され、瞬く間に広まっていったそう。
言われてみれば「確かにそういう使い方もあるよね」ですが、思いつくのは簡単ではないかもしれません。けれど、普段から自社の製品やサービスを使いこんで知りつくしておくことや、世にたくさんある社会問題に関する情報を敏感にキャッチできるようになっておけば、その2つを結びつけて解決策を思いつけるきっかけになります。
そして前述したどちらの例でも、当初の想定とは違う用途のために提供し、社会性を持たせたことで売り上げを伸ばしています。本業で社会貢献は売り上げにも貢献するのです。
■製品を購入してもらう以外で考えてみる
先述したことに近いですが、やはり製品やサービスにこだわらず、それらを生み出すプロセスにおいて社会貢献ができないかという考え方です。たとえば購買・調達部門で働く人なら、フェアトレード(公正取引。主に開発途上国の生産者から適正な価格で継続的に購入すること)を実践している業者から資材や原料を調達することで、生産者を不当な搾取から守ることができます。物流部門なら配送システムを見直すことでCO2排出量を低減し、環境保護に貢献できるかもしれません。
医療用漢方薬の国内最大手メーカーであるツムラの例を紹介しましょう。ツムラが生産拡大のために選んだ拠点、それは2006年に財政破たんした、北海道の夕張市です。
もちろんこれは支援目的の選択ではありません。北海道にはもともと薬用植物が多く、漢方薬の生産拠点としては適している土地柄だというのがツムラにとっての第一の理由。それを踏まえたうえで、法人を設立すれば夕張市に税収をもたらし、雇用を生むことができると考え、2009年に原料の生産子会社である夕張ツムラを設立したのです。
自社製品が社会問題を解決する、というのは「本業で社会貢献」を目指す人にとっては、いわば王道であり、イメージも華やかです。けれど、製品は最終的な成果物のようなもの。生まれてくるまでのプロセスの方がはるかに長く、その中には様々な仕事があります。だから、「本業で社会貢献」は自社製品にこだわる必要もないと思うのです。
次回からは、「本業で社会貢献」を実現している企業にインタビューをし、働きながら社会貢献をするための方法や考え方をさらに詳しくお伝えしていきます。