「エリックは理事会の会長であるケニー・グルーフに、私をクビにしなければ、自分とほかの8人の社員は辞める、と書き送りました。(中略)当時、スタッフは私を入れて12人だけだったので、彼が脅しどおりに行動すれば、こちらはたった3人になってしまいます。(中略)私はCEOの座から追放されるかもしれない局面に立たされていました。リーダーとしての私の最大のピンチはこの時でした」(『カブーム! 100万人が熱狂したコミュニティ再生プロジェクト』より)
子供たちのために公園を作ることで地域コミュニティを活性化させ、世界的に成功したと言われるカブーム。その設立3年目に、日常業務を統括する責任者として迎え入れた人物がクーデターを起こしたのです。決して、カブームの創業者であるダレル・ハモンドが無能なわけではありません。こうした内紛は、カブームに限らず、多くのソーシャル・ベンチャーで目にします。しかも、通常のベンチャーよりも、ソーシャル・ベンチャーの方が早期に起こる発生確率が高いのです。
ソーシャル・ベンチャーの経営陣は「想いが強い」人たち
そもそも、通常の起業家に比べ、社会常識を変えていく強い想いを持っていることが、ソーシャル・ベンチャーの経営陣の特徴です。ハーバード大学のロバート・キーガン教授は、こうした社会常識にとらわれず自身の価値観を持つ人を、著書『なぜ人と組織は変われないのか ハーバード流 自己変革の理論と実践』の中で「自己主導型知性」と名付けました。そして、「周囲の環境を客観的にみることで、自分自身の判断基準を確立。それに基づいて周囲の期待について判断・選択」できる知性の持ち主であると述べています。
そのパートナーとなる経営幹部も、社会起業家の想いに共感して入社してくるので、同様に強い想いを持っています。お金儲けのために経営パートナーになった人に、私は会ったことがありません。
ソーシャル・ベンチャーで内紛が早期に起こる3つの理由
想いに共感したのだから、その後の事業運営においても経営陣同士協力的にやれそうです。しかし、冒頭のケースのように、早期に内紛に陥る現実があります。一体、なぜなのでしょうか。
1つ目の理由は、新しい社会を創り出そうとする強い想いから生じる副作用です。社会起業の経営陣は、それぞれ自分の理想にこだわります。そのことが、時には違う価値観への排他性につながります。ロバート・キーガン教授も、自己主導型の知性が最も恐れるのは「帰属しているグループから排除されたり、グループ内で評判を落としたりすることではない。それは、自分で設定した基準に到達できなかったり、自分の目標を達成できなかったり、自分でものごとをコントロールできなくなったり(中略)することなのだ」と特徴を説明しています(出典:同上)。
カブームのCEOであるダレル・ハモンドも、内紛に陥った原因として「私は四六時中出張していたにもかかわらず、自分ですべてを行い、すべてをコントロールしたがっていたのです」と著書で回想しています。
社会起業家も経営パートナーも人間です。その思惑が完全に一致することはありません。特に社会性と経済性のどちらを優先するかは考え方がずれやすいポイントになります。貴重な人材をどの事業に投入するのか、対外的に自社をどうアピールするのか等々。それぞれの理想にこだわり続けた結果、会社はバラバラになっていきます。このように、経営陣一人ひとりの想いの強さが、亀裂を生んでいくのです。
2つ目の理由は、多忙さです。ソーシャル・ベンチャーの創業期は、なかなか利益が出ず人を十分に雇う余力もないため人員不足になります。亀裂が起き始めた段階で経営陣の中でしっかりと話し合いができればよいのですが、多忙のため話し合いが先延ばしになりがちです。経営陣も現場の仕事に追われるため、本音を語るまとまった時間を確保することが難しくなります。「他の人はわかってくれないかもしれない。だけど、創業期から一緒にやってきたあいつだったら言わなくても分かってくれているはずだ」というような思い込みが、亀裂を深めていきます。
さらに3つ目の理由として、代表者の法的な地位が通常のベンチャーと比較して弱い場合が多いことが挙げられます。通常のベンチャー企業では、株式の大多数を起業家が保有して、法的に自らの代表者としての地位をコントロールすることが可能です。
一方、ソーシャル・ベンチャーでは、公益性の観点から、代表者1人に権限が集中しないように気遣いを求められることがあります。株式会社の場合でも、ステークホルダー全員で株式を分散保有する傾向があるように思えます。結果として、株主総会でも代表者の地位を追われやすいという特徴があります。非営利型法人ではさらに、代表1人の力は制限されます。ソーシャル・ベンチャーでは、法人の最高意思決定機関を起業家が法的にコントロールすることが難しいことが多いのです。
こだわりの強い経営陣が、それぞれのこだわりで事業を進め、亀裂が生まれる。忙しさのせいで話し合いの機会を逃して亀裂が広がる。代表の法的地位が弱いため、早期に内紛に発展する。ソーシャル・ベンチャーの内紛の多さには、こうした構造的な要因があるのです。
ソーシャル・ベンチャーが内紛を回避するには?
ソーシャル・ベンチャーが内紛を回避するためには、起業家自身が自らの限界を知ることが必要です。そして、「自己主導型知性」の次の段階、「自己変容型知性」の重要性を理解し、習得する必要があります。先述のロバート・キーガン教授は、「自己変容型知性」の持ち主を、「自分自身の価値基準を客観的に見て、限界を検討できる。あらゆるシステムが不完全なことを認識し、矛盾や反対を受け入れられる」としています。経営陣それぞれが自分の価値観を誇示するのではなく、他者の言葉に耳を傾ける姿勢を持って運営することが重要です。
世界的なNPOを創った経営者でさえ陥った内紛が、ソーシャル・ベンチャーに内在するリスクであるということを真摯にとらえ理解する。そして、内紛を招かないために、他の誰でもなく起業家自身が自己主導型から自己変容型へと知性を進化させる。その過程で会社としての意思決定の在り方を変容させていくことが、発展するソーシャル・ベンチャーの必要条件となります。
さらに、定期的に理事会や経営合宿をすることが、普段に変化を続ける経営の中でも健全な経営陣の関係性を保つ上で重要です。日本有数のソーシャル・ベンチャーであるカタリバの理事であり、立教大学経営学部の中原淳教授も、同社の転換拡大期に際して
「カタリバのルーツを大事にすること
そしてカタリバが何をめざす組織であるのか
の対話を必ずメンバーが続けていくこと」
(NAKAHARA-LAB.netブログより)
と経営陣の対話を促しています。
自分自身の限界を認識して、知性を進化させる、緊密な利害関係にある経営陣同士での率直な対話に困難さを感じる場合は、ソーシャル・ベンチャーの実態をよく知るコーチやアドバイザーなどのプロフェッショナルにサポートを担ってもらうのも一手です。私自身も支援活動を通じて起業家自身が変容し、経営陣がまとまっていく様子に触れた経験が何回もあります。
また、法的なコントロールの観点から、非営利型法人ではなく、起業家自身が株式の大多数を保有する株式会社として、運営を開始するということも検討に値します。実際KIBOWインパクト・インベストメントの対象となる会社は、株式会社でありながら、社会的価値の高い事業を営んでいます。必ずしも、ソーシャル・ベンチャーだからといって非営利型法人を選ぶ必要はないのです。
起業家自身が時に弱みを見せ、経営パートナーの力を借りる。さらに法人形態を慎重に選択する。これが、ソーシャル・ベンチャーの内紛回避の術なのです。