変革の難所:なぜ危機感の醸成は難しいのか? 

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企業が激変する外部環境に対応するためには、恒常的な変革と従業員一人ひとりの行動変容が不可欠だが、そこにはいくつかの難所が存在する。前回、それらを乗り越えるには、あるトリガーとなる特徴が整うと“無意識に”反応してしまうという社会心理学の原理(カチッサー効果)を活用することが有効であるとお伝えした。今回はまず、なぜ「今」自社が変わらなければならないのか腹落ちしない(危機感や納得感の欠如)、という多くの企業に見られる最初の難所について取り上げる。そして、その難所を乗り越えるために「稀少性」というカチッサーをいかに応用できるか考えてみたい。

あるGMSのケース:売上低迷が続いているのに店長に危機意識がない!

長期低迷をつづけている某GMSの変革プロジェクトリーダーは悩んでいた。これだけ右肩下がりの全社の経営数値を共有しても、店長の危機意識が感じられない。長い間こんな状態が続いているため、もう慣れてしまっているかのようだ。

さてみなさんがこの変革プロジェクトリーダーの立場ならどんな手を打つだろうか。

企業変革の難所1:なぜ「今」自組織が変わらねばならないのか?

企業を取り巻く環境が激変していても、働く人たちはいつの間にか内向きになり、その変化の重大さを感じられないことがある。なぜ「今」変わらねばならないのかを納得できなければ、企業変革と行動変容は始まらない。

そのためにまず行わなければならないのが「危機感の醸成」だとよく言われる。言い換えると、これまで企業が獲得してきた売上や利益(さらにはそこからもたらされるヒト・モノ・カネの経営資源)が、環境変化によって相対的に失われ、その稀少性が高まり、持っているものを失いたくないという欲求が高まっていく状態をつくることだ。稀少性とは、手に入れにくいものほどその価値が増し、人間は無意識に欲しくなる、失いたくなくなるという心の作用をいう。

ではなぜ可能性ある未来を示してあげることよりも、今まで所有してきたものを失いかけているというネガティブな側面にあえて着目するのだろうか。

その理由として、人は「何かを得る可能性より、失う可能性により敏感になる」(*1)ということが実証されており、この心理を利用した刺激を与えることの方がより効果的に人の行動を促せるからだ。

危機感は自分の価値観や強みに関係があるとより強まる

しかし、危機感の醸成は簡単ではない。かつての日産のゴーン改革も、当時史上最大の赤字額を計上してはじめて従業員に危機感が芽生え始めた。

一方、冒頭の某GMSのケースでは、稀少性の原理にのっとって右肩下がりの全社の経営数値を共有しているのに、なぜ店長たちには響かなかったのだろう。

ひとつには、長い期間業績が低迷していた(経営資源などの稀少性が増してきている)とはいえ、今もなお存続しているという状況が、危機(稀少性)に対する感度を下げてしまっていることが考えられる。

もうひとつ考えられるのは、人は自分の求めているものや、大事にしたい価値観や強みとの関係性の高い事実を突き付けられた方が、稀少性が増し、危機感の度合いが高まるのではないかということだ。今回のケースにあてはめてみると、店長という立場ではあっても、経営数値へのコミットは役割からくる責任であって、本人の心の底から大事にしたい価値観に紐づくものでなかったとしたら、危機感への感度が低くなるのもうなずける。

実は今回のケースで最終的に一番店長たちに響いたのは、「毎日売り場を歩きながら、お客さんや仲間に『ありがとう』を伝えること、言ってもらえることが自分の最大の喜びであると、店舗閉鎖してはじめて気づいた」という元店長からの手紙だった。

より危機感を促す、情報価値の高い事実とは、真の顧客志向の企業であれば自社のサービスに不満を持っている顧客の生声になるであろうし、コスト競争力に自信を持っている企業なら競合の大幅なコスト改善データなどがそれに相当するだろう。かつそれがより具体的でイメージが想起できるものである方が効果的だ。

正しい情報が現場から上がってくる風土づくりも必要

となると、危機感を醸成するために変革を導くリーダーがまず考えなければならないのは、自組織のメンバーが何を大切にして働いているのか、モチベーションの源泉は何なのかということだ。そのうえで、そのモチベーションの源泉と強く関係する現場のリアルな厳しい情報をリーダーは常に正しく把握し、それをメンバーと共有する必要がある。

経営者はよい情報よりも悪い情報をより好む」(*2)という傾向があるので、経営者に変革の舵を切ってもらうためにも、耳触りのよい情報より、現場の悪い(正しい)情報を伝えることの方が効果あるのだ。しかし、組織を流れる現場からの情報というのは普通その逆になりがちで、悪い情報は上がってこない。人は悪い情報を流すと責められるという恐怖心を常にもっているからだ。組織の上位者はそうした人の心理を理解したうえで、正しい情報を共有することの重要性を説かなければならない。それが稀少性というカチッサーを活かすための必要条件なのだ。

(*1)Kahneman. D. and A. Tversky (1979), “Prospect theory : an analysis of decision under risk”. Econometrica, 47 : 263-91.
(*2)Shelley. M. K. (1994), “Gain/loss asymmetry in risky intertemporal choice”, Organizational Behaviour and Human Decision Peocesses, 59 : 124-59

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