今回の「ビジネスパーソンの必須知識」では決算記事に焦点をあてます。上場会社は四半期に1回、決算発表を行います。3月が会計年度末の会社は、4月から5月半ばにかけて本年度の決算発表をする必要があるため、この時期の経済ニュースは大手企業の決算に関するニュースで溢れることとなります。実際に決算記事がどのように作られているのかについて触れつつ、ニュースの読み手が見落としがちなポイントについて押さえていきます(全2回の後編、前編はこちら)。
「2文目」で取材力が問われることも
前回は決算記事の基本的な構成について説明しましたが、極論を言うとストレート記事の1文目は、記者訓練を受けていない人でも、決算短信の読み方さえ知っていれば、誰でも書けるものかと思います。しかし、なぜその予想値(実績値)となったのかを正しく記載するためには、日ごろの勉強とともに、ある程度の「場数」を踏む必要が出てきます。
一見、丁寧と感じる「決算説明会資料」も、特に記者を混乱させる材料となります。本業に関係する「営業利益」段階での増益要因・減益要因の変化について詳しく説明しながら、本業以外の領域や、特別利益・特別損失が関係する「最終損益」段階でどのような変化が起きたのか、説明を省略する企業も実は存在します。
また本決算発表時で示された今期の業績予想が、どのような前提で積みあげられてできたものなのか、細かくは明らかにされていないケースもあります。
このため担当記者は決算開示後、資料を迅速に読み込んだうえで、記者会見などで企業側に質問を投げかけ、業績予想や実績値の根拠について確認する作業に迫られます。
もし、前期に工場の減損損失を行っており、減価償却が今期から減少することが利益を押し上げる最大の要因だと分かった場合、次のような記事になるでしょう。以下の記事例のうち、赤字で示した2文目において、丁寧に取材することなく、直近の業界動向に意識を引っ張られる形で、例えば「新型スマートフォン向けの液晶部材の生産拡大が寄与する」など的外れなことを書いた場合、担当する業界や、同業の記者から取材能力がない人間だとレッテルを貼られることとなります。
A社は3日、2023年3月期の連結最終損益(国際会計基準)が53億円の黒字(前期は212億円の赤字)に転換する見通しを発表した。前期に液晶テレビ用部材を生産するB工場について、減損損失を計上したことを受け、今期は減価償却費が減少し、利益の押し上げ要因となる。
決算会見のメリットとは
銀行や生命保険会社を除き、大手企業の場合、決算会見はこれまで東京証券取引所にある兜記者倶楽部や、大阪取引所、名古屋証券取引所内の記者クラブ内などで行われるのが通例となっていました。ただコロナ禍を機に、オンライン形式での記者会見を取り入れる企業が増えています。
メディアの記者とアナリスト、ファンドマネジャーらを同じ場所に集め「プレス・投資家向けカンファレンス」として一体化させて行うケースも一般的となっています。
決算会見(カンファレンス)のメリットとデメリットをまとめると、以下のようなことがあると思います。
さらに経営トップや、経営層として活躍するエグゼクティブにとっては、会見の場を通じ有能な記者と出会えた場合、1)監督省庁や競合他社の幹部の動きについて把握するための「情報源」として幅広く活用できる、2)記者の取材活動を後押しすることで、時に自社にとって望ましい方向に論調を動かすことができる、などの利点があると言えます。自宅に「夜討ち朝駆け」をする記者が現れた際、プラベートを犠牲にしてでも応対しようとする企業経営者・エグゼクティブが今でも存在する理由には、こうしたことがあります。
決算会見のリアル
どのような会見でも独特の緊張感があるものですが、限られた会見時間のなかで、企業側が記者の質問に対し明確な返答を回避し続けるケースでは、時にいきり立つ記者が現れます。また、厳しい質問に対し感情的になる経営トップも時に存在します。
例えば、今期の最終損益が黒字化すると予想する企業が、その理由として説明会資料に「構造改革の実施」と記載していた場合、当然のごとく記者はその具体的な中身について説明を求めることとなります。
拠点閉鎖、希望退職の募集などのプランがある一方で、労使間協議がまだまとまっていない(または協議すら始めていない)場合、どのような情報発信が適切になるでしょうか。様々なやり方がありますが、ひとつ挙げるなら、質問者の目をしっかりととらえ、「状況が整えば適切なタイミングで明らかにしたい」などと回答し、きっぱりと押し通せば、記者は不満を抱えながらも「これ以上質問しても埒が開かない」と矛を収めようとするかもしれません。
一方で、厳しい質問に感情をあらわにする企業経営者も、なかには存在します。構造改革の中身について質問をしたベテラン記者に対し、「そんなことを聞いてどうするのか、オタクはうちの悪いところを書き立てようとするのか」などと、その場で強い口調で報道姿勢を非難し、会見の終了時刻後も説教を続ける企業トップの姿を、記者時代に私は目にしたことがあります。
質問を投げかけながら相手の反応を観察し、取材対象者の考え、心理状態、人となりを把握し、仮説を検証し、今後の取材活動に役立てていく──。経済分野にとどまらず、記者の仕事というのは、その繰り返しだと言うこともできるでしょう。しかしオンライン会見の場合、「リアル」の感触が得にくいのも確かであり、メディア側にとってはデメリットもあると言えそうです。
以上、2回に分けて、経済ニュースとしての「決算記事」の基本的な事項に着目してきました。これまでの内容を踏まえ、個別企業が公表する決算説明会資料ではどのような項目が注目されているのか、投資家や経済メディアに属する記者の着眼点を新たなシリーズで取り上げていきます。