ガソリン価格高騰や道交法改正など、暗い話題が多い運送業界。しかし、そんな中で急成長しているのが“レントラ便”という新しい運送サービス。“レントラ便”とはどのようなサービスなのか? 実際にレントラ便に乗ってみた(このコラムは、アイティメディア「Business Media 誠」に2008年8月28日に掲載された内容をGLOBIS.JPの読者向けに再掲載したものです)。
気象庁によるとその日の最高気温は32.4度。午前中から30度を超えていた。だが軽トラは「いつもと同じように」クーラーを入れず、窓を全開にした。国道1号線を大井町から三田、日本橋、浅草へ。そして6号線を折れて葛飾へと向かう。走っていれば涼しいが、信号待ちの間は暑い。
私が同乗したのはドライバー付きでトラックを貸してくれるサービス「レントラ便」のトラックで、ドライバーは内海謙佑(うつみけんすけ)さん。向かう先はレントラ便を“2時間発注”したお客さまの養護学校で、運送物は書類や機材など。搬入先は養護学校の近所にある廃校の倉庫だ。
なぜ助手席に私が同乗し、なぜ私まで汗をかいたのか。それは、ありそうでなかった運送サービスモデルにぐっときて、ハーツの山口裕詮(ひろあき)社長に、現場への同乗取材とインタビューを申し込んだからだ。
引越し便とも宅急便とも違うレントラ便
到着すると養護学校の通用口に、すでに段ボールが山盛り。職員さんが「こっちだよ!」とニコニコして出迎えてくれた。トラックの荷台を職員さんに向けて停車。あいさつもそこそこに、さっそく書類の段ボール(合計104個)を軽トラに積み込む。内海さんはもちろん、職員さんも“よいしょよいしょ”と運んだ。
初回便、軽トラがぐっと沈み込むほど積み込んだので、思わず「私も乗って大丈夫でしょうか?」と内海さんに聞いてしまった。もちろん大丈夫。3~4分そろりと走り、隣接する廃校(高校)の倉庫に段ボールを運び入れる。待ち受ける養護学校の職員さん2人と一緒に、台車を使って搬入する。この反復作業が午前中の作業だ。
レントラ便運送中(上)、働く内海さん(下)
運転に慣れて力持ちと頼りになるお兄さんが付いてくる引越しトラック、と思えば分かりやすいだろう。当初「4回くらいかな」という見積もりだったが、結局2時間で6回も往復した。なぜなら段取りが良くて時間が余り気味になったため、「あれもこれも運んでくれない?」とお願いされたため。
取材というタテマエがあっても、1人で写真を撮っているわけにもゆかず、私も運搬を手伝った。内海さんは流れる汗をぬぐいつつ、現場ではクーラーを入れた。ハーツでは地球温暖化防止の「チームマイナス6%」に参加しているので、やたらとスイッチは入れられない。搬送途中、2人で自販機で買って飲んだペットボトル、実にうまかった。過ぎし夏のアルバイトの思い出がよみがえってきた。
「“あ~、終わっちゃった”という寂しさを感じますね」
終わりがけに内海さんが言う。「引越し便は引越しだけ、宅急便は運ぶだけ。でもレントラ便は違うんですよ」。内海さんはもともとアルバイトとして山口社長の元で働いていた。一時離れたが社員として戻ってきたのは、仕事から得られる充実感と将来性ゆえ。
2時間の料金は1万1550円。レンタカーなら慣れないトラック運転だし、運搬は自分たちだけ、さらにガソリン満タンで返却する手間もある。レントラ便とどちらが得か? 内海さんが帰りがけに、職員さんから別案件の相談を受けたのが1つの答えだ。私たちは汗をふきながら、葛飾の現場から南大井へと戻った。
なぜハーツに? なぜ鳥人間?
「東京理科大の“鳥人間サークル”から始まったんです」と山口社長。
“レントラ便”が誕生したきっかけは3年ほど前、同大学神楽坂キャンパスから川越の河川敷までの“鳥人間”飛行機の運送依頼だった。鳥人間とは、空気力学と人間の熱意で滑空する人力飛行機だ。同好会費用で組立部材を河川敷まで運送したいという。なぜか受注して、なぜかその後も不定期に発注がある。
なぜハーツに? なぜ鳥人間? はっきりした理由は分からないまま、山口社長は仮説を立てた。「学生だからトラックの運転に慣れていない」「制作物を壊さない運送が素人では難しい」「なるべく安くあげたいが、運送業者の料金は不明朗」……ここに運送新ビジネスのヒントがあった。
だがまっすぐレントラ便にたどり着いたわけではない。飛び立つまでには長い助走があった。トラックだから“道路陥没”もあれば“道路封鎖”、“タイヤ摩耗”にも悩まされたのだろうか。文字通り平たんな道のりではなかった。
山口社長は19歳で函館から上京、西濃運輸で1年、佐川急便で3年働いた。キツい仕事で有名な佐川急便での3年勤務は、同期入社で最後まで生き残った1人だった。だが、佐川急便事件が起こり、変わり果ててしまった会社を見て退職。しばらくは運送以外の仕事もしたが、自分にできるのは運送だと気付き、先輩が起業した運送会社に参加した。大田区界隈で1日300キロメートル、18時間働いた日もあった。
だがあるモメ事が起きたことから、「いっそオレも起業を」と軽トラ1台で会社を立ち上げた。25歳だった。持ち前の努力で事業展開し、大口取引も得て順風だった。
だが、その大口取引がアダになった。売上の8割を占めていた会社から取引停止をくらったのだ。売上はゼロに近づき、自殺も考えた。しかし、取引先の社長に直談判して気迫で生き延びた。この時、「1社依存、下請けじゃダメだ」と痛感した。
そんなある日、お付き合いで行った東京中小企業家同友会の講演で、師となる人に出会った。サヤカ(基盤分割装置製造メーカー)の猿渡盛之社長だ。猿渡社長の「会社をつぶさないためには、自社ブランドを持たないとダメ」との言葉が、山口社長に衝撃を与えた。自社ブランドとは脱下請けを意味する。考えた末にロゴを作り、引越し業を始めた。手応えはあったが引越しは繁忙期と閑散期が極端で、他社との違いもアピールし切れなかった。そこでまた猿渡社長の言葉を思い出した。
「どんな業界でも掘り下げることができる」
掘り下げた結果当たったのが“レントラ便”。飛べない鳥人間という1つの案件から、新しい運送サービスを発案したのだ。
“トラックの運転+手伝い=明朗会計/時間チャージ”というシステム。運搬作業の事前の見積もりと時間単価設定にノウハウを蓄積した。コンセプトを固めて2005年暮れ、中小企業庁の経営革新支援計画に認定申請し採択され、開発を進めた。正式なスタートは2006年6月、以来毎月売上を伸ばし、2008年7月は前年同月比220%を突破した。
オフィス前で山口社長
5年で20倍の事業規模をめざして
ドライバーは茶髪やピアス、髭は禁止。お客さんは頻繁に運送会社に頼むわけではないところが多い。某モード学園からこの秋、新宿から代々木体育館まで往復便の卒業制作を受注した。“ガルウィング”でドアが開く4トントラックを貸し出し、遊園地のマジシャンイベントやコンサート、検品代行も廃棄物処理もする。
レントラ便ドライバーさん
将来の目標は? と山口社長に聞くと「稼働台数1000台」という数字を挙げた。現在は50台だから5年で20倍の計算。そのためにレントラ便のネットワークを全国に広げる。見積もりの標準化をさらに進め、Web予約システムの開発も着々と行う。
成長するとヨコ槍も入る。某競合業界から「違法行為」と脅しの電話もかかるという。もちろん適法だから、これは言いがかりだ。サービスの真似もされるので、ビジネスモデル特許も申請した。
「“汚い”“キツい”“長時間労働”の業界を変えたい」と山口社長は話す。ガソリン価格高騰、料金値上げ、道交法改正、駐車違反摘発……と悪いニュースばかりの運送業界。それをニーズと時代変化にマッチしたレントラ便で変えたい。夏取材の汗がとてもすがすがしく感じた。
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