技術革新の加速、産業構造の変化、グローバル市場の拡大が、日本企業に大胆な変革を迫っている。変革企業の最前線では、今、何が起こっているのか――。本シリーズでは、グロービス・コーポレート・エデュケーションのクライアント企業に、直面する課題、変革への難所、突破方法などについて聞いていく。第5回のゲストは、株式会社力の源(ちからのもと)パートナーズ(本社:東京・中央)の星﨑剛士取締役。一風堂の海外出店を加速させ、人財育成の新境地を開こうとしているという。その思いに迫った。(聞き手・構成=水野博泰GLOBIS知見録「読む」編集長)
「7つの習慣」で飲食業をかっこいい職業に変える!
知見録: ニューヨークに開店した「IPPUDO」に行ったことがあるのだが、お洒落で綺麗な行列のできるレストランで驚いた。“ラーメン屋”という固定概念を壊す挑戦だとお見受けした。その変革チャレンジの土台になっているのが、星﨑さんが取り組んでいる「人づくり」だと聞く。人材育成に賭ける星﨑さんの「思い」は?
星﨑: 第1に創業者で会長の河原(成美)は、ラーメン業界、飲食業界を全体として底上げしていくこと、かっこいい職業にしていくことを高い「志」として持っています。私はその志に大いに共感して力の源(ちからのもと)にジョインしました。飲食業というのは、仕事がきついから人が定着しないというイメージがありますが、 これを根底から変えていきたいのです。そのためには、飲食業界の特徴と強みを突き詰めて考える必要があります。
一般的に飲食業の特徴の1つはピークタイムがはっきりしていることです。1日の時間軸がぎゅっぎゅっと詰まっていて、できるだけ少ない人数で運営することが求められる労働集約型です。そして飲食業のお客様は小売業などよりも長い時間滞在する傾向にあります。
そんな飲食業の職場で働くスタッフに一番に求められるものは高い「コミュニケーション能力」です。1つはチームメンバーとのコミュニケーション、もう1つはお客様とのコミュニケーションだと思っています。
少ない人数でピークタイムの仕事をこなし、超忙しい中でもチーム全体で連携し、みんなで良い空気感を醸し出す。トラブルには迅速かつ的確に対処する――。実は飲食業というのは、少人数で最大効果を上げるためのチームワークやコミュニケーション能力、リーダーシップを鍛錬するための絶好の修練場と言っても良いかもしれません。
学生時代に飲食業を体験し、その後起業して大活躍している人が少なくないのは、飲食の現場でコミュニケーションやリーダーシップを身体で学んだことも1つの要因だと思っています。豊かなコミュニケーションや人間関係を作れたら人間は豊かな人生を送れる。その一番基礎的なところを学べる場が飲食業というビジネスなのだと僕は確信しています。
ただし、そうした現場での学びが体系化されていなかったり、可視化されていないことが、まだ見受けられることもあるように思います。飲食業の最大の強みであり最大の魅力が、人から人へ、現場から現場へと伝わっていかないのです。飲食業を経験した人が一人残らず、その強みを身につけ、魅力を理解してもらえるように体系化する必要があるなと考えました。そこで、飲食業向けの研修プログラム「7つの習慣 店舗運営の心得」をフランクリン・コヴィー・ジャパンと共同開発しました。
知見録: それは、どのような研修プログラムなのか?
星﨑: 世界的ベストセラー『7つの習慣』がベースになっています。著者のスティーブン・コヴィーさんが体系化し、フランクリン・コヴィー社が研修プログラムとしてパッケージ化したもので、それを飲食業向けにカスタマイズしました。
「7つの習慣」とは「良いチームを作るための習慣」と言うことができます。飲食業に携わる人たちが、コミュニケーションを上手くとり、良いチームメンバーとなり、良いチームリーダーとなるための習慣を学び、仕事でも家庭でも自分がやりたいことを実現できる豊かな人生を送ってもらうということを実現したいと思っています。
なぜ「7つの習慣」なのかと言えば、1つめに、昨年提携した、全米最大のアメリカンチャイニーズレストラン「PANDA EXPRESS」を運営するパンダレストラングループが既に同プログラムを採用し大きな成果を出しているということ。2つめは、僕自身が個人的に心酔していたということです。フランクリン・コヴィー社とは以前からご縁があって自分自身「7つの習慣ファシリテーター」の資格を持っています。
僕は2012年に力の源カンパニーにジョインしてから、海外事業や人事を担当させてもらってきましたが、2016年10月からは力の源パートナーズに籍を移し、人財教育事業に専念しています。
知見録: 前職を含めて飲食業に長く携わってきた星﨑さんの目から見て、こうした人材教育は現場で行われているのか?
星﨑: 飲食業界のすべてが見えているわけではないですが、こうした教育プログラムに対して“慣れていない業界”だと思っています。これには飲食業界人の特質が関連していると思っていまして、基本的に独立志向の方が多いように思います。良く言えば「自分流」ですが、悪く言えば「我流」に陥ってしまい閉じてしまう。飲食業界という大きな視点から人財育成を考えることはあまりなかったのではないでしょうか。
知見録: ポジティブに考えれば、伸び代はかなり大きいのかもしれない。
星﨑: まさにそう思っています。我流は一見個性のようですが、基礎がないとすぐに頭打ちになりがちです。僕が見ている飲食人は、ある程度我流でやっていき、1店舗を切り盛りする小さなチームがなんとなくできると、そこで思考が止まってしまい、それ以上先に進まなくなってしまうことが少なくないなと。だから飲食業界には、「現場で頑張れるうちは良いですが、40歳以降のキャリアはどうなるのだろうか?」と不安を持っている人が多いのも事実です。飲食という業種が、働く人にとって一生をかけてキャリアを積み重ねる場として必ずしも考えられていないように思うのです。そうした状況を抜本的に変えるツールとして、「7つの習慣」を使っていきたいのです。
福岡にある一風堂山王店を「7つの習慣」の先行モデル店舗にしていろいろと実験しているのですが、目に見える効果が出てきています。その店舗で働いているスタッフたちは、年代もバラバラで、外国籍の方もいるし、障碍を持たれた方もいます。多様なスタッフたちがお互いの違いを尊重しながら、本当に気持ちの良い職場空間を作っています。「7つの習慣」の導入前と後でアンケートをとってみると、例えば働くスタッフの満足度が20ポイントも上がりました。この山王店ではもう1年半以上にわたって対外的にスタッフ募集をかけていないんです。
知見録: 辞めないということ?
星﨑: 辞めないですし、スタッフの紹介で次の人が入ってくれているんです。一般的に飲食店舗ではアルバイトスタッフが「ここで社員になって働きたい」と言ってくれることは多くなく、自分のキャリアを積む職場として人気が低いです。ところが山王店ではなんと4人ものアルバイトスタッフが「社員になりたい」と言ってくれているんです。
山王店で先行導入しつつ、力の源グループのほぼ全社員が「7つの習慣」の受講を開始していて、教えることができるファシリテーターも41名(2017年3月末時点)にまで増えています。
社外からも、いろいろなところから声をかけてもらっていますが、「7つの習慣」を本当に根付かせていくためには、「教育」の一方で「評価」とも連動させていく必要があります。かなり深く関わっていかなければならないので、クライアント企業の数はいたずらに増やしてはいません。例えば、今一番大きな規模の案件は社員・アルバイトを合わせて8,000人くらいの大手企業です。まずは、8人のファシリテーターを社内で育成し、全社展開を始めようとしているところです。当社の山王店のようなモデル店舗をつくることにも一緒に取り組んでいるところです。
知見録: 飲食業界にとって大きな転換点になるのではないか。
星﨑: そう思っていますし、飲食業界にとどまらないインパクトを与えたいですね。「社員として働きたいか?」と訊けば飲食業は分が悪いですが、「アルバイトしたいか?」と聞けば多くの人がYESと答えますし、実際入り口のところで、非常に多くの人が飲食業に携わっています。多くはアルバイトですが、その人たちが現場でコミュニケーションを学び、チームメイキングを学び、リーダーシップを学び、夢を持って飲食業を卒業していったとしたら…。日本全体に対して良いインパクトを与えると僕は信じています。
1店舗うまくいったら「もう大丈夫!」ではなく、社会と共生し、もっと発展していくためにはどうしたらよいのかということを考えて、マーケティングや経営のことも勉強していく…。そんなビジネスパーソンを育てていけば、飲食業の在り方をガラリと変える瞬間が来ると本気で思っているんです。
もちろん、今すぐにできることではありません。どんなに頑張っても10年はかかります。しかし、10年間、そうした人財を飲食業発で輩出し続けたら、世の中はめちゃくちゃ変わるはずなんです。
知見録: 10年後の飲食業界というのは、どんな姿になっているだろうか?
星﨑: 多くの人が「飲食業界がキャリアの最初に働くべき業界である」と考えている状態です。「飲食業界に入れば、職業人として人間として、必要不可欠な能力をしっかりと身に付けられる」という社会的認知を獲得したいですね。
ラーメン業界で大切なものは「豚ガラ・鳥ガラ・人柄」なんて言われるように、飲食業界には心が素直な人が多い。松下幸之助翁も「素直」が大切だと言っています。何かを学ぶ時に最も大切なのは素直さであり、それこそが飲食が持つ伸び代ポテンシャルにほかならないと思っています。
もう1つ、飲食人の特性として「人のために」「人に喜んでもらいたい」という気持ちを根っこのところで持っていることがあります。何のために仕事をするのか、誰のために仕事をするのか、という問いに対して「お客様に喜んでいただくため」という答えを最初から持っている人たちなのです。
知見録: そういう人じゃないと入ってこない。
星﨑: そうです。「自分のためにやっている。喜んでもらわなくてもけっこう」という人はそもそも入ってきません。原体験をたどると「お客さんに喜んでもらったとき、嬉しかった!」「ありがとうって言われたときに胸がキュンとした」といった何かを持っています。そういう人たちが集まる業界なので、彼ら・彼女らが素直な気持ちで学びを深めた時、当然、人のためになることにつなげていくと思うんです。だから、飲食人が学びを深めた結果起きることは、世の中が良くなる方向に向かうことしか想像できないんです。
「海外300店舗、売上高300億円」への人づくり
知見録: ところで、力の源はグローバル展開を急ピッチで進めている。中期経営計画では「2025年までに海外300店舗、売上高300億円」という目標を掲げている。今すぐ活躍できるグローバル人材の育成については、どう取り組んでいるのか?
星﨑: それは喫緊の課題です。不確実性の高い海外マーケットで成功するためには、熱い志を抱きつつ、論理思考力、仮説思考力、フレームワーク活用力を身につけていなければなりません。2015年1~3月に福岡県の委託でグロービスが提供した「グローバル経営者養成塾」という計4日間のプログラムを受講させてもらいました。「クリティカル・シンキング」「経営戦略」「異文化マネジメント」「海外展開に必要な経営視点」を組み合わせてカスタマイズしたもので、「まさに、これだ!」と。さっそく、日本国内の海外事業関係者、幹部メンバーには受講してもらいました。
すると、ビフォー・アフターで仕事のスピード感が全く変わりました。中期経営計画を立てる時には幹部陣で合宿するのですが、アウトプットにたどり着くまでのスピードが格段にアップしました。今まで丸2日かけていたものが、4時間ぐらいで大枠まで決めることができるようになったんです。結果としてクオリティーも上がりました。
課題は、海外に既に渡り、今頑張っている社員に対するサポートです。オンライン授業も採用しましたが、業務が多岐・大量に及ぶので、なかなかまとまった時間が取れません。やはり、「行く前」に準備しておく必要があると思っていて、それを3年ぐらいかけてキャッチアップしていきたいです。
知見録: 星崎さんはアジア・オセアニア担当として海外市場を急速に開拓した立役者だったが、どのように実行したのか?
星﨑: 僕の場合、回遊魚みたいに海外をずっと回っていました(笑)。パスポート1冊が出入国スタンプで埋まるのに1年かからないぐらいのペースで、いろんな面でキャパシティ・オーバーでした。
当時、現地担当者に「新規出店はどこにするのが良いか?」「その場所を選ぶ理由は?」「売上・利益の見込みは?」「競合他社との関係は?」と聞いても答えが返ってこなかったのですが、それもそのはずで、その国に最初に出した店を一生懸命守ってくれている社員に次の出店戦略を考えてくれと言ってもうまくいくはずがありません。僕が月に1~2日滞在して「調子はどう?」なんて会話をしているレベルでは、出店拡大などできるはずがありません。
「現地で頑張っているこの人たちに新たな能力を身につけてもらわない限り、これ以上の発展はない」と確信し、「海外現地リーダーの実力養成」にフォーカスしていきました。
知見録: 海外出店のハシリでは、ガムシャラにやればなんとかなったが、そこから拡大路線に乗せることは延長線上にはなかった、と?
星﨑: そうです。だから「人事に異動させてほしい」と手を上げました。現地を知らない僕がちょこちょこと出張して話を聞いて出店を判断するということに対して大いに矛盾を感じていたからです。本来は、現地のリーダーが判断するのが一番良いに決まっているんですね。そのためには、人事や教育のシステムを変えなければならないことは明らかでした。
力の源における僕自身の流れは、海外展開の責任者として仕組みに限界があることに気づき、人事部に移って人財育成の仕組みづくりを担当させてもらい、そして今、「7つの習慣」による人財教育を飲食業界に展開しようとしている、ということになります。
ラーメンを作っているのではない、ありがとうを作っている
知見録: 河原成美会長と星崎さんは、どういう部分で繋がっているのか。かたや波乱万丈の叩き上げ創業者、かたや海外MBAホルダー。接点がよく見えない。
星﨑: 2つあります。1つは、河原が力の源という「箱」を作った理由にあります。根底にあるのは、「良い社会人、良い大人、良い人間を輩出したい」という思いです。「人間として豊かな心を作ることが、この世の中をもっと良くする」という河原の信念に、僕は痺れてしまった(笑)。もう1つ痺れているのは「人のために、自分自身が成長しようぜ」という軸です。「“当たり前”の基準を上げる」という言い方もしています。
それを実践するための場が、たまたま「飲食業」であり「ラーメン屋のオヤジ」であったということです。
力の源の企業理念は「変わらないために、変わり続ける」。笑顔やありがとうをつくり続けるためなら僕らは変わることを恐れない。物質的・表面的に現れているものの裏側にあるエネルギーは何なのかを突き詰めていくと、感謝やありがとうという言葉が発せられる場につながっています。そういう心豊かな状態を作り出すためのチャネル、あるいは表現手段がたまたまラーメンだったということ。僕らはラーメンをつくっているのではなく、ありがとうを作っているんです。
背景にそういう考えがしっかりあるので、僕が今、飲食業という舞台を使って教育事業に取り組んでいることに少しも違和感がないんです。
知見録: なるほど、全てが繋がった。ところで、2017年3月21日、力の源ホールディングスが東証マザーズに上場した。おめでとうございます。星崎さんの抱負は?
星﨑: AI(人工知能)の進化をはじめとする社会環境の変化は、製造業をはじめとする他産業から飲食業を含めたサービス業への雇用シフトを加速させるだろうと思っています。年配の方、主婦の方、外国人の方など多様な人たちが楽しく働ける職場を作りたいんです。お客さんの笑顔を作れる職場、もちろん利益をしっかり出せる職場を科学的なアプローチで作っていくことが僕自身の課題です。そこは「7つの習慣」というフレームワークを使って実現していきます。
知見録: 壮大な構想だ。ぜひ実現していただきたい。ありがとうございました。
担当コンサルタントから
花崎徳之
グロービス・コーポレート・エデュケーション マネジング・ディレクター
法人サービス部門にてセールス・マーケティングおよびサービス企画チームを統括すると同時にグロービスにおけるマーケティング領域のコンテンツ開発・講師育成チームのリーダーを務める。自身も講師として幅広い業界においてアクションラーニングの講師を担当している。
力の源グループはトップランナーであり続ける変化を自らに課しながら、ライバルを含めた業界全体を変革していく志を体現しているとあらためて感じました。飲食業界の存在意義をあらためて問いながら、変革の道筋をつくる強い意志で人・組織づくりを成し遂げようとされています。
「ラーメンではなく、ありがとうを作っている」
心が痺れる言葉です。そういえば、本シリーズで前回ご登場いただいたマツダ様のインタビュー記事からも同じようなインプレッションを受けました。
「人を作るついでにクルマを作っている」
通じ合うものを感じます。全身全霊をかけ、精魂込めてモノを作るのが日本人の粋(いき)ですが、モノ作りの究極の目的はモノ作りに非ず。本当に実現したいのは、人々の幸福であり、社会の安寧である。その理想を追求するために、我々には強い意思の力が必要である――。そんなメッセージが重ね合わさっているようです。多くの企業で人材育成を支援していますが、ここまで自社の存在意義を突き詰めている組織は何があってもブレることがありません。それは業界の垣根を越えた共通項であると我々は考えます。さて、最後に質問です。
あなたの会社は、何を作っているのですか?