今回は多角化、さらには事業ポートフォリオについて検討します。
まず、企業が多角化を進める理由を大きく分けると、(1)既存事業の衰退に備える(将来の成長の種をまく)、(2)範囲の経済(シナジー)を強化することで本業をますます強くする、(3)リスク分散を行う、(4)組織に活力を与える、などがあります。
このうち、(1)と(2)は比較的わかりやすいでしょう。たとえばビールメーカーがビール事業だけやっていてはプロダクトライフサイクルの進展に伴い、いつかは成長の限界に到達します。それでは企業としての成長は難しくなるので、他の飲料や食品を手掛けたり、発酵技術などを活かしてバイオ事業に参入したりしているのです。
範囲の経済性が効く結果、本業がさらに強化されるのも分かりやすい理由です。今でこそ様相は変わりましたが、テレビの黎明期の頃は、新聞社がこぞってテレビ事業に参入し、メディア事業間のシナジーを実現しようとしました。その中でもたとえば読売新聞は、「読売ジャイアンツ」というコンテンツも活用し、日本テレビの事業を成功に導くだけではなく、新聞の販売部数を伸ばしていったのです。
(4)の組織への影響は、戦略論からは外れるので今回は割愛します。問題は(3)のリスク分散(リスクヘッジ)です。これは企業が多角化し事業ポートフォリオを組む主要因として適切なのでしょうか。
リスク分散を意図した多角化の例として、たとえば食品メーカーが外食の店舗も運営するケースがあります。景気がいい時は外食する機会が増え、景気の悪い時は自宅で料理をする機会が増えます。つまり、景気がどちらに振れても、ある程度は安定した売上げを見込めるというのがこの多角化の狙いです。
ちなみに資産運用の分野では、基本は分散投資です。これもリスク分散が最大の狙いです。1つの株式や金融資産にすべての財産をつぎ込むのはリスクが大きいため、たとえば定期預金と投資信託と株式と不動産に分散投資する、あるいは通貨レベルでも円建てとドル建てとユーロ建てに分散するといったことが推奨されるのです。
こう考えると、事業ポートフォリオもなるべく分散させる方が良いように思われる方もいらっしゃるかもしれませんが、事はそう簡単ではありません。事実、コングロマリット・ディスカウントという言葉もあります。これは多角化企業の株価、さらには企業価値が、それぞれが個別企業として別々に運営されていたときの企業価値の総和を下回る現象です。常に生じるわけではありませんが、大手の多角化企業などではよく見られる現象です。
コングロマリット・ディスカウントが生じる原因としてはさまざまなことが指摘されていますが、主なものを挙げると、
A)多様な事業すべてを適切に管理するのは難しい。それらを率いるだけのリーダーも育てられないし、トップの時間の使い方も中途半端になる
B) 事業の多様性が増すほど範囲の経済性が効きにくくなる
C) 全社として同じ経営理念やビジョンのもとにまとめるのが難しくなり、求心力が働かず、ベクトルがブレやすい
D) 限りある経営資源が無駄に分散される
E) 事業ごとのサイロ化(タコツボ化)が生じ、経営資源の重複が生じやすい。また、事業間の摩擦解消にエネルギーを消費しやすい
F) 本来であれば淘汰されるべき「ゾンビ事業」に資金が投下され生き残る結果、全体として収益性が下がる
などがあります。つまり、資産運用で金融資産のポートフォリオを分散して組むほどには、事業のポートフォリオを適切に分散させるのは簡単ではないのです。
上場企業の場合、株主から見た事情というものもあります。株主が株式のポートフォリオを組み替えるのは株式の売買で瞬時に行えますが、事業会社が事業のポートフォリオを再構築するには非常に大きな労力と時間がかかります。つまり、株主からしてみると、ポートフォリオの組み替えは株式ベースで行う方がはるかに楽なので、必要以上に事業会社に事業ポートフォイリオの組み換えを行ってもらう必要はない、むしろそんなことに労力は使ってほしくないということです。
株主の立場から言えば、多角化は範囲の経済性が効く範囲にとどめてもらい、プロダクトライフサイクルなども見据えたうえで、企業の持続的成長が担保できる事業ポートフォリオにしてもらうのが好ましいわけです。企業がこれからの成長や収益化も見込めない事業にいたずらにキャッシュを投下したり、仲間内で争ったりするのは最悪です。
とは言え、多くの企業はそうしたことができません。株主というのはわがままなもので、コングリマリット・ディスカウントのような評価もする一方で、投資先にはやはり成長を求めます。こうした圧力のもとで、楽観的に多角化を行い、株価を下げるということがよく起こるのです。
では、企業はどうすればいいのでしょうか。最も好ましいのは先述したコングロマリット・ディスカウントの落とし穴A~Fをすべて避けつつ、無駄なく、シナジーの効くような有機的な多角化を実現することです。しかし、これは極めて難易度が高いものです。大企業になるほどその傾向は強くなります。
現実には、すべての落とし穴を避けるのは難しいことを意識しつつ、6つのうち3つ以上の落とし穴に陥っていないかを確認すればいいでしょう。その上で、それに該当するなら、勇気をもって事業ポートフォリオを再構築することが必要です。それを先延ばしすることは、通常は良い結果をもたらさないことが研究の結果でも示されています。
また、リスク分散の意義は意識しつつも、「リスク=悪、ゆえに多角化」という思い込みを過度に持つことにも注意する必要があります。
たとえば建機を主力事業とするコマツは、過去にはシリコンウエハー事業なども手掛け苦労しましたが、現在では事業多角化によるポートフォリオ以上に、グローバル展開による地理的市場分散でリスクを低減しています。
そもそも自社はどこまでリスクをとるべきなのか、リスク分散の方法として多角化は正しい方策なのか――そんなところにも立ち返って、最初からリスク分散ありきの多角化にならないようにしたいものです。