グロービス経営大学院でベンチャー戦略の教鞭を取る岡村勝弘氏による新連載。事業創造、変革の特筆すべき事例を取り上げ、ビジネススクールなどで学ぶフレームワークを用いながら、独自の視点で、そこから得られる学びを詳説する。第3回は、工作機械の数値制御や産業用ロボットで長きにわたり業界トップを走るファナックについて「VRIO理論」を用いて考える。
東証1部上場のファナックの業績には「信じられない」という言葉がぴったりだ。
2008年3月期の連結業績をみると、売上4684億円(対前年比11.16%増)、経常利益2100億円(対前年比17.03%増)、つまり、売上高経常利益率が44.83%である。従業員数は4894人。つまり単純計算で一人当たり1億円近くを稼ぎ出していることになる。
B to Bのビジネスを展開していることもあって、知っている人は知っている会社であるが、どちらかと言えば地味で、一般的な知名度はさほど高くないだろう。一体、どうしたら、このような好業績を残せるのか。しかも、この好業績が数年のことではなく、数十年に渡って続いているのだから、その経営内容に更なる関心を呼ぼうというものだ。
1956年以降、工作機械用NCでシェアNo.1を独走
ファナックは、主に工作機械用NC(Numerical Control、数値制御)と産業用の多関節ロボットで群を抜く企業である。工作機械用NCにおいては世界一、約50%のシェアを有すると言われ、国内シェアは実に70%にも達する*1。加えて、産業用多関節ロボットでも、世界で第3位、18.4%のシェアを握る*1。
1956年、富士通の社内ベンチャーとして誕生し、72年に同社から独立した。「1956年から65年までは赤字に告ぐ赤字だった」と、創業者・稲葉清右衛門氏が後に述懐しているが*2、ファナックは富士通時代に投資と研究開発の中核部分を済ませ、事業が軌道に乗った後に、分離・独立したわけである。
稲葉氏を中心とするチームが1956年、民間における日本最初のNCの開発に成功したのを皮切りに、58年にはNCの商用1号機を牧野フライス製作所へ納入している。翌59年には世界的特許製品となった電気・油圧パルスモーターを完成。独走体制を築いた。その後、オイルショックの余波として、大量の油を使う電気・油圧モーターに対して市場から批判の声が上がったものの、電気モーター、DCサーボモーターと次々と新しい技術で、これに即応することで、圧倒的リーダーの座を守り抜いた。75年の国内シェアは85%という*2。
ここで、工作機械の市場*3について、簡単にまとめておこう。
そもそも「工作機械」とは、自動車やコンピュータなどを構成する部品や金型などを製作したり、加工したりする産業用機械の総称だ。金属やプラスティック、木材などを、ドリル、エンドミルといった刃で目的の形状に成形する。昨今では、加工形状を機器から見た相対位置を数値化することで制御するNC加工が主流であり、前述の電気・油圧モーター、DCサーボモーターといった装置は、この際の位置制御のために用いられる中核要素の一つとなる。
社団法人・日本工作機械工業会によると、2006年の日本の工作機械の受注額は、1兆4370億円。景気動向に大きく左右される業界で、例えば2002年の同・受注額は6758億円だった。
加工対象物の相対位置を自動で制御することにより、生産性は格段に向上することから、1973年のNC比率は17.9%(日本)だったものに対し、1985年には83.1%(日本、受注額で1兆4121億円)まで急速に普及し、2006年現在では、95.7%に達している。
1965年時点では、輸入に依存していた工作機械も、1973年には輸出額(352億円)が輸入額(213億円)を上回り、現在では9215億円が輸出、1356億円が輸入と、日本は工作機械の輸出大国になっている。国別の生産額・輸出額(2005年)で見ると、日本が生産額で25%を占め、これにドイツ(18%)、中国(9%)、イタリア(9%)、韓国(7%)、台湾(6%)、アメリカ(6%)が続く。輸出額は、日本が2位で61億ドル、ドイツが1位で64億ドル、以降、イタリア(28億ドル)、台湾(27億ドル)、スイス(23億ドル)の順となる。一方、輸入額の多いのは65億ドルの中国が1位、続いてアメリカが39億ドルになっている。
さて、工作機械用NCでは、好スタートを切ったファナックであるが、実は産業用ロボットでは、後発である。産業用ロボットはアメリカが発祥の地であるが、日本では1960年代が黎明期、70年代の実用化時代を経て、1980年が普及元年と言われている*4。しかしその後、急速に開発、導入が進み、2004年には、日本が産業用ロボット設置台数35.6万台(ちなみに生産金額では5860億円)で1位、アメリカ(12.2万台)、ドイツ(12.1万台)を大きく引き離している*5。
ファナックは、1974年に自社向けに産業用ロボットを導入し、1982年、ゼネラル・モーターズ(以下、GM)と合弁で産業用ロボットの製造販売会社であるGMファナック・ロボティクス(以下、GMF)を設立した。その後、GMFは1985年までにアメリカ最大のロボットメーカーに成長*5。1992年にファナックの100%子会社になった後にも拡張を続け、同社のスポット溶接用ロボットは、日産自動車、本田技研工業、三菱自動車、スズキ、ルノー、PSA・プジョーシトロエンといった自動車メーカーをはじめ、大規模な納入実績を有する*1。
ファナック自身の工場も、かなりの部分がロボット化されている様子が同社ホームページに置かれたビデオ映像などから見て取れる。工作機械用NCでシェアNo.1を握り、その殆どを産業用ロボットで作るとなれば、研究開発費と設備投資費は大きいものの、いったん生産体制を確立した後は、競合に対し圧倒的な競争優位を示せる。どうやら同社の高収益の源泉は、このあたりに理由がありそうだ。
「4つの問い」で「競争優位性」と「経済的パフォーマンス」を測定
今回は、ファナックの強さを「VRIO理論」*6に基づき、説明してみよう。
VRIOは、オハイオ州立大学のジェイ・B・バーニー教授が発案したモデルで、「4つの問い」によって企業の「競争優位性」と「経済的パフォーマンス」を測定する。
企業の強みと弱みを分析するために「マネジャーのスキル」「経済レント」「企業成長」といった要素を統合する「リソース・ベースト・ビュー(resource-based view of the firm:経営資源に基づく企業観)、RBVと略する」と呼ぶ考え方が、1980年代半ばから出てきたが、VRIOはその中で最も著名なフレームワークである。
「4つの問い」は、(1)経済価値(value)、(2)希少性(rarity)、(3)模倣困難性(imitability)、(4)組織(organization)として、以下のようにまとめられている。そして、これら4つの問いに対し、全て当てはまる場合は、競争優位性では「持続的競争優位」、経済的パフォーマンスでは「標準を上回る」としている。
(1)経済価値(value)
その企業の保有する経済資源やケイパビリティは、その企業が外部環境における脅威や機会に適応することを可能にするか。
(2)希少性(rarity)
その経営資源を現在コントロールしているのは、ごく少数の競合企業だろうか。
(3)模倣困難性(imitability)
その経営資源を保有していない企業は、その経営資源を獲、あるいは開発する際にコスト上の不利に直面するだろうか。
(4)組織(organization)
企業が保有する、価値があり稀少で模倣コストの大きい経営資源を活用するために、組織的な方針や手続きが整っているだろうか。
まず、「(1)経済価値」については、当然ながら「yes」である。そもそも「経済価値」がないと企業は長期的の存続できない。「(2)希少性」も、NCでは世界で数社しか競合がいないので「yes」であるが、産業用ロボットについては、日本でも数十社、世界にも10社程度の競合が存在するため、必ずしも「yes」とはいえない。
「(3) 模倣困難性」については、NCでは、ファナック製品が既にデファクト・スタンダード化しているといわれている。ただ、それが何によって実現されているかというと、操作性、モジュール化、価格、販売などが考えられるが、定かではない。産業用ロボットは、顧客との親密性が重要と考えられ、自動車メーカーは産業用ロボットメーカーと長期的な取引をしているようだ。しかし、産業用ロボットメーカーは数も多く、相互に模倣を繰り返しているようにも思える。一方で、産業用ロボットメーカーは、米国では有力企業は消滅し、ヨーロッパでも、数が減り、一国に一社になってきた。つまり、模倣はできるが、実は希少性は上がっているのが、現実である。
ファナックは、NCでは「希少性」と「模倣困難性」を確保しながら、技術的なシナジーや製造管理的なシナジーが見込める産業用ロボットに参入し、自社のNCの製造に産業用ロボットを活用することで、飛躍的な生産性を実現しているのではないか、また自社のNC用の産業用ロボットの開発と製造、オペレーションにより、外販用の産業用ロボットの性能やコストにも大きな貢献が出来ているのではないか、つまり、NCを強い基盤として、さらに、産業用ロボットを加えることで、「希少性」と「模倣困難性」を強固にしているのではないかと筆者は分析している。
最後の、「(4)組織」についても、産業用ロボットの導入が奏功している部分が多そうだ。自動化を進めれば進めるほど、人件費は圧縮される。休日・夜間に関係なく、人件費高騰や労働力調達の困難さにも影響を受けず、安定して製品を生産し続ける「組織」を構築できるわけだ。同社は1984年に山梨県南都留郡忍野村に本社・工場・研究所を移転しているが、これを可能にしたのも、自動化により人的資源への過度な依存を減らした結果だろう。自動化が進めば、研究開発や営業など、人の能力こそを必要とする局面に、より集中的に手厚く優秀な人材をあてることも可能になる。
こうした好循環が働き始める以前についても、富士通からの独立に際し、稲葉氏が「コンピュータは銀行などが相手、コントロールは工場だけが相手で、市場が全く違う。当然、ソフトウェアも全く違う。分けたほうがファナックとしても伸びていけると判断した」*7と語っているが、ここに「富士通を離れても独立した組織を構築し、伸びていかれる」という同氏の自信が垣間見られるように思う。
本分析は、情報量や分析の不十分なところもあるが、このように整理していくとファナックの長期にわたる業界支配と高い収益性の理由が、少しは明確になったのではないだろうか。これを説明するのに、「VRIO」が非常に適合しているように筆者は考えるが、皆さんは、いかがだろう。
*1『日経ビジネス』2008.1.28、日経BP、2008年を参照した。
*2『日経ビジネス』1975.8.18、日経BP、1975年を参照した。
*3社団法人・日本工作機械工業会資料を参照した。
*4社団法人・日本ロボット工業会『ロボットハンドブック』を参照した。
*5『日経ビジネス』1986.2.3、日経BP、1986年を参照した。
*6ジェイ・B・バーニー『企業戦略論【上】競争優位の構築と持続』、ダイヤモンド社、2003年を参照した。
*7『日経ビジネス』1980.1.14、日経BP、1980年を参照した。