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敵対的TOBが「善」になる時代が到来

投稿日:2016/08/03更新日:2019/04/09

M&A(企業の合併・買収)という手法が日常的な出来事になってきたとはいえ、嫌がる相手を無理やり「敵対的」に買収するのは日本の風土になじまない、強引に押し進めても社員や取引先が反発していい結果にはならないだろう――この常識が崩れ始めるのではないかと私は最近感じています。そしてそれは多くの人にとって必ずしも悪いニュースではないとも思っています。

敵対的M&Aというと、2006~07年ごろのライブドア対ニッポン放送、村上ファンド対阪神電鉄、王子製紙対北越製紙、スティール・パートナーズ対ブルドックソースあたりが有名です。いずれのケースも、強引な買収を仕掛けた側は、対象会社のみならず世間一般からも猛反発を受け、買収は失敗しました。

「会社は誰のものか」という問いの意味

この頃盛んに議論されたのがこの問いでした。そして「会社は全てのステークホルダーのものである」「会社は社会の公器である」というのが日本の多数派の良識で、「会社は株主のものである」と言い切る米国的な発想は、「節操がない」のレッテルを貼られがちでした。その後ほどなくリーマンショックが起き、米国の行き過ぎた金融資本主義の問題点が浮き彫りになったこともあり、米国的な論調はさらに支持を失った感があります。短期的利益のために会社を食い物にする敵対的買収から会社を守ることは疑う余地のない「善」だと、日本人の大半が言うでしょう。しかし私は、この議論は問題の本質を見誤っている気がしてなりません。

「敵対的」のレッテルは誰が貼るのか

一方的に会社を買収する方法としてTOB(株式公開買付)という制度があります。会社の株主全員に対して「あなたの持っている会社株式を私に売ってください。プレミアム付きで高く買い取りますので」と募集をかける行為です。ここで「一方的に」という意味は、売買交渉は買収者と株主の間で行われていて、会社経営陣や社員の意向は全く反映されないからです。そのため、TOBには「友好的」や「敵対的」という呼び分けが生まれます。つまり、「敵対的」とは現経営陣目線の判断基準でつけているレッテルなのです。

交渉の当事者である株主は売るか売らないかを自由に判断しており、敵対的に一方的に持ち株を奪い取られるわけではありません(ただしTOBの結果大多数の株式が買い上げられた場合は、残った株主が強制的に追い出されることはあります)。「買収防衛」は強引で邪悪な乗っ取り屋から会社を守る行為として描かれがちですが、この構図からわかるとおり現経営陣が自分達のクビを守る行為なのです。

敵対的企業買収の本質

「会社は誰のもの?」という質問に戻りましょう。もし「会社の○○は誰のもの?」と、質問をよりはっきりさせた場合、その○○に何が入っている前提で問うているのでしょうか。「資産」「利益」「社会貢献力」・・・色々ありえます。敵対的買収の文脈ではおそらく「支配権」となるでしょう。

「会社の支配権は株主が持っているのか、現経営陣や社員が持っているのか」

これが答えるべき問いです。敵対的M&Aはわかりやすく究極的に表現すると、「短期的であれ強欲であれ自分の株主利益のことしか考えない人が経営者を選ぶのと、長期的視点といいつつ自己保身の動機を持つ現経営陣が自らを経営者に選んだり後継者を指名するのと、どちらがよりよい経営者を選ぶことができるのか?」という問いかけです。

それに答えを出すのは、当の現経営陣ではないのはもちろん、メディアでも世論でも社員でもなく株主です。株主が現経営陣を支持するなら株をそのまま保持する、買収者が好きなように経営すればいいと思えばTOBに応じて売却する、単純明快です。

最近のシャープの事例は敵対的TOBの事例ではなく、台湾のホンハイと産業革新機構のどちらの買収提案を受け入れるかを現経営陣(取締役会)が判断する形でした。ここでも現経営陣は自分達の保身のためにどちらがいいかを判断するのではなく、株主にとりどちらの提案がよりよいかを判断することが求められました。最終的にはその取引は株主総会で承認されねば実行できないのですから、当然です。

敵対的企業買収が「善」になる時代の幕開け

TOB制度を使って経営陣の頭越しに株主から直接経営支配権を買い取ることができる、そしてカネにモノを言わせてプレミアム付きの価格を提示し、文字通り「株主の面を札束でひっぱたく」ことにより会社は買収できます。自分達のほうが優れた経営ができる自信があっても、株主は目先の利益に目がくらんで株を買収者に譲り渡してしまうかもしれない、これは上場会社経営陣にとって「不都合な真実」でしょう。

しかし業績低迷し株価がパッとしない会社に対して、外資であれファンドであれ「自分が経営すればもっと儲かる会社にできる」と考える買収者が現れることを、多くの株主投資家は歓迎するでしょう。投資家としての株主の本音は「敵対的であれ何であれ、プレミアム付きの高い値段で買い取ってくれる人はウェルカム」なはずです。

長年にわたり日本の会社経営においては「安定」が是とされてきました。経営陣は株主が入れ替わって株主総会で反対票を入れられぬように、「株式の持ち合い」や「安定株主対策」を行ってきました。しかしバブル崩壊後の失われた20年を経て株式持ち合いは崩れ、その株式が外国人やファンドの手に渡り、敵対的M&Aのブームを演出しました。

そこからさらに10年が経ち、次なる地殻変動が起こっています。安定株主といわれる年金基金や生保などの機関投資家も、現経営陣を無条件で信任する時代は終わりつつあります。「コーポレート・ガバナンス・コード」「コーポレート・スチュアードシップ・コード」が制定され、日本の機関投資家が会社経営陣を監視する目は年々厳しくなってきています。

なぜでしょうか?ファイナンス的な答えは、長い低金利政策の下で彼らの資金運用が苦しくなっているからです。長期安定運用をモットーに日本国債をたくさん保有してきたGPIF(年金積立管理運用独立法人)や日本郵政グループが、2014年以降運用方針を改めて株式での運用比率を高める判断を行いました。つまり、我々の老後資金や積立貯蓄が株式投資により多く振り向けられるようになったのです。ただでさえ日本の年金財政は破綻に瀕しているのですからその資金は高い利回りで賢く運用されねばなりません。

この状況で強欲そうな外資が業績低迷気味の日本の伝統大手会社に敵対的TOBをかけ、プレミアムが30%もついた高値買い取り金額が提示された場面を想像してみてください。我々の年金資金を運用するファンドマネージャーとしては、持ち株を売却するのが正しい判断だと多くの人が答えるのではないでしょうか。そしてその判断は、敵対的M&Aを「善」と承認することになるのです。
 

  • 森生 明

    グロービス経営大学院教員

    ハーバード大学ロースクールLL.M.プログラム修了(学位:Master of Laws)/1987年~1994年にかけ日本興業銀行、ゴールドマン・サックスにてM&Aアドバイザー業務に従事。その後米国上場メーカーのアジア事業開発担当、日本企業の経営企画・IR担当を経て独立。著書に『MBAバリュエーション』(日経BP)、『会社の値段』(ちくま新書)、『バリュエーションの教科書』(東洋経済新報社)がある。NHKドラマおよび映画「ハゲタカ」の監修を担当。

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