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新元素ニホニウムの誕生-人間はなぜフロンティアを目指すのか

投稿日:2016/07/05更新日:2019/04/09

さる6月、日本の理研が2004年に合成した113番元素に「ニホニウム」という名称が与えられるだろうとの報道がなされました。アジアでは初めての新元素合成と命名権であり、日本の科学技術の高さを改めて世界に知らしめました。

今回は、新元素発見の歴史を参考に、なぜ人間は常にフロンティアを目指すのか――時にはそれが経済的な価値をすぐに生まなくても――を考えてみます。

おそらくその理由は、好奇心と、歴史に名前を刻みたいということに尽きるでしょう。マズローの欲求5段階説で言えば、上位の2つである自己実現欲求と承認欲求に強烈に突き動かされているということです。そのくらい、この2つの欲求は優秀な一部の人々を鼓舞するのです。優秀な人々は、すでに低次の欲求が満たされていることが多いですし、また、仮に満たされていなくても、それを挽回できる可能性は高いと考えることが多いからです。

さて、化学の研究は古くからなされていましたが、特にヨーロッパの錬金術はそれを加速しました。16世紀の錬金術の研究が、17世紀以降の化学の発展を促したのです。

そしてそうした研究の中で、原子番号20番くらいまでのお馴染みの元素がどんどん見つかり、単離されていきます。主に18世紀後半から19世紀前半にかけてのことです。たとえば水素は1766年、酸素は1771年、窒素は1772年にそれぞれ発見されました。

新元素の発見に強い影響を与えたのはドミトリ・メンデレーエフです。彼は、元素は原子量の順に並べると性質に周期性があることに気づき、元素の周期表という考え方にたどり着いたのです。そして、その仮説をもとに、当時まだ発見されていなかったガリウムやゲルマニウムの存在を予言しました。その予言は現実のものとなり、お馴染みの周期表が確立したのです。

日本人で惜しかったのは、周期表でマンガンの1つ下に来るはずの原子番号43の新元素を1908年(明治41年)に単離・発見したとされた小川正孝です。その新元素はニッポニウムと名付けられました。しかし、後にこれは誤りであることが判明し、原子番号43の元素は天然には存在しないことが証明されます。原子番号43の元素は後に人工的に作られ、テクネチウムと名付けられました。

ただ、結果的に間違いだったとはいえ、明治維新からたかだか40数年後に日本人が当時世界の科学の先端だったイギリスに留学し、一時期とはいえ周期表にニッポニウムの名前が載ったことは、やはり快挙です。しかも、小川が発見した元素は、実はレニウム(原子番号75)だったということが強く推定されています。実際にレニウムが発見されたのは1925年ですが、もし小川の留学先の測定装置がもっと正確でありさえすれば、レニウムこそがニッポニウムとなった可能性は高いのです。

さて、自然界に天然に存在する最重量の元素であるウラン(原子番号92)はすでに1841年に見つかっており、1939年のフランシウム(原子番号87)の発見をもって天然元素の発見は終了しました。しかし、ここから新たな競争が始まります。

キーワードは新元素の「合成」です。原子炉やサイクロトロンなどを用いて、他の原子に中性子などを超高速でぶつけて原子核そのものに働きかけるのです。研究者たちは、原子番号92未満で天然に存在しない元素や、原子番号93番目以降の元素を人工的に作り出すことに挑戦し始めました。

天然に存在しないものを作って何の役に立つのかという疑問を持たれる方も多いでしょう。事実、原子番号96番以降の元素は、直接的には今の生活には役立ちません。プルトニウム(原子番号94)のように高速増殖炉の主役になると期待されたような元素もありますが、それすら日本では「もんじゅ」の事故もあり、商用での活用は無期限延期となっています。

今回のニホニウムも、これまでに作られたのはたったの3個(3回)です。しかも半減期は3.44×10−4秒。金1g当たりの価格は現在4700円程度で、3×1021個の原子が含まれます。ニホニウムの合成に投じられた予算はおそらく百億円単位ではないかと思われますが、原子1個当たりの価格に換算すると、金と比較しても天文学的な高値です。

では、なぜ研究者はこのような役に立たない元素を作り続けるでしょう? 1つは物理学や工学への貢献です。こうした実験を通じて、さまざまな知見が得られると同時に、装置などもどんどん進化していきます。それはいつか人々の生活に恩恵をもたらすと言うのです。かつてアポロ計画がアメリカで進められた際、「月に行って何になる?」という意見も当然湧き上がりましたが、そこで得られた知見は後に民生品などにも多数応用されました。彼らはそうした事例も例に出すことで研究を合理化しています。

ただ、これはどちらかといえば後付けの理由でしょう。やはり大きいのは、人間の好奇心と名誉欲です。もちろん予算との兼ね合いはありますが、誰も成功していないことを成し遂げたい、歴史に名を残したいという欲求は、簡単に止むことはありません。競争があれば、それはさらに加速されるのです。

現代では民間による宇宙関連ベンチャーなども行われています。これはひょっとすると成功するものが出る可能性もありますが、リスクが極めて高く、失敗する可能性の方がはるかに大きいでしょう。それでも、「人類初」の名誉を目指して、優秀な起業家や研究者が日夜仕事に没頭しているのです。

見方を変えれば、「世界で初めてのことをやろう」「歴史に名を残そう」というフレーズは、優秀な人々を引き付けうる大きな武器となりうるのです。人間が本質的に持つ好奇心や名誉欲をいかに企業として活用するか――そうした要素をビジネスに巧みに入れ込むことができれば(もちろん、費用対効果は勘案する必要はありますが)、人材獲得競争で優位に立ち、競争上の優位性も同時に得られる可能性は十分にあるのです。

今回の学びは以下のようになるでしょう。

・人間とは、何があろうがフロンティア開拓を志向する動物である。逆に言えば、フロンティアは必ず一定の優秀な人間を魅了する
・競争はそれをさらに加速する
・企業はそれらを武器に優秀な人材を引き付けうる

  • 嶋田 毅

    グロービス経営大学院 教員/グロービス 出版局長

    東京大学理学部卒、同大学院理学系研究科修士課程修了。戦略系コンサルティングファーム、外資系メーカーを経てグロービスに入社。累計150万部を超えるベストセラー「グロービスMBAシリーズ」の著者、プロデューサーも務める。著書に『グロービスMBAビジネス・ライティング』『グロービスMBAキーワード 図解 基本ビジネス思考法45』『グロービスMBAキーワード 図解 基本フレームワーク50』『ビジネス仮説力の磨き方』(以上ダイヤモンド社)、『MBA 100の基本』(東洋経済新報社)、『[実況]ロジカルシンキング教室』『[実況』アカウンティング教室』『競争優位としての経営理念』(以上PHP研究所)、『ロジカルシンキングの落とし穴』『バイアス』『KSFとは』(以上グロービス電子出版)、共著書に『グロービスMBAマネジメント・ブック』『グロービスMBAマネジメント・ブックⅡ』『MBA定量分析と意思決定』『グロービスMBAビジネスプラン』『ストーリーで学ぶマーケティング戦略の基本』(以上ダイヤモンド社)など。その他にも多数の単著、共著書、共訳書がある。
    グロービス経営大学院や企業研修において経営戦略、マーケティング、事業革新、管理会計、自社課題(アクションラーニング)などの講師を務める。グロービスのナレッジライブラリ「GLOBIS知見録」に定期的にコラムを連載するとともに、さまざまなテーマで講演なども行っている。

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