従来先進国で生まれるものとされてきたイノベーション。だが現在、新興国を発祥としたイノベーションを先進国に「逆輸入」し、普及させるという新しいイノベーション手法、「リバース・イノベーション」に注目が集まっている。
本連載では、このリバース・イノベーションとは何か?また日本においてリバース・イノベーションを取り入れることの有効性や、取り入れるための難所について考える。
#3まで、インタビューを通じ、日本におけるリバース・イノベーション(以下RI)の認知や実施状況について考察してきた。
またこれとは別途、RIは日本企業のイノベーション創出に有効なのか、メリットやデメリットについてもリサーチした。日本企業で、新興国の製品・サービスやその一部を展開したとする企業を探し、ヒアリングしたものである。今回はそのサマリーの共有となる。
本稿ではRIの有効性の定義を、「アイデアを0から自ら創り上げるイノベーションと比して、事業化しやすいか」で捉えた。
また10社にインタビューしたうち、RIを行っていたのは6社であり、以下はその6社7名の担当者からのヒアリング内容となっている。
※本稿はグロービス経営大学院に在籍したメンバーが、小川智子講師の指導の下で進めた研究プロジェクトについて、その研究結果をまとめたものです。
(前回はこちら)
リバース・イノベーションは有効なのか?
明確に有効との回答があったのは確認できた4社中のうち、2社であった。判断が難しいという回答は2社であった(ヒアリングした残り2社については、直接的な確認ができず数に入れていない)。
また、インタビューの中で、RIは有効でない(アイデアを0から創ったほうが良かった)、という意見は6社ともなかった。そのため、RIには何らか有効性があると結論付けることはできそうだ。
また全企業から、ビジャイが提唱した「新興国でなければ取り組まない、或いは、新興国だからこそ先んじて実現したイノベーションについて、効果的に、スピーディに日本や他の国の導入に活かした」という意見が得られた。
有効か判断は難しいと回答した企業にとってのデメリットは、「新興国向けに作られ、0から創り上げるイノベーションと同じかそれ以上の手間がかかる場合がある。グローバル展開を当初から想定しても、各国のニーズに応じて製品やサービスのカスタマイズほか、社内調整などのコストがかかる」が挙げられた。
以下さらに詳しく、次の3点について、ヒアリングした内容をまとめた。
- リバース・イノベーションが有効な製品・サービス
- リバース・イノベーションの具体的なメリット
- リバース・イノベーションのデメリット、および乗り越え方
リバース・イノベーションが有効な製品・サービス
RIは「『日本では資金投資してまで事業化しない、ニッチ(或いは収益性がそこまで見込めない)市場への製品・サービス』や、『日本の規制・ルールによって検証が難しいテクノロジーやインフラを使った製品・サービス』で有効と考えられる」という回答があり、#1に記載したビジャイが提唱する有効性の高い市場は日本でもあてはまりそうだ。
つまり、RIで創出できるのは「日本では収益性などの理由で優先順位が低く、取り残された市場」と「新たなテクノロジーや仕組みを用いた市場・明日の主流市場」向けの提供価値、ということなのである。
リバース・イノベーションの具体的なメリット
メリットは、以下の4点が挙げられた。
事業展開スピードが速い
既に製品やサービス、一部機能が上市できる形で存在しており、従って日本での事業展開スピードは0から作る製品・サービスより速い。スピードが課題となる場合に特に効果的ではないかという意見があった。
事業コストが低い
既に新興国で開発済であり、技術開発コストが抑えられる。また新興国向けに量産しているため1ユニットあたりの生産コストが低い。従って少ない予算で、事業化が可能という意見もあがった。
最先端のテクノロジーを活用できる
今や多くの企業が、新興国を新しいテクノロジーの実験の場と捉え、実際に新興国で事業をしたり、実証実験を行っている。そこで利用されている、進化した技術やアイデアを取り入れることで、日本導入時に機能性が良い、安全、などの優位性を担保できる。
新興国の実績で社内承認が通りやすい
新興国での成功実績は自社内の関係各所を説得する安心材料にもなる。また、新興国での実績があるため、日本でのサービス提供者やサービス利用者に安心感を持って受け入れられやすい。
リバース・イノベーションのデメリット、および乗り越え方
デメリットとしては、「先進国市場に合わせた品質と規制への対応」「国によって異なる着目点やリスク感度の考え方」の2点があった。また、各デメリットについては、RI実施企業がどのように乗り越えたか、についてまとめている。
日本など先進国市場に合わせた高い品質と規制対応
新興国の品質や規制は、先進国に求められるより高くないことが多い。また一般的に、新興国で流行っても、先進国にその流れが来ない (逆に、先進国の流行が新興国に移ることはある)。そのまま採用することができないため、RI実施企業は規制や品質ほか、先進国向けに見直すことに一定の時間やコストがかかっていた。特に規制については、行政を巻き込み動かすこともあった。
この課題の乗り越え策として、インタビューでは、日本の顧客ニーズをRI商品に入れ込みテストしては改善するトライ&エラーを繰り返し、サービスをブラッシュアップする地道な活動があげられた。これは、1から製品・サービスを作るのと変わらないといえる。但し、日本の市場ニーズにあわせる課題については、新興国の技術者からノウハウを聞いたり、一緒に開発するなど協力できるというメリットは挙がった。
また、現状の規制ではカバーしきれない新しい製品・サービスに対しては、日本導入に向けたルールを一から作り提案していた。最初から行政と協力して作り上げていった例もあった。この辺りも、従来の新規事業と変わらないが、提案の根拠として新興国での成功事例があるので、事例を活用し、ステークスホルダーの安心材料にすることができていた。
着目点やリスク感度の違い
新興国の開発や運用の担当者と先進国向けのサービス開発を議論する際、コミュニケーションが難しいという意見があがった。新興国の担当者は、製品・サービスの細かなカスタマイズの理由や、リスク感度が高い日本向けのサービス開発の進め方や求めるレベルをなかなか理解できないためということだ。リスク感度については、日本は「やっていいことを決め、それ以外はやらない」一方で、中国や米国、そして開発スピードが早い新興国は「やってはいけないことを決め、それ以外はやっても良し」という文化の違いがある、と考えられる。
どのように乗り越えたか、については、基本機能やサービスのみを既に商品化している新興国の開発支援者と話し合い、新興国の開発支援者には極力任せない、が挙げられた。日本の顧客や市場特性をよく理解し、新興国で作られたなにが使えて、なにが要改善か、日本の担当が主導で推進することを強く意識していた。他には逆に、日本の状況を相手に説明しこのような場合は対処する必要があるということを根気強くコミュニケーションをとる努力をした例もあった。
結果、新興国からも良い意見がでるようになり、プラスとなったという意見があった。そういった企業は、具体的には、新興国の日本人開発担当者をメンバーに入れてコミュニケーションのハードルを下げたり、新興国の開発担当者を日本に呼び寄せて、実際に日本での開発を少しずつでも体感して開発を進めたりしていた。
最後に
ここまで、リバース・イノベーションについて分かったことを以下の図にまとめてみた。
新興国で成功したからビジネスだからと言って、そのまま先進国に持ち込むことは難しい。一方で、新興国の製品・サービスが、特に日本におけるニッチ(収益が見込みにくい)市場、或いは、最新の技術活用のヒントになったり、実際の導入を手助けしたりするということは十分に考えられる。
新興国ビジネスにアンテナを張り、共創する姿勢が、イノベーションを生み出す可能性は大いにありそうだ。ぜひリバース・イノベーションを読者の方々にも取り入れてみてほしい。