あなたが婦人靴店の店員だったとしよう。そしてお客様が来店して、「外反母趾なんですが、私に合う靴ありますか?」と言ってきたら、あなたは何を考えるだろうか?多くの場合、「ああ、足が痛くならない幅広の靴が欲しいんだな」と考えて、外反母趾用靴のコーナーに連れて行くだろう。だが、本当にその客は「幅広の靴」が欲しいのだろうか?
マーケティングの超・基本「ニーズ」と「ウォンツ」の違いとは?
冒頭の婦人靴店の来店客は、外反母趾用の幅広靴を見せられて、「ああ、またこれか」と思うのではないだろうか。彼女の真のニーズは「足が痛くならないこと」であると同時に、「自分に合う=自分に似合う」だとすれば、「自分の足下をステキに飾ること」でもあるはずだ。得てして外反母趾用の幅広靴は「痛くならないこと」を重視して、ずんぐりとしたオシャレではないデザインである。それでは彼女のニーズに適っていない。顧客のニーズを適切に見抜くことはマーケティングの超・基本である。
「ニーズ」という言葉は、マーケティングに携わっている者でなくても、今日、カタカナ言葉として当たり前に使われている。しかし、対になる「ウォンツ」という言葉は意外と流通しておらず、「ニーズ」と取り違えて使われている例が散見される。
研修などで、砂漠でダラダラと汗をかいて苦しそうにしている人の絵を見せ、「この人のニーズは何?」と聞くと、かなりの確率で「水」という答えが返ってくる。だが、「水」は「ウォンツ」。「ニーズ」は「喉の渇きを潤したい」である。
また、スーツを着た男性の絵を見せて「最新のタブレットマシンが欲しいと言っていますが、この人の真のニーズはなんでしょう?」と聞くと、こちらは「外出先で効率的に仕事をこなしたい」という答えが返ってくる。それは正解だ。だが正解はそれだけではない。時々、「仕事デキル男に人から見られたい」という回答がある。そう、そういうニーズだって隠れているはずなのだ。
オシャレな外反母趾用靴の開発
日経MJ11月20日号に「外反母趾だけど、オシャレな靴が履きたい」という切なる女性のニーズを汲み取ったブランドが紹介されていた。婦人靴販売の「fitfit」だ。40代以上の女性の多くが外反母趾に悩んでいる点に注目した同ブランドは、ターゲットを40代以上の女性を中心に設定した。前述の通り外反母趾用の靴は履き心地重視でデザイン性の高い靴は少ない。そこで、デザイン性と履き心地を両立させるために靴の原型となる木型の設計から見直したと言う。「従来の木型に比べて中心線を親指寄りに設計し、親指回りを広くした。指が圧迫されることが無いため、外反母趾に悩む女性も楽に履くことができる」(引用:同日経MJ)とのこと。単純につま先を広くするのではない所がポイントだろう。
同ブランドはカタログ通販と実店舗で展開しているが、実店舗は「百貨店や駅ビルを中心に出店し、現在35店舗を展開。3年後までに70店以上まで増やす考え」(引用:同日経MJ)だという。業績も「15年7月期の売上高は前の期比20%増の約40億円。今後も通販・実店舗負もに販売を拡大し、3年後には約80億円の売り上げを目指す」(引用:同日経MJ)とさらなる成長を見込んでいるようだ。
「ニーズ」とは、「“現状”と“理想的な状態”のギャップ」である。ギャップのあるところには「不」の字が隠れている。「不足」「不満」「不自由」「不明確」などなど・・・。砂漠で倒れそうな人には水分が「不足」していた。最新タブレットが欲しい男は、仕事の量に対して時間が「不足」していたり、自分の評価に対する「不足」があったりした。外反母趾の女性には「不格好」な既存の外反母趾用の靴に対する「不満」があった。同ブランドの成長は、既存の商品を提供するという表面的なニーズ対応に留まらず、「不の字」を見抜いた点にあると言えるだろう。
要介護老人に食べさせたい物は何?
日経MJ11月27日号には「厚生労働省がまとめた「介護保険事業現況報告」によると、14年3月末時点で要介護認定者は前年比で4%増の584万人だった。この10年で1.5倍に増えている」とあった。そのような介護者市場で上手くニーズを掴んで成長している商品がある。アサヒグループホールディングス傘下の和光堂の「しっとり食感 和風クッキー」だ。同社は「介護食の商品といえば、ご飯やおかずが主力。とはいえ、介護の現場からはおやつを求める声が高いことから船用品を開発した」(引用:同日経MJ)という。つまり、「介護職業界」の既存商品ラインナップの「不足」に目を付けたわけだ。その商機を裏付けるため在宅介護者へのリサーチも実施した。その結果、「週1回以上おやつを出していると答えた人は8割にのぼった。毎日おやつを出していると答えた人は半数いた。せんべいやクッキーと言った市販品をおやつで出していることが多いこともわかった」(引用:同日経MJ)という。
しかし、一般向けの食品ではカロリーの過剰摂取や、むせたり喉に詰まらせたりしないかという「不安」の声が多かった。そこで、商品の設計にあたり、介護をしている人の声を活かし、「食事のカロリー計算がしやすいように1袋100kcalに仕上げた。またサクサクと軽い食感が楽しめるが、噛む力が衰えた高齢者でもクッキーを舌で溶かして楽しめるようにした」(引用:同日経MJ)という。また、商品パッケージには、介護食品には「不味そう」というイメージを持つ人が多いため、あえて介護用をうたっておらず介護者・被介護者が一緒に楽しめる商品にしたという。
同商品は「出足が好調で、発売から1年で3,000店の扱いを目指していたが、年内に達成できる見込みのため目標を5,000店に引き上げる」(引用:同日経MJ)という。やはり、売れる商品は、きちんと隠れた「不」の字を見つけて対応していることの証左と言えるだろう。
「お客様のニーズに応える」という美辞麗句は多くの企業が口にしている。しかし、「ニーズ」と「ウォンツ」が取り違えられ、お客様に自社商品を押しつけているだけだったり、表面的なニーズ対応に留まって真のニーズまでは汲み取れず顧客満足を獲得できていなかったりしている実態が散見される。
「ニーズ」はマーケティングの超・基本の基であるが、自らの思っている「ニーズ」は正しい意味をとらえているか、お客様が抱いている「真のニーズ」まで到達しているのかを初心に戻って、「不の字探し」をするところからもう一度考え直してみることをお勧めしたい。