読者のみなさんは、ご家庭でどのような掃除機を使っているだろうか。昔ながらのガラガラと引っ張って歩く掃除機(キャニスター型という)だろうか。それとも、iRobot社の「ルンバ」に代表されるロボット掃除機に任せているとか。そうでなければ、特に最近買い換えた方はきっと、スティック型掃除機を使っている方が多いに違いない。
伸びるスティック型掃除機
GfKジャパンの調査(2014年 家電・IT市場動向)によると、昨年キャニスター型掃除機のシェアが半数を割ったという。その代わりに近年伸び続けているのがロボット掃除機やスティック型掃除機で、特に後者の販売台数は対前年29%増だという。
スティック型掃除機と言うと真っ先に思い浮かぶのは、ダイソンの掃除機だ。その特徴は「吸引力の衰えないただ一つの掃除機」というコピーが表す性能以上に、一目見てわかるその独特の機能美に溢れたデザインだろう。家電量販店の店員に聞けば、そのデザインに惚れてか、ダイソンを買っていくのは男性の単独客が多いという。
一方、そうした「デザインで見せる家電」という世界と真逆のポジション・「ガテン系」とでもいう所にいるのが、マキタの掃除機だ。家電量販店での扱いが少ないため、前出のGfKの売れ行き調査ランキングなどには出てこないが、価格.comやAmazonのランキングでは常に上位にいる。そのマキタという会社は、家電メーカーではない。電動工具の国内最大手であり日本国内シェアは約60%を占め、世界シェアでも2位という「プロ仕様」の会社である。そんな会社が作った掃除機はどんなプロの現場で使われているかといえば、各地のテーマパークなどでも使用されているが、最も有名な所では新幹線の掃除だ。
新幹線で鍛えられた掃除機
新幹線の掃除といえば、ローランド・ベルガー日本法人会長、早稲田大学商学学術院教授でオペレーション戦略の専門家でもある遠藤功が、著書『新幹線お掃除の天使たち 「世界一の現場力」はどう生まれたか?』でも絶賛している通り、日本の内外から大きな注目を集めている。その仕事ぶりは世界から評価される日本のおもてなし"7分間の新幹線劇場"とも評され、東京駅での新幹線の折り返し時間のたった7分間で、その間に車両清掃やトイレ掃除・座席カバー交換・ゴミ出しなどを完璧にこなす。そこで使われているスティック型掃除機には「makita」のロゴがしっかりと刻まれているのである。
ダイソンのようなデザインの優美さはないがプロ仕様であるため、吸引力の強さ、バッテリー稼働時間の長さ、充電時間の短さにおいて他を圧倒する。しかもダイソンなどと比べると価格がかなり安い。価格の安さは、バッテリーが同社の電動工具と共用であることが大きい。恐らくモーターなども共通のものを使用していると思われる。つまり、掃除機の主要部品に対して電動工具シェア世界2位の「規模の経済」が効いているため、部品原価が低く抑えられているのだと考えられる。
マキタのスティック掃除型機が人気になったわけ
とはいえ、前掲の新幹線の掃除に使われているというのは、知る人ぞ知る情報だった。それが一般に知れ渡ったのは、カタログハウスが発行する通販雑誌「通販生活」がマキタとコラボレーションしたオリジナルモデルを発売し、その告知をテレビCMで流したことが大きいだろう。そこで一般にはマイナーなメーカー名を見せられるが、「新幹線の掃除で使われている」といわれれば、一般にもその現場で使われている姿は何となく想起できる。興味を持ってネットを検索して株式会社マキタのページに辿り着けば、各種電動工具のラインナップが見られ、その確かな素姓が確認できる。
公式サイト以外にも「マキタのスティック型掃除機の選び方」などをまとめている個人サイトが発見できる。また、マキタの掃除機を買いたいのだがどれがいいか?とする質問系サイトに対する書き込みも多数あり、その回答者とのやりとりも参考になる。そうして、ネット上の記事や書き込みを見ていけば、自分に合った機種を探すのに苦労はしないはずだ。そうして購入した人は、自分の購入体験記をBlogやSNS、または質問サイトの回答者となってネットにアップしている。
マキタの掃除機は「AISAS」で売れた?
前項の通販生活のCMに始まるマキタの掃除機が売れるまでの、消費者の態度変容を表すと広告会社の電通が2005年に商標登録した「AISASモデル」がきれいに当てはまる。
CMでAttention(注意喚起)がなされる→それを見てInterest(興味喚起)される→興味を持ったらSearch(検索)する:マキタの公式ページで製品のバックグラウンドを知ったり、各サイトで選び方を知ったり、購入者の感想を知る→情報を十分仕入れて意欲が高まりAction(購入)する→購入したら、その感想をWebのいずれかのページで情報をShare(共有)する。典型的なAISASである。
しかし、インターネットがない時代で、もっと古典的なAIDMAモデルだったらマキタの掃除機はそんなに売れなかったかもしれない。広告を認知(Attention)して、興味(Interest)を持ってもマキタは店頭の売り場をあまり多く持っていないため、通販生活のカタログを入手しなければ、詳細を知ることはできない。また、マキタという会社の詳細や、他の人の評価などで購買意向を高めることもできないため、購買意向を高める(Desire)ことも難しい。従って、記憶(Memory)→購入(Action)と続くことも困難だろう。
AISASモデルを微修正してみる
上記のAISASモデルだが、今回、消費者のマキタのスティック型掃除機・購買行動を見ていると少し修正の要があるように思われる。前述の通りAISASはAttention(注意喚起)→Interest(興味喚起)→Search(検索)→Action(購入)→Share(共有)だが、今回、Webにアップされている情報を見ると、購入者が買った・使った感想を述べているだけでなく、興味を持って検索して、その商品を知った人が「これいい!」「欲しい!」というような、購買前の感想を多数発信しているのがわかる。(Twitterの場合それがリツイートされたり、FacebookならShareされたりして一層拡散する場合もある)。それらの書き込みを見ると、かなり賑わい感というか流行っている感が醸成されて、購買検討者の購買意向向上に寄与すると思われる。
つまり、AISASモデルと上記に合わせるとすると、Attention(注意喚起)→Interest(興味喚起)→Search(検索)・Share(購入の前の共有)→Action(購買)→Share(購入後の共有)となるのだろう。
変わる家庭の掃除風景
家庭での掃除の風景といえば、お母さんのあとを本体がガラガラ付いてきて、電源コードを乗り越えたり、階段の掃除機がけで重い本体を持ち上たりする時にイライラさせていた問題はコードレススティック型掃除機でキレイに解決しそうだ。それ以外にもロボット掃除機が黙々と床掃除をしている家庭も多くなってきた。もちろん、併用派も多いだろう。
そうした変化のきっかけになったヒット商品の売れたワケをフレームワークで読み解いてみるのは面白い。ぜひ、一度お試しあれ。