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伊藤園の優先株式に見る少数株主にとっての議決権の価値

投稿日:2009/12/03更新日:2019/04/09

今回は、伊藤園が2007年9月に発行した優先株式を例に、市場における議決権の価値や、この発行が同社の株主構成に与えた影響について考える。

伊藤園は2007年9月に優先株式を発行した。この優先株式は議決権がない代わりに、配当が普通株式に比べて優遇されている。優先株式とは普通株式に比べ何らかの点で優先権がついた株式であり、多くの場合、優先配当権や残余財産の優先分配権が付与される代わりに議決権がつかないという形態をとっている。

ファイナンス理論では、株式の時価は、(1)将来の一定期間に支払われる配当の現在価値と、(2)その直後に分配される残余財産の現在価値の合計額として計算される。そうであるならば、議決権の行使によって会社の経営には、ほとんど影響力を持たない一般個人株主にとって、伊藤園の優先株は普通株式に比べ配当額が大きい分だけその時価も大きくなるはずである。実際にはどうであったのかを考察してみよう。

2007年9月に伊藤園が発行した「第1種優先株式」(以下、「優先株式」)の具体的な内容は以下の通りである。

(1) 配当:

1)普通株式に優先して支払われる優先配当権があり、普通株式配当額の125%の配当が支払われる。

2)普通株式が無配となった場合には1株当たり15円の配当が支払われる。

3)優先配当の全部もしくは一部が行われなかったときは、その不足分は累積し普通株式に先立って支払われる。

(2) 残余財産の優先分配権:

優先株式に累積未払金がある場合を除き、残余財産の優先分配権はない。

(3) 議決権:

優先株式には議決権はない。ただし、2年連続で優先配当を行う旨の決議がなされない場合には議決権が発生する。累積未払金を含め優先配当が全額支払われると議決権は再び消滅する。

(4) 普通株式への転換権:

株主の意向による転換権はない。

これを見る限り、同社の優先株式と普通株式との差異は以下に集約されよう。

(1)配当: 普通株式に優先し、普通株式に支払われる配当の125%に相当する額の配当が支払われる。万一支払われなかった場合、未払い部分は累積し普通株式に優先して残余財産から支払われるため、普通株式の配当に比べリスクが低い。

(2)議決権: 原則として、優先株には議決権はない。

伊藤園の優先株式の普通株式との差異は、議決権がない代わりに、普通株式に対して配当の支払いが優先され、その金額は普通配当の125%相当の額であるという点に集約される。そうであれば、優先株式の株価は普通株式の株価を超過配当の現在価値分だけ上回るはずである(将来分配される1株当たり残存財産は優先株式も普通株式と同等であるので)。ところが、実際には優先株式が発行されて以来、その株価は普通株式の株価を下回って推移している。優先株式が市場に登場した2007年9月3日の終値は2795円と普通株式の終値である2930円を135円、率にして5%下回ったが、その後、格差は拡大し、2009年10月末には930円と普通株式の株価である1530円を大きく下回っている(格差は金額にして600円、40%)。

意外に高い少数株主議決権の価値

優先株式と普通株式における配当以外の差異は議決権だけであるので、この格差は議決権によるものであると見なせることから、2009年10月30日現在の優先株式と普通株式の株価をもとに議決権の価値を試算してみよう。株式の時価は議決権の価値を除けば、前述のように、(1)将来支払われる配当の現在価値と、(2)将来分配される残余財産の現在価値の合計額として計算される。普通株式そして優先株式に対する配当が今現在の水準金額で今後10年間支払われ、その後、残余財産が分配されるとの想定で議決権の価値を試算することにする(表―1参照)。

2009年10月末現在、伊藤園の普通株式と優先株式の株式β(株価の変動リスクの大きさ)は、それぞれ0.708と0.554(2009年11月06日現在、ブルームバーグによる)であった。優先株式のほうが株式βが小さくなっており、優先株式のリスクが小さいことを物語っている。この株式βをCAPM(資本資産の価格モデル)に代入することによってその期待収益率(キャッシュフローのリスクの大きさに見合った割引率)が計算できる。

CAPMの計算式から普通株式の期待収益率は4.59%、優先株式の期待収益率は3.90%となる。今後10年間の配当額をこの期待収益率で割り戻すと配当金の現在価値が算出され、それぞれ299円と391円となる。当然のことながら、年間配当額が多く、またそのリスクの小さい(即ち割引率の小さい)優先株式の配当の現在価値のほうが大きい。一方、将来分配される残余財産の取扱いは普通株式も優先株式も同等なので格差は無いと考えられる。

以上から、

(1) PV(普通株式)=PV(普通株式配当)+PV(将来の残余財産分配見込み額)+PV(議決権)、そして

(2) PV(優先株式)=PV(優先株式配当)+PV(将来の残余財産分配見込み額)

の式を通じて2009年10月末現在、伊藤園の普通株式の議決権の価値が以下の通り計算できる。

表1:議決権価値の試算

1135 1

以上より、2009年10月末時点での伊藤園の普通株式の株価(1530円)の構成は、(1)配当の現在価値(10年間): 299円+(2)残余財産の分配見込み額の現在価値: 539円+(3)議決権の価値: 692円となる。投資家がつけた伊藤園の少数株主議決権の価値は普通株式の株価の45.2%と極めて大きな割合を占めていることになる。

優先株式を発行して以降の議決権の価値を時系列的に追ってみると(グラフ1)、発行直後は200円から300円程度で推移していたが、その後すぐに600円程度に上昇し、その先は600円を中心としたレンジ内で推移している。2007年9月から2009年10月までの議決権価値の単純平均値は589円、標準偏差は126円、中央値は588円となっている。

グラフ1:伊藤園 普通株式の議決権の価値推移

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少数株主が議決権の行使によって会社の方針に大きな影響を与えることは困難であることから、本来、議決権そのものはあまり大きな意味を持たないはずであるにもかかわらず、かなり大きな価値が与えられていることがわかる。通常TOBによって会社の過半数の株式を取得する場合、過去の一定期間の平均株価に30%程度のプレミアムを付加したTOB価格をオファーする場合が多い。このプレミアムとは経営権取得のための追加支払額である。仮に伊藤園の経営権を取得しようとTOBをかける場合、1530円の株価に30%のプレミアムを付加する必要があることから、経営権の価値は1株当たり459円(1530円×30%)となる。最終的な取得株価である1989円(1530円+459円)のうち、経営権の価値が459円、少数株主議決権の価値が692円と、両者で1151円となり、取得価格の約6割近くを占めることになる。

株主構成変更という、伊藤園の優先株式発行の狙い

伊藤園によると、この第1種優先株式の発行理由は、「個人株主の意見を聞いていると配当を増やして欲しいという要求が非常に多い。一方で個人株主の議決権行使比率は上昇してきているものの約3割にとどまっている。配当が高く議決権の無い株式はこうした投資家のニーズに応えるものだ」(伊藤園・本庄社長談、2007年9月4日付け日本経済新聞)ということである。

この第1種優先株式は、同社の普通株主全員にその所有する普通株式1株に対して0.3株の比率で割り当てられた。2007年9月3日の優先株式上場初日には、「高配当に着目した一部の個人株主などが買いを入れたようだが、東証株価指数(TOPIX)などの株価指数に連動する運用をしている機関投資家が割り当てられた優先株式を運用対象外として売却する動きがあったという」(同日付け、日本経済新聞)ということで、個人株主にはある程度受け入れられたようであるが、機関投資家は優先株式の割り当てを必ずしも歓迎していないようである。

伊藤園は、配当は高いが議決権の無い優先株式を資金調達手段として活用し、「資金調達の選択肢を広げること」(伊藤園・本庄社長談、2007年9月4日付け日本経済新聞)を目的としていたが、これは会社側として株主を選択することでもあった。

実際にその後の株主構成を見ると、下の表―2の通り、2009年4月末現在の普通株式の株主構成は「個人・その他」が37.4%に対して、「その他法人+外国法人等+金融機関」合計の所有割合は60.3%。一方の優先株式は、「個人・その他」が43.9%に対して、「その他法人+外国法人等+金融機関」合計の所有割合は50.6%と、確かに個人株主の優先株式支持率が若干高いことは事実である。しかしながら、株価の格差を考えると、株主を選択することの対価としてのコストはかなり高いように思われる。

表2:伊藤園の所有者別株式所有割合

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2009年4月30日現在
出典:伊藤園「平成21年4月期 株主の皆様へ」(事業報告書)

その後、伊藤園に続きソフトバンクが2008年5月8日に、議決権は無いが普通株式より配当が2~5倍多い無議決権優先株式の発行準備に入る旨を発表したが、一部の個人株主や機関投資家に嫌気され、5月20日には発行準備の中止を決めた。「発表直後から、優先株を使ったエクイティファイナンス(新株発行を伴う資金調達)に関する問い合わせが相当数に達した」、「6割強を占める個人株主を念頭に『増配や無償分割を求める声にも対応できる』(孫正義社長)。将来の選択肢として孫社長は『買収したいところが出てくれば、これを使った買収することもある』としていたが、多くの株主はこの部分を強く意識したようだ」(2008年5月21日付け、日本経済新聞)。

高配当の優先株式は、ソフトバンクでも、会社側が当初意図した思惑に反し、個人株主の支持を取り付けることができなかった。伊藤園の場合と同様にソフトバンクでも、少数株主は議決権の価値を予想以上に高く評価しており、無議決権優先株式の発行にあたっての市場とのコミュニケーションの難しさを物語っているといえるようだ。

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