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自社株買いと株価 ―自社株買いを行うと株価は上がるか

投稿日:2009/02/24更新日:2019/04/09

今回は、自社株買いが株価に与える影響について考える。

未曽有の金融危機の影響を受けて株式市場が再び低迷している。株価の下落を背景として自社株買いを積極化している企業も多いが、自社株買いを行うと本当に株価は上がるのであろうか?

自社株買いとは、過去に発行し、株式市場に出回っている自社の株式を、時価でお金を払って市場から買い戻すことを言う。自社の既存株主に対して一定の金額(通常は株式の時価)を払って株式を買い戻すことから、株主には株式と交換に株主から預かっている資金を返還することになる。配当も株主に株主から預かっている資金を返還する点では同様であるが、相違点は以下の通りである。

(1) 自社株買い: 自社株買いに応じた株主のみに資金を返還する。

(2) 配当: すべての株主に一定金額を返還する。

自社株買い、配当とも株主に対して株主から預かっている資金(過去に蓄積した利益)を返還するという点では同様であり、株主への利益配分・還元と言える。

自社株買いにより株価が上昇する本当の理由とは

図1:余剰現預金を使っての自社株買い

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自社株買いは、企業の財産減少につながるため、従来の商法では債権者保護の立場から原則的に禁止されていたが、規制は順次緩和され、2001年10月の商法改正により、自社株式はその使用目的を定めずに金庫株として取得・保有することが可能となった。さらに、従来はあらかじめ株主総会の承認を受けて自社株式取得枠を設定する必要があったが、2003年9月の商法改正によって、定款変更を行うことで、取締役会の決議によって一定の範囲内で自社株買いを機動的に実施できるようになった。このような背景を受け、自社株買いは年々増加傾向にある。

日本の上場企業の株主配分総額(配当と自社株買いの総額)は、2004年3月期の6兆円程度から2008年3月期には12兆円へと倍増した(2008年5月26日付日経新聞朝刊)。このうち38%程度が自社株買いによる株主還元で、配当総額、自社株買いとも過去最高を更新している。年間の当期純利益に対する株主還元割合も50%近くまで上昇してきた。この数年間、上場企業は株主への利益還元を前向きに捉え、実施してきているということになる。

ところで、自社株買いは理論的には株価に対してどのようなインパクトを持つのであろうか?

以下のような企業A社のケースをもとに考えてみよう。

(1) 発行済み株式総数: 1億株

(2) 株価: 1000円

(3) 総資産(簿価): 1000億円、内現預金100億円

(4) 負債(簿価): 500億円、内有利子負債200億円

(5) 純資産額(簿価): 500億円

(6) 企業価値(時価ベース): 1200億円(有利子負債: 200億円+株式時価総額: 1000億円)

(7) 当期純利益: 100億円

A社は手持ちの現預金100億円全額を使って自社株買いを実施したとする。現状の株価ままとすれば1000万株の自社株を市場から買い戻せる。資産の時価総額は現金100億円が減少したことから1100億円となる。一方、有利子負債の金額は変化しないので、株式の時価総額は900億円(自社株買い後の企業価値: 1100億円-有利子負債額: 200億円)となる。市場に出回っている株式数は9000万株に減少するので、1株あたりの時価は1000円となり、株価は変化しない。(図1参照)

自社株買いによって株式数が減少し、この結果、1株あたりの当期純利益(EPS)が増加することから株価が上昇するという説明をよく聞くが、上記のようにファイナンス理論から見るとそのようにはならない。確かに、上記のケースでは、EPSは100円(100億円/1億株)から111円(100億円/9千万株)に増加する。「株価=1株あたりの純利益(EPS)×株価収益率(PER)」であり、EPSは11%増加するので、株価も11%上昇するはずであるが、なぜであろう? 株価の計算式から考えて、株価が変化しないためにはPERが11%減少しなければ辻褄が合わない。自社株買いを行うとPERは本当に低下するのであろうか?

株式配当モデルにそって考えると、PERは「(株主の期待利回り―当期純利益の増加率)の逆数」(PER = 1/(rE – g)」*1となる。自社株買いを行うと株式時価総額に対する有利子負債額の比率(これをD/E比率とか時価レバレッジと呼ぶ)が上昇し、株主が負担するリスクが大きくなるため、株主の期待利回りも上昇する。当期純利益の成長率に変化がないとすれば、PERの式から言って株主の期待利回りの上昇によってPERは低下することになる。このように理論的には、自社株買いを行うと、利益成長率に変化がない限り、EPSは増加しても、同時にPERが低下し、株価は変化しないということになる。

ところで、実際の株式市場では、自社株買いを発表したとたんに株価が上昇するケースが多いが、これは上述のファイナンス理論が現実に即していないのではなく、以下のような別の原因によるものである。

(1) 自社株買いは経営陣が現在の株価は実力に比べて低すぎると判断しているためであると市場参加者が信じた場合

経営者は部外者である一般市場参加者に比べ、自社に関しての各種の重要な内部情報を有している。「経営陣は外部者が知り得ない内部情報に基づいて現在の株価は低すぎると判断したために自社株買いを行った」と市場が解釈した場合、市場参加者は当該企業の株式を購入しようとする。この結果、株価は上昇する。このメカニズムを、EPSとPERの関係を使って説明すると次のようになる。自社株買いによってEPSが増加する一方、経営者の積極姿勢を受けて市場参加者による当期純利益率の増加率の予想が上方修正されれば、株主の期待利回りは上昇してもPERの下落率は小幅にとどまることになる。このため株価は上昇する。このような効果を一般に「アナウンスメント効果」と呼んでいるが、企業による増配のアナウンスも同様の効果を持つ。なお、企業が自社株買いのアナウンスを行っただけで実行しない場合、株価は一時的には上昇しても、その後、下降して元に戻ることになる。

(2) 現預金を過剰に保有している企業がその過剰現預金を株主に返還した場合

内部統制が脆弱な企業が過剰な現預金を保有している場合、現預金の時価総額が現預金の表面金額を下回って評価される事例が多い。このような場合、自社株買い(増配もしくは有償減資でも同様)によって現預金が経営者のコントロール下から外れると、現預金の評価額は本来の表面金額まで復元される。このため、株式の時価総額は増加し、株価は上昇する。ただし、これは正確には時価総額が増加したのではなく、毀損していた企業価値が復元されたにすぎない。第4回コラムでみたクレイフィッシュのケースはこれに該当する。

ファイナンス理論的には有利子負債調達による自社株買いが有効

潤沢な現預金は財務基盤を強化し、今回のような未曾有の経済危機の際には企業経営の安定化に大きく寄与する。しかしながら、一方で、使途の無い現預金を過剰に保有していると、買収されやすくなる。たとえば、株式時価総額1000億円の企業が300億円の現預金を保有していた場合、買収企業は一時的には1000億円の資金を投入しないとこの企業を買収できないが、買収後にはこの企業が持っている300億円の余剰現預金を取り出すことができるため、実質的な買収金額は700億円となる。また、使い道の無い余剰な現預金は、株主が期待しているような水準の利回りは生まないことから、株主の立場からすれば返還されてしかるべき性格の資金でもある。現預金を潤沢にもつ医薬品業界の企業の多くが最近、株主還元に積極的なのはこのような理由にも一因がある。

前回のコラムで見たが、配当や自社株買い等の株主還元を行うべきかどうかは、企業の成長段階による。高成長中の企業はフリーキャッシュフローがマイナスのため株主還元したくともそのためのキャッシュは無く、また株主も配当等の株主還元で貴重なキャッシュを企業外へ流出させるよりも、キャッシュを企業成長のための投資に充当し、その結果としてのキャピタルゲインを手にすることを期待している。一方、成熟企業は事業が生み出すキャッシュフローが潤沢である一方で新規投資案件が少ないことからフリーキャッシュフローは多額になりやすい。このような場合は稼いだキャッシュを株主還元に充てない限りキャッシュは内部に積みあがり、買収される危険性が増していく。

なお、企業価値の向上という観点から見て、ファイナンス理論的に有効な自社株買いは、有利子負債の調達による自社株買いとなる。これは事業リスクの大きさに比べて(時価ベースでの)株主資本比率が大きくなりすぎた場合、有利子負債を導入し、この資金でもって自社株式を買い戻し、資本構成を最適化しようとするアプローチである。

有利子負債を増加させ、これによって調達した資金で自社株買いを行った場、有利子負債の節税効果によって企業価値は増加する。たとえば、先ほどのA社の場合、100億円を永久有利子負債で調達すると企業価値は有利子負債の持つ節税効果のため40億円増加する*2。株式の時価総額は1000億円-100億円(自社株買い)+40億円(節税効果の現在価値)=940億円となり、株価は1044円(940億円/9000万株)に上昇することになる。(図2参照)

図2:有利子負債を使っての自社株買い

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2001年から2002年にかけて東燃ゼネラルやアイシン精機が行った自社株買いはまさに資本構成を最適比率に近づけるとの観点から実施されたものであり、ファイナンス理論に立脚した資本政策として画期的と言える施策であった。しかしながら、昨今の自社株買いを見ている限りでは、残念ながら、この考え方が企業経営に浸透しているとはいまだに言いがたい状況にあるように思える。

*1 「PER = 株式時価総額/当期純利益 ・・・1」

ところで配当モデルに基づく株式時価総額(当時純利益は毎年全額株主に還元されると仮定する)は「株式時価総額 = 当期純利益/(rE – g)・・・2」となる。 (g: 当期純利益の増加率、rE: 株主の期待利回り) 1に2を代入すると、「PER = 1/(rE – g)」となる。

*2 有利子負債の増加額をΔD、利率をrD、法人税率をtとすると、年間の節税額 = ΔD × rD × t となるが、これをこのキャッシュフローのリスクの大きさに見合った割引率で現在価値に割り戻した額が節税効果の現在価値となる。このキャッシュフローのリスクをどう考えるかには諸説あるが、最も簡単で一般的なのは、この節税額を生み出した有利子負債そのものとリスクと同じという考え方であり、この考え方に準じれば、節税効果の現在価値 = ΔD x rD x t / rD = ΔD x t となる。

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