まずSTPがあり、次にマーケティング・ミックスがある
マーケティングにおける有名なフレームワークといえば、「4P」です。これは、「Product(製品)」、「Price(価格)」、「Place(流通チャネル)」、「Promotion(コミュニケーション)」の頭文字をとったもので、何かを販売するときに必ず考えなくてはならない要素を指しています。これら4つの要素を統合し、効果を最大化するのが、「マーケティング・ミックス」という考え方です。
マーケティングの具体的な施策を決める場合、どのような製品やサービスを提供するか(Product)、値段はいくらにするか(Price)、その製品やサービスの存在を顧客にどのように認知させるか(Promotion)、それを欲しいという顧客にどのように届けるか(Place)という観点から、各要素の整合性を図りながら検討しなくてはなりません。マーケティング戦略の最終的な姿は、マーケティング目標を最適なマーケティング・ミックスに落とし込んだものと言えます。
ただ、マーケティング・ミックスを考える前に、まず明確にしておかなくてはならない重要な事柄があります。それは、その製品やサービスを「誰に」売るかということです。誰を対象とするかが明確でなければ、理想的なマーケティング・ミックスは組めません。例えば、仮に同じ製品であっても、対象とする顧客が女子高校生かOLかによって、よく使われる機能や、魅力的と受け取られるデザイン、パッケージなどは違ってくるでしょう。また、許容できる価格帯も当然、異なります。訴求すべきメッセージも、広告を打つ際の媒体の選び方も、その商品を置くべき店や販売するエリアも変わってきます。誰に売ろうとするかによって有効な打ち手というのは異なってきます。マーケティング戦略といえば、マーケティング・ミックスを決めることと思われがちですが、その前段階にある「誰をターゲットにするか」の決定が、戦略の正否を分けることもあるのです。
マーケティング戦略の策定は通常、右上の図のようなプロセスを取ります。マーケティング・ミックスを決定する前に、まず、「STP」というステップを踏むことがポイントです。STPの「S」は、「セグメンテーション(Segmentation)」、「T」は、「ターゲティング(Targeting)」、「P」は「ポジショニング(Positioning)」を表しており、このうちの「S」と「T」、つまりセグメンテーションとターゲティングを決定することによって、「誰に」という部分が明らかになります。
セグメンテーションにより、“カスタマイズ”した商品を届ける
では、「セグメンテーション」とは一体、どのような活動を指すのでしょうか(ちなみにセグメンテーションの日本語訳は「市場細分化」です)。市場には様々な人々が存在します。例えば、「ある新人ミュージシャンのCDを販売せよ」と言われた場合、買ってくれそうな人は誰でしょうか。まず、音楽を聴かない人は対象外でしょう。しかし、音楽好きといっても、クラッシックが好きな人もいれば、ジャズやロックが好きな人もいます。また、朝から晩まで聴いている人もいれば、たまにしか聴かない人もいるでしょう。このように、千差万別の好みを持ち、楽しみ方も異なる不特定多数の人々を、クラッシック好きの人、ジャズが好きな人、よく聴く人、たまに聴く人というように、同じような性質やニーズを持つ顧客のグループ(セグメント)に分けることを「セグメンテーション」といいます。そして、切り分けたセグメントの中から、一つまたは複数のセグメントを対象顧客として選び出す活動を「ターゲティング」と呼びます。
このように市場を細かく分けることの合理性はどこにあるのでしょうか。それを考えるためにまず、一つの製品を大量生産し、大量に流通させることで、あらゆる消費者に販売しようとする「マス・マーケティング」と、その対極にある、消費者一人一人に合ったカスタマイズ製品を作って販売する(純粋な意味での)「ワン・ツー・ワン・マーケティング」について考えてみましょう。顧客の満足度が高くなるのはどちらでしょうか。これは恐らく、すべて自分仕様の製品が手に入るワン・ツー・ワンのアプローチではないでしょうか。例えば洋服の場合、肩幅や丈、袖の長さなど少しサイズが合っていない既成品よりも、すべてが自分のサイズで作られたオーダーメイドの服のほうが着心地がよいはずです。しかし、企業にとって一人一人のニーズに応えるというこのアプローチを完ぺきに実践することは、経営資源の制約やコストなどの面で困難を伴います。このことは、オーダーメイド製品の価格が非常に高かったり、入手するまでに時間がかかったりすることからも分かります。一方、マス・マーケティングは同一製品を同一のマーケティグ手法で販売できるので、企業にとっては非常に効率のよいやり方といえます。しかし、現在のように消費者のニーズや価値観が多様化している環境下では、これは必ずしも最適なアプローチとは言えません。消費者の多くが豊富な商品知識や選別眼を持っているため、顧客満足よりも企業論理を優先させた製品提案はすぐに見破られ、簡単には受け入れてもらえないでしょう。
そこで、限られた経営資源を効率よく用いながら、顧客の満足度を高めるという二つの目標を同時に満たそうとするのが、セグメンテーションとターゲティングの考え方(「ターゲット・マーケティング」)です。つまり、同一のマーケティング手法が、ある程度、効果的に通用するセグメントにターゲットを定めて、マーケティグ資源を集中させることで、効率性と顧客満足の最大化を両立させようというわけです。このときに重要なのが、“自社にとって”魅力的なセグメントをいかに探し出すかということです。
心理的変数や行動変数でのセグメンテーションも主流に
セグメンテーションを行うときに決め手となるのは、どのような軸(「セグメンテーション変数」)でグループ分けするかということです。
一般消費者を対象とする消費財の場合、以前は調査することが容易な「地理的変数」(エリア、都市の規模、人口密度、気候など)や、「人口動態変数」(年齢、性別、家族構成、所得、職業、学歴、宗教など)が、よく用いられていました。しかし、最近は消費者ニーズの多様化や個別化に合わせて、「心理的変数」(社会階層、ライフスタイル、性格など)や、「行動変数」(購買頻度、購買動機、使用経験など)が、重視されるようになっています。また、企業や政府機関などの組織を対象とする生産財の場合、「人口動態変数」(ここでは産業、企業規模など)、加工レベルや製造技術、製品の使用パターン(使用頻度、使用量など)、購買者の動機付け・行動様式(購買方針、購買決定権、購買決定基準など)といったように、消費財の場合とは異なる変数も用いられます。
一般には、複数の変数を使ってセグメントの特徴を鮮明にしていきますが、その際に気をつけたいのは、単に細かく分ければいいというものではない点です。各セグメントの重要性を判断して優先順位をつけられるか、十分な売上高や利益を確保できる規模があるか、実際にその顧客に製品・サービスを的確に届けられるか、顧客層からの反応を収集し、分析することが可能かなどの条件も考えながら、適切な変数を用いることが重要です。
ターゲットとするセグメントを選ぶときには、これらの条件に加えて、競争環境や自社の経営資源を十分に考慮する必要があります。そして、自社にとって最も魅力的なセグメント、つまり、自社の強みを最大限に活かすことができ、競争優位性を築くことができそうなセグメントを選び出します。このとき、そのセグメントが市場規模や収益性や成長性などの面でいかに魅力的であっても、自社の強みが生かせないと判断した場合は、ターゲットにすべきではないということをお忘れなく(下の図を参照)。
さて、あなたの会社では、どのような軸を使ってセグメンテーションを行っていますか。そして、その顧客は自社の活動に見合った利益をもたらしてくれていますか。さらなる売上げや利益の拡大という目標を果たすためには、マーケティング・ミックスを再考するだけではなく、マーケティング戦略策定の根幹にまで立ち戻り、セグメントの選び方を見直したり、ターゲット顧客に対して自社が適切な製品やサービスを提供しているかという視点から考え直したりといったことを、心がけてみてください。
次回もマーケティングのフレームワークを紹介します。
(本稿は、グロービス・オーガニゼーション・ラーニングが発行するメールマガジン「グロービスNews」の2003年7月22日号に掲載されたものを、加筆修正のうえ再掲したものです)。
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