モノを買う時、自動車などの高額品は当然「試乗」という「お試し」をする。しかし、製品品質の向上、技術の平準化(コモディティー化)やECの広がりによって、パソコンなどの高額品を一度も試さず「ポチッ」として買ってしまうスタイルも浸透してきた。一方で、日用雑貨など本来「最寄り品」である商品カテゴリにおいて「試して買う」スタイルが広がってきているという。
花王の至れり尽くせり。お試しサービス
日経MJ11月6日号によると、花王は10月10日、東京・渋谷にシャンプーサロン「アジエンス MEGURI(めぐり)サロン」を開業した。1時間のうちに髪の毛の悩みなどをヒアリングするカウンセリングに始まり、「シャンプー」「濃密ジュレ」「ヘアパック」の3つの製品を使って手入れをし、ブローで仕上げ。最後には特設ブースでカメラマンによって撮影までしてもらえるという。撮影した画像は自分の写真を大判ポスターとデータで受け取れるという。
花王の悩み
記事によると、同施策に乗り出したのは『同社では最近、新製品を投入した時のマーケティング調査で、「興味喚起」や「購買喚起」のスコアが高いものの、売れない事例が目立ってきた(同・日経MJ記事)』からという。
消費者の態度変容モデルで最も有名な「AIDMA」で言えば、Attention(注目する)→Interest(興味を持つ)は全く問題ない。Desire(欲しいと思う)→Memory(買おうと記憶する)・・・までは何とか行くということだろう。だとすれば、最後のAction(購入する)所にハードルがあるということだ。なぜ、最後に店頭で買い物カゴに入れることをしないのか。
選択拒否の法則か?
「アジエンス MEGURI」は実勢価格各1080円と花王では最高級ヘアケア品にカテゴライズされている。しかし、ドラッグストアなどの店頭に行ってみれば、各社から高級ラインは同じように陳列されている。また、「髪に良い」とされブームにもなったノンシリコン系のシャンプーも比較的割高なラインを揃え、また、少数ではあるがマイナーなブランドがやけに高い価格で、しかし何やらありがたい効用がありそうな雰囲気を醸し出して棚の一部を占めている。これでは、消費者は店頭で迷う。
行動経済心理学が専門のプリンストン大学 エルダー・シャフィール博士が提唱した「決定拒否の法則」というものがある。例えば、5種類のベビーカーを店頭に並べたA店と、20種類を並べたB店では、一見品揃えのよいB店の方が売れ行きがよくなると思われるだろう。しかし、実際には5種類しか並べていないA店の方が売れるのだ。そのココロは、B店においては来店客があまりに多い選択肢を目の前にして選べなくなり、購入を見送ってしまうからなのだ。
11月8日号の日経MJに興味深い記事が掲載されていた。伊勢丹メンズ館来店客100人に「買う・買わない」の分岐点はどこにあるのかをインタビューしたところ、複数回答で買う理由の1位は「タイミング」で27人。2位は「好みズバリ」で17人。3位は「必要」の15人であった。それに対し、買わない理由の1位は「価格が高い」で41人、2位は「不要不急」で27人。そして3位が「目移り」の15人。この15人の「目移り」も「選択拒否の法則」にはまった結果だと言えるだろう。
古典的なAMTULの法則と、近頃の態度変容モデル
態度変容モデルにはAIDMAと同じぐらい古典的なAMTUL=Awareness(認知)→Memory(記憶)→Trial(試用)→Usage(日常使用)→Loyal(ロイヤル顧客化)というモデルがある。どこかで体験を伴わないと購買行動まで持っていくのが難しかったり、一度の購入だけでなく継続購入させないとペイしなかったりするようなビジネスの場合、AIDMAではなくAMTULが用いられる。典型的な業種でいえば通信販売がそれで、「無料お試しサンプルプレゼント!」や「今なら50%引きでトライアルセットがお求めいただけます!」という部分がTrialにあたる。当然、Trialの分コストがかかるので、通信販売は5回以上反復購入させないとペイしないといわれている。そこがUsageの部分だ。さらに、最終目的はLoyal(ロイヤル顧客化)で、通信販売の場合、「お友達紹介キャンペーン」などと称して、紹介者・被紹介者共にメリットのある互恵的な制度を導入している(紹介者だけがメリットを享受できるしくみだとだいたい失敗するので注意)。
さて、この古典的なモデルだが、最近のネットを基本としたAISAS=Attention →Interest →Search(検索)→Action(購買)→Share(情報共有・拡散)なり、電通が商標を取っているSIPS=Sympathize (共感する)→Identify(確認する)→Participate(参加する)→Share & Spread(共有・拡散する)と実は極めて関係が近い。
AISASにおいては、どうやってShareしてもらうかがキモだが、そのためには購買(Action)のハードルを越えなければならない。その時、単に他人がネット上に書き込んだ情報をShareしてもらうだけより、本人がTrialしていた方が確実だ。また、SIPSはParticipate(参加する)→Share & Spread(共有・拡散する)という部分がキモで、Participate(参加する)の部分で「パーティシパント(ゆるい参加者)→ファン→ロイヤルカスタマー→エバンジェリスト」と階層が上がっていくことになっている。
ちなみに、ファン以上は購買経験ありの人を指す。故に、ここでも本来、「パーティシパント(ゆるい参加者)」の段階でリアルなTrialがあった方が、階層をスムーズに上がるであろうことは言うまでもない。
マス広告で認知→リアル体験→拡散→指名買い・・・の可能性
この施策が大成功であろうことは、記事に掲載されている体験者の言葉でよくわかる。「髪の手触りがよくなるなんてびっくり。友達にも教えたい」と、何度も髪を触っては喜びを隠さなかったという。早速彼女は、データでもらった写真家が撮影した自分の写真をSNSにアップするだろう。その、シズル感溢れる体験談と共に。そして、ステキな写真まで載ったその情報は、単に「買って試したら、結構よかったよー」的な一般的な情報より拡散力が強いに違いない。また、お試し体験をした本人はその場でロイヤル顧客、いや、エバンジェリストとして周囲への推奨を続けるだろう。
この施策は約5ヶ月の期間中4000人の来店客を見込み、運営費用は通常のヘアケア品のCM投下費用の1/3程度だという。であれば、このようなリアル体験を併用し、よりリアルな体験情報の拡散を促して、売りの現場で迷わせず指名買いをさせる態度変容モデルを検討してみる価値は十分あるだろう。