今回は「おもてなしの未来」について語ってみます。
おもてなしをビジネスとして成立させるには幾つものハードルがあり、マスコミが騒ぎたてるような成長市場には簡単になり得ない点を、繰り返し指摘してきました。しかし、おもてなしの未来が絶望的かと言えば、必ずしもそうでもありません。本コラムでも紹介した知恵を用いたりすることで、以下の図にあるような4つのパターンで、おもてなしがビジネスの中で活かされていくと予想します。
図:ビジネスにおける「おもてなし」の未来像
おもてなしをビジネスとして成立させる上でのハードルはいくつかありますが、特に顕著なのは、
(1)1つひとつのサービスに時間やコストがかかり、収益性が落ちる
(2)一部の従業員の技量に依存してしまい、事業拡大が妨げられる
の2つです。上記のマトリクスの2軸もこの2つに対応しており、
縦軸: 収益化の方向性(サービス価格に転嫁して回収するか/しないか?)
横軸: 規模化の方向性(個人技依存を続けるか/脱却を図るか?)
と設定しています。収益化と規模化、この2つの障壁にどう対処するか次第で、今後のおもてなし活用のカタチが変わってくるのです。
おもてなしで集客する ―代官山蔦屋書店
まず左上の「マーケティング手段としての利用」から見てみましょう。「マーケティング」と言うと意味が広いのですが、要は集客や顧客との関係強化の手段としておもてなしを活用するパターンです。
一例として、代官山の蔦屋書店があります。こちらの書店はCCC(カルチュア・コンビニエンス・クラブ)が「大人のための文化の牙城」を目指して、2011年冬に開業した書店です。足を運んだことがある方も多いと思いますが、建築デザインは秀逸ですし、インテリアも洒落た自宅で寛ぐような居心地のよさがあります。何よりもユニークなのは、コンシェルジュと呼ばれるプロがアート・旅行・料理といったジャンル毎にいて、各コーナーの棚づくりを任されているだけでなく、専門知識を活かして顧客が本を選ぶ相談に乗ってくれる点です。このようにおもてなしに溢れた店舗ですので、顧客としては嬉しい一方、「こんな手間のかかるサービスを提供して、CCCはちゃんと儲かるんだろうか?」と心配になるかもしれません。実際、書籍は集客力のある商材で来店客は絶えないものの、書籍販売は利幅が薄いですし、本を買い求める人で蔦屋書店のレジが混んでいる様子もありません。
実はこの書店にはスターバックスが併設されていて、ほとんどの来店客はここでドリンクを買った後、好きな本を手に取って、ソファに座って閲覧します。コーヒーは粗利率の高い商材でして、たとえその顧客が本を購入しないまま帰っても、大概は元が取れるのです。つまり、書籍販売でおもてなしを提供して集客を図りながら、書籍自体ではなくコーヒー販売で稼ぐのが蔦屋書店の収益モデルです。
最近復活の兆しを見せている「町の電器屋さん」も、蔦屋書店と似たアプローチです。彼らは低価格や品揃えで市場を席巻する家電量販店とは一線を画し、地域密着のサービスを大切にしてきました。周辺住民の家電に関する相談に気軽に応じたり、時には自宅に伺って、家電の使用方法を説明したり、簡単な修理なら無償で引き受けたり。通常、こうしたおもてなし部分に課金はしませんが、代わりに多くの顧客が電池や電球といった消耗品を買ってくれたり、時にはエアコンや洗濯機といった大型家電をあまり値引きせずに購入してくれたりするので、電器屋の商売が成り立っているのです。
このように強固な収益源を別に持っている企業が、自社製品やサービスを差別化するためにおもてなしを提供した場合、おもてなしに高い課金をしなくても(場合によっては無償提供しても)トータルの収支が成り立ちます。利益率の高い物販を手掛けている業態を中心に、マーケティング手段としてのおもてなし活用はこれからも広がるでしょう。しかし、マトリクスで見てわかるように、収益化の壁はクリアしても、おもてなし提供を従業員の個人的な意欲や能力に依存する点では従来と変わっていません。従って店舗や営業拠点を短期間に50か所、100か所・・・と増やせる企業は、残念ながら限られるだろうと思います。
おもてなしビジネスの王道は、やはり「仕組み化」
続いてマトリクスの右下に移って、「仕組み化によるスケール実現」を考えましょう。本コラムで過去に論じた内容の半分以上は、この「仕組み化」に関する提言でした。おもてなしのビジネスを規模化するには、おもてなしを含むサービス提供を個人の経験や勘に頼るのではなく、仕組みに置き換える必要があると、繰り返しお話しました。
改めて整理すると、仕組み化には大きく言って「提供方法の仕組み化」と、「組織複製の仕組み化」があります。前者の「提供方法の仕組み化」では、サービス提供プロセスを可視化したり、それをマニュアルとして従業員の間に普及させたり、あるいはPDCAのサイクルを回しながら生産性改善を図るのが第一歩でした。加えて、定型化できたプロセスにITや機械設備を導入して従業員の作業を代替できれば、生産性はさらに向上します。一般的には「おもてなしと標準化は相容れない」という印象が持たれているものの、実際には定型部分の基本業務が標準化・IT化されていればこそ、従業員が非定型なおもてなし部分に取り組むキャパが生まれてきます。介護の現場で、リフトの導入によって浴室や自動車への被介護者の移乗が楽になり、介護職員が作業中に相手の表情を見て対話する余裕が生まれたエピソードを以前紹介しました。このように、まずサービスの定型部分に標準プロセスやITといった「仕組み」を入れることで、より多くの従業員が優れたおもてなしを提供できる姿に近づくのです。(詳しくは本コラムの第2回「おもてなしと標準化の相性は悪くない!?」、および第3回「おもてなしで頑張らない」を参照ください。)
もう1つの「組織複製の仕組み化」も、おもてなしビジネスの規模化には欠かせません。
「提供方法の仕組み化」でサービスの定型的な部分をどんなに標準化・IT化できたとしても、残された非定型のおもてなし部分では、どうしても従業員のセンスやスキルが求められます。ただしこの「センス」や「スキル」を「採用した従業員にたまたま適性があった」「その従業員がたまたま良い先輩の指導を受けられたから」といった具合に、偶然に委ねていたら、おもてなし品質にブレが生じてしまいます。特に多店舗展開を進めるには、新人を多数採用して現場に立たせなくてはなりませんから、組織複製のノウハウが不可欠になります。例えば、求職者の適性見極め方法、新人を早期に一人前にする育成システム、日常的に現場のモチベーションを高く維持する工夫、現場で従業員同士が技を磨き合う習慣などです。高品質のサービスで定評のあるエアラインやホテル、個別企業でいえばディズニーランドやスターバックスは、こうした「組織複製の仕組み化」を整えて事業の規模化を支えてきました。(詳しくは本コラムの第4回「おもてなしの人材育成」を参照ください。)
上記の2つの「仕組み化」を進めている国内企業の1つに、星野リゾートがあります。同社のリゾート施設運営は、マルチタスク制(いわゆる多能工化)が特徴です。ホテル業界では、フロント担当はフロント業務だけ、調理担当は調理だけといった分業制が一般的ですが、星野リゾートでは各従業員が調理・客室清掃・フロント・レストランといった機能を、季節や曜日、時間帯による繁忙の変化に合わせて臨機応変に担うことで、生産性向上につなげています。そして、このマルチタスク制の前提には「提供プロセスの仕組み化」があります。各機能の業務が標準化されていないと、他の機能から移ってきた人がすぐに稼働することができません。
他にも同社では、食材の調達や定番メニューの調理をセントラルキッチンで行い、全国の施設に供給しています。おかげで標準的なレストランサービスの品質が安定するばかりでなく、各施設の調理担当はその地域独自のメニュー開発や提供に集中できます。調理人の個人技に依存していた業務を、セントラルキッチンという設備で置き換えたという意味で、これも「提供プロセスの仕組み化」にあたる取組みです。
もう一方の「組織複製の仕組み」はどうでしょうか。星野リゾートの場合、施設を新たに増やすのではなく、主に経営が行き詰っているホテルや旅館の運営を受託し、再生に取り組んでいます。受託先の組織を蘇らせて「星野リゾート」の看板にふさわしい宿に変身させていくノウハウを、独自の定石として蓄積しているのが同社の強みです。一例を挙げると、星野リゾートは再生時に、元からいる従業員をディスカッションの場に呼んで、客観的な顧客データと現場が感じている問題意識とを重ね合わせながら、従業員と一緒に旅館の新コンセプトを導出します。コンセプト策定の過程を共有することで、従業員に対してコンセプト実践への高いモチベーションと、実際の行動の方向付けができると考えられます。
最近、国内のサービス市場では1000円カットやLCC、低価格ビジネスホテルなど、提供するサービス機能を徹底的に絞り込んで、コストと高品質を両立した「スマート・エクセレンス」と呼ばれる業態がシェアを伸ばしています(※1)。しかしながら市場の中高価格帯のセグメントで、おもてなしに比重を置きながら多拠点展開に成功している例は、まだ多くありません。星野リゾートがチャレンジしてきたように、おもてなしの「仕組み化」に取組み、国内外の市場で規模化する成功事例が続出するのを期待したいものです。
おもてなしの未来を示唆する「ワトソン」採用
従来のおもてなしは「人が人に提供する」のが原則でしたが、ITや機械設備におもてなし提供を担わせることで、収益化や規模化が容易になる可能性があります。これがマトリクスの右上にあたる「テクノロジーによる代替」のパターンです。先の「仕組み化」では定型的な作業部分をITや機械設備に任せ、非定型のおもてなしは引き続き人が担う形態でしたが、「テクノロジーによる代替」はおもてなし提供までもテクノロジーによって自動化する取り組みです。
実はこのタイプのおもてなしを、既に私達は無意識のうちに享受しています。例えばアマゾンで買い物をする際、既会員が一度ログインしてしまえば、いちいち住所や決済方法を入力する必要はないですし、ユーザーの購買・検索履歴などから推定して「こんな商品もありますよ」とお薦めまでしてくれます。「ウェブなんだから当たり前」と思うかもしれませんが、これがもし対面販売だったら「よく私の名前や住所を覚えていてくれたなあ」、「自分の好みまで把握して、提案してくれるなんて素晴らしい」と感動モノの接客に思えるはずです。
ウェブのサービスの多くは、いったん開発してしまえば、あとは追加的な手間をほとんど投じずに、カスタマイズしたサービスを提供できています。従業員を育てたり、店を増やしたりする必要もないので、マーケティングがうまく進めばいっきにスケールアップできます。しかも蓄積したデータを分析することで、判断の精度をどんどん上げていきます。こうしてITによって自動化されたおもてなしは、収益化や規模化の壁をいつのまにか越えてしまっているのです。以前は画面のどこをクリックしていいかわからなかったり、画面表示に時間がかかってイライラさせられたり、ネット上のサービスの限界を感じる場面が少なからずあったかもしれません。が、最近は多くの開発者がUX(ユーザー・エクスペリエンス)を重視してサービス設計しており、ユーザーの満足度も格段に高まりました。
非定型な判断が求められるおもてなしを、本当にテクノロジーが代替できるのか?まだ疑っている人も多いでしょう。確かに、顧客の表情・身振りからその人の気分を察するとか、顧客が従業員との当意即妙な会話を楽しむとかいった点では、テクノロジーによる代替はまだ困難です。しかし、大勢の顧客の名前を覚えるとか、顧客属性や利用履歴、その他の制約条件(天気予報、交通渋滞情報など)を加味して、お客様ごとに適切なお薦めをするといった業務なら、むしろ人間よりもITの方が得意です。こうして「人にしかできない判断」と思われていた部分の多くを、これからテクノロジーが代替していくことでしょう。世界中の名だたる金融機関や病院、旅行会社などが相次いで、米IBMの認知型コンピューター「ワトソン」を自社サービスで活用し始めているのも、その兆候の1つ。日本でもメガバンクが、顧客からの曖昧な質問が大量に寄せられるコールセンターの応対業務に、このワトソンを採用したことが最近話題になりました(※2)。
機械やITによる顧客対応を「おもてなし」と呼ぶか否かについては、見解が分かれるところかもしれません。しかし好むと好まざるとにかかわらず、「おもてなし」の一定部分、特に正確さやスピーディな対応が求められる部分で、人手が機械やITに置き換わっていくでしょう。そして、おもてなしに伴う品質やコストの問題をテクノロジーが解決し、これまではベテラン従業員しか提供できなかった「おもてなし」サービスをより多くの人が日常的に享受できる姿は、歓迎すべき将来像だと私は思っています。
従来型のおもてなしも生き残る。ただし・・・
おもてなしがビジネスの中で生かされるパターンを3つ紹介してきましたが、これら以外での生き残りの道はないのでしょうか。
結論からいえば、図の左下にあるように「従来型のおもてなし」も残ります。「従来型」と言うのは、
・横展開の「仕組み」を持っていないため、1店舗か、せいぜい数店舗どまり
・おもてなしの提供コストを抑える、もしくはコストを別手段で回収することができないため、サービスの価格が高い(価格転嫁せずに自社の利益を削る方法もありますが、持続的な事業成長は難しいでしょう)
・一方で、標準化や効率化にこだわる必要性が低いおかげで、店の独自色を打ち出しやすい
といった特徴があります。
こうした個性的な中小規模のサービス企業のおかげで、利用者は多様な選択肢を享受できています。我々消費者が想定できない感動体験を味わえるのも、各企業が独自色を打ち出す努力をしているからこそ。特にホテル・旅館や飲食業界などでは、増加する訪日外国人をターゲットに、ますます個性的な企業増えていくことを期待したいものです。
一方で経営学の分類では分散型事業、あるいは多数乱戦業界と呼ばれるだけあって、勝者もいれば数え切れないほどの敗者もいる厳しい業界です。おもてなしの規模化や収益化の壁を乗り越えるのも大変ですが、この分野に留まって優勝劣敗の中を生き延びていくのも、決して楽なことではありません。
****
以上、4つのパターンに分けて「おもてなしの未来」を考えてみました。
最後に。今回、いや本コラム全体を通じて申し上げたかったのは、おもてなしを武器に事業を成長させようとするなら、まずは「おもてなしに頼る」のを止めた方がいいですよ、ということです。既に見てきたように、おもてなし以外で儲ける手段を磨く、おもてなし以前の定型的なサービス提供の仕組みを整える、テクノロジーが得意とする部分は代替してしまう等、「おもてなし以外」の部分で知恵を絞ることが、おもてなしをビジネスの中で生かす可能性を拡げてくれるのです。
逆説的ですが、おもてなしで飯を食っていくには、まず「おもてなし以外」で頑張ること。どうか忘れないでください。
本連載は今回で完結とします。ご精読いただき、ありがとうございました。
(※1)小野譲司著「スマート・エクセレンス -焦点化と共創を通した顧客戦略-」(一橋ビジネスレビュー2014年春号)
(※2)「ついに人工知能が銀行員に『内定』 IBMワトソン君」(日本経済新聞2015年3月20日朝刊)