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マーケティングが苦手な「おもてなし」の扱い方 前編

投稿日:2014/08/22更新日:2021/11/29

「おもてなしをアピールして、売上を伸ばそう」と密かに企てている方には残念ですが、本来のおもてなしというのはマーケティングの対象物としては非常に扱いにくい代物です。うっかりすると、限られた人だけが楽しめるニッチな営みで終わってしまいます。おもてなしをそんな自己満足で終わらせずに、課金につなげて収益化する、顧客開拓にもつなげて規模化するにはどうしたらいいか?今回はおもてなしのマーケティングについて前後編で考えてみたいと思います。(後編はこちら

おもてなしは顧客を選ぶ

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最初に、おもてなしが良しとする方向と、通常のマーケティングが目指す方向とが、必ずしも一致しない現実を知っておきましょう。

まず、おもてなしの提供は、消費者向けマーケティングが前提とするような不特定多数の顧客を相手にするのが得意ではありません。良いおもてなしをするには、良い意味で「客を選ぶ」ことが理に適っています。

茶道の世界なんかでよく耳にしますが、皆さんは「客ぶり」という言葉を聞いたことがありますか?茶道の席では、もてなす主人の側ばかりではなく、もてなされる客人の側にもその場に相応しい振舞いが求められます。お茶の世界に限らずとも、顧客の立場でありながら、他の顧客の居心地が良くなるような物言いをしたり、店側がもてなし易いようにさりげなく動いたりして、場の雰囲気を創り上げるのに貢献してくれるお客さまっていますよね。こういう人を「客ぶりがいい」と表現します。おもてなしは、主人から客人へと一方通行で提供されるものではなく、「主客の相互性」と言われるようにもてなす側・もてなされる側、双方の働きかけによって場の価値が高まっていきます。つまり、もてなす側としても「客ぶりのいい」人に参加してもらった方が、おもてなしの完成度は上がる訳です。

また優れたおもてなしで有名な旅館や料亭は、必ずと言っていいほど常連客との付き合いを大切にします。その理由はいろいろありますが、1つには「個別のお客様の諸事情、例えば食べ物に関する好き嫌いや、健康上気をつけていることなどが把握できていないと、適切なおもてなしができない」があるでしょう。おもてなしとは、顧客それぞれのニーズや状況に応じて内容を変えていくものですから、やはり一見客よりも勝手知った常連客を優先する、つまり「客を選ぶ」方が、おもてなしもやり易いはずです。

受け手の認知にこだわらないのが、おもてなし

おもてなしに関わる人々のマインドについて、もう1つ。通常の製品やサービスの販売では、企業側が提供した製品やサービスの便益を、顧客側が認識して初めて価値が生まれます。ところがおもてなしの場合、もてなす側が自身の営み1つ1つに顧客が気づくことに必ずしもこだわっていません。

例えば有名ホテルのバーテンダーの中には、お客さまの前にドリンクを置く時、1杯目は右斜め前の定位置に置くものの、2杯目以降は置き場所をさりげなく変えている場合があるそうです※1。顧客は無意識のうちに自分が飲み易い場所にグラスを置くので、バーテンダーは位置を覚えておいて、2杯目以降はその場所にそっと戻す訳です。多くのお客様は気づかないでしょうが、バーテンダーの方もわざわざお客様に知らせる行動はとりません。居心地よい時間を過ごした結果、お客様が最終的に「今日は良い時間を過ごせた。またこの店に来よう」と思ってもらえば、もてなす側の目的も達せられたと考えます。

もし、もてなす側が自分のおもてなしを受け手に認知される点にこだわっているのであれば、欧米のチップを渡す・受け取る習慣が日本でももっと浸透していたことでしょう。(時々「日本にも昔から心付けの習慣があった」と言われますが、筆者は心付けとチップは本質的に異なると考えています。詳細は別の機会に…。)チップをもらうには、もてなす側が供した便益が顧客にその場で認識されることが前提ですが、先述のバーテンダーのように日本でおもてなしに携わる人達は、いちいち「私はあなたに心遣いしていますよ」とアピールすることは野暮だと考えているようです。むしろ「伝わらないくらい、さりげない方が美しい」と信じている印象を受けます。

というのも、おもてなし現場でインタビューしていると、「もてなしの達人」と称されるような人物が「こちらの気遣いを察知したお客様が、心理的に負担を感じるようなことは避けたい」とおっしゃる場面にしばしば遭遇します。そこで、ある有名旅館の女将に「もてなす側がいろいろと気遣ったのに、受ける側がその価値をわからないまま過ごしてもいいのか?」と問い返したところ、「旅館とお客様との相性もあります。私共は部屋のしつらえや食事のタイミングまでお客さまのことを想ってサービスさせて頂きますが、その良し悪しを評価されるのはあくまでお客様です。結果的に旅館の良さに気づいて下さるお客様は、私共との相性が宜しかったのでしょう」という回答でした。言葉を選ばずに言えば「わかる人にわかればいい」という割り切りが、その女将の主張だったように思います。

つまり「相手が気づく」ことを前提にして提供するのが通常の商品・サービスだとすると、おもてなしは「相手に気づかれなくても構わない」、あるいは「気づかれないほど、さりげない方が良い」「それでも、わかる人にはちゃんと伝わるだろう」といった考えで供されることが多いのです。

このように本来のおもてなしは
・場にふさわしい客を選ぶ
・こちらの気遣いに、いちいち顧客に気づいてもらうことにこだわらない
・顧客がおもてなしの価値を認識するかどうかは、相性や顧客の察する能力に依る
という具合に、文脈を共有できていない人が楽しむにはハードルが高い世界だと言えます。

このように客人を限定して洗練された場の空気を楽しむようなおもてなしの世界は、日本独自の文化として大切にしたいものです。日常生活で交わされるおもてなしや、「一見さんお断り」のおもてなし商売について言えば、「わかる人にだけ来てもらえればいい」「わかる人にだけ価値を感じてもらえればいい」という割り切ることが、おもてなし本来の姿を明確にするのかもしれません。

一方で、ビジネスの中におもてなしを取り入れて手広く展開していくとなると、おもてなしを楽しむハードルを多少は下げていかねばなりません。規模を狙うビジネスならば、不特定多数の人に対象を拡げる、おもてなしを対価に反映させて収益増につなげるといった取り組みが不可欠になります。

マーケティングの全領域を論じるとなると広過ぎますので、以降では、おもてなしビジネスで売上を伸ばしていく際に特に苦労の多い
・おもてなし提供時に、顧客に価値を認識してもらう
・自社サービスを利用したことのない不特定多数の人々に、自社のおもてなしを訴求して、新規顧客開拓につなげる
あたりを少し掘り下げてみようと思います。

さりげなく意図を伝えるのがコツ

このコラムのタイトルにある通り、企業が「おもてなしで飯を食える」ようにするには、おもてなしの手間に見合った収益をどこかで得ていかなければなりません。最もわかりやすいのは提供サービス自体の価格にプレミアムを乗せて、収益増を図る方法でしょう。あるいはサービス体験に感動を覚えた顧客が、自社サービスをリピート利用してくれることも収益化につながります。価格転嫁を受け入れてもらうにせよ、リピート利用を促すにせよ、まずはサービス提供の現場でおもてなしの便益を顧客に実感してもらう必要があります。(厳密には、その場でおもてなしの便益を実感してもらわなくても、別のところで巧みに課金を図る方法もありますが、ここでは話をシンプルにするために割愛します。)

おもてなしの便益を効果的に客に伝えるにはどうするか?実際のところ、接客教育の現場で教えられているのは、お客さまの姿を見かけたときの挨拶とか、お客さまからのクレームの受け止め方といったように、どちらかと言えば「控えめ」な対応方法が中心です。逆に言うと、自分たちが提供したおもてなしに関して、「お客さまの中での便益実感を最大化しよう!」などといった能動的なコミュニケーションのコツは、あまり教えられていません。ここでは(「おもてなしはそんな打算的なものじゃない!」とお叱りを受けるのは承知の上で・・)

(1)おもてなしの存在を認識してもらう
(2)認知作用を利用する
(3)おもてなしが「日常」であることを示唆する

の3つを紹介しようと思います。

(1)もてなしの存在を認識してもらう
最初にやるべきことは、「おもてなしをしましたよ」という事実を現場で顧客に伝える行為です。言ってみれば当たり前なのですが、顧客に「恩着せがましい」とか、「過度なアピールだ」と受け止められないようにするのは、意外と難しいものです。

私自身の体験を1つ紹介しましょう。先日家族で旅行に出かけた際、道路渋滞に巻き込まれてホテルへの到着が夜の食事の予約時間ギリギリになってしまいました。するとチェックイン時に、フロントの方が「食事の予約時間を変更しておきました」と伝えてきました。もちろん私達に対する心遣いだったのでしょうが、その時はチェックインが予定よりも遅れたことを責められているような気分になりましたし、子供達はお腹を空かせていたので正直なところ「余計なことをしてくれた」と感じました。これがもし、「長時間の運転、お疲れさまでした。部屋で少しゆっくりされた方が食事もお楽しみになれるかと思いますので、予約時間を遅らせておきましょうか」と意図を添えて言ってくれていれば、違和感なく受け止められたと思います。

おもてなしの実践をさりげなく伝えるコツの1つは、上記のように「お客様のため」という意図を嫌みのない形で説明することです。今度は私のポジティブな体験例を。先日行きつけの美容室に髪を切りに行った際、担当の美容師さんとの挨拶を交わす中で「前の夜に行ったレストランが美味しかったので、つい飲み過ぎて二日酔い気味だ」と何気なく話しました。そのままカットとシャンプーをしてもらい、そろそろ会計をしようとする頃に、美容師さんから「『昨夜飲み過ぎた』と仰っていたので、早く体調が戻るよう、シャンプーをしながら二日酔いに効くツボをマッサージしてみました」と言われ、思わず心が和む体験をしました。単に「マッサージをしました」と言われるより、こういうふうにおもてなしの意図を添えてくれると、より好感を持って受け止めることができるものです。

おもてなしへの評価は客観ではなく、主観で決まる

(2)認知作用を利用する
おもてなしを提供する側として覚えておきたいのは、顧客の便益実感は客観的なサービス内容ではなく、受けたサービスに対する主観的な評価である点です。従って、人間の様々な認知作用を考慮すると、同じおもてなしに関しても便益を一段と強く感じてもらうことが可能です。

接客の現場で広く知られているのが、「顧客の名前を呼ぶ」効果です。自分の名前を覚えてもらえていると誰でも嬉しいものですし、おもてなしが「わざわざ自分のために供されたもの」という実感も湧きやすくなります。たとえ従業員が顧客の名前と顔を覚えられなかったとしても、予約状況を事前チェックしたり、ロイヤルティプログラムがある場合には顧客にIDを提示してもらったりすれば、各顧客の名前は容易に認識できるはずですので、ぜひ実践したいものです。

あるいは「終わりよければ全てよし」もサービス現場でよく言われます。この法則に基づけば、同じおもてなしをするにも、なるべく一連のサービス体験の終盤に提供した方が、顧客の満足は一段と高まります。旅館や高級レストランの従業員が、顧客が出発する際に丁寧にお見送りするのは、やはり効果があるのです。あるいは先の美容室での私の体験のように、気遣いをした瞬間に告げるのではなく、提供プロセスの終盤になって「先ほど〜しました」と伝えられた方が、サービス体験の全体を通じた満足度は上がります。

(3)おもてなしが「日常」であることを示唆する
顧客にとっては「自分のためにもてなしてくれた」ことがわかるだけでも嬉しいものですが、それが単なる偶然ではなく再現性が高いとわかれば、「また利用してみよう」と顧客のロイヤルティが増します。あるいは後編で口コミについて触れますが、「自分だけではなく、他の顧客が利用しても間違いなく満足してもらえるだろう」との手応えがあれば、知人への紹介意欲も高まります。

顧客がおもてなしの再現性を認識するには、自身が受けたおもてなしが、その従業員や店の日頃からの接客姿勢や、その企業が持っている仕組みから生まれた「日常的な営み」であると確認できるとよいのです。例えば飲食店に食事に行って、自分好みの食材選びや味付けをしてくれたと満足している時に、店側から「お好みに合わせて料理しますので、どんどんリクエストしてください」と言われれば、次回もきっと柔軟に対応してくれるという期待感が高まってリピート意欲が高まるものです。あるいはホテルなどで従業員が素晴らしい対応をしてくれたことを顧客が褒めた際に、単に「どういたしまして」では十分ではありません。例えば「当ホテルには(おもてなしを推奨する)社内行動規範がございます」とか、「自分は未熟者で、先輩従業員にいつも注意されている」といった具合に話せば、顧客としてはホテルの従業員教育の徹底ぶりを察知し、「知人を紹介してもこのホテルなら大丈夫そうだ」という安心感を得られます。

以上、おもてなしの便益をその場で顧客にしっかりと認識してもらうためのコツをいくつか紹介しました。もしかしたら随分とハウツー寄りの議論に聞こえたかもしれません。でも、こうしたコミュニケーションの細部に落とし込めているか否かが、平凡なサービス企業で終わるか、顧客にとって特別な店/企業となれるかを決めるのも、また事実なのです。

マーケティングの7Pを活かす

先ほどは、実際にサービスを利用してくれた顧客にどうやって便益を感じてもらうかの話でしたが、ビジネスを拡げていくには、まだ利用経験のない人にも自社のおもてなしの魅力を伝えて、来店につなげる必要があります。

しかしながら、おもてなしのような無形の商材を不特定多数の潜在顧客に向けて訴求するのは、なかなか難しいものです。例えば、自社のおもてなしの良さを訴求する広告を作ることを想定してみてください。これは無形サービス全般に当てはまることですが、目に見える形がないので、提供物自体の映像や画像が広告に使えません。しかも、本コラムの第1回に記した通り、おもてなしは予め内容が定まっておらず、顧客の要望やその時点での提供側の都合などによって、都度内容が変わります。従って、「私共のおもてなしはこういう内容です」と明言するのが極めて難しいのです。もちろん典型的なケースを示すことはできるでしょうが、それでは「お客様それぞれの状況を察して、臨機応変に何をして差し上げるかを決める」というおもてなし本来の魅力が半減してしまいます。

おもてなしが有するこうした無形性や変動性といった特徴に対し、よく語られる処方箋は7Pと呼ばれるアプローチです。伝統的なマーケティングではいわゆる4P(Product、 Price、Place、Promotion)をコントロールすることで顧客に購買を促しますが、これに以下の3つのP(People、Physical Evidence、Process)を加えたのが7Pです。

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おもてなしの世界でも、このアプローチが有効な場合があります。例えば中小企業向けに決算書作成や税務申告の支援をしている株式会社古田土(こだと)経営は、経済産業省が実施した平成25年度の「おもてなし経営企業選」に選出された企業です。同社のウェブサイトからはPeopleやProcess、 Physical Evidenceの要素をうまくマーケティングに使っていることが窺えます。まず代表者の顔写真やメッセージは勿論のこと、クライアント企業の社長が写真と実名入りで登場するなど、人的要素(People)が強く訴求されています。加えて自社の社員教育の手法やわかりやすい決算書作成のノウハウといった、サービス品質を支える仕組み(Process)を積極的に公開しているのも特徴的です。さらには、グラフや図を多用した月次決算書、経営分析の資料例や、クライアントからの御礼の手紙(実物)を公開し、サービスの素晴らしさを物的証拠(Physical Evidence)として見せています。

一方、従来の4Pの中にも、おもてなしのマーケティングに活用できる手法は残されています。特に、Promotionの一手段であるWOM(Word Of Mouth、いわゆる口コミ)は、嗜好が比較的に通っている人同士の間で交わされ、受け手の信頼度合いも高いので、無形サービスの顧客開拓策として親和性が高いとされています。実際におもてなしに力を入れている企業で、「弊社のサービスをどのようにして知りましたか?」「利用のきっかけは何ですか?」といったアンケートを実施すると、回答のトップ3以内に必ず「友人や家族からの紹介」が入ってきますから、おもてなし企業にとって口コミの影響力は無視できません。

 

※1「帝国ホテル サービスの真髄」(国友隆一著、リュウ・ブックス アステ新書)

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