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“おもてなし”を問い直す

投稿日:2015/11/17更新日:2019/08/20

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皆さん、はじめまして。

本コラムでは、2013年のユーキャン新語・流行語大賞*1にもなった「おもてなし」について、経営の視点から語っていきたいと思います。おもてなしが一躍脚光を浴び始めたのは、オリンピック招致の最終プレゼン以降ですね。滝川クリステルさんの「お・も・て・な・し」のジェスチャーが話題をさらったことは記憶に新しいところかと思います。主要5紙(読売、朝日、毎日、日経、産経)を対象に「おもてなし」で記事検索してみると、2010年が1209件、11年が1244件、12年が1340件と、だいたい1300件前後で安定推移していましたが、今年は12月半ば時点で既に2500件を超える勢いです。

実際、ビジネスの現場でも「おもてなし」という言葉を耳にすることが多くなりました。筆者のところにも、おもてなしで絡みの事業の相談が今年の後半くらいから急に増えた気がします。

が、最初に申し上げておくと、私は「おもてなしとビジネスとの相性は宜しくない」と考えている人間です。ですから「おもてなしを通じて日本の良さを世界に知ってもらおう」と気分が盛り上がっている人達からすると、やや興醒めのコラムになるかもしれません。でも「ビジネスっていうものは、感覚や勢いとかじゃなくて、情報や知恵で勝負するものだ」と考えている読者には、きっとピンと来る話になると思います。

筆者は普段、大学院でサービス経営の科目を教えたり、サービス業のクライアント向けに戦略立案や人材育成のアドバイスをしたりしています。そのため、いわゆる「おもてなしのプロ」とか「カリスマ従業員」と崇められる方々にお会いする機会が結構あります。どの方も「自身の発案でこんなおもてなしをしてみたら、お客様に大変喜ばれました」とか、「クレームを仰ってきたお客様には、こんな風に誠意ある対応をしました」といった自分なりのノウハウや実体験を誇らしくお話されます。そして確かに、1人の顧客の立場で聞いていると「そんな対応をしてくれたら、自分も嬉しいだろうな」と感じ入る話ばかり。

ところがその方が属する店舗や企業の業績に目を移してみると、売上が過去数年間ずっと頭打ちだったり、営業利益が赤字スレスレだったりと、パッとしないケースが多いのです。それどころか、他の店舗や同業他社と比べて見劣りする場合も少なくありません。意外に思われるかもしれませんが、それが実態なのです。個々のサービス提供においては、おもてなしは高い顧客満足を生みますが、そのまま組織全体の業績向上につながるかと言えば、そんなにビジネスは甘くないのです。

ではどうして、おもてなしが業績向上につながりにくいのか。そして、おもてなしとビジネスをうまく接続するにはどうしたらいいか。つまり本当の意味での“飯の種”にするには何を考えればいいか。これが本コラムで扱いたいテーマです。(誤解のないように申し上げておくと、筆者は「顧客満足を上げても、業績向上にはつながらない」と考えている訳ではありません。むしろその逆で、「サービス現場での顧客満足向上は、業績を伸ばすのに不可欠」と考えています。顧客満足はとても大事なのですが、問題はその「上げ方」にあります。)

その導入として今回はまず、そもそも私が考える「おもてなし」とは何なのか、ということ。そして、おもてなしを商売にする際、多くが高い確率で陥ってしまう問題について紹介していきます。

そもそも「おもてなし」って何なの?

Web2.0、ユビキタス、ビッグデータ・・・。バズワードを挙げだせば、きりがありませんが、流行りのコンセプトが経営の失策を招いている時、たいていは本来の意味から逸脱した用語の拡大解釈が起きています。現在の「おもてなし」も、私の印象では、だいぶ独り歩きしている感が否めません。

よく知られるように、おもてなしの語源は「もてなす=客を取り扱うこと。食事や茶菓のごちそうをふるまうこと」であり、もてなす人ともてなされる人との直接もしくは間接の接点を前提にしています。正確な定義は後述しますが、本コラムで扱いたいのも、サービス業の現場で提供企業側の従業員が顧客をもてなすタイプのものです。

ところが最近は、製造業も含めて「日本の独自性を活かしたビジネス」なら何でもかんでも「おもてなし」と呼ぶ傾向にあります。例えば、日本人の生活ニーズに合わせて開発した高付加価値のモノづくりを「おもてなし」と称するのをよく見かけます。清潔感を高め、「ふたが自動で開くのが“いらっしゃい”と歓迎されているみたいだと喜ぶ人が多い」という“おもてなしトイレ” *2や、室内に高原のような風を送り込み、来客を心地よくさせるエアコン*3など枚挙にいとまがありません。こうした“かゆい所に手が届く”製品設計は確かに日本人の発想ならではですが、これらは、あくまでモノづくりであって、人と人とが接するサービスではありません。あるいは、いかにも日本らしい、精度の高いオペレーション管理を「おもてなし」と銘打って、鉄道や下水道といったインフラの輸出を促進しようとする動きがあります。これもサービスの大部分はシステム管理によって提供されており、本来のおもてなしとは一線を画します。

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左: おもてなしトイレ 右:老舗旅館がエアコンに求めた「おもてなしの心」。

便座やエアコンにせよ、鉄道の運行管理にせよ、いずれも日本の強みが活きるビジネスですし、実際にこれから海外での成功事例が次々と出てくる領域だと期待しています。だからこそ、こうしたモノづくりやシステムで動かすビジネスと、人と人とが絡む本来のおもてなしビジネスとを一括りにし、「同じ『おもてなし』だから、うまくいくだろう」と安易に考えてしまうことを懸念します。インフラ輸出のビジネスや高付加価値のモノづくりには、後述するような「おもてなし特有の難しさ」が殆どあてはまらず、海外展開も進め易いのです。でも鉄道管理や洗浄便座がうまく行ったからと言って、本来のサービス現場での「おもてなし」までが、簡単に海外に持っていけるかと言えば、全くそんなことはないのです。

話を先に進める前に、「おもてなし」を明確に定義しておきましょう。本コラムでは、以下の3点を満たすビジネスを対象にしていきます。

(1)提供企業(の従業員)と顧客とが直接・間接で接し、無形サービスが提供されること
(2)提供するサービスの内容が事前に100%は確定しておらず、その場その時の状況に応じて提供側が設計し、実行に移すこと
(3)顧客を「自分にとって大切な存在」と捉え、自発的に顧客のニーズを探り、顧客の期待(水準もしくは範囲)を越えるサービスを提供しようとする姿勢があること

まず(1)のポイントによって、単に製品を作ってチャネルに流すだけのビジネスは対象外となります。ただし、製造業が全て外れるという訳ではなく、自社製品の販売前にコンサルティングを提供する、販売後にメンテナンスを提供するといったサービス部分は、おもてなしに該当する可能性があります。

それから(2)のポイントによって、定型的なサービス提供は外れます。ただし、どんなサービスにもマニュアル通りでいかない部分は残されており、おもてなしに該当する可能性がある点は頭の片隅に置いておいてください。例えばファミレスチェーンでも、メニューやオペレーションは決まっていますが、来店客をどこの席に案内するか、オーダーを受けた料理をどういう順序でサーブするかなどは、従業員の判断によって決定されます。言い換えると、ある業界や職種のサービスだけがおもてなしに該当するのではなく、「全てのサービスにおいて、おもてなしに該当する部分とそうでない部分がある」と考えるのが正しい捉え方です。

最後に(3)のポイントが、単なる「非定型サービス」とおもてなしとの境界線であり、日本人的な精神性が求められる点です。一点補足説明しておくと、「期待を越える」という結果ではなく、あくまで「越えようとする」姿勢で構わないのです。追って詳しく書きますが、「顧客の期待を越える」サービスはその場では顧客の感動を生むものの、その顧客や口コミを得た顧客の期待値を上げたり、期待を越え続けるために従業員に過剰な負担を強いたりするので、毎回のように驚きや感動を与えるサービスは現実的ではありません。顧客を大切に思う気持ちは常に持ち続けているものの、顧客を想ってとった行動のうち5回か10回かに一度くらいが、その顧客のニーズとピタリと符合して感動してもらえる程度で十分だと思います。

「おもてなしが飯の種になる」は幻想?

さて、おもてなしがなぜ、企業にとって飯の種となりづらいか、に話を戻しましょう。

「おもてなし」でキーワード検索して出てくる新聞・雑誌の記事を読むと、「日本流のおもてなしのサービスが海外のビジネスで強力な武器になりうる」*4といった具合に、日本が誇る親切できめ細やかなサービスが、日本企業による海外市場開拓につながるだろうと期待されているのがわかります。ただ日本人が丁寧なサービスを得意としてきたのは、近年始まった話ではなく、ずっと以前からのこと。にもかかわらず、少なくとも統計データからは、日本のサービスが海外市場開拓を力強く進めてきた様子は窺えません。例えば日本のサービス輸出額は2010年時点で141十億ドルほどで、米国(同544)はもちろん、英国(同257)やドイツ(同244)よりも低く、さらに名目GDP比で見ると世界主要国の中で最も低い水準*5にとどまっています。

実際に個別事例にあたってみても、「おもてなしが日本企業の優位性になる」と説得力を持って語れるような成功例はそう多くありません。

おもてなしを武器にした海外展開を語る際に、必ずと言っていいほど紹介されるのが温泉旅館の加賀屋です。しかし、先進的な経営をしているように見える加賀屋でさえ、ようやく台湾で事業を立ち上げたばかり。一方、世界に目を向けると31カ国で90軒以上のホテルを手掛けるフォーシーズンズや、27カ国で80軒以上のホテルを有するリッツ・カールトンがあります。日本旅館のおもてなしがいくら素晴らしいとは言え、海外の高級ホテルチェーンのスピーディな世界展開と比べてしまうと、彼我の差は大きいと言わざるを得ません。

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※日勝生加賀屋全館は日本の建築技法が細部まで再現されており、日本の石川県の三大工芸品‐九谷焼、輪島塗、金箔によって、台湾で唯一本物の和風文化体験をお楽しみいただけます。

ほかにも飲食や教育など、顧客数や拠点を順調に増やし、成功事例として語られる企業はありますが、黒字化までできているところは意外に少ない状況です。「おもてなしで飯を食う」状態まで持っていくには、まだまだ遠い道のりのようです。

どうして、おもてなしは飯の種になりにくいのか。次回以降にさらに詳しく述べますが、おもてなしを商売にする際、高い確率で陥ってしまう問題が幾つかあります。

1.一部の従業員の技量に依存してしまい、事業拡大が妨げられる
おもてなしの提供は従業員個人の技量に依存しがちで、優秀な従業員とそうでない従業員との間で、おもてなしの質にバラつきが生じます。そうなると、「カリスマ」と呼ばれるような従業員のおもてなしを受けた顧客が大満足したとしても、次回の利用時にそうでない従業員にあたると、がっかりして二度とサービスを利用してくれなくなります。つまりハイパフォーマーのおもてなしは、目の前の顧客の満足を生む一方、別のところで顧客不満足を生み、顧客のリピート利用を妨げてしまうことが多いのです。

この問題は従業員間だけでなく、拠点間でも起きます。既存の店舗や営業拠点で従業員の個人技に頼った体制をとっていると、拠点を拡げた際に、新設した拠点で質の高いおもてなしを再現できません。再現しようとすれば、高い技量を有した人材を探してきて採用するか、適性のある新人従業員をじっくりと育てていく必要があり、何カ月あるいは何年もかかってしまい、スピーディな立ち上げにはなりません。このように個人技量への依存は拠点間でのバラつきにもつながり、やはり事業規模の拡大を阻害します。

2.1つひとつのサービスに時間やコストがかかり、収益性が落ちる
おもてなしを実践するには、当然ながらサービス内容を設計したり、もてなす環境を整えたりと準備の手間がかかります。このため、一人の従業員が同じ時間内で対応できる顧客の数に限界が生じ、労働生産性が低下します。

あるいはおもてなしのために、特別な物品を調達してくることもあるでしょう。これはコスト増要因となって、事業の収益性を悪化させます。

3.思うように顧客層が広がらない
おもてなしを十分に楽しむには、受ける側にも相応の知識だったり、洗練された感覚だったりが必要になります。おもてなしの提供は、自ずと顧客を選んでしまうことが多いのです。

先に述べたように、おもてなしの完成度を上げようとすれば手間やコストがかかるので、収益を確保しようとすれば価格に転嫁することになります。おもてなしを喜ぶ顧客は多いものの、価格の上乗せまで喜んで支払う顧客は限られてきます。提供側が期待したほど、顧客のすそ野はなかなか広がらないのが現実です。

こうした「おもてなしの難しさ」があるにもかかわらず、最近のおもてなしブームを見ていると、数多の企業が「おもてなし=日本企業に競争力がある」で思考停止したまま事業展開を進めてしまっており、いずれ頓挫しないかと心配になります。合理的な経営者はそれほど安易な判断はしないと信じたいところですが、ビジネスの世界に長く身を置いている読者であれば、過去に流行のコンセプトに世の中の経営者が判断を惑わされた例が1つや2つは思い浮かぶはず。例えば、一時期よく耳にした「グローバルスタンダード」なんかが典型かもしれません。90年代後半から2000年代初めにかけて「グローバルスタンダード」の旗印の下で、好調な海外(特に米国)企業にあって自社にないもの、例えば実力主義や成果主義を形ばかり導入する企業が相次ぎましたが、かえって組織の活力が失われたと、しばしば言われます。おもてなしの流行が、そんな風に経営をミスリードしないことを願うばかりです。

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次回以降の本コラムでは、
・先の(1)~(3)のおもてなしの3要件に合うビジネスを対象とし
・日本企業が海外顧客向け(訪日外国人を含む)に提供する場合を中心に据えながらも、一般内需(日本人)向けにも応用が効くような内容
を論じていきます。

そしてこれから日本のおもてなしビジネスを担う皆さんに、
・本来の「おもてなし」を武器にして、事業を拡げる・利益を出すのは、普通に考えられているより、ずっと難しいこと
・一方で「おもてなし」の事業特性と冷静に向き合い、戦略的な知恵を絞れば、おもてなしを飯の種に変えられる可能性が十分あること
をお伝えしたいと思います。次回以降も、是非お付き合いください。

*1 「現代用語の基礎知識」選 ユーキャン新語・流行語大賞全授賞記録
*2 TOTOホームページ「おもてなしトイレ」、スポニチ「TOTO 東京五輪「最大の商機」 新製品を考案中」
*3 2010年3月16日付 産経新聞「【上海摩天楼】日本産業館「J感覚」を提案 中国で蘇る高度成長期」
*4 2010年12月2日付 日本経済新聞夕刊「製造業もサービスに活路あり」
*5 通商白書2013 第3章「海外市場に進出する潜在力のある産業・企業の支援」

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