「正直な所、少し悩んだりはしましたね」。2012年の秋を振り返り、コカ・コーラゼロのブランド戦略担当者は苦笑いを見せた。悩みの元は「特保(特定保健用食品)コーラ」。2012年4月にキリンビバレッジが投入、瞬く間にヒット商品となった「メッツコーラ」、そしてサントリーフーズが11月に「ペプシスペシャル」を出して後を追い、(「コカ・コーラゼロ」や「ペプシネックス」など、カロリーゼロの“第2のコーラ”に次ぐ)“第3のコーラ”という異名もとった新カテゴリーである。
業界ではこの後、国内コーラ市場でトップシェアを握るコカ・コーラの動きに注目が集まっていた。メッツコーラやペプシスペシャルが特保コーラに採用した「難消化性デキストリン」は、食後の中性脂肪の上昇を抑える効果が期待される成分だが、技術的な取り扱いはさほど難しくないと言われる。先行のペプシがしたように、日本側製造会社と米本社とのやりとりの中でブランドを棄損せぬ味を担保できれば、日本市場のオリジナル製品としての開発、展開は不可能ではなかったはずだ。
サントリーは「ペプシスペシャル」の売上規模を「3年で1000万ケースにまで育てる」と狙い定めている。1億5000万ケースとも推計される国内コーラ市場の規模、或いは4700万ケースとも言われるゼロカロリー系コーラの市場規模からみても、決して小さい数字ではない。しかしコカ・コーラは、「特保市場は自分たちの戦場ではない」(前出のブランド戦略担当者)との判断をした。なぜか。
特保市場では戦わないという判断
「リーダー」の基本的な戦い方・全方位戦略から考えれば、「チャレンジャー」の差別化戦略には、先行する商品と類似の商品を出し、規模の力で制圧する同質化戦略を仕掛けるのが常道。その常道を敢えて採らなかったのは、「特保は“健康”が売り物だが、“健康”も“おいしさ”も両方あるのがコカ・コーラゼロだから」と、担当者は説明する。
「もともとコカ・コーラゼロはカロリーを気にしてコーラから離れていく、20歳代後半から30歳代前半のコーラ好きの“ためらい”を取り外すことを狙った商品」(同)。コーラの主たる飲用層は10歳代で、年齢が高まると共に離れていく。そんな構造を変えたのが、カロリーゼロを売り物にしたゼロ系炭酸飲料だった。世間では「ゼロコーラ戦争」とも言われ、生産量は急速に拡大。これに目新しさと健康イメージで「待った」をかけ、牙城を切り崩し始めたのが特保コーラだった。
カロリーオーバーや肥満を気にする層という意味では、ゼロ系コーラと特保コーラの顧客層は一定数相関する。たとえば「ペプシスペシャル」は、「メッツコーラ」への対抗策であると同時に、「ペプシネックス」の競合商品にもなるわけである。コカ・コーラはそうした中、「“健康”だけを訴求することはコカ・コーラブランド全体の価値から考えてもそぐわない」(同)という判断をしたのだ。
そして、「ブランドの根本に立ち戻って“ゼロ”の定義をし直した」(同)。コカ・コーラゼロは2007年に「糖分ゼロ」として発売して以来、2009年に「保存料ゼロ」、2010年に「合成香料ゼロ」を加え、「3つのゼロ」を訴求してきた。しかし、「コカ・コーラ」ブランド全体から見たとき、「3つのゼロに寄りすぎていたかもしれない」と担当者は振り返る。
「3つのゼロ」は、身体に負担がない、カロリーを気にせずにいい、ということを左脳に訴求するキーワードだ。しかし、コカ・コーラブランド全体であり、コカ・コーラゼロが持つ一番の強みは、「おいしさ」。おいしく飲んでリフレッシュできるという感覚的な価値を右脳に訴えることが「正解ではないかと考えた」(同)のだという。
「特保飲料ユーザーは特保カテゴリーの中でブランドスイッチすることが多い」(同)というデータにも背中を押された。特保市場は、あくまで特保がいいという特別な人のものと判断し、「特保ユーザーを取り合うのではなく、飲料商品ユーザーのうち7割残っているゼロ系飲料未飲用者を狙う」(同)ことに主眼を定めたのである。
強みのチャネルとブランド力を活かし、真正面から売る
では、特保にはないコカ・コーラゼロの魅力を伝えるにはどのような訴求をすべきか。
「それには、炭酸飲料本来の飲み方を思い出させることが必要だと考えた」(同)。特保のように食事のシーンに特化するのではなく、「リーダーブランドとしてあらゆるシーンで飲まれ、共感されることを念頭に置いた」(同)のだという。
コカ・コーラゼロは至近の4年間、「ワイルドヘルス」というメッセージングを行ってきたが、これを2013年2月より「ゼロリミット思いっきり味わおう」というメッセージに変更。市場への新たなる登場感を演出してきた。
それを6月3日より再調整し、より切り口を鮮明にしたメッセージに切り替えた。「思いっきり味わおうゼロリミット」である。メインメッセージとサブのメッセージを入れ替えただけのように見えるが、その狙いは大きい。特保コーラとのベネフィットの違いを強調させるための結論であり、軸足の置き場所は「味=おいしさ」だ。それを明確に伝えるためなのである。
「思い切り味わおうゼロリミット」というメッセージのキモは「また飲みたくなるという、シズル感」だという。
セレブレティーとしては引き続きEXILEを起用。前CFではメンバーが氷の中から商品を取り合うような表現で登場感を演出したのに対し、今回はより具体的な飲用シーンのカットを多用し、容器が空になるまでゴクゴク飲み切る姿までを表現している。
コカ・コーラシステム(コカ・コーラグループ)には飲料業界最大の約98万台に登る自動販売機チャネルがある。そこでは、コンビニエンスストアやスーパーなどの店頭での販売のように「ついで買い」ではなく、飲みたいと思った時に購入する「目的買い」を最大化させることも課題となる。いずれのチャネルでも、「飲みたい」と思わせるために、「ゴクゴク飲む」という表現でメッセージをつないでいるのである。
リーダー企業やブランドは、とかく「全方位戦略」を展開するのが正解だと考えられがちである。しかし戦略を決めるということは、自身の強みを最大限に活かし、リソースを分散させないこと。「やらないことを決める」ことでもある。“第3のコーラ”を選択しなかったことの成否が出るには、まだ一定の時間を要するが、このコカ・コーラゼロの事例は、リーダー企業の自己定義や「選択」の軌跡を追体験するうえで、学ぶべきところが多いように思う。