40〜50歳代の水や茶へのスイッチによるスポーツ飲料離れ
「それまでのアクエリアスは、“スポーツ飲料”のイメージが強かった。それをより幅広い概念に拡大したかったのです」。スポーツマンらしい日焼けして引き締まった身体に笑顔が印象的なアクエリアスゼロ担当マネージャーは意外な言葉から話を始めた。
時は2010年に遡る。「Fitbody.Fitlife.いきいきしたカラダへ」。幅広い人々に向けたブランドとするため、アクエリアスの中長期ブランドスローガンが設定された。
スポーツ飲料カテゴリーは2004年をピークに下降傾向を示し始めた。カテゴリーNo.1の日本コカ・コーラにとっては由々しき事態である。シェア第一位にとって、カテゴリーの衰退は自社の業績悪化に直結するからである。年代別の飲用状況を調査すると、人口のボリュームが大きい30歳代〜50歳代が「スポーツ飲料離れ」を示していることが確認された。ミネラルウォーターや茶系飲料へのスイッチが起こっていたのだ。
そして、2010年。日本はその夏も記録的猛暑に見舞われ、売上の下落傾向には歯止めがかかった。この年の調査で、「熱中症」の認知率が79.3%を越えたこともわかった(2011年日本コカ・コーラ調べ)。さらに「ナトリウム」「電解質」「イオン」・・・といったキーワードも多数の調査対象者から上がってきた。
ホワイトスペースを埋めるのは、日常の軽い運動後に飲めるスッキリした飲料
そもそもアクエリアスのベネフィットは「優れた水分補給」と定義されている。ブルーのパッケージに包まれた基本製品の「アクエリアス」には4種類の電解質と適度な糖分が含まれ、これにより“水を飲むより優れた”体内への水分補給を実現する。さらに2005年発売のイエローのパッケージに包まれた「アクエリアスビタミンガード」にはビタミンCが1000mg配合され、ビタミン補給も同時に叶える。
では、シリーズの中心を為すベネフィットを据えつつ、「スポーツ飲料離れ」を起こしている層を引き付けるには何を残し、或いは何を捨てればいいのか——。そこに手の付けられていないホワイトスペースが存在した。あらゆる層を面で押さえるために全方位を視野に発想するリーダーの戦略ならではの展開である。
ターゲット顧客として置いた「35歳以上」のニーズは、2008年に特定健康検査(いわゆるメタボ健診)の法制化以降、急速に高まった「お腹のたるみ」や「中性脂肪」の抑制にあった。このために、駅でエスカレーターを使わずに階段を使用する。通勤時に1駅分多く歩くなどの軽い運動を実践する人も少なくない。調べると、これらの層は、10歳代〜20歳代の「アクエリアス」ユーザーとは異なり、よりスッキリした、甘さが控えめの、濃すぎない味を好むことが分かった。激しい運動をしないために、ニーズも嗜好も異なるのだ。
では、軽い運動をした後、これらターゲット顧客は何を飲んでいるのか。それは前述の通りミネラルウォーターやお茶だ。なぜならば、「カロリーがゼロだから」。それは「スポーツ飲料離れ」という危機をもたらしている一方で、大きなビジネスチャンスを示していた。カテゴリー内に競合となる商品が存在していないからである。「アスリート向け」「運動向け」から「日常向け」にイメージ転換を図れば、カテゴリーのオンリーワンになれる可能性を示している。
しかし、実は日本コカ・コーラには苦い過去があった。カロリーゼロのアクエリアスを2008年9月に市場に投入し、販売に苦戦し、撤退しているのである。その時はターゲット顧客を「女性」としており、上市後の評価は「味がいまひとつ」というものだった。
この反省も踏まえ、また市場の追い風を捉え、冒頭の「Fitbody.Fitlife.いきいきしたカラダへ」のスローガンも掲げた2010年。つまり発売2年前から「アクエリアスゼロ」の開発はスタートしていた。飲料としては異例に長い、周到な準備期間だといえる。2008年の失敗を教訓として、何よりも中心は「味」の開発に置かれた。ターゲットの未充足ニーズである「スッキリしたおいしさ」の実現だ。さらに燃焼系サポート成分である「カルニチン」も配合された。かくして、「カロリーゼロの水分補給」を実現する「アクエリアスゼロ」が5月7日に誕生した。
段取り八分、王道に則ったマーケティング戦略が勝因
さて、当然ながら、良い製品を作っただけではモノは売れない。製品の価値を消費者まで確実に伝達して売る「しくみ」を構築しなければならない。マーケティングの流れをモレ抜けなく設計することが重要だ。
「アクエリアスゼロ」のプロモーションにおいては、コミュニケーションターゲットとして周辺層への波及効果を狙い「35歳」という年齢が設定された。セレブレティーにはオダギリジョーを選び、CMでは「軽い運動をサポートする」という意味合いから「チアリーダーが日常の運動を応援する」というシーンを演出した。
実は現代日本人のカロリー摂取量は戦後一貫して減少している。しかし、肥満を示す「BMI値」は上昇を続けている。要するに身体を動かさなくなっているのである。そこで、京都大学大学院人間・環境学研究科応用生理学研究室の森谷敏夫教授の監修を受け、「ちょこまか運動」、つまり毎日こまめにカラダを動かすことを併せて訴えることにした。ターゲットが実践している軽い運動を無駄にしない、そのための燃焼系サポート成分「カルニチン」配合をさりげなく訴求する施策なのだ。
ホワイトスペースを埋める目論見は見事に当たり、「アクエリアスゼロ」は、発売後わずか10週間で累計5000万本を売り上げる成功を収めた。暑い夏が追い風になり、売上はさらに伸長を続けているという。
仕事は「段取り八分」ともいう。市場の潮目を読みながら、準備に2年もの歳月をかけたアクエリアスゼロは、まさにそれを体現した成功例でもある。環境の変化を掴んで市場のニーズ、未充足ニーズ・市場機会を明確にし、ターゲットをはっきりさせる。ターゲットのKBF(KeyBuyingFactor=購買決定要因)を洗い出し、競合の動きを察知し、勝てる要素(KSF=KeySuccessFactor)を設定する。マーケティングの王道を丁寧に貫いた本製品から得られる示唆は多い。