サステナビリティが企業経営にとって避けては通れない課題となっています。しかし、大きなテーマであるがゆえに、日々の仕事と紐づけて捉えることが難しいテーマでもあります。本連載では、サステナビリティ経営を実践する推進者に焦点を当て、個人の志からSX(サステナビリティ・トランスフォーメーション)の要諦を探ります。
第4回は、長期ビジョンにサステナビリティ戦略を統合し、一貫した取り組みを行っているオムロンを取り上げます。オムロンでは、2015年に企業理念を改定し、企業理念の実践に重きを置くことで、ビジネスを通じた社会的課題の解決に取り組んでいます。今回は、前編でサステナビリティ推進担当役員である井垣勉氏、後編で理念実践の表彰制度であるTOGA(The OMRON Global Awards)でゴールド賞を受賞された小島英明氏にお話を伺います。(聞き手・執筆:本田 龍輔)
10年かけて創り上げてきたのは企業理念の実践=社会的課題の解決という一貫性~井垣氏インタビュー~
― オムロンに入社して10年、自社の企業理念をどのように捉えていらっしゃいますか?
井垣:オムロンでは、1990年に創業の精神を受け継ぐ企業理念を制定して以降、DNAを継承しながらも、時代の変化に合わせて、企業理念を改定し、進化させてきました。私がオムロンに入社してしばらくたった頃に、2015年の企業理念改定に向けたプロジェクトが始まり、私もメンバーとしてプロジェクトに参画しました。理念をどうまとめるか、さらに社内外にどうロールアウトするか、世界中の社員に改定された理念を正しく理解してもらい、自身の業務に落とし込んでもらうための企画から実行まで、コミュニケーション面の責任者を務めました。
この企業理念改定のプロセスにおいて、当時の経営チームが企業理念の実践をどれだけ大事にしているか、企業理念に対する想いや情熱を実感することができ、貴重な経験でした。そうした経験もあり、企業理念の実践には特別な想いを抱いています。
また、私の企業理念に対する考え方に大きな影響を与えたのが、当時、まだ現役で経営の第一線にいた創業家の方々の存在でした。創業の精神、企業理念に込められた想いやこだわりについて、直接薫陶を受けることができ、大きな財産になりました。
オムロンの企業理念は、単なるお題目ではなく、真の意味においてオムロンの経営と社員の求心力の原点であるとともに、発展の原動力です。企業理念を経営の拠り所にできたことが、オムロンの経営の強さやユニークネスに繋がっているのだと想います。
- 企業理念改定プロジェクトは、なぜスタートすることになったのでしょうか。当時の課題感などについて教えて下さい。
井垣:企業理念改定の背景には、当時経営陣が感じていた2つの課題感がありました。
1つ目は、改定前の企業理念が、どちらかというと社員の考え方や仕事の向き合い方を型にはめるような行動規範として社員に受け止められていたことです。
企業理念は、金太郎あめのように同じ社員を作り出すものではありません。一人ひとりの志や仕事に対する情熱を解放し、能力や可能性をもっと広げるものであるべきです。社員にとっての企業理念の位置づけを捉え直してもらう、という課題感がまずありました。
2つ目は、企業理念が示していた方向性についてです。改定前の企業理念は、「世の中に良いこと、社会貢献をしましょう」という静的な内容として社員に受け止められていました。しかし、創業時のオムロンは、ベンチャー企業であり、イノベーションで世の中を変えようという志に溢れていました。もっとイノベーションを起こすためのチャレンジをしよう、という動的で熱い想いがあったはずです。
そこで、創業当時のアニマルスピリットをいかに社員に取り戻してもらうか、態度変容を起こすには理念体系をどう変えていくべきか、というところから議論が始まりました。
― 社会課題に対するアプローチがより積極的、動的に変遷してきたと理解しました。サステナビリティ推進担当としての成果と課題についても教えてください。
井垣:2017年にスタートした中期経営計画「VG2.0」では、オムロンとして初めて、事業の成長戦略とサステナビリティの戦略を完全に一体化させました。企業理念の改定から2年の準備を経て、新しい企業理念をベースにした中期経営計画を策定したことは、オムロンにとって大きな転換点となりました。
また、その中で私自身は、2021年から、IR・広報に加えて、サステナビリティ推進の取り組みを、執行側の責任者として進める、という関わり方をするようになりました。
成果としては、2022年度からスタートした長期ビジョンにおいて、事業計画とサステナビリティ戦略を完全に統合したことが挙げられます。2030年をゴールとする長期ビジョン「Shaping the Future 2030」は、サステナビリティ戦略と事業戦略を一体化し、社会価値と経済価値の創造を両立することで、持続的な企業価値の向上を目指すというビジョンです。サステナビリティは経営の課題であり、そして成長のドライバーでもあるという認識を、企業として一致させることができたのが成果だと振り返っています。
- 経営として長期ビジョンを策定した後、事業部への浸透に取り組むにあたっての課題感はありますか?
井垣:現場の最前線でステークホルダーと接している社員にとっては、目の前の仕事にプライオリティがあるので、全社のサステナビリティ課題、たとえば気候変動が自分の仕事に落ちてきた時に、手触り感を持ちにくく、距離があると感じています。
- 手触り感を作るためにやっていることは?
井垣:ここまでお話ししてきた企業理念の改定をベースに、事業戦略とサステナビリティ戦略を一体化した計画を作ったことで、社員の意識は変わってきています。事業サイドでも、サステナビリティの取り組みをどのようにしてお客様への価値提供につなげるかなどについて意識する環境ができつつあり、距離感が縮まってきていると感じています。
また、現場で行われているサステナビリティの取り組みが、お客様への提供価値など自分たちのビジネスに繋がった事例について、社員が知る機会を増やし、そこから気づきを得てもらうことが重要だと考えています。
そこで役立っているのが、企業理念実践の表彰制度であるTOGA(The OMRON Global Awards)です。世界中の仲間がどのようによりよい社会づくりに取り組み、サステナビリティの領域で価値を生み出し、それがビジネスにつながっているかについて、毎年TOGAを通じて発表を行っています。TOGAは2023年度で11回目を迎えました。TOGAを10年以上続けてきたことで、社員の企業理念実践に対する共感・共鳴の輪が加速度的に拡がっています。
-TOGAの選定基準として重視するものはありますか?
井垣:経済的な効果や売り上げの大きさは、TOGAの選定基準には一切入れていません。TOGAでは、企業理念を自分の仕事でどれだけ実践したかをシンプルに評価しています。我々にとって、売上や利益といった経済価値も、企業理念を実践し、社会の多くの人から必要にされ、評価されているから生み出せるものだと捉えています。
- サステナビリティについては内発的に取り組むことが大事、という部分と、とはいえ、金銭的インセンティブを設けた方がドライブされる、ということもあると思います。どう整理されていますか?
井垣:TOGAの活動は、社員が自身の仕事と企業理念をつなげて考える機会や実際に業務の中で企業理念を実践するきっかけを増やし、社員の態度変容を起こすことを目的としています。インセンティブで参加者数を増やしても、日々の仕事の中での企業理念実践に繋がらなければ、本末転倒です。いかに社員が自発的に参加し、自分事として取り組めるか、というところに愚直に向き合っています。文化を変える地道な活動こそ、TOGAが長く続く秘訣だと考えています。
- 統合レポートの位置づけについても教えてください。
井垣:オムロンでは統合レポートを「有価証券報告書のような法定開示では伝えきれない情報を中長期視点でナラティブに伝える媒体」と位置付けています。とくに、決算説明会やIR活動を通じて発信している経営戦略や事業戦略が、実際に現場でどのように実践されているのかを表出させることに最もこだわっています。同時に、社員自身にも、自分たちの業務が全社のサステナビリティへの取り組み、あるいは企業価値向上にどう貢献しているかを自分事として捉えてほしいという想いもあり、社員には紙面に積極的に出てもらっています。
また、現場の取り組みをよりリアルに伝えるため、社員だけでなくお取引先様やお客様にもコメントをいただいています。オムロンの企業理念では、バリューチェーンでつながるすべてのステークホルダーを「共に社会に対するポジティブなインパクトを生み出すパートナー」と考えています。これを紙面上で表現するための工夫です。
- 取引先の方や、投資家からの反応はいかがでしょうか。
井垣:実際誌面にご登場いただく方には喜んでいただいています。オムロンが社会価値を創造する過程で、ご自身の仕事がそこにどう繋がっているかを発信していただくことについて、とても好意的に受け止めてくださっています。営業現場の社員が直接パートナーの皆様に依頼することもあれば、広報側から依頼することもあります。
投資家の方からは、IRの説明会で聞いたことが、実際に現場で実践されているということが理解できると、評価をいただいています。また、オムロンは人的資本経営に注力していることを発信しています。実際に統合レポートに社員が多数登場することで、経営と社員が一体となって企業価値向上に取り組んでいることがよく分かる、と言っていただいています。
(次回に続く)