AI×教育領域に挑んできた10年
――グロービスでは、AIを活用して教育に変革を起こす取り組みを、かなり前から進めていました。
鈴木 健一(グロービスAI経営教育研究所 所長):グロービスでは、テクノロジー×イノベーション=「テクノベート」を標榜し、2019年から経営大学院の入試の書類選考にAIを試験導入するなど、挑戦的な取り組みを行ってきました。グロービスのシンクタンクとして「グロービスAI経営教育研究所(通称 GAiMERi)」設立の準備を始めたのは2016年頃なので、取り組みが本格化してからはもう10年近くになります。
当時、代表の堀がやりたいと強く言っていたのは、AIによるレポートの自動採点でした。一方、個人として目標にしてきたのは、グロービスらしい教育手法であるケースメソッドのディスカッションを、AIで実現することです。
この2つのテーマを軸に、さまざまな技術やプロダクトを段階的に開発してきました。前者については2021年、自社開発したAIによる自然言語テキスト解析エンジン「GAiDES(GLOBIS AI Document Evaluation System)」を搭載したレポート採点支援システムに関して、グロービス初となる特許を取得。後者については、2022年に新たに特許を取得したAIを使った記述式学習システム「GAiL(GLOBIS AI Learning)」で、AIによるフィードバックをもとにした学習を可能としました。現在は、グロービス経営大学院の動画とAIで学ぶMBA単位「ナノ単科」の学習サイクルにおける「AIによる記述式学習」に活用されています。

ただこうした成果は、従来からの自然言語処理(NLP)技術を中心に用いたものでした。ここから2022年秋頃、ChatGPTが登場し、生成AIを活用できるようになったことで、状況は劇的に変わりました。何よりもスピードが一気に加速したと思います。体感としては、できることの進化のスピードが一桁違うレベルです。「いつかはできるだろう」と思っていたことが、まさか自分たちの手で、ここまで安定したクオリティで実現できるとは、正直想像しきれていませんでした。
現在は、AIとある程度ディスカッションできる状態まで持ってくることができていて、グロービスAI経営教育研究所設立当初の構想は、かなり実現できたと感じています。

――これまでの積み重ねを踏まえたうえで、AIによって教育はどのように変わっていくのか?グロービスの価値提供のあり方はどう変わりそうか?お考えを聞かせていただけますか。
鈴木:いまはまだ「人間が担ってきた役割をAIが代替する」が中心です。しかし今後は「人間では実現できなかった新しい教育体験」という新たな価値提供が可能になっていくと思います。
新しい教育体験には、大きく2つあると思っています。
ひとつは、「より高度な個別化」です。教育×テクノロジーの大きな方向性は「個別化」に向かっていますが、この見立ては10年前からしており、準備を進めてきました。これまでは労働集約的になりがちで難しかった個別対応が、マルチモーダルな学習設計によって、より自然に実現できるようになるでしょう。
もうひとつは、「ソーシャルな学び」です。人と一緒に学び、刺激を受け合う価値は今後も重要ですが、そこにAIが介在することで、よりよい環境を実現できるかもしれません。従来の学習環境では、たまたま集まったメンバーによって体験の質が左右される部分も大きかったと思います。しかしAIを活用すれば、例えばAIが状況に適した役割でディスカッションに参加するなどによって、リアルでは実現が難しかった「その場の学びの環境」のコントロールが可能になります。

これから数年で、教育は間違いなく大きく変わると思いますし、「こんな学びをつくりたい」という発想があれば、それを本当に形にできる時代に入ってきた。個人的には、非常に面白く、大きなチャンスのある時代だと感じています。
末永 昌也(グロービス CTO):これから先、AIは本当にあらゆるところに組み込まれていく存在になると考えています。そういう意味で、プロダクトサイドとしてGAiMERiで行われている研究との連携は、今後さらに強化していく必要があると思っています。
たとえばGoogleを見ても、基礎研究の成果がさまざまなプラットフォームやプロダクトに自然に組み込まれ、それ自体が競争力になっています。時代として、そういう構造が当たり前になってきている。グロービスでも、基礎研究と実装をしっかりとつなぎながら、新しい顧客体験を届けていく。その部分には、今後も意識的に力をかけていきたいですね。
――確かに、既に多くの成果がプロダクトに実装されています。AIとの学び実際に提供実装してみて気づいたことや、想定していなかった学習者の変化など、得られた知見はありますか。
鈴木:現在、学習者に対しては短いケーススタディを題材にした「ディスカッション」あるいは「ロールプレイ」「内省」という3つのタイプのプロダクトを提供しています。
それぞれのアンケート結果を見ると、たとえば「理解が深まった」という項目は全体的に多く選ばれていますが、ロールプレイでは加えて特に「新しい視点が得られた」「視野が広がった」といった回答が目立ちました。つまり、同じ学習でも「深める体験」と「広げる体験」とでは、得られる価値が異なっていて、その違いがコンテンツのタイプによって明確に現れている。プロダクトの特性によって学習後の感想がかなり異なるということは実装してみて初めて見えた点でした。
もうひとつ、学習時間については想定以上でした。ログを見ると、30分近く取り組んでくれているケースも多くあったんです。意欲の高い学習者が中心だとは思いますが、AIとのディスカッションにもそれだけ長時間取り組んでもらえる、という点は非常に示唆的でしたね。
やはり、作って試してもらわないと分からないことは多いですし、そのフィードバックを受けて改善していく繰り返しの中で学習体験が磨かれていくのだと感じています。
AIで学びはどのように再定義できるか?――“ジャストインタイム”の学びとは
――今後、学びの現場はAIでどのように変わるとお考えでしょうか。
末永:分かりやすい例で言うと、例えば「GLOBIS 学び放題」のような動画学習の学びはどうしても一方向になりがちで、一人で学習を続けるのは難しい。しかしその点、AIは「キャラクター」として振る舞うのは得意ですから、活用すれば双方向型の学習体験が実現できます。これはこれまでになかった価値です。対話しながら学べる、伴走してくれる存在をつくっていきたい、というのはひとつ大きな方向性ですね。
鳥潟 幸志(グロービス・デジタル・プラットフォーム マネジング・ディレクター):一番いい教育は「自分のことを深く理解してくれている先生」が、「自分のために」提供してくれる教育だと考えています。たとえば、ユーザーのこれまでの人生やキャリア、そしてこれからやりたいことをすべて理解している先生がいたとしたら。その人が、自分が一番分かりやすい言葉で教えてくれて、学んだ先の日々の実践でも継続的にサポートしてくれたら。それってすごく良い体験だと思いませんか?
AIは、それを実現できる存在だと思っています。ユーザーのコンテキストやデータを、適切な形で責任を持って預かり、活用することができるからです。
たとえば「GLOBIS 学び放題」であれば、キャリアをインプットして学びのテーマを提案する、などを超えて、GmailやSlackなど、日常の仕事とAIをつなげ、「明後日の役員プレゼンに向け、このポイントだけ少し復習しませんか?」などと、状況に応じた学びも提案・提供できるかもしれません。
「アプリを立ち上げて学ぶ」のではなく、常にそばに学びのエージェントがいる。必要なときにサポートがあり、深く学びたくなったら戻ってくる。リアルであろうとオンラインであろうと「場に来ないと学べない」という従来の構造からシフトしていきたい。そんな“ジャストインタイム”の学びが可能になれば、サービスの在り方も変わってきます。これが、僕の考えるプロダクトの方向性です。

――常に接続されていて、個別性を踏まえた学びのチャンスを自然に掴めるようになる。これこそ、人がテクノロジーを使いこなせる世界観ですね。とても魅力的に感じました。
鈴木:学びと仕事の境目は、これからもっと薄くなっていくといいと思っています。そうしたジャストインタイムで学べる環境づくりにも、グロービスのこれまでの知見や経験はさらに活かせる余地があると感じています。
これからは、鳥潟さんが話されたような世界観――行動履歴だけでなく、より長期的な文脈での「持続的な個別化」が可能になってきます。「あなたのことをよく知っているから、こういう学びが良い」という提案ができる状態です。そのためのデータや技術は、すでにかなり揃ってきています。
加えて、グロービスではベテラン講師がどのような状況でどのような問いかけをしているのか、そのパターンをモジュール化できないか、という取り組みも進めてきました。実際、少しずつプロトタイプも作ってきましたが、こういった知見も活用できるのではと思います。
今の教室の授業も、とても良い学習体験だと思っています。ただ、人間の脳の認知能力にはどうしても制約があります。短期間に集中して学ぶと、それだけ認知負荷も高くなる。
一方で、AIにはその制約がありません。理論上は、非常に大きな認知負荷を与えても処理し続けられる存在です。もちろん現実的には限界もありますが、そうした特性が、これまでにない新しい学びの体験を生み出す可能性を秘めているのではないか。そこに、これからの教育の面白さがあると感じています。
鳥潟:グロービスには30年以上かけて培ってきた「効果的な教え方」があります。どんな問いを立て、どう考えてもらうと、どのような学びにつながるのか。これは教員育成も含めて蓄積してきた、グロービス独自の教育メソッドです。このコンセプトを、そのままではないにせよ、AIにどうインストールできるか。ここがひとつの大きなチャレンジだと思っています。
こうした知見は、グロービスにしかない出せないデータ・価値であり、競争優位性としても大きいですし、受講生にとっても非常に価値の高い体験になるはずです。
――学びの個別化というと、これまでのキャリアや仕事内容など、比較的分かりやすい属性までを想定するケースが一般的でした。お話を伺っていると、AIによって、より繊細な感情や体験の好みまで踏み込んだ個別化の可能性があるように感じます。
鈴木:過去にグロービス経営大学院で「教室でのリアル授業」と「Zoomでのオンライン授業」のアンケート結果を比較したことがあります。回答に使われる言葉を見てみると、形容詞がかなり違うんですね。教室の授業では「楽しい」「面白い」といった言葉が多く、Zoomの授業では「分かりやすい」「丁寧」といった表現が目立つ。満足度自体は大きく変わらないのですが、体験の中身はかなり異なっているんです。教室での授業は感情体験が強く、Zoomは言語情報に依拠した学習になりやすい。

一般論として、感情を伴う体験のほうが記憶に残りやすく、学習効果も高いだろうとすると、AIはどこまでそこに近づけるのか。最近は、AIが感情的な要素をある程度取り込めるようにもなってきていますが、どこまで実現できるのかは、まさに挑戦したい部分です。もしそこがAIにはできない領域だとすれば、そこには人間にしか担えない価値が残るはずです。
だからこそ、議論するだけではなく、つくって試したい。AIを使ってどこまでできるのかを実際にやってみて、その結果として改めて「人間の価値」が浮かび上がってくる。そんな挑戦をしていきたいと思っています。
AI時代だからこそ、志あるリーダーが求められていく
――最後に、これからの時代にどのような人材が求められるのか、そしてそれに向けてグロービスはどのような学びの実現に取り組んでいきたいのか、改めてお聞かせください。
鳥潟:僕はこれからの時代、「全員がリーダーになれるポテンシャルを持つ」と考えています。これまでの組織では、一部のリーダーが戦略を描き、多くの人がそれを実行する、という分業が一般的でした。でも今は、「どう実現するか」という部分は、かなりの部分をAIが代替できる時代になっています。
だからこそ、一人ひとりがリーダーとして「どんな問いを立てるのか」「何を実現したいのか」を自分で設定できることが、これまで以上に重要になります。これは、グロービスが大切にしてきた「志」と強く結びついていて、自分は社会をどうしたいのか、どんな課題を解決したいのかを言語化できる必要があるということです。
末永:世の中には「発生型の課題」と「設定型の課題」があります。分かりやすい発生型の課題は、徐々に解消されつつある。一方で、これから人間が向き合うべきなのは鳥潟さんがお話されたような「設定型の課題」です。
その際重要になるのは、「AIを使えば、そもそも仕事の形自体を変えられるのではないか」という、一段飛ばした発想です。たとえば、プロジェクトマネジメントを「AIで支援する」のではなく、「AIが担う」前提で再設計する。そうした発想を夢想できる力、妄想できる力が、2026年以降はより重要になってくると思います。
そのためには、単にAIを使うだけでなく、自分の業務を棚卸しして、設定した課題を実現するためにはどこをAIに任せるか?どう再設計するか?を考える思考力が重要になります。そうした事例を、グロービスの中でも数多く生み出し、教育コンテンツとして社会に提供していきたいと考えています。
鳥潟:AIによって様々なことが可能になるからこそ、テクノロジーを前提として正しく理解し、コントロールする力は求められていきますね。
問いを設定したのち、重要なのが「判断する力」そして「倫理観」です。出来上がったものが本当に良いのか、誰の役に立つのか。利用者や顧客の感情に寄り添い、「これなら喜んでもらえる」「この課題を本質的に解決できる」と判断できる、極めて人間的な力だと思います。加えてAIは何でもできてしまうからこそ、「できるからやる」ではなく、「やるべきかどうか」を判断するのも重要。人としてどうあるべきかを考え、リスクやガバナンスを含めて判断できることも、これからのリーダーにはますます求められると思います。
末永:そうした課題の解決に向けた実行フェーズでは、AIと一緒に働くことが前提の時代になっていくでしょう。今はまだ、AIは壁打ち相手のような存在ですが、今後は人と同じくらいの業務量をこなせる「AIパートナー」と一緒に仕事をするのが当たり前になるかもしれません。しかも1体ではなく、複数のAIを使いこなしながら、より大きなことを実現していく。そうした働き方は、リーダーだけでなく、すべてのビジネスパーソンに求められていくのではないでしょうか。

――最初に挙がった「志」や「やりたいこと」を深く突き詰め、定まっていれば、その後に求められるポイントも、自然と満たされていきそうです。
鳥潟:だからこそ、最初の「問いの設定」は極めて重要ですし、意外と一人では考えきれない部分でもあります。仲間と議論したり、グロービス経営大学院の志科目で行っているように、歴史上の偉人に触れながら自分のありたい姿を考えたり、まだ十分に言語化・体系化されていないアプローチも多い。
この「志を醸成するプロセス」にAIがどう関われるのかのかは、考えていきたいテーマですね。正直、まだ明確な答えはありませんが、将来的にとても重要な領域になると感じています。
鈴木:20年前のグロービス経営大学院設立以来、我々が掲げてきた「創造と変革の志士」という言葉は、今もまったく色あせていないと思っています。
AI、とりわけ生成AIの登場によって、専門分野を越境するハードルは一気に下がりました。かつてはレオナルド・ダ・ヴィンチのような「万能の天才」は特別な存在でしたが、今は多くの人が“プチ・ポリマス”――多岐にわたる分野で知識や才能を持つ人になれる時代です。以前は、「やりたいけれど、スキルがない」「リソースがない」と、できない理由ばかりが目につきました。でも今は、やろうと思えば実現できない理由は、かなり少なくなっている。だからこそ、「何をつくりたいのか」「どう変革したいのか」という志の重要性が、以前にも増して高まっています。
その一方で、どんな志を描くのかという部分では、人間同士が刺激し合い、共に学ぶ場の価値はこれからも残り続けると思います。AIと人間をうまくブレンドした学習環境の中から、「創造と変革の志士」が次々と生まれてくる。そんな未来を、個人的にもとても楽しみにしています。
――本日は、お話をありがとうございました。

























