起業家にとっての3.11―「ミガキイチゴ」が受け入れられるまでの10年

震災後に東京から故郷の宮城県山元町に戻り、株式会社GRAを立ち上げた岩佐大輝氏(グロービス経営大学院2012年卒)。育てたイチゴを「ミガキイチゴ」ブランドで展開して、山元町をイチゴの町として活性化させている。平坦ではない、この10年の道のりを振り返ってもらった。インタビュアーは、岩佐氏と共に山元町でボランティアを行い、GRAの立ち上げにも関わった田久保善彦(グロービス経営大学院 経営研究科 研究科長)。(全2回、前編)*後編はこちら

東北で何かを成したのは、その人らしさを貫けた人

田久保:震災から10年。振り返っていかがですか。

岩佐:大局的に振り返ると、1000年に1回の震災は、1000年に1回、東北のドアが開いた歴史的な機会でした。東北が東京や世界とあれほどつながったことはなかった。10年のうち前半5年は、そうしたつながりの中で人が往来するようになって、多様性や流動性の中で東北が活性化しつつあった感じがしました。

一方で後半5年に入って、あのとき東北に来て何かを成そうとした人たちの大半は去ってしまいました。去っていった理由はさまざまです。いずれにしても、10年経った今、震災前の保守性の強い東北に戻りつつある印象があります。

田久保:去った人と、残って何かを成した人の違いは何でしょう。

岩佐:その人らしさを貫けたかどうかでしょうか。もちろん東北弁で話して、おじいちゃんおばあちゃんと仲良くなることも大事です。ですが、「郷に入っては郷に従え」をし過ぎて保守性の“虜”になると、東北に必要なはずの多様性を発揮できなくなり、その人やその人のビジネスがうまくいかなくなってしまう。一方、地域社会に適応しつつも迎合しないでやってきた人は地域とともに進化して残っています。

田久保:GRAも「機材を売ってもらえない」など受け入れてもらえないところからのスタートでした。今や山元町や亘理町(わたりちょう)でGRAのことを知らない人はいないくらいに受け入れられています。岩佐さんが自分らしさを貫いたからでしょうか。

岩佐:僕は曾祖父の代から土着の東北民で、両親は町の公務員。地元に縁のない人より相当アドバンテージがあるはずです。それでも最初のハウスをつくったときは怪しいものをつくっているという噂が立って警戒されました。共同創業者の福島(雅史)や上田(貴史)に聞いても、この10年は本当に大変だったと言います。

ですが、おかげさまで今日本でいちばん大きいイチゴの農業生産法人になりました。山元町は人口1万2000人で、震災前の交流人口は約10万人でした。今はレストランに来る人だけでも70万人います。働く場所もどんどん増えて、町民(お年寄りや子どもも含めて)の平均所得は190万円から270万円まで上がっています。約1.4倍です。もちろん行政や町のみなさんの頑張りがあってのことですが、定量的にはこれ以上やれることがないぐらいの結果を残せたと思っています。でも、本当に大変でした。「もう一回やれと言われたら無理だな」というのが正直なところです。

田久保:その大変さをどうして乗り切れたのだと思いますか。

岩佐:震災直後の悲惨さを目の当たりにしたからだと思います。僕が行ったときはまだ土に埋まっている方もいて、本当にキツかった。あの時に思ったのですが、自分の体は、自分の生まれた故郷の土や水でつくられている、ということ。故郷が破壊されるというのは、自分の身体も破壊されるようなもの。自分自身を再生するために故郷を再生しなければいけない。亡くなった方はもう挑戦できないのだから、生きている人間が挑戦しなければと強く思いました。

(震災直後の山元町)

そういう誓いが原点にあって、あとは経営者として「事業をスタートしたら、スケールするまでやりたい」というプロ意識もありましたし、誓いについてきてくれた仲間の支えもあった。そういったことがいろいろ重なって続けられた10年だと思います。

(震災直後の山元町でボランティアをする岩佐氏とグロービス経営大学院の有志)

農業ビジネスを慌ててスケールさせてはいけない

田久保:岩佐さんは、もともとIT業界で起業され成功されていました。IT業界と違って、イチゴは3日で育つわけではないし、イチゴ農家の株価が一晩で100倍になることもない。周りにIT業界での成功者もたくさんおられる。葛藤はありませんでしたか。

岩佐:ありました。特に30代は。自分は老いていくのにビジネスがスケールするスピードはゆっくりですし、インターネット業界にいたときより収入も減りましたから。

田久保:どうやって心の決着をつけられたのでしょう。

岩佐:MBA的な思考でいうと、食産業はボラティリティが低くて、つくったら絶対売れます。「収益性は低いけれど安定している」と納得することが1つ。あとは、業態や業界によって適正な成長スピードがあるということ。例えば、ベンチャー企業が株主の要請で急いでスケールした結果、人の成長やオペレーションが追いつかなくて問題が起きることがあります。農業も同じです。イチゴは植えてから収穫するまで21カ月かかります。このサイクルの中で早くするのはいいけれど、それ以上のスピードを求めると、おそらく倫理的な問題が出てくる。「スケールはさせるけれど、肥大化させてはいけない」と考えるようにしています。

田久保:いつごろから、そう考えられるようになりましたか。

岩佐:4、5年経って、農業についての理解が深まってきた頃です。農業はその土地の水や土を使ってやるから、うまくいかなくても、ITみたいに「じゃあ、インドでやろう」とはできない。そのことがわかってきて、町やそこに住んでいる人たちと一緒に成長しないとうまくいかないぞと覚悟が据わってきました。同時に、「こんなに難しいチャレンジはたぶん俺にしかできない。だからやってやろう」というような気持ちも湧いてきました。

田久保:「自分にしかできない」と思えたことは大きい。「いまここしか」「自分しか」という思いが心のエネルギーを充填します。

岩佐:自分にしかできないと思えるところに身を置いて、それが社会的にもいいことなら、「やるしかない」となりますよね。だから周りも支えてくれたんだと思います。

後編に続く)

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