「がんになっても不安のない世の中をつくりたい」自分に矢を向けてキャリアを変える

コロナ禍で先行き不透明な中、テクノベート時代の新たな価値創造に取り組んでいるDeNAヘルスケア 研究企画開発グループマネージャー 西沢隆氏へのインタビュー。前編では、全く辞める気はなかった大手製薬会社からのキャリア・チェンジの理由と今後の展望をお聞きしました。(全2回、前編)(文=竹内秀太郎)

「IT × ヘルスケア」の新規事業の立ち上げに挑戦

竹内:まず現在DeNAで、どんなお仕事をされているのか教えて頂けますか。

西沢:ヘルスケア事業部の研究企画開発グループ長として、がんの早期診断システムの開発プロジェクトに携わっています。1回の血液検査で複数のがんが同時に検出できるような新しいサービスの立ち上げです。

DeNAの元々の主軸は、ゲーム、Eコマース、オークションといった、カジュアルでバーチャルな領域でしたが、その後、横浜ベイスターズや川崎ブレイブサンダースのようにカジュアルでリアルな領域にも進出しています。ヘルスケアは、シリアスでリアルな領域ですが、そこでもAIのようなテクノロジーの力で今までにはない新しい価値創造ができるのではないかというのが今のチャレンジです。

竹内:以前は製薬会社で創薬研究に従事されていました。

西沢:がん領域での新しい薬のタネを見つける仕事をやっていました。研究者として、研究室で実験し、そこから出てくるデータを加工し解釈し、社内外の研究者とディスカッションし、薬に仕上げていく。また、成果を論文にして学会で発表する、という働き方でした。

DeNAでは、研究企画開発グループのマネージャーを務めています。自ら手を動かすことはなくなりましたが、研究室では血液検体を取り扱い、機器を使ってデータを出しているので、データをもとにメンバーとディスカッションしたり、社外の関係者とコミュニケーションしたり、といったことに多くの時間を使っています。その他にも、DeNAでは、臨床試験のデジタル化に取り組むベンチャーさんとの協業や、患者さんの日常生活をログ化して治療に役立てるアプリを製薬会社さんと共同で開発するなど、様々なシリアス領域の案件があって、業界の土地勘があるから、と声をかけていただき、一緒に議論に入ることもあります。

キャリアを大きく変えた2つの転機

竹内:これまでのキャリアを振り返って転機をあげるとすると。

西沢:大きな転機は2つあります。1つは、グロービスに入ったこと。もう1つはDeNAに転職したことです。

竹内:グロービスとの最初の接点は。

西沢:製薬会社時代の先輩に薦められて、2015年に単科クラスを受講したのが最初です。当時、子会社に出向し、仕事の壁に直面して悩んでいました。いまから振り返ると恥ずかしい話ですが、社内ではそれなりに仕事ができる方だと思っていたんです。ところが社外に出てみたら、それまでに培ってきた仕事の進め方ではうまくいかず、これまでの進め方を否定されたような気がしました。自分の何がいけないのか、先輩に相談したところ「それは研究ではなく、ビジネスの悩みだ。グロービスに行け」と(笑)。

当時、グロービスが何かも全く知らなかったのですが、試しにという気持ちで、グロービスの門を叩きました。軽い気持ちで参加したのですが、社内とは全く異なる多様な人たちとの接点ができて、自分がそれまでものすごく狭い世界しか知らなかったことを痛感しました。

竹内:グロービス卒業後、どうされたんですか。

西沢:卒業した時に気になったことが2つありました。1つは、製薬会社での自分の将来がなんとなく想像できてしまったこと。10年後に部長くらいはいけるかな、うまくいけば定年までには役員も目指せるかもしれない。実際にそうなるかはわからないのですが、なんとなく見通しがついた未来に対し、その将来像が本当に自分の歩みたい人生なのか、疑問を感じるようになったのです。

もう1つは、自分の適正な市場価値を知りたくなりました。世の中はいまの自分にいくらの値段をつけるのだろうか。転職したいとは全く思っていなかったのですが、転職エージェントに登録して、いくつかの会社で面談を進めました。その過程で当然「あなたは何をしたいのですか?」という問いを繰り返し投げかけられ、改めて、そもそも自分がやりたいことは何なのだろうかと考えました。

ちょうどその頃、国立がん研究センターという日本のがんの拠点病院に出向していたんです。入社以来ずっとがんの研究に従事してきましたが、がん患者さんと毎日すれちがう環境で働いたのは、この時が初めてだったんです。

いざ、がん患者さんを目の当たりにすると考えさせられるところが多々ありました。生活だったり、就労だったり、家族とのコミュニケーションだったり、治療にまつわる情報の格差だったり。患者さんは薬以外の悩み事を数多く抱えており、日々不安を感じていると思ったのです。いずれ自分か、もしくは自分の大切な家族もがんになるだろう。1回ではなく、複数回がんになるかもしれない。その時に、同じような不安を抱えて生きたくない。がんになっても自分らしい人生を送りたいと思いました。それで、どうしたらそのような世の中になるのだろう、と漠然と思い始めました。

竹内:そこで、なぜDeNAに行こうと考えたんですか。

西沢:たまたま大学の後輩が同社にいたので、話を聞いてもらいました。すでに創薬ベンチャーからも内定をもらっており、そちらのベンチャーでの働き方は、ある程度イメージできていました。一方のDeNAでは、入社後、自分がどう働いているのか、具体的にイメージできなかったんです。ただ、面接で出会った方々との話し合いを通して、「彼らと魂の方向性は合っている」と感じました。

単に賭けに出たわけではありません。僕がやりたいことは今の世の中にないわけですから、見通しの立たないことに対し、考えながらも挑戦しようという姿勢がある会社の方が、きっといい結果につながるだろうと。そういったチャレンジを、DeNAの人たちとならやれそうだ。自分のビジネス人生の第二のステージを一緒に過ごしたい。仮に上手くいかなかったとしても、環境や一緒に働く人のせいにするようなことはない。そして、そのチャレンジは必ず次につながるはずだと思えたのです。道筋は見えないけれど、この人たちとだったら一個一個、石を積み上げていけるはずだという確信が持てました。

すべては自分に矢を向けることから

竹内:これまでキャリアを歩む中でご自身なりに重視してきたことはありますか。

西沢:昔の僕は「責難人間」だったんです。『十二国記』という小説に出てくる言葉に「責難は成事にあらず(他者のしたことをダメだと非難しているだけでは何事かを成し得たことにはならない)」というのがあるのですが、僕は結構このタイプで「そもそも枠組みがダメ」「上司がイケてない」「共同研究先の先生が動かない」等々、とにかく他人のせい、環境のせいにしていました。

何に対して身を守っていたのかわからないけど、「自分は悪くない」「自分のせいで止まっているのではない」ということをすごく周囲にアピールしていたように思います。でも、それをやっても結局は何も変わらないんですよね。これではいけないと思ってからは、自分にちゃんと矢を向けることを心がけています。

竹内:そう考えるようになったきっかけは。

西沢:グロービスに入って、ベンチャーの人たちと知り合ったことですね。何かが上手くいかなくても誰のせいにできるわけもなく、逃げずに、いまの環境で自分でどうにかしようともがき、頑張っている姿を見て、すごく格好いいと思ったんです。

転職後、上司からDeNAには「雨が降っても自分のせい」という言葉があると教えてもらいました。天気のことは自分ではどうしようもない。そうだとしても、天気を責めても何も変わらない。心持ちとして、自分に矢を向け、やれることをすべてやろうという考えで、自分の行動を振り返る際に、呟くようにしていますね。

竹内:能力開発とか人的ネットワークについて、何か意識されていることは。

西沢:インプットとアウトプットの両輪が回っていることが大事だと思うので、ひたすらインプットを続けたり、むやみにネットワークを広げたりというのはあまりしていないです。

重要なのは、何でそれをやるのか。目的を明確にして実践し、ちゃんと自分に矢を向けて振り返ることで、何がどのレベルで足りなかったのかが見えてきます。そうしたら、その分野に詳しい方に相談などをして人的ネットワークを広げていったり、そこで学んだことをアウトプットに使ったりして……そうしてまた壁にぶつかったら、また振り返る、というサイクルを回すことを意識しています。それが自然に能力開発や人的ネットワークにもつながっていくと思うんです。

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