前回はコロナ禍の中で急速に進んだ在宅勤務に関して、全社的な取り組みで解決できない課題についてまとめた。これに有効なのが、第2章で取り上げたミドルマネージャーが推進するローカルルールだ。
■不要不急の会話や雑談を求める声--オンライン喫茶をオープン
在宅勤務の課題の中で、最も多く聞かれた声は、コミュニケーションの量が減ることで発生する課題だ。在宅勤務になり、我々はチームや社内メンバーと、明確な目的がないとコミュニケーションを取らなくなった。それにより不要不急の会話や雑談が減り、チーム内で誰がどのような仕事をしているのか状況把握がしづらくなった。
インタビューした会社員たちからは「チーム内で仕事が頼みづらくなった」「チーム内の一体感が損なわれているのでは」という悩みがあがった。このようなコミュニケーションの課題については、様々な企業で課題意識が持たれ、人事部門からマネージャーに対して「チーム内で積極的なコミュニケーションを取るように」と通達が出ている事例も聞かれた。
これに対して、実際に日々の運用を行うマネージャーはどのような工夫をしているのか。ヒアリングしたマネージャーの多数から、WEB会議システムで朝礼、昼礼、オンライン飲み会をしたり、チャットでたわいもない会話をしたり、というコメントがあった。A社では「喫茶アポロ(仮称)」と名付けた雑談タイムをランチタイムに設け、何もなくても毎日10分チームメンバーと雑談をしていた。これによりチーム内のコミュニケーションを円滑にしているようだ。この例ではもう一つのメリットもある。正午から「喫茶アポロ」がオープンするため、休み時間を意識的に取れるという点である。労働時間の区切りがしづらく長時間労働になりがちという在宅勤務の課題も解決できて、一石二鳥というわけだ。
■公私の区別がつきづらいオンライン--いっそプライベートを共有
労働時間管理の難しさについて、プライベートとの時間の区別がつきづらくなった、家庭の事情により仕事が分断されるという声も聞かれた。これに対して、F社では「子どもと散歩」等、家庭の予定を仕事のスケジューラに積極的に入れ、予定を見える化していた。これにより個人の事情をマネージャーだけでなく社内と共有することができ、チーム内で各人に配慮した仕事の進め方をできるようになったようだ。また時間の使い方については、G社で「昼寝(を理由とする休憩取得)もOK」とするなど、在宅勤務で疲れが溜まりがちなことに配慮する声も聞かれた。このようにメンバーに働き方の裁量を持たせることで、メンバーが働きやすくなることは確実であろう。一方、裁量労働制や時間単位休暇といった人事制度も、合わせて整備されていることは言うまでもない。
■ガバナンスと現場最良のバランスが取れているとうまくいく
現場のマネージャーがローカルルールを運用することで、チームの課題にあった対応や、メンバーの個別事情への配慮ができ、働き方改革も在宅勤務もここまでのところうまくいっている事例を発見することができた。一方、マネージャーがどのようなローカルルールを設定してもよい、というわけでもない。当然ながら、企業においてはガバナンスが保たれている状態が求められる。在宅勤務がうまくいっている企業では、企業が明確な方針・ポリシーを設定しつつも、現場にも裁量権を渡しており、バランスが取れている状態にあった。
D社では、コロナ禍で初めて在宅勤務を導入、管理を徹底するために在宅勤務のルールを細かに設定した。しかしセキュリティレベルが高すぎるPCが配布されたため、社外とのWEB会議ができず、会議のために会社に行かなければならない、また何の仕事をしているのか逐一マネージャーから連絡が入る、といった声が現場メンバーから聞かれた。企業として統制を保つためのルールは重要なものの、現場で柔軟な対応が取れなければ、作業効率の悪化や社員の満足度の低下につながりそうだ。
■組織に合わせたローカルルールの設定がポイント
ローカルルールや社内制度は、その企業の理念や組織文化と整合性が取れていることも重要な点だ。
B社では、企業理念で社員の挑戦を促していることもあり、マネージャーによるローカルルールの設定が積極的に行われ、会社からその推進を目的とした予算もついている。さらには挑戦する文化が浸透しているので、チームメンバーからもローカルルールの積極的な提案がなされ、さらに組織が活性化しているという話があった。
一方、E社では、若手社員の人数比率が高く、コロナ禍以前から「OJT」にかける時間が多かった。在宅勤務導入後、OJTがうまく回らなくなり、若手社員にもマネージャーにも負担がかかったため、在宅勤務を断念していた。社員の自律度が低いと在宅勤務がうまくいかないという声は他の企業でもあった。このように企業理念や文化、組織の現状に合わせた制度・ローカルルールの設定が肝と言えそうだ。
■マネジメントの愛でコロナ禍の離職を防ぐ可能性がある
第2章で「ローカルルールの成功のカギは部員の個性を理解」すること、とお伝えした。コロナ禍では物理的、精神的に分断が発生しがちだ。マネージャーはメンバーとこれまで以上の意識的なコミュニケーションを通し、相手を理解、受容し、彼らに合わせたローカルルールを設定することが必要だ。そこまでメンバーのことを考え続け、ローカルルールを設定するのは本当に手間がかかる。メンバーや会社に対する「愛」にも近い心持ちが必要となると言ってもよい。
私たちはヒアリングを通して、複数の企業からコロナ禍で社員が退職したという話を聞いた。在宅勤務で精神的に不安定となり、退職し地元に帰るという決断をしたという話もあった。環境変化に馴染めない社員はどこでもいるものだ。我々がヒアリングしたマネージャーからは、新型コロナウイルスの状況下なので仕方ない、といった声が聞かれた。しかし、もっとマネージャーが退職者を理解しようと踏み込んだコミュニケーションをしていれば、彼らの不安感を解消できたのではないか。
これまでマネージャーの要件として、ロジカルな部分がフォーカスされてきた。昨今、企業での人材不足が深刻になる中、上記に加えて、メンバーに対する愛を持って現場を考えられるマネージャーが、メンバーのリテンションやエンゲージメント形成に重要になってくるのではないか。
■個人と会社の幸せを両立させるローカルルール
最後に、1章から4章を通して、「個人の幸せと会社の幸せ」が両立する働き方について考えてきた。コロナ禍でも業務がスムーズに継続できており、かつ個人が生き生きと働いている会社には共通点があった。それは、ローカルルールだ。
ローカルルールの設定は、マネージャーに与えられた権限の一つである。そしてうまくいっているチームには、何かしらのローカルルールが存在している。マネージャーの皆さんには、ぜひそのような情報を積極的に収集して、自チームでの運営に活かしてほしい。VUCAの時代と言われる現在、ビジネスにおける環境変化は非常に激しい。今後も現場のマネージャーが、メンバーをよく理解し、会社の全体最適と現場の個別最適の両視点を行き来しながら、ローカルルールを運用していくことは、チームの円滑な運営に役に立つだろう。そして、個人と会社の幸せの両立に繋がる。