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哲学の魅力~究極にシンプルなエピクテトスの哲学で現代を生き抜く

投稿日:2020/11/03更新日:2020/11/04

『その悩み、エピクテトスなら、こう言うね』の著者である山本貴光さんと吉川浩満さんのお2人にご登場いただき、難波美帆(グロービス経営大学院教員)が聞き手になり、現代にも通じる古代ギリシアの哲学者・エピクテトスの教えを紐解いていきます。前編は、エピクテトスの哲学を読み解く基本となる「権内・権外」という考え方を中心に話が進みます。

*本記事は、2020年8月27日に公開した動画記事を書き起こししたものです。

哲学は、生きるうえでの引き出しを豊かにする

難波:お2人は大学で哲学を勉強されていましたか?

吉川:いや、専門的な勉強はまったくしていません。哲学の本はよく読んでいましたが、研究したわけではありません。直面している問題を解決に導いたり、新しい見方を教えてくれるような概念や視点が見つからないか、そういう考えで付き合ってきました。哲学って、人生を生きるうえでの引き出しを増やしてくれるものなんです。

難波:山本さんも同じでしょうか。

山本:吉川くんと同様です。研究というよりは、ものの見方や考え方を教えてもらうつもりであれこれ読みました。いまでは「哲学」といえば、堅苦しくて難解だという印象があるかもしれません。でも、実際に接してみると、日々の生活や生き方に役立つものもいろいろ見つかります。

難波:哲学者の中でも、とりわけ「エピクテトス」を取り上げられた理由を聞かせてください。

吉川:エピクテトスの哲学の主要な関心は、目の前の問題をどうするかです。悩みを聞いて、それに対して「こうしたらいいんじゃないの?」という提案を返す。具体的な問題への取り組みがメインで、しかもそれが他に類を見ないぐらいシンプルなんです。複雑な世界観などはあまり必要としない。そして、奥が深いという点でも群を抜いています。

山本:そう。しかも行き当たりばったりではない。その場しのぎでは応用しづらい。他方で、エピクテトス先生の問題解決では、1つの原理のように、ある見方が一貫しているから、さまざまな状況で使えるわけですね。

「打てないボールは打たなくていい」-権内と権外

難波:エピクテトス先生の教えは、ざっくりいうと世界を「権内(けんない)と権外(けんがい)の2つに分ける」こと、そして松井秀喜選手の名言が引用されていましたが「打てないボールは打たなくていい」。これはすごいですよね、自分が対処できないことに対処しないでいいと言い切る。むしろ対処してはいけないのかもしれません。権内か権外かを見極めて、自分がどうにかできることだけに対処すべき、というのがポイントでしょうか。

山本:そうですね。「権内」「権外」は、聞き慣れない言葉かもしれません。自分でコントロールできるものが権内、できないものが権外と言い換えてもよいでしょう。

吉川:例えば、昔は帆船で船旅をしていましたね。帆船は風が吹かないと目的地に着かないけれども、風がない時にイライラしても何もいいことはないだろうと。こういった権外のことでは、人間の出る幕はない。カッカするくらいなら歌でも歌っていればいい。そういう考え方です。

山本:一番いけないのは、権内と権外を取り違えてしまうこと。その「境界」の見極めを誤ると、自分ではどうしようもないことを自分でなんとかできると思い、いらない悩みに捉われてしまうわけです。

難波:その境界を見極めることで問題は解決する、と。ところで、エピクテトス時代に比べると、科学が発達した今は人間の力でどうにかできること(権内)は増えています。社会が変化しても、なおエピクテトス先生の権内・権外という考え方が通用するというのは、どういう発想からですか。

山本:エピクテトスが生きたのは、古代ローマの時代です。おっしゃるように、科学や技術においては現代とまったく違う状況にあります。例えば、いまではスマートフォンがあれば、いつでもどこでもSNSを見たり、海外にいる人ともやりとりしたりできる。古代世界にはそのようなものはありませんでした。この点について、現代社会での私たちの権内の範囲は広がったと言えるでしょう。交通、医療、人工知能などなど、各種の技術についても同様です。

吉川:そうしたなかでも、エピクテトス先生の教えにおいて重要なのは、権内と権外の「境界」です。今は昔と違って5,000キロ先の人にも簡単に連絡できる。でも、その相手とケンカしちゃうとか、機嫌を損ねちゃうとか、古代ギリシアの時代と変わらないこともあるわけですよ。

そういうことは、どんな分野にもあります。科学技術が発達すると、今度はそれを前提に新しく権内と権外の境界が生まれていく。結局、その境界でどう問題解決に取り組むべきかが課題になる。だから、エピクテトス先生の教えは今の時代でも生きるのです。

SNSが無用な摩擦を生む?人間であるが故の不変的な問題

難波:科学技術がどんなに発達しても、人間が人間であるが故に生じる問題は不変だということですね。直近でいうと、新型コロナウイルスに対する人々の反応もそうです。とても怖いと感じている人もいれば、そうでもないと捉えている人もいて、両極端に分かれますよね。こういった両者の考え方の溝は、科学技術の知識をどんなにインプットしても埋まらない、人間が人間であるが故の問題だと思います。

山本:今のお話で言うと、SNSが典型です。コミュニケーションツールが発展したおかげで、以前なら出会わなかったはずの他人同士が言葉を交わせるようになった。これは一見便利なことです。ただ、見方を変えれば、無用の摩擦を生み出す状態でもあります。

難波:自分の考えを固く信じて、他人の意見を聞いても容易には変わらない人がいる一方で、SNSを見ていると、すごく容易に感化される人もいます。他人の尻馬に乗って特定の人をバッシングするようなことも問題になっていますが、コミュニケーションにおいて他人に影響を受ける度合いが違うのは面白いですね。

山本:哲学の側面から、今のご指摘を読み解くとどうでしょう。もともと「哲学」という言葉は、何かを知ることを好むとか愛するという意味でした。それは、根源的なことを知りたいという欲求なんです。

例えば、空に浮かんでいる太陽や月について、古代の人は神様の仕業だと解釈していました。それが次第に「いや、あれはただの石の塊で、それがなぜか光を放っている」という理解になってゆく。太陽なら太陽というものを、より妥当な形で理解したいという欲求が芽生える。哲学とは元来、そんなふうにして、世界のさまざまなものごとについて、適切に知ろうとする態度だったのですね。

もし、世界について、より適切に知りたいと思う人がいたとしたらどうするか。その人は、定かならぬ他人の意見をそのまま鵜呑みにするのではなく、世界を説明する仕方として妥当かどうかという物差しで判断しようとすると思います。一方、世界についてよりよく知るというよりも、「自分が信じたいものを信じる」立場をとる人なら、ことの真偽とは関係なく、周囲の人の意見や思い込みに影響されて変わってしまうでしょう。

難波:吉川さんもSNSでも盛んに発信をされていますが、思わぬ他人の反応に驚くことがあるのでは?

吉川:驚くことも多いですし、「なんでこんなバカなことを言ってくるんだろう」と思うことももちろんあります。でも、必ずしも能力や知識が足りないせいで摩擦が起こるというわけでもないんですよ。

人にはそれぞれ「自分の都合」があるわけです。どんなに賢い科学者にもそれなりの都合があって、それに従って発言したり解釈したりする。学派とか学閥とか、あるいは先入観でもいい。そういうものが常にあるから、100メートル走のようにタイムだけで順位をつければいいというわけにはいかなくなる。問題が複雑になればなるほど、そういう傾向が増していき、対話は難しくなっていきます。

後編につづく

  • 吉川 浩満

    文筆業

    文筆業。1972年3月うまれ。慶應義塾大学総合政策学部卒業。国書刊行会、ヤフーを経て、現職。
    関心領域は哲学・科学・芸術、犬・猫・鳥、デジタルガジェット、映画、ロックなど。哲学愛好家。Tシャツ愛好家。ハーレーダビッドソン愛好家。卓球愛好家。
    著書に『その悩み、エピクテトスなら、こう言うね。』(山本貴光との共著、筑摩書房)、『人間の解剖はサルの解剖のための鍵である』(河出書房新社)、『理不尽な進化――遺伝子と運のあいだ』(朝日出版社)、『脳がわかれば心がわかるか』(山本との共著、太田出版)、『問題がモンダイなのだ』(山本との共著、ちくまプリマー新書)ほか。翻訳に『先史学者プラトン』(山本との共訳、メアリー・セットガスト著、朝日出版社)、『マインド』(山本との共訳、ジョン・R・サール著、ちくま学芸文庫)など。

  • 山本 貴光

    文筆家・ゲーム作家

    1971年生まれ。コーエーでゲーム開発に従事後、フリーランス。金沢工業大学客員教授、立命館大学先端総合学術研究課講師。
    著書に『マルジナリアでつかまえて』『投壜通信』(以上、本の雑誌社)、『文学問題(F+f)+』(幻戯書房)、『世界が変わるプログラム入門』(筑摩書房)、『「百学連環」を読む』(三省堂)、『文体の科学』(新潮社)、共著に『高校生のためのゲームで考える人工知能』(三宅陽一郎と共著、筑摩書房)、『脳がわかれば心がわかるか』(吉川浩満との共著、太田出版)ほか。

モデレーター

  • 難波 美帆

    グロービス経営大学院 教員

    大学卒業後、講談社に入社し若者向けエンターテインメント小説の編集者を務める。その後、フリーランスとなり主に科学や医療の書籍や雑誌の編集・記事執筆を行う。2005年より北海道大学科学技術コミュニケーター養成ユニット特任准教授、早稲田大学大学院政治学研究科准教授、北海道大学URAステーション特任准教授、同高等教育推進機構大学院教育部特任准教授を経て、2016年よりグロービス経営大学院。この間、日本医療政策機構、国立開発研究法人科学技術振興機構、サイエンス・メディア・センターなど、大学やNPO、研究機関など非営利セクターの新規事業の立ち上げをやり続けている。科学技術コミュニケーション、対話によるイノベーション創発のデザインを研究・実践している。

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