本記事は、2020年2月に行われたグロービス経営大学院特別セミナー「両利きの経営に求められる経営リーダーシップ」の内容を書き起こしたものです(後編)
なぜ「ガラケー」は衰退したか
冨山和彦氏(以下、敬称略):日本企業ですごく象徴的に欠落している組織能力の話を1つします。たとえばガラケーは、国内ではまだ少し売れていますが、全体としては壊滅的にやられました。このことについて、日本人のほとんどは「ガラケーというハードのモデルがスマホというハードのモデルに負けた」と考えます。これ、正しいですか? スマホって全面液晶の携帯でしょ? そのなかでネット上のいろいろなサービスが使えるということです。これをつくること自体は、それほど難しくないですよ。実際、日本の会社もいろいろチャレンジをしていました。ちなみに、全面液晶の携帯電話を世界で最初につくったのはおそらくパイオニアです。
では、なぜガラケーの敗北が日本の携帯電話産業の衰退に直結したのか。本当の理由は、産業の構造をスティーブ・ジョブズに変えられたからです。それまで、日本における携帯電話メーカーの商売は、携帯キャリアを向いていました。NTTドコモさんがiモードを含め基本的なアーキテクチャを考えてくれる。その基本的なサービスアーキテクチャを実現するため、さらに下位レイヤーの詳細設計を携帯電話会社が行う。で、ドコモさんは各社で少しずつ違ったデザインを採用してくれるわけです。「ドコモのP(パナソニック)はこんな感じ、ドコモのN(NEC)はこんな感じ」という風に。携帯電話をつくる会社のお客さんはキャリアだったんです。
でも、iPhoneのビジネスモデルはキャリアフリーなんですよ。キャリアは関係ない。OSは自分で提示しています。iモードに相当するものはiOS上でアップルが決める。iOS上のサービスをキャリアが採用するかしないか。で、彼らかすれば、「採用しないならしないでいいですよ」となるわけです。「自分のOSにこだわるのであれば、どうぞ」と。そこで、日本で最初にiOSに乗っかったのはどこですか? ソフトバンクです。シェアが最も小さく、失うもののなかったソフトバンクがiOSを前提にしたiPhoneを最初に採用しました。
一方、iOSの世界が生まれると、欧米人はすぐに、おそらく中国人も同じだと思いますが、「あ、これで世界は変わった」と気づきました。Googleも気づきました。だからすぐにAndroidという会社を買収した。パソコンのときのWindows対iOSと同じですね。それで、モバイル上で展開できるオープンアーキテクチャのAndroid OSが登場します。これもキャリアフリー。個々のキャリア向けの商売から、全世界に一斉販売し、全世界に向けて一斉にビジネスをやるという、直接コンシューマを向いたモデルに、がらっと変わります。でも、そういう風にアーキテクチャが変わったことに、残念ながら日本のメーカーはなかなか気づきませんでした。ある意味、ドコモ向け商売で籠城してしまった。それは滅びますよね。そういうビジネスじゃなくなったんだから。で、むしろ、このときにサムスンやシャオミのほうがAndroid OS型のグローバルビジネスに早く対応しました。
基本構造がどう変わるのかを理解できなければ取り残される
実は、そんな風にアーキテクチャを変える、あるいはアーキテクチャが変わったときの対応を考えるという思考系の回路は、日本人または日本の組織はすごく弱い。誰かにアーキテクチャを提示してもらったうえで、その下の詳細設計を詰めるのはめちゃくちゃ得意です。だいたい、この国は有史以来、自分でゼロベースから憲法をつくったことのない国ですから。律令制度は中国から輸入しました。それを長い間ずっと使って、明治にはプロシアの憲法を輸入しました。そして戦後はワイマール憲法を参考にしてアメリカ人に憲法を書いてもらった。アーキテクチャとは憲法です。こういう時代に対応しようと思ったら、アーキテクチャを理解・発想できる人間が、会社に相当数いないと対応できないんです。経営者1人分かっていてもダメなんです。
では、そうした能力をどうやって補うのか。当然、皆さん自身、これからのリーダーとしてアーキテクチャを理解できなければいけません。基本構造がどう変わるのかを分かっていないと、決定的に取り残される。まさに、野球かサッカーかという話です。今自分たちがやっているのは野球なのか。あるいは、それがサッカーに変わるのか、ソフトボールに変わる程度なのか。そういう判断です。
野球からソフトに変わるぐらいなら今のプレイヤーも頑張ればなんとかなるんです。でも、日本の会社の多くは、ゲームがサッカーへと変わっているときに何をしているか。今は巨人が頑張っていて、実際に強い。でも、「今年いっぱいでプロ野球が廃止になるようだ」と。それで来年からはサッカーかラグビーをやるしかないというとき、「山下は運動能力が高いじゃないか。菅野もすごい。坂本も運動神経抜群だ」と言って、彼らにサッカーを練習させるんです。「頑張ってサッカーをやれ。これだけ運動神経が良かったら、その辺のやつに負けないだろう」と。実際、日本はそういうことをやってきています。IT人材がいないとなれば「IT人材教育だ」と。「AI人材を育成しよう」ということをはじめるでしょ?
悪いけど、今どき30代のおじさんをどう鍛えたって、東京大学の松尾研究室にいる20代の子には敵わないですよ。素質が違う。向き不向きが違うんだから。でも、日本企業はそういうことをやるんです。それで時間をかければ、そこそこはうまくなります。それでマーケットに出ていくわけですが、出ていった先では完全にグローバル競争ですよね。試合はUEFAチャンピオンズリーグなんです。そこで、こちら側にはサッカーを練習した山下と菅野と坂本がいて、ピッチの向こう側にはロナウドとメッシがいる。ぼこぼこにされるに決まっています。それなら、お金を使って最初からイニエスタを獲ればいい。でも、そちらの方向にいかないんです。その背景は、くどいようですが、やはり終身年功制です。今いる選手を入れ替えられないという前提で考えてしまう。とにかく、そうしたアーキテクチャを理解・経営できることがすごく大事になります。
それともう1つ。多かれ少なかれ、今後はいろいろな産業が、モノありきの構造からサービス型へ変化していきます。そうするとバリューチェーン的な構造でなく、むしろ脳が身体を支配するような産業構造になっていく。たとえば、自動車産業はOEM、自動車メーカーがあって、その下にTier1、Tier2、Tier3というヒエラルキーがあるでしょ? でも、もし本当にMaaSになると、そういう産業構造になりません。お客さんがお金を払って手にする付加価値は、車というハードでなくて車を利用することになるからです。ですから、車を利用するための、いろいろなコントロールや制御の仕組みが車自体よりも上に来てしまうんです。
人間の体と同じです。ハードは筋肉や骨格で、ソフトや半導体は頭脳です。そうなると、どうしたって後者に利益が寄ります。産業構造上、後者の人たちがお金の配分を決めるわけだから。大きなアーキテクチャは、少しずつそういう構造になっていきがちです。そのなかで自分たちのビジネスや会社の形をどのように合わせていくかが、今後はすごく大事になる。皆さんがどんなベンチャーでやるにしても、大会社でやっていくにしても、ぜひそこは意識してください。で、そうなると、骨格と筋肉にあたる組織能力しかない状態では、大変厳しくなります。そして、「脳が弱いな」と思ったら、もうどこかから獲ってきたほうが早いです。イニエスタが来れば、彼の周囲の選手もうまくなるんですよ。そうしたアプローチのほうが正しいです。
どちらが先にソフトとハードの両利きになれるか。競争ははじまっている
というわけで、リアル×シリアスに来たというのはちょっと良いニュースです。だから日本で会社を興すにしても、パナや日立やトヨタといった既存の日本企業にとっても、今はチャンスが来ています。でも、これは裏返すと大ピンチです。ネット系の会社は馬鹿じゃないから、こんなことは分かっています。ですから、どちらが先にソフトとハードの両利きになれるか。改良・改善的な組織能力と、不連続なイノベーションを取り込む組織能力の両利きになれるかという点で、すでに競争ははじまっています。
それに関して去年、『両利きの経営』(東洋経済新報社)という本が出ました。先般亡くなられたクレイトン・クリステンセンという先生は、1997年に『イノベーションのジレンマ』という本を書いています。これは今日お話しした内容に近いですね。大組織や既存の組織は、どうしても破壊的イノベーションに、必然的に対応できないといったことが書かれた本です。ある意味ではGAFAが世界を席巻することを予言した本で、実際、その通りになりました。ただ、それだけだと既存の事業者はすべて滅びてしまう話になって、「じゃあ、なぜお前はパナの役員をやっているんだ」となってしまう(笑)。
現実には、必ずしもそうなっていないわけです。時代に合わせ、そうした変化を上手に自分のエネルギーへと変えてきた会社がある。そのことに気づいたチャールズ・A・オライリーとマイケル・L・タッシュマンという2人の先生が、いろいろな事例を集めて書いたのが『両利きの経営』です。4~5年前にアメリカで発刊されベストセラーになりました。私は(『イノベーションのジレンマ』より)こちらのほうが大事だと思いました。だって大事なのは‘So what?’で、どうしたら対応できるかという話だから。それで、チャールズがこの本を書くときは僕も協力しました。で、去年やっと東洋経済が日本語版を出してくれて、今はおかげさまでかなりのベストセラーになっています。
この本で言っていることは、「既存事業をきちんと深めることも、新しいイノベーションを探索し、それを取り込むことも、どちらもできる組織にならないとこれからの時代は生き残れません」ということです。ある意味、当たり前の話ですね。ただ、今日何度も言った通り、日本企業は組織文化がだいぶ違いまから、極めて異質なものを内側へ取り組むことになります。長年コツコツ、一生懸命画像認識をやってきた技術者や、そのマネージャーがいるわけですよね。その横に、ぽっと、お兄ちゃんが入ってきて、「皆さん、頭悪いですよね」という風になっちゃうので。だからといって自分を卑下する必要はないんですが、とにかく、そういうことが日々起こる企業体になる必要がある。
その一方で、既存事業者にとって難しいのは、さはさりながら、今この瞬間、自動車メーカーは内燃機関のエンジンで飯を食っている点です。売り切りモデルで飯を食っているんです。パナソニックも、たぶん白物家電や冷蔵庫や洗濯機や照明器具で飯を食っている。その事業がきちんと稼いでくれないと新しいイノベーションに投資ができません。そこで日本の古い経営者は何を言うかというと、「利益に拘泥すると未来投資を怠って長期的に成長しなくなる」と、ほざくんです。経済団体にも、いまだにそういうことを言っている人がたくさんいます。
それならグローバル競争の中で日本経済・企業の地位が売り上げ面でも低下した事実をどう説明するのか。ジャパンアズナンバーワンの頃から、なぜかそういう議論が日本では流布していました。すでに90年代初頭、アメリカは株主利益に相当うるさい時代でしたが、それに対して「アメリカの会社なんて短期利益思考で株主がうるさいから長期投資ができなくなる。だから、あいつらは今よりさらにダメになる。でも、俺たちは長期的に成長するんだ」と、日本のおじさんたちは言っていました。実際、どうなりましたか? 『フォーチュン』の売上グローバル500社の国別構成推移では、1995年時点で150社あった日本企業も今は50社ありません。日本企業は長期的に売上が成長しなかった。当然、その間に増えたのは中国等の新興国です。では、アメリカとヨーロッパは減りましたか? あまり減っていません。きちんと利益をあげていたところのほうが持ち堪えた。「短期的利益なんて追わず、俺たちは長期的投資をしている」とほざいていた企業が、いなくなったんです。
だいたい、そうした「長期的云々」という発言自体が財務をまったく分かっていないんです。投資という概念はキャッシュの概念です。キャッシュフローです。会社にとって投資の原資は、基本的には2つしかありません。自分の事業が生み出した営業キャッシュフローか、外部から調達した金です。外部調達の金の典型は借金ですね。破壊的イノベーションの時代における投資は大変なリスクを伴います。イノベーションに賭けるんだから。医薬品がそうですよね。本当に確率が低いところにベットしているわけでしょ? それを毎回借金でまかなっていたらどうなりますか? もう数年後に会社が潰れる可能性だってありますよ。賭けは半分以上外れるんだから。それなら、自分のコア事業で潤沢な営業キャッシュを出さないかぎり、未来投資なんかできません。
P/L上の利益は、はっきり言ってキャッシュフローじゃないですからね? しかも、おじさんたちは何も分からずに「アマゾンは利益出してないじゃないか」と言うわけです。「アマゾンの営業キャッシュフローを見てごらん」と言いたい。小売業ですから、あの会社は回転差資金で猛烈な営業キャッシュフローが出るんですよ。その営業キャッシュフローをがんがんAWSにつぎ込む。日本の会社社長の、その辺のリテラシーというのはね。ひょっとしたら皆さんの上司もいまだにそういうレベルです。そういう社長さんが賢くならない場合は、会社を移ったほうがいい。そういう人は会社を潰しますから。
なので、とにかく既存事業をきちんと磨き込んで稼がないといけません。あるいは、儲からない事業は止める。はっきり言って、特に成熟した歴史ある事業の赤字は悪です。絶対悪です。止めるしかない。まだ将来性のある、新しい事業に対する投資性の赤字ならいいんです。でも20年も30年もやっていて赤字という事業は、もうダメです。なんのためにもなっていないんだから。株主のためになっていないのはもちろん、やっている人はもっと悲劇ですよ。そういう事業には会社もどうせ再投資なんかしないんだから。それなら、その事業をまだコアに位置づけている、やる気のあるところに売ってあげたほうがいいじゃないですか。そういう撤退戦を僕は死ぬほどやってきたので、つくづく思うんです。そういう事業は絶対に、早めに売却したほうがいいです。
それから、実は探索シーズが本体事業の再成長を促すこともあります。ただ、特に探索シーズを本体側へ持ってくるときに文化的衝突が起きることはあります。「皆さん、頭悪いんじゃない?」みたいなお兄ちゃんを使わなければいけないから。結局、そこで誰が頑張るかと言えば、やはりリーダーですよ。ものすごく微妙なバランスをとっていくわけでしょ? ややこしいこともいろいろ起きます。でも、それを部下に投げちゃいけない。リーダーが自分でフォローしないと。これは中間管理職にはできません。
だから、経営者は24時間365日働けるやつじゃないとダメなんです。70過ぎのおじいちゃんがやっている場合じゃない。もちろん、ダイキンの井上(礼之氏:同社取締役会長兼グローバルグループ代表執行役員)さんのように特殊な、80を過ぎても24時間365日働いている人もいます。ただ、普通の人はそうではなくなってしまうから、やはり、リーダーのありようはまったく変わるということです。
「改良型イノベーション」「破壊型イノベーション」どちらも備えた組織を作れるか
ちなみに、『両利きの経営』でも書かれていますが、きちんとトランスフォーメーションして、時代の破壊的変化を生き残った会社はたくさんあります。ノキアなんかそうですよね。携帯電話の会社だったのに、いつの間にか交換機の会社に変わりました。「いつの間に?」という感じですよね(笑)。日本はすべて撤退したんだから。あと、マイクロソフトもすごいですよ。Windows 95が発売されたとき、皆さんはどこへ買いに行きました? 皆、量販店に箱を買いに行っていたんです。でも、彼らは今、パッケージソフトウェアの会社ではなく、ネットベースでB2Bの、クラウドのサービス会社に変わっています。以前とはぜんぜん違っていますが、相変わらず時価総額でトップ争いをしています。だから、やはり経営なんです。
もちろん、彼らはコアコンピタンスを生かしています。転地はしているけど、コンピタンスを生かして違うビジネスモデルに転換した。それができるようなコーポレートトランスフォーメーションをやってきています。ですから、マイクロソフトのネイチャーや文化はすごく変わりました。昔のマイクロソフトは、はっきり言って、相当強烈な人たちの会社でした。ある意味、偉そうな会社だったんです。でも、今はすげーナイスな人たちの会社になりました。サービス会社だから。実は、アメリカでも日本でもすごく人を入れ替えているんですね。その時期にトップを務めていた樋口(泰行氏:現パナソニックCNS社長)さんも、すごくナイスな人ですから。
ここで一旦まとめますが、まず、「改良型イノベーション」というのは営々と行われてきた従来の延長線ですね。そこで求められるのは、既存事業の磨き込みをきちんとマネージする組織能力です。一方、「破壊的イノベーション」というものもあって、ここでは新規事業や新事業モデルを「探索」する力を取り込んでいく組織能力が求められます。前者は同質的で連続的な組織、つまり従来の日本型組織と相性がいい。でも、後者は逆です。どちらも必要なんです。「そのどちらも備えた企業または事業体を、皆さんはつくることができますか?」という話ですね。
前者では、どちらかというと情理というか情の世界が支配的になります。現場の人たちをエンカレッジして、その気にさせなきゃいけない。ひょっとしたら、この事業は2~3年後になくなってしまうかもしれないけど、そんなことを言うと皆がっかりするから、「がんばってくれ」と言わなきゃいけないとか。一方、後者の世界では、先ほどの「あれか、これか」の冷徹な意思決定を合理的にやらなければいけない。また、前者の視点は、どちらかというと蟻の視点ですよね。現場に近いところで細かく改善・改良していく。後者はトンボの視点です。高い視点から何が起きるかを考えていかないといけない。蟻の視点とトンボの視点。これを両立させようとしたら、やはり人間的にも組織的にも難しい問題が出てくるから、やはり「人間」に強くないといけない。人間というものに対する洞察やカンが働かない人は、両利きになれません。
なので、日経新聞の『私の履歴書』が将来も続いているかは分からないけれど(笑)、おそらく皆さんは世代的に、良いリーダーの仕事をすれば、めちゃめちゃ面白い履歴書が書けます。ですから、そういうリーダーなれるように頑張ってください。これで私の話は一旦終わります。ご静聴、ありがとうございました(会場拍手)。
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