四国・神山町で「自分だから」「この人たちと出会ったから」「この場所だから」何ができるかを考えたい

本記事は、あすか会議2017「仕事をデザインする 世の中をデザインする」の内容を書き起こしたものです(後編)

松林博文氏(以下、敬称略):では、続いて西村さん。まずは遠山さんとの出会いについても少し教えていただいていいですか?

遠山:ある登壇で7~8年前に初めてご一緒したのですが、とにかく倫理観のすごく強い人です。今回、この座組みを伝えられて「すごく緊張するなあ」と思いました。私や松林さんのようなノリでいいのかな、と(笑)。見た感じ、お坊さんみたいじゃないですか(会場笑)。そういう人です(笑)。

『自分の仕事をつくる』から『ひとの居場所をつくる』へ

西村佳哲氏(以下、敬称略):こんにちは。前の席からびっしり埋まる会場って、すごいですね。皆さんの前にくる感じが(笑)。私は30歳まで鹿島建設という会社で働いていました。今53で、最近は東京に2割、今日のようにどこかへ出張していたりワークショップに行っていたり、大学へ教えに行ったりというので2割、あとは四国の神山町というところに6割ほどいます。神山町とは10年ほど前、町のNPOから相談を受けてWebサイトをつくりに行ったのがきっかけで仲良くなりました。それから年に1~2回遊びに行くようになり、3年ほど前、家を借りて行くようになりました。

ただ、3年前に行ったときは、東京でやっていた仕事をそのままやっていたんです。私の仕事はデザインや執筆、あるいは人に教えることですけれども、教えるというのはどこかに行ってやることだし、執筆もどこにいたってできます。また、デザインの仕事は、請負の仕事とともに、自分たちで商品をつくって販売するということもしています。ですから、郵便局があればニカラグアにでも中国にでも、どこにでも発送できる、と。それで、今は神山町にある築120年ほどの民家を改装して、そこに住んでいます。

それで3年前は考えてもいなかったのですが、2年ほど前に町から創生戦略について相談を受けました。地方創生ですね。「このままだと○○コンサルさんにお願いすることになりそうだ。西村さんも入札に入ってくれないか」という打診を受けまして。それで1週間ぐらい迷ったかな(笑)。私は武蔵野美術大学のデザイン科出身で、デザイン畑でやってきた人間です。政治や経済や財政といったものについてはぜんぜん分からないし、「人口減少社会? うーん…」みたいな(笑)、思考停止という感じだったからどうしようと思って。

ただ、○○コンサルさんが来たりして、「最近こんなことが進んでいるみたいだよ?」といった話を、そのうち耳にするだろう、と。耳にしたら、自分は絶対ブーブー言いそうだったんですよ(会場笑)。で、「文句を言いそうだということは、やりたいということなんだな」と思って、やることにしました。そうして創生戦略のプランを町と一緒につくり、今は町と一緒に一般社団法人をつくって、およそ20のプロジェクトを走らせています。

その1つが集合住宅開発です。山あいの町のなかに新しい集合住宅を造っています。大学ではインテリアデザインを専攻していたし、鹿島では開発系の仕事もしていましたが、当時は「建築の仕事はもうやらないだろうな」と思っていました。だから不思議な感じがしますが、今は自分がこれまでドラクエで拾ってきたカードがすべて使えているような感じがして、なかなか楽しいです。で、これについて語りはじめると千夜一夜になってしまいますが、一方で、私は2003年に『自分の仕事をつくる』という本を書きました。

私は会社員時代、すごく仕事に悩んでいたんです。「どんな風に働いていこうか」「自分には何ができるのかな」「こんな働き方じゃダメだろう」等々、めちゃくちゃ悩んでいました。そうした想いをいろいろ携えて、会社を辞めたあとはパタゴニアという会社に行ってみたり、柳宗理さんに会いに行ったり、いろいろな人に、どんな働き方をしているのかを聞いて回っていました。そこで聞いた話が、『自分の仕事をつくる』という本に詰まっています。それで、当時は働き方研究家という肩書きでいろいろ語ってもいました。最近はあまり使っていませんが。

ただ、私はこれまで9冊ぐらいの本を書きましたけれども、2013年に書いた最新作のタイトルは『ひとの居場所をつくる』なんですよね。『自分の仕事をつくる』と比較すると、「自分」が「ひと」になって、「仕事」が「居場所」になっています。「これが自分の10年間の推移なんだな」と、よく思います。それで今は集合住宅をつくっていたりするというのが分かりやすいですけれども、それ以外にも、この10年間のなかで思ってきたことがたくさんあります。ですから、今日はそのうち3つほど話してみたいと思います。

まず、『働いているか、お金を使っていると まちに居場所がある問題』という問題系が私のなかにあります。私は東京生まれ東京育ちで、渋谷とか、小さな頃から大好きでしたが、その頃からずっと思っていることがあります。働いていたりお金を使っていたりすれば、まちに居場所はあります。でも、働いてもいなければお金も使っていないと、まるで居場所がないという、その度合いが年々強く、厳しくなっていると感じています。

渋谷のJR山手線改札を出て、井の頭線ホームへ行くあいだにコンコースがありますよね。今はそこにファンケルやランキンランキンやキールズやインデックスがありますが、あそこは昔、店舗はなく、ただの通路でした。広場では大道芸がたくさん行われていた。1時間ピクリとも動かない真っ白なロダンを中村有志さんがやっていたり。でも、そういう広場っぽい場所が今は東京から本当に失われてきています。

そうして、お金を払えば居場所があるというような状態に、どんどんなってきています。人々の様相も、売っているか、買っているか、みたいな。20世紀後半以降の人間を未来の人が描写すると、当時の人間は専ら売っているか買っているという感じに見えてしまうのではないかと思います。それで経済も回っていますが、なにかこう、居心地が悪い。とにかく、お金があればつつがなく暮らしていけるという、その度合いが都市部ほど強くなっていて、私はそれが嫌だなと感じています。

意味が感じられない仕事は人に苦痛を与える

次は、『「意味」の含有率が低い仕事が増え続けている問題』。仕事の“血中意味度”みたいなものが、どんどん低くなっているというか。会社には「仕事の在庫」がたくさんあります。大きな会社は大きな百貨店みたいなもので、仕事がいっぱいあって、その種類も豊富だと思います。ただ、品揃えは豊富だけれども、「まるでない」みたいな。100均ショップに行けばモノはたくさんありますが、まるで何もない。それと同じような状態が起こっている気がしています。皆、めちゃくちゃ働いていますが、「これ、本当にずっとやっていていいのかな」と。「これをずっとやっていても結局は貧富の格差が広がるだけじゃないか?」とかね。価格競争のチキンレースがより厳しくなって、「そういうことだけになっているのでは?」と考えてはいるけれど、でも、やらなくちゃいけない。

そういう意味が感じられない仕事をずっとやっていたら鬱の人も増えるよね、というのは当たり前の話で。ロシアには、底に穴の開いたバケツでA地点からB地点に水を運び続けるという刑罰があるんですって。恐ろしい(会場笑)。意味が感じられない仕事は人に苦痛を与えることをよく知っているということですよね。でも、「私たちの今の社会はそれに近いのではないの?」という感じがすごくします。大きくて立派で、サラリーもがっつりもらえるような会社もそうだし、役場や国の職員さんたちを見ていても、そんな感じがしていて「しんどいなあ」と感じています。

今は働き方改革ということがすごく言われていますよね。でも、私は最近「働き方研究家」という肩書きを使わなくなりました。飽きたというのもありますが(笑)、「働き方の問題じゃない」という感じがすごくしているからです。働き方が変わったところで何も救われないというか。たとえば副業が可能になるとか、ミーティングがクリエイティブになるとか、ポスト・イット®をたくさん使って云々とか(笑)、いろいろありますよ。ミーティングがクリエイティブになること自体は絶対にいいことだと思います。けれども、そのクリエイティブになったミーティングで一体何をやっているのかという話のほうが大切じゃないですか。だから、それをやることによって、世界がより厳しくなっていくことに、あるいは劣化していくことに、結果としてクリエイティブな方法で加担するのなら、「もう、そんなの見ていられないな」という感じがしていて。だから、今は働き方改革といったことより、「意味の含有率」が高い仕事をつくる人が、1人でも増えることのほうがよほど大事だという風に思っています。

そして3つ目の問題が、『なにをしてもいい、どこで働いてもいい という不自由』です。たとえば神山では、全国の自治体のなかでもかなり早くに光ファイバーケーブルが敷設されました。おじいちゃんおばあちゃんに「水戸黄門が見れなくなりますよ?」なんて言って(笑)、地デジ対応で光ファイバーの敷設を進めた。それで結果的にインターネット環境も進んでいることに気づいた企業さんたちが、サテライトオフィスを持ちはじめました。ただ、そうした企業さんに取材をすると、「インターネットがあればどこでも普通に仕事ができます」「ネットで注文すれば本もすぐ届くし」といったお話をなさいます。

でも、それは違うのではないかなという感じがするんですね。別にamazonを使うのがNGといった話ではなくて。たとえば、「国道」という言葉で画像検索をして最初に出てくる風景の画像を今ご覧いただいていますが、2番目以降の画像もすべて同じです。検索してみると分かります。もうどこだかぜんぜん分からない。洋服の青山があって、餃子の王将があって、ユニクロがあって。「住宅地」という言葉で画像検索しても同様です。結局、世界がどんどんフラットになっているというか、どこなのか、もうさっぱり分からない。そういうことを、全国ネットのチェーン店やビジネスはやるわけです。

技術もそうです。20世紀後半以降の、特にテクノロジーが絡んだものの大半は、世界を個別特殊性のあるものにしていくというより、おしなべて同じような状態にしていくことばかりやってきている。その結果、なんだかよく分からない世界のなかで、「何をしてもいいんだ」と言われ、誰と働いてもいいし、どこに行って暮らしても同じという状況になっている、と。そのなかで、まるで手がかりも得られず、なにかこう、悩まなくてもいいことに悩んでいる人がたくさんいるなという感じが、今はすごくしています。

そうじゃなくて、もっと個別特殊性の手がかりはたくさんあるわけですね。たとえば、4年ほど前にツイッターのbotで見かけた宮崎駿さんの、こういう言葉がありました。

― 知識や教養は力じゃないと思っているやつはずいぶん増えたけど、結局、無知なのはやっぱり無知ですからね。どんなに気が良くて、どんなに一生懸命でも、ものを知らないというのは、自分がどこにいるか知らないことですから。 ―

これは刺さりました。自分がどこにいるのか知らないということに。私も知らないと、強く思ったし、今でも思っています。明治維新があって、戦後はGHQによる改革があった。GHQの改革によって僕らが読めなくなった本だとか、歌えなくなった歌だとか、使えなくなった言葉だとか、そういうものがすごくたくさんある。そういうことをほとんど誰も知りません。言葉が使えなくなるということは、それを使って考えることができなくなることが生まれてしまうということであって。などなど(笑)。とにかく今は非常に限定的な社会のなかで、でもなんだか一見すると自由な社会が展開しているように見えている。ところが、すごく広がっている自由というのは買い物の自由ばかり、みたいな。「なんだこりゃ」って。

ですから、先ほどの話で言えば、場所を見る目みたいなものもよく分からなくなってきていると感じます。でも、私は神山という場所で、そこに居合わせるメンバーたちと、他でもない自分に、どんなことができるかということを考えていきたいのですよね。代替可能性の高い社会ではなくて、「自分だから」「自分の周りのこの人たちと出会ったから」、しかも「この場所だから」できることを皆が形にしていけば、世界はすごく多様になっていくと思います。そういうことを可能にする技術や方法論を教えてくれる先生が欲しいなあと、今はすごく思っています。最近考えているのはこんなことになります(会場拍手)。

松林:ありがとうございます。居場所というキーワードがありましたが、「ニッチ」という言葉がありますよね。で、ニッチ戦略というと「小さい範囲でビジネスをやっていくこと」という風に考えられていますが、語源を調べてみると、もともとは生物学の言葉なんです。「生態系のなかで得た最適な住みか」を意味するラテン語だそうです。それを知って、僕はニッチという言葉がすごく好きになりました。大量なものが勝つというだけの価値観ではなくて、小さくても自分の居場所をつくること。あるいは、居場所を見つけるだけではなく自分でつくっていくという話である、と。それで、僕のなかでは「ニッチで生きていく」という表現がすごく輝きだした瞬間があります。さて、ではここで少し無茶振りになりますが、会場の方に質問やコメントを振ってみたいと思います。

「自分ができないことをやっているのを、見せてもらう」というかたち

会場質問者A:私は五島列島出身で、もう狂気的に五島列島が大好きです(会場笑)。ただ、人は減ってしまっているから「困ったなあ」と。そこをどうにかしようと思い、今はいろいろ発信していこうかと考えています。皆からすると、もともと私も東京で働いていたので「そのまま東京にいればいいじゃん」となるのですが、私は五島が好きなのでどんどん五島に寄ってきています。皆に強制しようとは思いませんが、そういう人がもっと増えたらいいなと思っています。

遠山:今は檸檬ホテルを酒井圭佑くんがやってくれていますけれども、私は無理なんですよね、移住というのは(会場笑)。

松林:東京、めちゃ好きですもんね、やっぱり。

遠山:やっぱりね。だから、彼らは私が支援している人というより、私にできないことをやっている人たちという感覚はあるね。

松林:自分の代わりに経験してもらっている、みたいな。

遠山:私ができないことをやっているのを、私が見させてもらっているという感じです。

松林:スマイルズには新宿にバーをつくった人もいましたよね。

遠山:それも1人ではじめて、今は3店舗目です。今でもうちの社員です。私自身は三菱商事で社内ベンチャー第1号でしたが、それと同じスタイルですね。社員のまま、2年間はセーフティーネットということで給料を出すけど、「3年目からはきちんと自分の食い扶持を稼いでね」という感じで。やっぱり分母が小さいからなんとか回っています。

西村:遠山さんはずっと、小さいものをコツコツつくっていますよね。その結果として、遠山さんの周りにはシングル艇のカヤックに乗っている人たちがいっぱいいて、全体で船団になっているというか。ちらばったり、寄ったりしながら。すごいいい風景だなと思います。

松林:西村さんからは「働き方研究家」という肩書きを使わなくなったというお話がありましたけれども、何か転換期があったのですか?

西村:働き方研究家と名乗ってワークショップを開催したりお話をしたりしていると、少し語弊がありますけれども、働き方に悩んでいる人が結構やって来るんです。でも、「悩んでいる人と、それに解決策を提示してくれそうな私」という関係ではなくて、1対1の関係で会いたいじゃないですか。だから、「この看板はあまり使わないほうがいいのかな」と。

松林:僕も、ある人に「あまりにも“メンタルヘルス”という言い方をし過ぎてしまって、自分のところにそういう人たちが集まり過ぎてしまう」といった相談を受けたことがあります。で、僕はそうした問題に対してはCHO(Chief Happiness Officer)という言葉が日本に広まったらいいなと思っています。同じ悩み方でも、もっと楽しくなるように言葉を少し変えてみると、なにかこう、集まってくる人も変わると思っていたので。自分を象徴するうえで、どんな言葉を選び使っているのかというのはかなり影響してくるのかなと思っていました。

西村:そうですね。今のお話に関して言えば、遠山さんがなさっていることも同じだなと思ことがあります。最近、國分功一郎さんという哲学者が出した『中動態の世界 意志と責任の考古学』(医学書院)という本があります。これがめちゃくちゃ面白い。文法では動詞の活用というと受動態と能動態の2つしかないじゃない? 「する」と「される」しかない。だけど、たとえば遠山さんの檸檬ホテルで言えば、「言いだしっぺは自分だったけど、この人たちがやって、俺はできないな」と思いながら見ていて、「でも、ほったらかしでもなくて、一緒にやっている」みたいな、この感じ。これは、「する」「される」の関係じゃないわけです。

先ほどの「メンタルヘルス」という言葉もそうです。本当の治癒というか、ある種の統合が起きるときは、もう「治す」「治される」という関係じゃないのですよね。一緒に成長するというか、統合されるというか。では、「する」「される」じゃない世界というのは一体何か。現場にいる人たちは皆、それをしているのですが、それを語ろうとすると動詞の活用体が「する」「される」しかないから、どちらかのグリッドに入っちゃう。ところが、古代のヨーロッパ言語に遡っていくと、その中間にある「中動態」という文法体があったという報告なんです。

松林:では、さらに会場からの質問も受けてみましょう。

会場質問者B:個の力に対して標準化という話もあります。後者は事業のスケール化や競争優位性の確保に欠かせませんが、この2つはどのようにバランスを取るべきでしょうか。

遠山:競争優位性というのは、本当にうちの会社にはない話で(会場笑)。「外」というのがありません。マーケティングというものがない。「外」を絡めず、自分事として進めないと人のせいになってしまうんです。「あの人が『いい』と言ったから」とか「流行っているらしいから」とか。あるいは何かとの競争になったりして。でも、それはどうでもいいというか、うちの会社にあるのは「自分がしたいかどうか」。そうでないと、上手くいっているときはいいのですが、上手くいかないときにジャッジすらできなくなってしまう。

西村:本当にそう思います。今は神山町というまちの仕事をしていますが、国が出してくる「こういうことをやったらいいのでは?」というものを読んで感じるのは、地域間競争をさせようとしている点なんですね。農業でも観光でもなんでも。そうじゃないよね。競争するということは、結局は負けるところが出るので。そうではなくて、すべてが違うという状態をつくったほうが、全体で見れば、たとえば海外から来る人も一層楽しめる状態になる。だから競争を煽らない形で全員が成長していくような社会をつくっていかないと難しいのではないかなと思います。

松林:(競争で)アドレナリンがどばっと出るようなこともあるかもしれないけど、そればかりだとグローバルでも限界に近づいてきているのかなと感じます。喜びにも、もっといろいろな種類や質感があるような感じがしていて。一気に上がると、一気に下がってしまう。だから、じわっとしたものを、小さくてもいいからたくさん持ち続けることが大事なのかなと感じます。ただ、それは教育やビジネスの文脈で掴めることでもなさそうだなと思っていて、どのようにしてそれを伝えるのかというのも課題になると感じています。

遠山:さっき“血中意味度”って言ったじゃない? 私は社長だけれども、最近は経営会議で2つ却下された案件があります(会場笑)。とある素敵なレストランがあって、そこは自分もよく行っているし、予約で一杯。すごく儲かっている。そちらのオーナーから、ちょっと体調のこともあって、「スマイルズで買ってくれないか」という話がありました。すごく条件もいいから、経営会議に出して「やろうよ」と言ったら、「どうしてですか?」という話になった(笑)。「遠山さんは、いつも意味や意義や必然性といった話をしますよね。今回の必然性は何ですか?」と言われて、「うーん…、そうだよね。『儲かる』じゃ理由にならないよね」ということで却下になりました。

結局、今はいいかもしれないけれども、「じゃあ、誰かが抜けたとき、新しい人は誰が面接をするの?」とか。そういう細かい話もしながら本気でやる人がいないと続けるのは難しい。あるいは、そういう人が出たとしても、「それに入れ込む理由ってなんだっけ?」と。「誰が」「なぜ」やりたいのかというのがないと、たぶん空中分解してしまうから、やはり意味がないといけないんですよね。

松林:意味というのは、言葉として降りてくるものもあれば、感覚的なものもあると思うんです。逆に、すべてを言葉で表そうとし過ぎてしまうと、逆に人が動けなくなってしまうことがあるというか。自分が予言したことによって縛られてしまうこともあるのかな、と。だから、その辺は結構ぽわんとしていてもいいのかなとも思います。

遠山:ああ、そうね。あまり頭でっかちにはならず、「出会い頭の恋」みたいなものがあってもいいと思います。「…めっちゃ可愛い」とか(会場笑)。それも立派な動機になる。「お前が惚れたんだよね」みたいなのがはっきりしているし。

会場質問者C:小さくはじめるというお話ですが、今熱意がある方もいつかなくなってしまうと考えたとき、永続的に進めるという観点ではどんなことを考えていらっしゃいますか?

遠山:たとえば森岡書店は森岡くんが死んじゃったら無くなってもいいと思いますが(笑)、じゃあ、ずっと1店舗かというと、そうではないです。「ひとりぼっちの産業革命」なんて、ちょっといい言葉を使うけれども(笑)、そういうモデルは、たとえばフランチャイズ化もできると思います。それで、森岡くんよりさらに変態な人たちが(笑)どんどん増えて、1つのネットワークやフランチャイズシステムになるかもしれない。実際、先日も「森岡書店総合研究所」というコミュニティを、佐渡島(庸平氏:コルク代表)くんたちと相談しながらつくりました。それは1つのリアルコミュニティです。ですから、彼と、彼の考え方から発生するビジネスみたいなものは十分あり得ると思います。

ただ、「企業を100年残す」といった話はよく聞くけれども、私はそれがちょっとよく分からなくて。たとえば私が役者だったとして、「死ぬまで舞台の上に立っていたい」と私自身が思っていたとしても、(観客に)「NO」と言われたら立ちようがないじゃないですか。だから、市場から「NO」と言われたら、もう下がればいいかな、と。会社も潰れるなら潰れるという、そういう話かなと思っています。

「この場所で」「この土地で」出会った人と何が出来るか

会場質問者D:働き方だけでなく人生の営み方や在り方も大事だと思っています。その辺について、御三方の価値観を教えていただきたいと思っています。

遠山:私から簡単に。個人の生き方みたいなものは動機がすごく強いので、その情熱やエネルギー、あるいは寝ずに考えるようなパワーを、会社が使わない手はないじゃないですか。それだけの話だと思っています。

松林:僕は二言。ロマンチックとエロチックです(会場笑)。

西村:僕は自分の実感を大切にしながら、出会った人たちと一緒に何ができるかということを、その場所で形にしていきたいという感じです。20~30代の頃に考えていたのは、「自分に何ができるか」「あれがしたい」「これがしたい」「どうやって形にするか」といった話ばかりでした。それに自分が学んできたデザイン力を使っていた感じでしたが、それが30~40代から変わってきた。(隣の遠山氏を指して)こんな風に出会った人と何ができるかなという感じになってきました。

で、その頃から私はすごく健全化したと感じています。今夜冷蔵庫にあるもので美味しいものをつくるという(笑)。「こういう人がいればなあ」「我がまちにも温泉があればなあ」「経営者が1人いればなあ」とか、そういうことを考えない。壇上3人でできることを考えて、進める。そうすると健全になるんですよね。しかも、それが「この場所で」「この土地で」という話とくっついていると、すごく自然にできるの。あらかじめ重力があるから。そういうことをやっていきたいと思っています。

会場質問者E:顧客には何かしらの喜びを提供しなければいけないと考えています。自分がやりたいことと、受け入れられることのギャップはどのように解消するべきでしょうか。

遠山:ギャップがなければ面白くないでしょ。そもそもギャップがなければ、やりたいことも「やりたいこと」って呼べないぐらいの話だと思うんですよね。ギャップを楽しまなきゃ。

西村:やりたいことをやるという時点で、違う気がするんですよね。自分がやりたいことや求めていることを明らかにしておく必要はあるけれど、結局、仕事というのはそういう自分と相手との、ちょうどあいだぐらいにできるわけで。それは、松林さんが冒頭でおっしゃっていた対話ですよね。仕事も一緒につくっていくものだから、やりたいことだけを見ていても膨らまない気がします。

松林:あまり相思相愛を求めなくてもいいのかな、と。むちゃくちゃ片思いって、あるじゃないですか。それって辛いけれども、すごく美しい。だから、片思いでもいいんじゃないかなと思いました。ということで時間が来たようです(会場笑)。こんな締め方でいいのか分かりませんが、お二方には最後に何か一言メッセージをいただいて終わりたいと思います。

遠山:今日の「1人でやる」というお話は自分の置かれている環境と違うような気もすると思いますが、これは1つの例です。そこから今の会社における自分の立場や考え方に生かせることは絶対あると思うんですね。だから、なにかこう、他人事にしないで考えてみて欲しいなと思います(会場拍手)。

西村:今所属する組織で機能していくということもあると思います。それも良い展開になればいいなと思いながら皆さんのことを眺めています。同時に、そこから出て小舟を漕ぎはじめたり、新しい仕事をこの世界に増やしていくというようなことが、この場にいる人たちのなかから起こるといいな、とも思っていました。今日はありがとうございます(会場拍手)。

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