緊急事態宣言が出された4月は新入社員研修シーズン。人事担当者の多くが研修の中止や延期、急遽のオンライン化に奔走した。また、リモートワーク中の社員に対する研修をどのように企画運営すればいいかも悩みのタネだ。ただ、今だからこそ「リモート時代の効果的な研修企画」について検討すべきタイミングとも言える。グロービスが6年前から取り組む法人向けのオンライン研修を担当する中野翔太に、オンライン教育の潮流と実施のポイントを聞いた。
苦境こそ、学びをとめない
―コロナ禍で、企業研修のニーズは変わりましたか?
中野:コロナ前から、オリンピック・パラリンピック対応でテレワークを進める大手企業を中心に「研修のオンライン化」のご相談は増えていましたが、今回のことで一気に加速しました。こちらから提示しないと話題に上がらなかったオンライン研修が、選択肢として自然と話題にのぼるようになったという違いを感じます。既存のお客様だけでなく新規のお客様からのお問い合わせ、4月には新入社員研修期間で急遽空いてしまった日程に「何かできませんか?」という問い合わせもかなりありました。
—コロナ禍をきっかけに研修を中止にするのではなく、オンラインで実施しようという流れが起きているのでしょうか。
中野:はい、そうです。感覚値ですが、社員の能力開発に対する企業の対応は、2:6:2に分かれそうです。早期にオンライン化の意思決定をして進める企業が2割、6割が一旦延期、残り2割が業績悪化を見越して中止という判断をしているのではないかと。
業績とのバランスもあるので難しい意思決定ではありますが、リーマンショック時に人材育成へ投資したかどうかでその後の復活に影響があったという見立てもあります。多少数を減らしても、コアになる能力開発や育成方法は継続すべきです。
―オンライン研修の「学びの質」はいかがでしょうか。対面の研修がベストで、オンラインは代替案、と捉えている方もまだ多いかもしれません。
中野:リアル(対面)の方法をそのままオンラインに置き換えればそうですが、リアルとオンラインでは、それぞれに「強み」が違います。そこを意識して研修設計することが重要です。そのポイントを押さえれば、限られた時間内にフリーライダーをつくらず、参加者全員が自分の頭で考えてアウトプットして実務で使える能力を高めていける研修にできます。グロービスでは6年以上前からオンライン研修の開発に着手していますので、まさにそのノウハウが詰まった研修になっています。
―具体例を教えてください。
中野:たとえば、講師とのやりとりは、対面研修なら講師が質問を投げかけ、参加者が挙手し、講師に指名された人が1人ずつ回答します。オンラインでは「チャット」や「賛成・反対ボタン」といった特有の機能を使って進めていきますが、講師が投げかけた質問に対して、全員にチャットに書き込みをしてもらうことになるので、アウトプットの機会は実は多いんです。そして、その中から講師が面白い意見をひろって「〇〇さん、この点について説明をしてください」と話してもらい、「では皆さん、〇〇さんの論点に対して、賛成・反対をチェックしてください」と全員にボタンで投票してもらう……などの議論を深めるステップをふむと、全体を巻き込みながら学ぶ場を創ることが可能です。
ファシリテーションスタイルもオンライン向きに変えています。参加者の集中力を維持するために、参加者への問いかけをあえて小刻みにしてインタラクティブにやりとりする回数を増やしたり、スライドをアニメーションにしたり。
また、オンラインは空気や雰囲気が掴みづらいので、参加者のカメラ映像をこまめに確認して反応を観察したり、チャットの様子からつまずいている部分を察知したりしつつ、クラス進行をしています。
そのためにパソコンは複数台用意します。講義しながら複数台のパソコンを使うには慣れが必要です。リアル登壇で評価の高い講師でも、オンライン特有のファシリテーションスキルや設計があるので、それぞれの科目研究開発グループで研究や情報収集を重ねています。
オンラインの特性を踏まえて活用する
―オンライン研修のメリット・デメリットを教えてください。
中野:事務局(人事)と参加者、それぞれの立場でメリット・デメリットがあります。
事務局には3点のメリットがあります。
1つめは、交通費や宿泊費などのコストが大幅削減できる点。大企業で何千人という規模の研修をオンラインにしたところ、年間のコストが1000万弱浮いたという事例があります。そのコストで別の育成施策を新しく始められたというBPR(ビジネスプロセス・リエンジニアリング)的な効果もあったようです。
2つめは、場所や働き方に関係なく平等に能力開発の場を提供できること。日本国内各支社や海外拠点の従業員はもちろん、時短勤務者や在宅勤務者も学びのチャンスを得られます。
3つめは、教材の取りまとめや会場設営、当日のアテンドが不要になるため事務局の工数を抑えられること。これは副次的なメリットなので導入時には期待されていないケースが多いですが、「終わってみるとかなり楽でした」というフィードバックをいただきます。事前学習もLMS(学習管理システム)を使いますので、課題提出の管理も非常に楽ですし、オンライン研修なら録画も提供できるので、当日にアテンドできなくても後日参加者の様子を確認できます。
参加者のメリットは「移動時間が要らない」こと。業務を離れる時間が最小限で済むのは大きいです。また、さきほどの「学びの質」と重複しますが、オンライン研修でのチャットやボタンを使ったやりとりは参加者のメリットになります。たとえば、自分の考えを気軽に共有できるので発言のハードルが下がったり、チャットを通じて自分の発表に対して他の参加者からのフィードバックをもらえたりします。他の人の意見や考え方にチャットで触れる機会も多いです。それでいて、「一人で集中して取り組める」という声もよくいただきます。
メリットは「集まらなくていい」ということなので、デメリットはその裏返しで「集まれないこと」になります。研修の目的が能力開発だけでなく、それ以外にもある場合のケア(手立て)は考えた方がよいでしょう。たとえば、オンライン懇親会の事例は豊富にありますので、そういった事例をご紹介して、人事の方が研修後にオンライン懇親会を企画されることもあります。
―最後に、企業がオンライン研修を導入する際に意識すべきポイントを教えてください。
中野:うまくいくリアルの研修では、人事の方が事前に参加者に研修の背景・意図を伝えています。オンラインでも同じです。オンライン研修を行う意図は、「より多くのスタッフに能力開発機会を提供したい」「社長がデジタルシフトの方針を掲げたので、研修もデジタルに」など、文脈はさまざまありますので、それを明確にするといいのではないでしょうか。また、オンラインで研修をやるのはおそらく多くの企業にとって初めての試みですので、良い場を一緒につくっていきたいというスタンスが伝わることが大事です。
今回を機に、オンラインという手法は一般化していくでしょう。「オンラインでできること・リアルでできること」と「メリット・デメリット」を踏まえ、目的に合わせて手段を使い分けて育成体系や研修設計をしていくことが、これからの人事の方に求められると考えています。