高齢者や障害のある方、生活保護を受けている方――いわゆる住宅確保困難者が安心して暮らし、再出発できる住まいを提供するRennovater。代表取締役の松本知之氏は京都大学大学院で再生医療の研究に従事し、日本生命の投資部門でビジネス経験を積んだ異色の起業家だ。民間の知恵と資金を活かし、社会課題の解決に挑むイノベーターの志、戦略とは。
モラルあるプレーヤーがいない――差別という心理障壁に阻まれた未知の市場
五十嵐:まずはRennovaterがどんな社会課題に対し、どんな解決策をもって取り組んでいるのか教えてください。
松本:高齢者や母子家庭、障害のある方、外国人、生活保護を受けている方など、家を借りにくい人々に住居を提供する事業を行っています。お金がなければ住居を借りられないのはあたりまえですが、世の中には社会的属性だけで大家さんや不動産屋さんからNGを出されてしまう人たちがいます。とくに、生活保護の方は問題が深刻で、一般の住居は借りられないことが多く、その場合は簡易宿泊所のような施設で暮らす人もいます。
劣悪な施設の場合、専有面積がたたみ2、3畳ほどの広さしかないなど、環境は必ずしもよくありません。最近は社会問題として議論されていることもあって徐々に法規制が厳格化され、環境は改善されつつあります。それでも、生活保護費の家賃にあてられる上限である月5万円ほどの宿泊料を払っても、狭い部屋で暮らすことを余儀なくされる人たちがいる。問題の本質は、簡易宿泊所の環境ではなく、民間の賃貸住宅が住宅確保困難者に提供されないからです。
五十嵐:大家さんが生活保護の人を嫌がるのはなぜなんですか。
松本:家賃滞納や事件などトラブルが起きるのでは、という不安が一番大きいと思いますね。個人の大家さんであれ、法人オーナーであれ、最終的には売却して利益を得たいと考えているケースは多いです。例えば、事故物件になり物件の価値を毀損するようなリスクは回避したいのではないでしょうか。
そこで、当社では空き家などの築古物件を安く買い、快適に暮らせる程度のリフォームを安価で施してお貸ししています。そうすることで、住宅確保困難者でも手が届く家賃で提供することができます。安い物件は条件が悪いか、というと必ずしもそうではない。例えば、1階の部屋は物騒だからと普通は嫌がられますが、足腰の悪い人にとっては1階のほうが便利です。エントランスがオートロック式のマンションも、「鍵をなくす心配があるから」と敬遠する高齢者もいます。「この人にはかえってこういう部屋のほうがいい」など、相手の目線に立って物件を選び、おすすめするようにしています。
住居に困っている人をターゲットとした、いわゆる貧困ビジネスもありますが、彼らとの最大の違いは住まいの“質”。貧困ビジネスの事業者は、「3つに区切って貸せば3倍の家賃が取れる」という発想でしょう。当社では一般の方々でも入居可能な住居を安価で提供します。入居者の層を限定せずに賃貸の募集をしていますので、学生や単身サラリーマンの方々の入居者もいます。住宅確保困難者でも一般の方々と同じ質の住居に住むことを可能にする「いい住居を、より安く」——そこに、この事業の価値があると思っています。
五十嵐:つまり、通常の不動産事業者は差別や偏見という心理的な障壁があって、住まい探しに困っている人たちの市場に参入してこない。参入しているのはいわゆる貧困ビジネスの業者が多い、ということですね。
松本:その通りです。現状の社会課題が深刻で、チャレンジしがいのある市場なのに、サービスの提供者がいない。いたとしても、入居者想いの事業者ではない。つまり、モラルのある健全なプレーヤーがいないのです。
五十嵐:滞納や事件などのトラブルについてはどうですか。
松本:正直、皆無ではないです。個人事業で実施していた期間を含め、この事業を10年近くやっていますが、孤独死は2件、火事は1件ありました。一方で、滞納はそこまで多くありません。この住み心地で同じような価格帯の物件はそうそうないので、みなさん「なるべく長く住みたい」と思ってくださる。そうなると滞納って起きにくいんですよね。
五十嵐:その意味では、リノベーター社のビジネスモデルは、安定収入を長期間確保できる堅実なモデルですよね。
先ほど、心理的な障壁から競合がほとんどないという話がありましたが、国土交通省による公的支援はあります。低所得者や高齢者、障害のある方、被災者といった住宅確保要配慮者のための住宅セーフティーネット法が2017年10月に改正、施行されています。
松本:国の支援はどんどん活用すればいい。ただ、僕は民間資金と民間住宅で事業を回すことに大きな価値があると思っています。国の事業や補助金の活用となると、社会的コストが発生し、税金を使うことになります。でも当社は、自分たちでリスクマネーを調達することで税金に依存しない持続可能で拡張性のある事業を目指しています。
子どもの頃の原体験から始まった社会起業家の道で「もう一度世界一になる」
五十嵐:松本さんは個人でこの事業を8年間続けており、2019年4月、前職を退職され、フルコミットで経営に携わるようになりました。起業された理由を教えてください。
松本:起業には、僕自身の原体験が大きく関わっています。母は父が経営する町工場で働いていたのですが、あるとき事故に遭い、左手指を失ってしまいました。もともと先進的な考えをもった女性で、社会的な活動にも積極的に取り組んでいたのですが、事故以来すっかり引きこもりがちになってしまった。まだまだ、そういう状況では働きにくい時代だったこともあったと思います。
一方、父も事業の失敗を重ねるようになりました。ちょうど多感な年頃だったので、家が裕福でないことへのコンプレックスは大きかったですね。だから今も、困っている人が高齢者であれば父や母のように見えるし、若い人だったら昔の自分のように見える。そういう当事者意識が今の事業をやるようになった一番の理由だと思います。目の前に困っている人がいて、支援しない選択肢は私の中にはありません。それが今も事業を継続する原動力になっています。
あと、昔から人と違うことをやることに価値を感じていました。友達は流行りのゲームやおもちゃで遊んでいるけど自分は買ってもらえないということもありましたが、自作のゲームで遊んでいましたし。今でも「変わってるよね」と言われるのが、最高のほめ言葉です。
そんな価値観でしたので人生の分岐点を前にしたときには、いつも人と違う道を選んでしまいます。大学院も、「マニアックな研究をしてるんじゃないか」ということで京都大学を選びました。
大学院で専攻したのは再生医療です。今でこそiPSの研究で目立っていますが、当時はそれほどメジャーな領域ではありませんでした。印象に残っているのは、ポルトガルの国際学会に参加したとき、若手研究者の最優秀賞を受賞したこと。表彰式で「ナンバーワンは京都から来た若者だ」と紹介され立ち上がり、会場の拍手が耳に入ってこないほど驚きと感動でいっぱいでした。
受賞後の帰りに、ポルトガルの空港で会った政府の研究機関の方が「同じ日本人としてあなたのことを誇りに思います」と言ってくださったとき、涙が溢れました。同時に、「誰もやってないことでもう一度世界一になろう」と決意した瞬間でした。「じゃあ、研究を続ければよかったじゃん」という話ですが(笑)。このときすでに就職が決まっていたんですよ。
五十嵐:入社されたのは日本生命ですね。
松本:ええ。というのも、大学院時代の共同研究先の医療系ベンチャー企業の社長さんたちが、みなさん資金調達に追われて研究どころではなくて。だから自分は、大学の研究やベンチャー企業の技術を世に出すためのインフラ的役割になりたいと。そんなとき、日本生命の人が「うちにもベンチャーキャピタルの子会社があるよ」と教えてくれまして。
五十嵐:それにしても、勤め続けていれば安定した生活も約束されていたのに、なぜリスクをとって起業されたんですか。
松本:さっきの話で、「もう一度世界一になる」という決意を抱いて社会に出たわけで、会社員として真面目に働きつつも、何か世界一にチャレンジできる領域はないか模索していた中、今の事業に出会いました。
ある日、4歳の娘からいきなり「パパは大きくなったら何になりたいの?」と言われてショックを受けまして。当時すでに、個人で始めた事業は順調に拡大しており、社会的意義や可能性も感じていました。「じゃあ、なぜそこに人生を賭けようとしないのか」と自問していた時期だったから、よけいに衝撃が大きかったんです。その1週間後、上司に「退職します」と告げました。
とは言え、最後の2年間は課長として、新規事業への取組や、ヒト、モノ、カネを引っ張ってきてチームを拡大させたり、非常に充実した生活でした。日本生命には今も恩義しかなく、素晴らしい会社だと思っています。いつか、日本生命と協業できるような会社にしたいですね。
五十嵐:実際、日本生命の方にお話を聞くと、みなさんほめるんですよ。真のビジョナリ―リーダーだと。部下の信頼を得ることができたのはどうしてだと思います?
松本:脇が甘かったからでは(笑)。周りが「守ってあげなきゃ」と思うんでしょうね。意識していたのは、壮大なビジョンは掲げるけど、戦略の立案から遂行までの一連のプロセスを信じて任せきるということ。オーナーシップを持って仕事に取り組むことが、一番達成感や充実感も味わえ、成長できるはず。メンバーには好きなようにやってもらっていた結果、みんな生き生きしていました。
五十嵐:手放すリーダーシップですね。社会起業家にとっては重要な要素です。
松本:そうですね。あと、リーダーとしては、高校野球の監督をイメージしていました。一緒に働くのは限られた期間ですが、その間に成長を実感してもらい、甲子園のような最高の舞台で最高の結果を出してもらい、次のステージに羽ばたいてもらうことを意識してました。
社会課題を真正面からとらえ収益もあげる――社会実験のような事業にチャレンジする
五十嵐:個人で今のビジネスを始めたいきさつを教えてください。
松本:先輩が不動産を譲ってくれたのがきっかけです。初めて入居者の募集をしたとき、ある不動産屋さんが、「生活保護の方がいますが、いかがですか」と勧めてきたんです。正直、ちょっと悩みましたね。築浅の物件だったので家賃を下げてまでして貸すのもどうだろうかと。しかし、最終的にはお貸しすることにしました。
前の入居者はごく一般的な方だったのですが、退去されたとき部屋がゴミ屋敷状態だったんです。こんなことなら困っている人にお貸したほうがいい、と。そのうち、住居に困っている方のための物件を買って提供してはと思いつき、1軒、2軒と増やしていって、気づけば金融機関からの融資を含め1億円強を投資するまでになったのです。
五十嵐:なるほど。現時点では、どのくらいの物件を提供しているんですか。
松本:僕個人で持っている物件と会社が所有する物件を合わせて、約50室ほどです。出資や融資で調達して、今後どんどん増やしたいです。協力してくださる不動産屋さんに情報を拡散いただき、認知度も上げていければと。
五十嵐:住居問題の最大のネックは差別や偏見といった心理的障壁だと思いますが、松本さんはそうした意識がなく、入居者の立場で物事を考えられる。インクルーシブなマインドもお持ちです。入居者を制限しない、なおかつ一般の人も住みたいと思うような住居を提供したい、と。いわば“インクルーシブハウス”とでもいうべきでしょうか。
松本:そうですね。契約時には、いつも入居申込書に住民票を添えて提出していただきます。紙ペラ一枚ですけれど、そこから、その人の人生を想像しています。どんな人にもそれぞれ歴史があります。だからこそ誰も制限なんてしたくない。
家って人生の出発点になる場所じゃないですか。例えば、「精神疾患になって職を失い、生活保護を受給しています」という方にとって、まず必要なのは安心できる快適な住まいです。にもかかわらず、家を借りるには制約がある。事業者側が圧倒的に情報を持っているから、消費者側からすると不満足な部分も多い。だから僕は住む人の人生が好転していくような家、気持ちが前向きになれる住まいを安価で提供していきたいんです。
公的セクターが取り組む社会的課題を、民間のお金だけで解決してみたい。成功すれば、あとに続くプレーヤーがいろんな領域で活躍できると思うんです。保育、介護、教育など。ある意味、社会実験のような事業だからこそ挑戦しがいがあると思っています。
今後は、居住支援以外のサービスも提供したいです。就労訓練とか、生活支援とか。NPOなどと協業して、入居者が欲しいと思うサービスを用意したい。孤独死の問題についても、見守りサービスなど入居者の方々とのつながりあいながら防止したいですね。賃貸仲介業なども展開し、どんどんスケールしていきたいです。
五十嵐:KIBOW社会投資では、社会課題の解決に寄与する起業家に投資し、成長支援を行っていますが、まさにRennovaterのようなスタートアップこそ投資したい会社です。社会課題解決を第一目的としながら、持続的な収益も確保し成長していくビジネスのあり方、そして松本さんご自身の可能性を信じています。
松本:ソーシャルという言葉が独り歩きしているので、僕は当社を勝手に「ディープソーシャルベンチャー」と呼んでいます。社会的課題を真正面からとらえ、かつ収益を上げてスケールさせる会社はじつは少ないのでは。このような会社が株式公開までいくと、世の中がもっと面白くなりますよ。
五十嵐:「松本さんの可能性を信じている」と言いましたけど、同時に入居者のみなさんの可能性も信じています。住まいに困っている方々を差別せず、可能性を信じられる社会を創るため、Rennovaterの事業を通じて少しでも貢献できたら嬉しいです。
松本:7、8年前まで社会の空き家問題に対する課題意識はもっと低かった。でも、ここにきて空き家問題や社会課題解決への機運が高まり、環境が整ってきました。社会の公器として貢献したい大企業も増えています。
五十嵐:SDGsが盛り上がり、投資側もインパクト投資やESG投資に力を入れるようになりました。まさに今、時流が来ていると思います。最後に読者にメッセージをいただけますか。
松本:「チャンスにチャレンジしましょう」です。学生時代に教えられた言葉に「4つのC」というものがあるんです。「チャンスにチャレンジしてチェンジさせ、チャンピオンになる」という意味です。チャレンジする同志が増えてくれたら嬉しいです。当社でもプロボノでも副業でもいいので、興味のある方に事業をお手伝いいただきたいです(笑)。
(文=西川敦子)