本記事は、G-STARTUPセミナー(株式会社メルカリ取締役社長兼COO小泉文明氏*現:取締役会長)の内容を書き起こしたものです(後編)。
今野穣氏(以下、敬称略):では、ここからは質疑応答に入りたいと思います。
Q1、メルカリの「ビジョン」はどうやって決めたのか?
小泉文明氏(以下、敬称略):法人も「法人格」というように、やっぱり人格があるのですよね。私は会社の人格は「バリュー」を通じてつくっていくべきだと思っています。メルカリという会社の人格はチャレンジが好きで、そこにワクワクがあり、それをみんなでやる。「All for One」というのが2つ目のバリューなので。
今野:「バリュー」は経営チームのエゴでいいということですか?
小泉:バリューは「ビジョン」を達成するための人格なのですね。だから自分たちの会社の「ビジョン」があり、それを達成するために「バリュー」があるので、ここを1個セットにすると。そこにちゃんと紐付いてくることが大事です。マネージャーに対しても研修で私は一発目に、「マネージャーは何かあったら全部行動や発言をバリューに紐づいてやりなさい」と言います。そうすると、この会社の評価軸は、誰がマネージャーをやっても、そのマネージャーのエゴではなく、ちゃんと会社のバリューに基づいて評価されているということになる。ここの関係性をきちんとつくらないと、会社の中の価値観が多様化して、よく分からなくなる。
だから変な話、メルカリの社員でなくてもメルカリのバリューが言える人は多いじゃないですか。そのくらい社内外でずっと言いまくっています。社員が「また言っているよ」というくらい言って初めて意味があるし、社員がこういうバリューとかの言葉で遊びだしたら勝ちですね。飲み会とかで「小泉さんGo Boldに飲んでくださいよ!」とか。「じゃあAll for Oneで飲もうよ!」みたいな。こういうように言葉で遊び始めたら勝ちです。そこまでみんなにすりこまないと駄目です。経営者がこれは本当にやらなければ駄目です。
Q2、通常、企業は「ビジョン・ミッション・バリュー」の3つだが、メルカリでは「ミッション・バリュー」の2つしかないのは何か理由があるのか?
小泉:これは意識的にやっています。スタートアップの立ち上げ時期というのは、言葉は少ないほうがいいのです。みんなが共通言語化しないといけないから。ビジョンとミッションがそれぞれあると、人によって言葉の定義もバラバラなので、揃えるのが面倒じゃないですか。最初は1つでいいやと思って。「やりたい世界観はここだ!」と。
あと、結局2つあっても覚えられないでしょう。覚えられることがすごく大事。メルカリのバリューはなんで覚えやすいかというと、あれは中学校1年生の英語なのですよ。しかも短いのです。
今野:バリューをすごく大事にしている感じですかね。
小泉:ミッションは普段仕事している中で、大事なのですけれども、働いている社員からするとバリューのほうがどちらかというと日々の行動に入ってくるので、こちらのほうを私はどちらかというと意識してほしいという感じです。だから、言葉は短く簡単な方がいい。本当に徹底するのがいいと思います。
Q3、メルカリは初期の頃、どのようなOKR(Objectives and Key Results)を設定していたのか?
小泉:何か客観的に測れるもので置きたいねということで、それこそ流通高とかを置いていましたね。私たちの会社は、OKRとバリューの2軸で評価しているので、バリュー軸でも評価するのですけれども、これは定性だからファジーじゃないですか。なので定量的なOKRと定性的なバリューの2つを大事しています。
私はベンチャーフェーズにおいては評価はファジーでもいいと思っているのですよ。評価はかっちり定量的にだけやると納得度も高いかもしれない、もしくは説明するのが楽かもしれないですが、経営の意思は入りづらいのです。この経営の意思を入れるところの調整面が、僕はバリューだと思っていて。なので、多少曖昧かもしれないですが、経営としてのそこの調整弁を持っていないと、なかなか本人が成長するようなフィードバックしづらいと思っています。
ただ定性的といっても、しっかりバリューみたいに軸があるとマネージャーが自分の好みで評価しているのではなくて、会社の軸で調整弁を使っているので、何とかここに一本筋が通るという感じなんです。ですから私は評価は、メルカリの今みたいな社員数が多いサイズになると、客観性を高めて分かりやすくチューニングしていますが、初期の頃はかなりファジーですね。でも、それで良かったと思っています。
Q4、アントラーズも経営されているが、「エンタメビジネス」の勝ち筋をどう見ているのか?
小泉:「社員の心を動かす」ことが大切だと思っています。どうやって社員の能力を引き出すか、ROIを上げるのかを考えたときに、手を替え、品を替え、社員に対していろいろなことをやっていますね。ビジネスを考える前にまずは社員がエンタメとしての楽しさを表現できる会社にならないとまずいなと。
基本的には、組織というのは上がいて下が従うみたいな構図は、もう絶対に無理が生じていて。私はどちらかというと何か仕組みをつくって各自が自由にやっているというのを組織でもつくりたいなということで、本人がその組織で表現できる余白というのをつくってあげられるように設計しています。
今野:エンタメビジネスのKSFは心をいかに動かせるか。
小泉:心をいかに動かせるかだと思いますよ。お客さまも大事ですが、その前に表現する社員の心です。そういう意味でいうと、経営者は、言葉の選び方は超大事です。それはすごく意識したほうがいいで。ちょっとした言葉尻とか、例えばバリューを少し入れてみるとか。ちょっとしたことで社員はすごく表現の幅や生産性が変わりますから。
あとはこういうプレゼンもそうですね。僕はパネルディスカッションのほうがやりやすいのは、プレゼンは上から下への情報伝達なのですよ。パネルは横の関係でインタラクティブです。だから私はパネルのほうが好きなのです。結構そういうちょっとした設計、社内のオールハンズの設計とかも、どうやってみんなをこっちに振り向かせるかというのを考えるべきだと思います。
Q5、社内のナンバー2、ナンバー3と意見が対立した時、どう対処すればよいのか?
小泉:トップはやっぱり選ぶしかないと思います、そこは。最後は自分で決めるしかないです。ただ多様な意見が出ていることが大事で。その中で答えが出るかもしれないじゃないですか。要は、私は事業をやっているときに失敗はあまりないと思っていて。選択肢が3つあってAを採って、Aではなかったときに、これを失敗ととるか、「成功確率が1/3から1/2に上がった」と捉えるかだと思うのです。でも問題なのはこの3つの中に答えがないということです。この3つの中に答えがあれば、私は成功確率が上がっていっているという考え方なのです。それが多様性のない組織だと、その選択肢すらないから、結局外していったときに「答えはどこにあるんだろう」みたいになっちゃうわけです。なので、どれだけ意見が出るかがとても重要です。
今野:ちなみに、完全にフラットな共同創業者体制ってどう思いますか?
小泉:50%対50%みたいなやつですよね。基本、やめたほうがいいと思います。1%でもいいから、どっちかを上にしたほうがいいというのが私の考え方です。うまくいかないですね、基本的には。だから私は、離婚をするときの契約書をつくっておいたほうがいいと言います。離婚するときにはだいたいもめるので、離婚するときの契約書をつくっておいたほうがいいです、共同創業者とは。むしろそっちのほうをお勧めします。
Q6、メルカリのUS事業の現状について
小泉:USは去年1年間で70%伸びています。競合は何社もあったのですけれども、みんな撤退していって、残りの競合は1社のみです。サイズは、日本の数字の丸1個小さいぐらいですが、順調に伸びています。伸びている理由は、トップにフェイスブックのVPをやっていたジョン・ラーゲリンが来て、経営チームが圧倒的にバージョンアップしました。今の経営チームはほとんど元グーグルとか、そういう感じで、オフィスもサンフランシスコから、グーグルのオフィスの近くに移ってきて。なので、完全にUSの会社みたいにしていってから、ちゃんと伸びていっている感じです。
やっぱり日本企業がUSで成功するのは、人です。シリコンバレーも日本と同じくコミュニティが小さいのですよ。そこで本当に優秀な社員が採れるかどうかはすごく大事で。なので、私たちはジョンを採ったことが圧倒的に重要だったし、ジョンに対しても、アメリカの考え方でのサラリーなり、インセンティブプランを採用しています。
Q7、バリューは毎年見直すのか?またどうやって共有するのか?
小泉:バリューは毎年見直しています。でも結果として、「このままでいいな」と変えていないです。定期的に見るのは当然見ます。例えばメルペイをつくるときも、メルペイとしての世界観が違うので、それは当然ミッションをつくるのですけれども、バリューは、いろいろ議論したのですけれども、やっぱりメルカリと近しい世界観もあったりしたので、じゃあ一緒にしようと。人材も横で行ったり来たりする可能性もあるので、評価軸は会社で1つにしようと。
共有については、最近私はできなくなりましたが、最初の頃は、入社日にミッションとかバリューをプレゼンしていました。あとはマネージャーになったタイミングで、私から、「メルカリの会社におけるマネージャーに求めるバリューとは何だ」というプレゼンテーションをしてました。
あとはキャリブレーションといって、例えばPR、マーケティング、プロモーションといった近しい部門のマネージャー8人くらいを集めて、自分の部下の評価を一人一人プレゼンするんです。そのときのプレゼンは当然OKRとバリューに紐づいてプレゼンします。「彼のバリューはこうだから、お給料をこれだけ上げたい」みたいな話をすると、私含め役員陣も入っているので、「いやいや、彼のこのバリューはおかしくないか?」とか、「そのグレード、その給料だったらそれをやって当たり前じゃないか」みたいな議論をします。つまり給料を変えるにしても変えないにしても、ちゃんとプレゼンしないといけない。
今野:キャリブレーションは大きな組織になってから実施したのですか?それとも10人20人くらいの時から?
小泉:キャリブレーションは200人ぐらいの時からやっています。その前は、私たち全役員が全員を見ていました。最初からバリューはずっと入れていましたし、本人へのフィードバックもちゃんとバリュー軸でやっていましたね。結構バリュー軸で返してあげると、軸がずっと一緒なので、マネージャーが替わっても同じ軸で話してあげられるというのは、ベンチャーにおいてはすごく大事かなと思っています。この会社は、この軸でやっていればいいのだと信じられるので。
今野:それこそ先週、アカツキの塩田さんが、入社から24時間以内にバリューに対して彼は必ず2時間か3時間しゃべるらしいんだけど、それでリテンションが相当違うと言っていました。そこをするかしないかで。24時間のオンボーディングがすごく大事。最も大事。その24時間の中の2~3時間を、今はやっているかどうか分からない。小泉さんと同じように渡しているかも知れないけど、ビジョン、ミッション、バリューの説明に当てていると言っていました。
Q8:バリューは社長の価値観でつくってよいのか?
小泉:社長の意見は当然入っちゃうと思います。選んでいるのは社長だから。ただ、ちゃんとビジョンなりミッションがバリューと紐づいていることを堂々と言えるのだったらいいけど、往々にしてあるのは、全く関係ないことを言っている会社がまあまああると思っています。また、私はバリューがなるべく少ないほうがみんなが覚えられると思います。私は人間4つ以上は覚えられないとよく言っていて、それで3つにしています。
あと一番時間を使ったのは言葉選びです。例えば「大胆にやろう」ってネイティブでいうと「Be Bold」のほうが一般的によく使われます。私たちが「Go Bold」にしたのは、Goという語感が、日本人からするとすごく前に行っている感じがするじゃないですか。Beってちょっと止まっている感があるから、そこはGoにしようとか。「All for One」ってラグビー用語かもしれないなというのもありながらも、ちょっとざらつき感、言葉が持つざらつき感みたいな、ちょっと引っかかる感じというのをいつも意識していますね。うちっぽさみたいなのも。
今野:では最後に会場に来ている起業家の皆さんにメッセージをお願いします。
小泉:事業をつくることは本当に大変だと思います。たぶん皆さんの心の中にいろいろな答えがあるのですけど、ベンチャー経営は、その答えに目を背けてしまう自分との戦いだと思っています。なので、本当につらいのですけど、やりたいという使命なり、何かしら強い想いがあってやられていると思うので、自分の能力を信じてどんどん追い込んでいってください。
大事なことは自分の想いを伝えるということです。経営者というのは言葉が大事なので、ぜひ社員にたくさん伝えてください。私は社員の人生の一部を背負っている中でいうと、同じ船に乗っている仲間だと思うので、ぜひ社員と一緒に楽しくやっていただきたいと思いますので。よく、「おもつらい(おもしろい+つらい)という言葉がありましたけれども、ベンチャーというのはおもつらいと思っていますので、そのつらさも楽しさになるように、ぜひ頑張っていただければと思っています。