『ビジネスで成功する人は芸術を学んでいる』――アートのスキルでイノベーションを生み出そう
本書は今年初めに発売され既にベストセラーランキングを何週も賑わしている、上半期のヒット作の1つです。未読の方でも、書店の店頭やネット上の紹介記事等を通じて「存在は知っている」人は多いのではないでしょうか。
架空の登場人物の会話を軸に物語形式で展開していくビジネス書といえば、『もし高校野球の女子マネージャーがドラッカーの「マネジメント」を読んだら』(岩崎夏海著)や『夢をかなえるゾウ』(水野敬也著)などが想起されますが、これらと比べて本書のユニークな点は、基本となるコンセプトが筆者オリジナルであること、そしてそれをフレームワークに落とし込んでいることです。
本書は、ビジネスにおける「人の才能」を3つに分類し、それぞれ「天才」「秀才」「凡人」と名付けます。3者を区別するのが、物事を評価する際の評価軸。創造性の軸を持つのが「天才」、再現性(論理性)で評価するのが「秀才」、共感性で評価するのが「凡人」であり、組織内の人数比では圧倒的に凡人が多く、次いで秀才、天才は一握りという具合です。
ヒトの才能や資質を分類するという考え方は、MBTIやストレングス・ファインダーなど既にさまざまなものがありますが、MBTIは16タイプ、ストレングス・ファインダーは34タイプとかなり細かい分類になっています。細かい分類だからこそ各タイプの特性を詳しく記述でき、診断されたときの「ああ、私のことをぴったり言い当てている」という納得感につながっているのでしょう。それに比べて、この3分類は一見すると大ざっぱなように感じます。
しかしヒトの分類法そのものよりも、各タイプの間に働く組織内の「力学」を描き出したところが本書の白眉と言えます。組織の中でどんな人の意見が通るのか、どんな人の意見は軽視されるのか。また、どんな人にその他大勢の人は従い、どんな場合にそれまで従っていた人から離反するのか。こうしたメカニズムが、タイトルの「天才を殺す凡人」に代表されるような上述の3タイプ間の関係によって鮮やかに説明されています。
3タイプの橋渡し的存在として、再現性と共感性を両方理解できる「最強の実行者」など3通りの「アンバサダー」を置いているのも効果的です。本書後半で著者自身も触れているとおり、大括りな3タイプにしたことがこの力学をシンプルに表現するために活きています。細かなタイプ分けをしたのでは、相互の組合せ数が多くなりすぎてインパクトが弱くなってしまうでしょう。組織の変革プロセスや、変革リーダーが“抵抗勢力”に対してどう取り組むかに関する研究・考察は数多くなされてきましたが、シンプルなタイプ分けとその相互関係で説明している点は画期的です。
副題に「職場の人間関係に悩む、全ての人へ」とあるように、このフレームワーク自体は3タイプそれぞれに存在意義があるとされていますが、それでも本書が今の日本のビジネスシーンで刺さった理由は、どうしたら会社の中で創造性(天才)を殺さずにすむかという問題意識に応えるものだったからでしょう。デジタル・シフトが待ったなしで求められている昨今、それでいてなかなか自分は、あるいは自分の会社は変化できていないと危機感を覚えている人は多いと思われます。本書で描かれたフレームワークが共通言語として組織に浸透すれば、「天才を殺す」動きへの歯止めになるのではないか。そんな期待を抱かせます。ぜひ読んでみてください。
ちなみに、ある世代以上の読者の中には、かつて田中真紀子氏が自民党総裁選で候補者を称したときの名ゼリフ「変人軍人凡人」を思い出した人もいるかもしれません。あの例では、「変人」は「自民党をぶっ壊す」とばかりの革新的な意見を持っていた小泉純一郎氏、「軍人」は少々強引ながらも多数派作りの手法に定評のあった梶山静六氏、「凡人」はその選挙で実際に総裁に選ばれ、総理就任後は当初の低支持率から徐々に人気を得た小渕恵三氏を指していました。秀逸なたとえではありましたが、描写したに留まるとも言えます。やはり本書の「力学を説明した」点は、大きな価値がありますね。
『天才を殺す凡人』
北野唯我(著)、日本経済新聞出版社
1620円