前回に続き、先日行われたセミナー「テクノベートで変える、保育の現場と家族の絆~スタートアップW杯で優勝したビジネスプランと志~」の内容をお届けします。
人生のテーマを見つけるまで
残りの時間は我々の創業からの軌跡についてお話をさせていただきたいと思います。私自身は九州生まれで、実家は福岡です。大学卒業後は商社やコンサルティング会社でのキャリアを経て約5年前に起業したんですが、学生の頃から起業したいという思いがあって、ずっとテーマを探し続けていました。「なにかいい事業ないかな」と、ベンチャーのインターンに参加してみたり、いろいろなことをしていました。「起業したい」「経営者になりたい」という思いから、いろいろなことが学べそうな商社に入って、そのあと経営の勉強がしたいと思ってコンサルティング会社に行ったりしていました。
ただ、人生のテーマを見つけるというのは本当に難しいと思いましたし、実際、生まれてから30年以上は見つからずにいたわけですね。でも、やっぱり事業は興したい。それで7年ほど前には一念発起して太陽光ビジネスをやろうかと考えたことがあります。「そろそろやらないとまずいな」と思って。それで土岐用「起業を支援する会」というサークルを立ち上げまして(会場笑)。当時は名古屋にいたんですが、友人5人ぐらいと毎週Skypeミーティングをして、そこで僕が毎回「テーマはこれで、事業モデルはこうで」と、プレゼンするんです。
そんななか、ちょうど東日本大震災が起きて、「これからは自然エネルギーだ」と。結局やらなくて良かったと思いますが、とにかく当時はそれで「太陽光ビジネスをやるんだ」なんて宣言したりしていました。でも、シミュレーションでは少なくとも1000万円ほど初期投資が必要になる。じゃあ、子どものために貯蓄していた1000万円をそこに投資するのかと考えると、「なんで太陽光なのかな…」みたいな。「どうして俺がこの問題を解決しないといけないのかな」となって最後で一歩が踏み出せず、「ちょっと違うな」と。「やっぱりリスクを取るなら最終的には世のため人のためになるものかな」と思いました。
当時はいろいろ悩んでいたし、そのとき橋下徹さんが代表でいらした大阪維新の会から政治家として立候補するということも相当まじめに考えました。「これからは地方の時代が来る。政治家になっていろいろな問題を解決しよう」と、本気で思いもしました。けれども、それもいろいろ考えてみると、政治家としてできることは結構少ないのかなと感じたりして。それでまた「やばい。人生のテーマがまた見つからなさそうだ」と感じていました。
ただ、当時は30歳前後でしたが、ビジネスライクに考えると「現時点でテーマが見つかっていないということは、少なくとも特別な才能は、たぶん自分にないんだな」と、割り切るしかないように思いました。だから、自分の何が他の人よりすごいかではなく、自分の何が他の人と違うのか。今までの人生で、他の人と少し違うところに注目してみようと思いました。
そこで思ったことがあります。当時は結婚して子どもが生まれて、妻も働いている状況だったんですね。で、当時としてはちょっと珍しかったんですが、それまで東京で働いていた僕は、育児をするために仕事も辞めて愛知県豊田市に移り住んでいました。親にもびっくりされましたが、妻と子どものために仕事や住む場所を変えたわけですね。
その辺について考えてみると、今まで太陽光ビジネスだとかなんだとか、いろいろ言ったりはしていましたが、結局、少なくとも僕自身にとって一番大事なのは家族なんだということを感じました。「それなら家族というものをテーマにすれば僕らしい挑戦ができるのかな」と思うようになりました。
それで、ちょうど姉が当事者だったこともあって、単なる家族SNSにとどまらず、「保育園と家族を結び付けてみよう」と。保育園には圧倒的な量のオリジナルコンテンツが眠っていますから。だから、世界No.1の家族SNSをつくるために、ママですら見ることができなかったコンテンツを持つ会社にしようと考え、保育園と家族をテーマに動きはじめました。
こうした転換について、僕自身はコンパスのようなものをイメージしています。それまではビジネスのことばかりずっと考えていて、「何かいいテーマはないかな」と思ってもなかなか見つからなかった。それで、結果的にはそこを一旦諦めて「プライベートで大事なことをやろう」と、軸足を替えたわけですね。そうしたらビジネスも結構いい感じで円を描くことができはじめたというか。これは僕の人生にとってすごく大事な転換だったと思います。
だから、私自身としてはこの事業が失敗したとしても絶対に後悔しないと思っています。自分がどういう社会問題を解決したいかと考えたうえでの事業ですし、このテーマが少しでも社会を良くするための挑戦になっているという自負があるので。そういうテーマを見つけることができたことこそ大きなポイントだったのかなと思っています。
起業の難所をどう乗り越えたか
当時はオフィスもコワーキングスペースを利用して、もうしっちゃかめっちゃかの状況でしたが、たった1人で創業しました。豊田市にいた当時は周囲に友だちもいませんでしたから、「もうしょうがないな」という感じで、1人で動きはじめました。だから運動会があればカメラマンになって写真も撮りましたし、写真販売について保護者の方からクレームがくれば自分で電話を受けましたし。
ただ、そうこうしているあいだにお金が尽きちゃうんですね。テーマが見つかったのはいいんですが、当時はトータルで1000万円ぐらい出すことになりました。そこで一番大きな問題になったのは、やっぱり一番の利害関係者である妻をどう説得するか(会場笑)。私が起業したいのは分かっていたんですが、「つきましては、子どものために貯めていた1000万円は起業資金に消えます」と言った瞬間、「気でも触れたか」と言われまして(会場笑)。
「保育事業をやるなら保育園の現場を知って欲しい。保育園の運営会社か何かで2年ぐらい働いて、それで知見を蓄積してから起業してはどうか」とも言われましたが、とにかく自分のなかでようやく見つかったテーマだったわけですね。このテーマに出会ったことで「これだ!」と、興奮し過ぎて2日ぐらい眠れなかったほどですから、「とにかく頼む」と。それで妻にもなんとか理解をしてもらって動きはじめました。
それでもお金はすぐ底をついてしまったので、中学時代や高校時代の友人たちにお金を借りに行ったんです。ひとり100万円ほどを20人ぐらいに出してもらって、2000万円ほど集めました。これがまた結構しんどくて。友人たちに「ちょっと…、人生のテーマが決まったから」みたいな。それで、しれっと居酒屋なんかに呼び出して話をしても、たまには断られたりしますから。とにかく、そういうこともやりつつ、なんとかお金を集めていきました。
そうこうしているうち、SMBCベンチャーキャピタルの服部さんに出会いまして、2015年10月に初めてVCからの出資を入れることができました。そのあとはジャフコさんにも。とにかく当時はオフィスもまだマンションの1室で、流し場があるような若干怪しげな部屋で仕事をしていたところに服部さんが来てくださって、「おお、やってるな」と。それで話を聞いていただきました。
そのあと2017年の夏にはトータル10億円の枠組みで凸版印刷さんと、その子会社であるフレーベル館さんとも業務資本提携を行いました。フレーベル館さんは保育園向けの商社さんですね。どれだけいいプロダクトができたとしても、それだけではダメ。やはり保育園さん向けの営業が本当に大事です。その点、フレーベル館さんには全国で200名近い営業マンの方がいらして、保育園の園長さんともすごく距離が近いんですね。そうした方々に販売代理店としてご協力をいただいています。
一方、会社のメンバーはというと、今はパートナーのメンバーを含めると100名を超えるようになりまいた。COOは坂本と申しまして、もともとグロービスで勉強していて、楽天で営業のマネジメントをしていました。僕がビジョンをつくったり新しいことを考えたりしたら、それを仕組みにしたり実行したり、数字にこだわるというところに関して僕の何倍も優れた力を持った男がやってくれています。また、CTOの赤沼はもともとエムスリー等で開発職を歴任していた人間です。
今はそれぞれ、妻が保育士だったり、子どもが生まれたばかりのパパやママだったりして、社会における子育ての形を変えたいというメンバーが集まってくれています。そんなメンバーとともに、日々営業をしたりプロダクトをつくったり、オペレーションを回したりしています。我々の最大の資産はこのチームです。このチームで世界No.1の家族メディアやスマート保育園をつくろうと動いています。
今後の挑戦は?
今、保育業界はいろいろ動いていますが、そのなかでも突き抜けたポジションを獲得しながら、我々の手で家族コミュニケーションを豊かにしたり、子どもたちの成長支援をしたいと思っています。
そのうえで、最終的には子育てのプラットフォームをつくりたいと考えています。今は保育園の中だけでやっていますが、保育業界には本当に数多くのテーマが埋もれていますから、それをまとめたいんですね。たとえば小児科医の先生方が持っているような電子カルテ情報も。それで、たとえば子どもがいきなり熱を出したとき、小児科医の先生がその子の過去1週間分の病歴や体調変化を見たうえで診察ができたりするようにしたいと考えています。
さらには、自治体が持っている予防接種情報、あるいは母子手帳に書いてある情報とも連携していきたい。たとえばベビーシッターの方が預かっているときに突発的な発熱があった場合でも、僕らのアプリを起動すれば子どもの病歴や今日何を食べたかが分かり、適切な対処を行いやすくなる。そんな風にして、適切な方が適切な情報を見ながら子どもの成長支援ができるような、子育てのプラットフォームをつくりたいと思っています。
ただ、そういうことをやるのであれば、ベンチャー1社ではどうしても難しい。そこで今回は凸版印刷さんとも提携をさせていただくことになりました。凸版印刷さんは自治体のさまざまな情報を管理していたり、年金情報を預かって印刷していたり、情報のセキュリティに関してもさまざまな技術を持っていらっしゃいます。そうした大企業の皆さまにも入っていただきながら、今は社会変革を志向して動いている状況です。
また、グローバルに目を向けてみると、やっぱり世界は広いと言いますか、0歳児から5歳児までの人口は日本で500万ぐらいですが、中国は7500万。日本の10倍以上です。アメリカも2000万。ですから、とにかく早くグローバルに打って出たいと思っています。
来月もシンガポールや中国の保育園の方が当社へ視察にいらっしゃる予定です。「日本の保育園に学びたい」と。0歳児から保育園で預かるというケースはグローバルでもあまりなくて、そのやり方を学びたいとのことでした。そういった、園内の突然死をゼロにする、あるいは子どもの成長をアシストするといった点については、絶対にグローバルなマーケットがあると思っているんですね。ですから、グローバルでも競合は数多く出てくると思いますが、できる限り僕らがそれをやっていきたいし、そのための挑戦を続けたいと思っています。
最後になりますが、今日お話をさせていただいた通り、私としてはまず人生のテーマというものがありました。その一方、社会問題に対して突き抜けたソリューションをつくっていくことによってビジネスが成り立つということがあるので、その辺をどのように自分と紐づけていくか。ここが一番大事な部分だと思っています。
社会の問題には2つしかないと思っています。皆が気づいているけれども誰も解決できていない問題と、皆が気づいてすらいない問題。保育の問題は皆が気づいているんですね。「待機児童の問題をどうしよう」ですとか、皆、いろいろと問題には気づいているんですが、誰も解決できていませんでした。
僕らはそこで、今まで手書きだったものを単にアプリへ切り替えようとしただけでなく、「IoTテクノロジーを使えばセンサーを付けるだけで手書きをすべてなくせる」と考えました。しかも今のタイミングでそれをやれば補助金も利用できるということで、いろいろ見えてきました。
ただ、その実現のためには突き抜けたソリューションが必要ですし、そこは自社だけでは限界があります。我々はIoTをやっていきたいんですが、ハードウェアのノウハウがありませんから。なので、そこはグローバルでNo.1の会社と組んで、それを弊社のプラットフォームに取り込む戦略を採りました。
もちろんそこでは、海外のエンジニアとの開発ですとか、医療機器の在庫といった問題もあります。海外から仕入れた医療機器をサプライチェーンでどのように回していくのか。そうした非常に難しい問題をはじめ、さまざま苦労があります。当然、サプライチェーンで回すためには資金繰りの問題も出てきます。
でも、それを突き抜ければ圧倒的なソリューションになり、そこにビジネスチャンスが生まれます。それをお金にしていくという点で言えば、今は本当にいい時代だと思うんですね。VCさん、銀行さん、大企業さん、自治体さん、補助金、そして保護者の皆さまや、おじいちゃんおばあちゃん。子どもの成長支援のため、いろいろな方々が応援してくれることが今は見えてきていますから。
とにかく、私としては「どう考えても絶対誰かがやるべきだけれど、まだ誰もやれていない問題」、そして「解決が実現できたらすごいという問題」を見つけて、そのために人生を賭けて頑張っていきたいと思っています。本当に皆がその解決を望む問題であれば、きっと応援団ができるというか、社会に応援してもらえることを、この5年間、強く感じてきました。
ただ、それをやるためにも、最初は自分が他の人と何が違うのかということを見つける必要があると思っています。僕はそこで「家族や子育てが自分のテーマなんだ」と明確に言えるんですね。逆に言えば、僕はシリアルアントレプレナーになるつもりはまったくありません。起業家としてはこのテーマしかないと思っていますので。
僕はこのテーマで自分の人生を表現していきたいと思っています。そのために、突き抜けた形でやれることを全部やり切りたいと思っています。そういうテーマが見つかるとライバルが出てきたり、いろいろありますが、最終的には自分が掲げるテーマに共感したメンバーが集まってくれます。少なくとも、それでさまざまな挑戦ができるようになるのかなという風に今は考えています。
ありがとうございました(会場拍手)。