中国で戦う日本企業は多い。しかし、進出後のマネジメント上の難所として、「階層意識や役割意識が強く、指示待ちの風土になりがち」「ボトムアップの自発的な提案が得にくい」という声をよく聞く。そんな中、イオン中国グループでは、3年前から「AEON360活動」というグループ横断の改善活動を開始。その取り組みを通じて、ボトムアップの提案が格段に増えたという。成功のポイントは何なのか、イオングループ中国本社の教育訓練部でマネジャーを務める高柳氏に話をうかがった。
自発的な提案を褒められる仕組みが、ES(従業員満足)につながる
加藤:そもそも、イオングループはなぜ中国市場に力を入れているのでしょう。
高柳:イオングループは日本を基点にASEAN、中国の3本社体制を取っています。我々が中国に進出したのは30年前ですが、その間に中国は世界の工場としての役割から変化し、市場としての魅力も大変大きくなりました。今やGDPは世界2位です。習近平さんも国民生活の質を高めていきたいと発言している。そうなるとますます我々小売・サービス業の出番だという思いがあります。
加藤:2015年に「AEON360活動」という中国でのイオングループ横断の改善活動を開始しました。どういった背景があったのでしょう。
高柳:中国国内のイオングループでは、以前から一部の事業会社で改善活動を実施していました。また、各社の現場では本当に素晴らしい取り組みもあったのですが、グループ全社で情報共有する場がありませんでした。そのような中、ある事業会社から「改善活動を導入したいが方法が分からない」という声があり、好事例という宝物を共有する場を作ることができれば改善につながり、イオンの中国事業はもっとよくなるのではと思ったのがきっかけです。
改善活動というとトヨタ自動車の業務改善(カイゼン)を思い描く方もいるかもしれませんが、私たちの改善活動はコンセプトを少し変えました。目の前に問題があったとき、「これ、おかしいと思う」と言ってもらうための仕組みで、改善提案をすればするほど褒められるというものです。
働いていて1番楽しいのは、人に認められたとき。まず、お客さまから認められる、さらにそのことを上司から認められて褒められると、またうれしい。そういう状況を作れれば、ES(従業員満足)につながり、従業員の定着にもつながるでしょう。
海外では短期間でどんどん人が辞めていきますが、その背景にあるのは給料面だけではありません。人間関係が難しい、頑張っても承認されない、成長が見込めないといった未来に悲観して辞める人も多いのです。そんな中で、自分がやった取り組みに対して褒められれば、うれしいし、モチベーションが上がるし、もっとよくしていこうと思う。会社にとっても、従業員にとっても、お客さまにとってもいい、いわゆる「三方よし」のエッセンスを採り入れたかったのです。
提案のハードルを下げて職場環境改善から開始、数にこだわる
加藤:2015年から開始し、まずは3年という期間を設けていましたが、それはなぜですか。
高柳:活動は10年単位で考えています。10年で1つのことをやりきると、卓越した力が身に付きます。文化の足掛かりをつくる上でも同様に10年はかかるでしょう。しかし、労働の流動化が激しい中国では10年後に会社にいない人もいます。そこで、10年を3つに割って、第1ステージの3年間で、「自分の考えを会社に提案していい」という文化をつくりたいと考えました。
そのため、初めの3年のテーマは「業務改善」ではなく「職場の環境改善」というコンセプトに変え、「業務改善」という言葉は一切使いませんでした。提案のハードルを下げることで、まずは声を出してもらえる数、提案数にこだわったのです。
加藤:イオングループは、中国全体で約2万人が働いています。その中で、初年度は4000、2年目が6000、3年目は8000くらいの提案がありました。数にこだわってよかったと感じていますか。
高柳:賛否両論ありますね。実行する各社のリーダーからは、2年目が終わったあたりから「改善というよりは単なる文句に近い意見もたくさん出てくる」という声も挙がりました。文句に対しては改良のしようがないものの、方針通りフィードバックは続けてもらいました。
一方で、提案件数が増えていくと面白いことが起きました。「もうちょっと難しいことをやらせてくれ」と言うんですよ。この活動を始める前は「仕事が増える」「面倒くさい」とあれだけ抵抗して文句を言っていたのに、褒められるのはうれしいですからね。それに、人間って簡単なことをやり続けると飽きてくるのかもしれません。彼らから、私が当初禁句にしていた「業務改善」をやらせてくれと言ってきたので、本当にびっくりしました。
加藤:ほかにも成功のポイントはありますか。
高柳:この取り組みの最終的なゴールは、我々が指導しなくても自主的に現場の人たちが小集団のチームで活動してくれることです。そこで、店舗を統括する営業本部長を初年度のリーダーにし、後方を統括する管理部長や人事教育の部長にもう1人のリーダーになってもらいました。店舗と後方それぞれの部長にリーダーになってもらうことで、とにかく仕組みを動かすことを意識し、うまくいったと思います。
イオンのお店には「お客さま承りカード」があり、お客さまから多くの提案をいただきます。それを実現していくのは業務です。一方、今回の改善活動はES(従業員満足)が最終目的です。お客さまの期待に応えるために指示命令で動くラインと、従業員が気づいたことを自ら改善していくボトムアップの取り組み、この両輪が大事なのです。
目的達成のアプローチは現地化した手法を柔軟に採用
加藤:1年の最後にコンテスト形式で優勝チームを大々的に表彰していますが、この背景は。
高柳:これには面白いエピソードがあります。基本的に小さな発見で小さな効果を出そうが、大きな発見をして大きな効果を出そうが、その一つひとつに対して「本当にありがとう」という気持ちを持ちたいし、この改善活動の取り組みにおいて優劣をつけるべきではないというのが私の信念です。しかし、各社のリーダーたちはこう言うんです、「高柳さん、ここは中国だ」と。「やったことに対して、順番を付けて、コンテスト形式にしたほうがみんな盛り上がるよ」って。
そこは私、折れました。やはりここは中国だと。私個人の思いだけでは動かない。彼らの考えを取り入れて結果的にうまく回ることが大事だと。ですので、コンテスト方式にしました。それもうまくいった1つの理由だったと思います。
加藤:目的に対しては強いこだわりを持ちつつも、達成に向けては現地に合わせた謙虚さや柔軟性を同時にもつことが大事なんでしょうね。
高柳:中国の中で私は外国人ですから、自分の判断がベストかどうかは分からないんですよね。「私はこう思うけどみなさんどう思いますか」って素直に聞く。この人は人の話を聴いてくれると思ってくれれば、どんどん心の底から本心を言ってくれますから、そこから決めていったらいいんですよ。
中国の文化は素晴らしい面があって、こうやろうってある程度決めて提案すると、彼らはそれを超えてくるんですよね。たとえば、2015年は小集団のチームから改善提案を募ろうと決めていたんですけど、「それだけだともの足りない、個人からも提案を募ろう」と、初年度から自分たちなりに仕組みを改善してスタートした会社がありました。そして、それが2年目のスタンダードになった。本当に発想が豊かですし、動きが早いですよ。
よく考えると、イオンって実はそういう文化があるんですよ。決められた通りのことだけをやらない。お客さまのためになるとか、もっとよくなると思って挑戦したことなら、例え失敗しても罰せられることはなく、むしろ褒められる文化なんです。それが、中国には合っていると私は思っています。ですから、私はその会社を褒めましたね、素晴らしいことだと。
加藤:高柳さんが印象に残った提案をいくつか教えていただけますか。
高柳:総合スーパーのある事業の現場から上がった、バックヤードの冷蔵庫に自動で人を感知する装置を付ける提案です。20元(約350円)ぐらいで取り付けられるんです。1日中照明がついたままだともったいない、人を感知して自動でスイッチをつけたり消したりできたら効率的だし光熱費の削減につながると。自動化することでコストを削減していくという発想が素晴らしいなと思いました。
もう1つは2017年の最優秀事例です。これもある総合スーパー事業での提案で、中国でも日本と同じように火曜日に特売をするんです。とても多くのお客さまが来店してくださるのですが、レジ待ちの長い列に待ちきれなくて、買おうと思って買い物かごに入れた商品をその場に置いて帰られてしまうお客さまがたくさんいらっしゃるのです。
それはお客さまではなくレジで待たせてしまう我々が悪いので、当然それはそれで改善していく必要があります。今回の提案はそこではなく、放置された商品をどうにかしてなくすための提案でした。カゴに入っている放置商品を片づけるのに1日2人がかり、専任で付けないとどうにもならないぐらいの作業量なんです。
そこで、店内の数か所に農産物のカゴ、水産物のカゴ、冷凍品のカゴといった具合に棚を用意しておいて、放置商品が見つかったら近くの従業員がまずそこに一時的に置いていくと。各売り場の担当者が1時間おきくらいに巡回して担当する商品をピックアップしてすぐ棚に戻す。そうすることで放置商品がなくなり、冷凍・冷蔵品の商品劣化による廃棄ロスもなくなるという提案でした。
お客さまにとってもいいことがあって、カゴに入れて買う気だったけどやっぱりいらないってなったとき、整理棚に入れておけば自分で返さなくてもいいと。そういう効果もあって、お客さまにも喜ばれるし、作業の時間が大幅に短縮できました。
信頼関係を築き、発展空間としてのキャリアをしっかり提示する
加藤:3年目が終わりましたが、今後に向けて課題はありますか?
高柳:今年から4年目、第2クールに入るので、いよいよ本丸の業務改善を始めます。「営業の数字をいかに変えるか」というお題を出して、その範囲の中でやってもらおうと思っています。
これは会社としてもインパクトがあると思います。これまでこの3年で、自分の意見を言っていい、提案したら褒められるのだという風土はつくれたので、これが好回転して業務改善につながっていくと、強い組織になると思うんですよ。
その代わり、提案の量は少し抑えたいと思っています。今回はチームでの取り組みにしたいですし、改善提案数よりもより営業数字が変わるインパクトの大きいものに対して表彰していこうと思っています。
加藤:参加企業は、今はイオン中国グループ全体の中でおよそ30社弱まで増えているんですよね。
高柳:せっかく中国で一緒にやっているイオングループの仲間ですから、グループ全員でやったほうが盛り上がります。なかなか一歩踏み出せないところは、どうやっていいか分からないんですよね。そこに対して4年目からというのは、我々中国本社も一緒に入り込んで、推し進めていけたらいいなと思っています。
加藤:人材流動化の激しい中国で、従業員を定着させるマネジメントのコツはありますか?
高柳:経営の現地化は、まさに弊社でも大きな課題です。卑近な例ですが、私のチームはメンバーの定着率が高いんですよ。「あそこのチームはすごく雰囲気いいよね」と言われているんですけど、実はマネジメントの仕方は日本にいたときと一切変えてないです。
私はものごとを進めるうえでは、上司や部下との信頼関係が大切だと思っています。相手に真摯に耳を傾けて、要望を聞いて、お手伝いをどこまでできるか話して、一緒にやってあげる。よく日本人的だといわれるんですけど、決してその日本的やり方は否定されるべきではなくて、ちゃんとやり切れば答えてくれます。この仕事をすれば自分が成長できるって分かっていたら、みんな一生懸命やりますよね。
私自身、彼女、彼らが1年後こういうところまで成長してほしいと思っていますし、だからこの仕事をここまでやってほしいっていう言い方もします。そうすると彼らも「1年間でここまで成長できるなら頑張ろうか」と、思ってくれているんじゃないかな。こんな私たちの会社の価値観を理解して、好きになって、ここで頑張ろうと思ってくれる人をあらゆる階層で育成することができれば、強い組織になると確信しています。
加藤:個人のキャリアの方向性や発展余地を中国語では「発展空間」と言いますが、傾聴することで信頼関係を築き、発展空間をしっかり適切に見せていくことが、実は金銭よりも大事であると。今日はありがとうございました。
インタビュー後記
近年、急激にその存在感を増す中国で、いかに社員の満足度を高め、社員主体の組織をつくるか――イオン中国グループでは、「AEON360活動」を年間行事に設定することで、その課題に取り組んでいます。高柳さんの話を伺って、成功のカギは以下の3点であったように感じました。
1) 利益実感にこだわる。課題設定とその実行は、現場中国人にとって意味があり、解決可能なものを促す
2) 中国人トップ層を巻き込み仕組みに落とす。彼らをしっかりと教育し、自発的に動ける仕組みを整備する
3) とにかく始めて成果を出す。実行できる範囲からはじめ、成果を示して範囲を拡大していく
中国人スタッフは「自分にとってどんな意味があるのか」をとても大事にします。今回は、身の回りの課題解決から始めることで、そこにダイレクトに答えている点がポイントです。さらに「ベストプラクティスや優秀者を社内報で共有、認知、表彰する」「最終コンテストで一番を決めて、表彰、賞金を用意する」等々の利益実感も巧みに盛り込んでいます。さらに、この活動を年間のMBO目標に設定する会社もあったように伺っています。
一方、「中国はトップダウンが強い」ことを逆に利用もしています。各社の店舗営業や後方の部長級にリーダーになってもらい、ボトムアップ型の組織開発を狙っているのです。そのためにはトップ層に対する教育をしっかりと行い、いつ、何を、どんな手順で行うべきかを明確化する必要があります。改善活動手順書を作成し、現場での座談会の設定、社内報での発信すること等も有効です。さらに、初めての取り組みの場合は、ある程度までは丁寧にロードマップを提示することが重要です。
ちなみに、初年度からイオン中国のグループ全部が賛成し、活動を開始した訳ではないと聞いています。必要な条件がすべてそろうことは、むしろ稀です。ある程度考えたら賛同できる人と一緒に開始する。そこで、小さくても良いので成果を出し、その成果をもって影響範囲を広げていく。環境変化の激しい海外では、動きが止まっていること自体がリスクです、とにかく自分主体で動く意識が必要でしょう。
最後に高柳さんから「信頼」の話がありました。相手を一方的な色眼鏡で見ることなく、信頼して、一緒に取り組んでみる。違和感があれば、その行動原理を探る。日本人には日本人の行動原理があるように、海外の方にもその行動原理があります。どちらが良い悪いというものではなく、単に違うものが存在するというだけです。その点を意識し、一歩自らが歩み寄り、理解を示すということが重要なのではないでしょうか。