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京セラ「新規事業とサステナビリティをセットで推進する」――サステナビリティ経営への変革 Vol.2 後編

投稿日:2023/11/02

サステナビリティ経営を実践する推進者に焦点を当て、個人の志からSX(サステナビリティ・トランスフォーメーション)の要諦を探る本連載。Vol.2では、京セラを取り上げています。

前編では、サステナビリティと新規事業開発をセットで推進する京セラ社内のスタートアップ制度から誕生した、食物アレルギー対応サービス「matoil(マトイル)」の谷氏にお話を伺いました。続いて後編では、サステナビリティの全社的旗振り役である、経営推進本部長の濵野 太洋氏にお話を伺います。(聞き手・執筆:竹内 秀太郎)

先行すれば付加価値、みんながやってからでは遅いサステナビリティ

―― 経営推進本部長として、新規事業創出とCSRをまとめて見ていらっしゃるんですね。

私は以前から新規事業には関わってきたのですが、2018年に経営推進本部に異動して、サステナビリティも管掌するようになりました。それまでサステナビリティは、総務部門でCSR推進室が取り組んでいました。当時は、利益の何%をCSRに充てるかという議論が中心で、「間接部門が何かやっているな」という感覚でした。しかし、SDGsやScope3[i]に鑑み、バリューチェーンの川上から川下まで全てを含めて考えるとなると、間接部門だけでは限界があります。

社長の谷本(京セラ株式会社代表取締役社長 谷本 秀夫氏)もCSRはより事業部門に近いところで取り組むべきとの考えがあり、また新しい事業開発は組織横断型で対応すべきとの考えもあったので、私の異動に合わせて経営推進本部で新規事業と、CSRを改めサステナビリティの両方を見るようになりました。

―― 2018年からこれまでのサステナビリティの取り組みをどのように評価されていますか?

古典的な活動については、最低限の要求をこなすという側面が多分にありました。まず目標設定と情報開示を重視し、2019年に長期環境目標を設定、統合報告書の発刊を始めました。ベンチマークにしたDJSI[ii]のスコアも、当初は開示不十分のため相当低いスコアでした。

ですがその後は改善活動を続け、開示できるものはしなさいとのトップのリーダーシップもあり、2021年から2年連続で日本を含むアジア・太平洋地域を対象にした「DJSI Asia Pacific」の構成銘柄に選定されるに至りました。

取り組みの実践において、具体的な目標を決める段になると、自分たちにはどんな影響があるのか、と懸念する声があるのが現実です。環境問題に関しては比較的理解が得やすいのですが、人的資本やTNFD[iii]についてとなると、意味合いや数値目標の設定に躊躇する傾向があります。会社が何を目指しているのかを示さないとそれらの重要性は伝わらないんです。なので、色々な部署を丁寧に説明して回り、今後法制化されるであろう項目も自主的に開示を進めています。

サステナビリティ推進は先行してやれば付加価値になるが、みんながやってからでは遅い。経営の中にいち早く取り込むことが大事です。早く着手すれば、自分たちのペースで進められますから。

京セラには元来、「全従業員の物心両面の幸福を追求すると同時に、人類、社会の進歩発展に貢献すること」を謳った経営理念と「社会との共生。世界との共生。自然との共生。共に生きる(LIVING TOGETHER)ことをすべての企業活動の基本に置き、豊かな調和をめざす」という経営思想があります。サステナビリティ推進のベクトルは比較的合い易いと思います。

解決に賛同者のいる社会課題なら、経済価値は後からついてくる

―― 新規事業の検討においても、社会課題の解決というサステナビリティ的な観点を出発とされているそうですね。

経営推進本部は、おおまかな分野別に事業開発プロジェクトをいくつか抱えています。それぞれが取り組むテーマについては「何らかの社会課題の解決に資するテーマであること」を着手要件にしています。それをすることでどんな世の中にしたいのか、を考えます。賛同してくれる人がいれば経済価値は後からついてくる。事業として成り立たないということは、社会課題の解決に十分に資さないということです。

テーマの集め方には、あらかじめ方向性を定めてチームとして考えさせるトップダウン型の仕組みと、社員から広くアイディアを募るスタートアップ制度というボトムアップ型の仕組みがあります。

―― 前回お話を伺った谷さんのmatoilはスタートアップ制度からプロジェクト化した第一号でした。

スタートアップ制度は、新規事業が上手くいく/いかないだけでなく、未来の経営者を育てたいというねらいも含め、2018年にスタートしました。初年度は800件以上の応募の中から10人ぐらいにトレーニングを受けてもらった上で、3件が役員プレゼンを通過しました。谷さんの提案は、本人のやりたいという気持ちと食物アレルギーで困っている人がいることが明らかだったので、やりたいようにやってもらうことにしました。

―― スタートアップ制度の採択基準は「人として正しいか」を見ているそうですね。

大袈裟かもしれませんが、困っている人がいたら手助けしようと思うのが人間だと思うんです。そうしたことを繰り返していると何かの時に気に掛けてくださって、そういう関係が積み重なって社会と企業の関係が成り立つ。困っている人がいて、その人のためになれば必ず賛同は得られるはずだし、どのぐらいの人が困っているかが見えていれば必ず事業として折り合いがつくようになるものだと思います。

―― 谷さんのmatoilの試みは他の社員の方々の刺激になっているのではないですか?

影響はあると思います。自分でテーマを立ち上げて最後までやり切る、自ら燃える“自燃性”の人は少ないかもしれないが、周りから焚きつけられて燃える“可燃性”の人は数多くいます。実際、社内公募でmatoilには過去最高の異動希望がありました。事業は適正な利益を上げないと従業員を幸せにできないので、そういう面で大きな事業を動かす人材が育って欲しいと願っています。

―― 濱野さん自身はサステナビリティの責任者になってどのような変化がありましたか?

以前はセンサーカメラなどを扱う自動車部品事業の本部長として、ぶつからない車にしよう、安全な世の中にしようなどと言っていました。しかし今思えば、事業側にいた頃にサステナビリティをちゃんと理解することは正直難しかったと思います、今は読む本も、接する人も変わり、理解も深まり、余計な反発を生まないような話し方ができるようになった。これまではキャッチアップすることで精一杯だったが、これからは本質論的な意見を発信できるようになりたいと考えています。

京セラにみるSX推進のポイント

アレルギー対応の食事提供サービスの立ち上げに奔走している谷氏、それら新規事業開発とサステナビリティをセットで推進する濱野氏へのインタビューを通じて、京セラならではのSXの特徴として以下の3点が浮き彫りになりました。

  1. サステナビリティと事業の距離を縮める
    元々総務部でCSRとして取り組んでいたものを、経営推進本部で新規事業開発とセットでサステナビリティに取り組むようになった背景には、サステナビリティを事業と別ものにしたくないというトップの考えがあったといいます。新規事業もサステナビリティも通常の事業組織に働く力学を調整しながら、組織横断型で価値創造に結び付ける必要がある点で重なりを見出すことができます。
  2. 新規事業を社会課題起点で考える
    事業とセットでサステナビリティを推進するとしても、既存事業にはさまざまな制約があります。そこで新規事業であれば、制約なしに課題解決のためにどうしたらよいかに向き合うことができます。「matoil」の名の由来の通り、向き合う「的」を定め、とことん寄り添うことを通じ、何をすべきかが見えてくることで、掲げる旗に賛同する人の輪が広がっていきます。
  3. フィロソフィーを拠り所に優先順位を判断する
    創業者である故稲盛和夫氏が提唱したアメーバ経営と呼ばれる管理会計の仕組みによって、職場単位で採算意識が徹底されているのが京セラの特徴の一側面です。その一方で、創業者の提唱した「経営12カ条」では、第一条に「事業の目的、意義を明確にする」とあるように、儲かる儲からない以前に事業の大義を考えよと説かれています。

    そうしたフィロソフィーが受け継がれているからこそ谷本社長は「まずは儲けようと思わず課題に向き合えばよい」と谷氏を後押しできたのでしょう。

まとめ

京セラ創業者稲盛和夫氏は事業を手掛けるにあたり、“動機善なりや、私心なかりしか”と自問したといわれます。谷氏がmatoilを通じて社会課題にとことん向き合えているのは、そうした人としての正しさを重視する経営の考え方が現在も受け継がれている、京セラならではの社会価値を高める営みであると感じました。


[i] Scope3とは:事業者自らが排出する温室効果ガスを指すScope1、事業者が他者から供給されたエネルギーを使用することによる間接排出を指すScope2に対して、その他の事業者の活動に関連する他社による温室効果ガスの排出量を指す。

[ii] DJSIとは: The Dow Jones Sustainability Indicesの略で、ESGの観点から企業の持続可能性(サステナビリティ)を評価し、総合的に優れた企業を指定する投資家向けのインデックス(指数)のこと。

[iii] TNFDとは:Taskforce on Nature-related Financial Disclosures(自然関連財務情報開示タスクフォース)の略で、自然環境や生物の多様性の変化が企業活動にどう影響を与えるかの「自然資本」について、企業や金融機関が情報開示するための枠組みを決めること。


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