15回目となるダボス会議2023で感じたのは、6つの変化(ディスラプション)だ。成田に向かう機内でそれらをまとめることにした。
1)地政学的な変化
先ずは地政学的な変化だ。
昨年5月のダボス会議では(昨年のみコロナの影響で5月に開催された)、欧州における地政学的リスクについて語られた。EUやNATOの結束、ロシアによるウクライナ侵略に伴うエネルギー高騰、食糧危機、インフレなどが声高に警鐘された。だが今回のダボスでは、西側の結束が強いこと、戦争が西側に有利に働いていること、エネルギーや経済的な影響も限定的なことによって、その状態に対する「慣れ」みたいなものがあり、現状が想定の範囲として受け止められていた。
それよりも多く議論されていたのが、米中関係と中国による台湾侵略の可能性だ。つまり、ロシアよりも中国への危機感を抱く人が増えていた気がする。習近平氏による独裁体制が構築されたことで、チェック&バランスが効かなくなり、何らかの間違いを犯す可能性を指摘する人が多かった。中国に近い日本からするとこっちの方が背筋が凍る問題でもある。
また、地政学リスクにおける対応は、以下の言葉が端的に表していた。
The West is united, but the rest is ununited.
つまり、欧米日などの西側の結束に対比して、それ以外の国々つまり中国、インド、東南アジア、中東、アフリカ、南米等との温度差が指摘された。また、よく聞かれた言葉としては、「Global South」がある。G7などの西側先進国以外の国々が、明確な対立軸を打ち出す時に頻繁に使われる言葉だった。
2)「ビジネスの役割」の変化
二つ目が「ビジネスの役割」の変化だ。
NYタイムズのディナーのテーマは、「戦時下におけるビジネスの役割」であった。
欧米企業によるロシアからの撤退は、今までにないスケールとスピードで実現した。その理由は、社会全体の声だ。「まだ撤退していない企業がある」、「名前は出さないが、撤退したと宣言しながらも実態は事業を継続している」と指摘する人までいる。つまり、社会がある一定限の「ビジネスの役割」を定義しているのだ。その役割を実行しないと不買運動やSNS上でのターゲットとなり、レピュテーションに大きなリスクを与え、本業にも影響を与えうる事態となる。
エデルマン・トラストのパネルでも同様に、社会・従業員がCEOに求める資質として、「社会的に良いことをしているかどうか」だと指摘されている。リチャード・エデルマン氏は、「ディズニーの失敗に怯んではいけない」と敢えて呼びかけて、CEOが中心となって企業が社会の公器として、地政学的な対応、気候変動問題、人権問題などの社会問題にも積極的に発言し、取り組むべきだと提言している。
だが、どこまで社会の声にビジネスは対応するべき、いやしなくてはならないのだろうか?「ロシアから米国企業が撤退したが、中国が台湾を侵略する事態があった時には米国企業も中国から撤退するべきなのだろうか?」という問いには誰も明確な答えを出せないでいた。インパクトが大き過ぎるので、誰も考えたくないし、答えられないのであろう。
3)テクノロジーのアジェンダの大きな変化
3つ目がテクノロジーのアジェンダに大きな変化があったことだ。
昨年までは、Web3、仮想通貨、NFT、メタバースが話題の中心だったが、今年は殆ど出てこない。話題にかろうじて出てくることがあっても、FTX破綻や仮想通貨の暴落などのネガティブな文脈だ(でも殆ど語られることは無い。ダボス会議で面白いのは、関心が無くなったら全く語られないことだ。トランプについての話題も今回は一切無かった。もう終わったものとみなされているからであろう)。
一方、中心的に語られたのが、ChatGPTに代表されるGenerative AIだ。元々メタバースのセッションだった予定が、急遽アジェンダが「GenerativeAI」に変更になったという裏話も聞いた。GenerativeAIのディスラプションが与える影響が、ビジネスモデル、意思決定、業務の代替、教育手法、マーケティングやCRM等様々な分野に与えるので、様々なセッションで話題になっていた。
もう一つ関心が集まっていたテーマが、量子の世界だ。僕は、西村大臣のセッションに参加していて残念ながら出れなかったが、量子コンピュータのセッションは会場が満杯で入れなかったと聞いた。
4)「スキル、職と働き方」に関する人・組織分野
「スキル、職と働き方」に関する人・組織分野も多く議論されていた。
今回よく聞いた言葉が、労働力不足(Labor Shortage)だ。コロナを機にレイオフされた人々が別の職に移ったり、都心を離れたりしたため、アフターコロナでビジネスが再開しても、労働者が戻ってこない現象が発生している。労働力不足は、主に、飲食・運輸・観光・サービス業等、コロナで打撃を受けた対面的な職種に多く発生している。
また、エッセンシャルワーカーと呼ばれている職種でも不足感が増している。看護、輸送・デリバリー分野などだ。コロナによる疲弊感や割に合わない感があるのであろう。インフレも重なりストライキなどの労働運動が活発になってきている。
ホワイトカラーの場合には、コロナ期間中リモートワークに慣れてしまい、アフターコロナになっても職場に戻ってこない現象が発生している。都心部の物価や家賃が高すぎて、物理的に住居を移転した人も多くなっている。強制的に出勤させると辞めてしまうが、完全リモートだとチームとしてのカルチャーの強さが失われる。労働力不足の中、コロナ後の働き方のベストプラクティスを各業界・各社が模索している感じだ。
失業率が低いまま各分野で労働力不足が叫ばれている一方では、金融とテック系を筆頭にレイオフが実施されていることも指摘されていた。
同様にスキルのミスマッチも多く議論された、「リスキリング・アップスキリング」という言葉が頻繁に使われていた。テクノロジーの変化が早すぎて、必要なスキルの変化に追いついていないのだ。まさに、テクノベート時代にスキルのミスマッチが発生している印象がある。グロービスの果たす役割が多い分野だと思い、僕は積極的にこれらの議論に参加した。
5)インフレ・急激な金利高に対する経済の変化
インフレ・急激な金利高に対する経済の変化も多く議論された。
欧米の二桁にも及ぶインフレーションや急激な金利高が経済に与えた影響は甚大だ。だが、景気後退に対する見方は、金融機関やGAFAM等のテクノロジー会社が軒並みレイオフしているにも関わらず、思ったよりも楽観的であった。
コロナ、ウクライナ侵略に伴う供給不足、高インフレと急激な金利高などの異常な変化に対して、ある程度は経済がうまく適応できたという空気感があり、中国のゼロコロナからの転換による期待感と、米国経済の意外な強靭性(経済が停滞しているが失業率が低いままで、様々な分野で雇用不足が発生している現状)からきているようだった。
「Recession(景気後退)とまではいかないであろう」と、ドイツ首相が言明していたのも楽観論に勢いを増した要因となった。
6)気候変動問題への危機意識と空回り感
最後に感じた変化は、気候変動問題への危機意識と空回り感であった。
ジェネレーションZが中心となるグローバル・シェーパーやNPO・活動家が中心となり、参加者の危機意識もあり、気候変動問題が常に議題の前提条件になっていた。
エデルマン・トラストの議論の時に、会場から「なぜ気候変動問題を議論しないのか?プライオリティが低いのか?」という質問を受けた。「このセッションは信頼性について議論しているので、今回は気候変動について議論することを目的としない」と主催者は言いたいのだろうが、その質問についても真摯に答えることが要求されている雰囲気があった。
複数人が真摯に答える中、僕は手をあげて発言することにした。「疑問を呈するあるいは批判することも大事だが、問題解決手法(ソリューション)を提案し行動することの方がもっと大事だと思う。一番の問題は化石燃料だ。それを代替するには、再生可能エネルギーと原発しかない。再エネは語られるが、原発については殆ど稼働せよと発言する人がいない。本気で気候変動問題を語るならば、ぜひ多くの人々に原発を気候変動問題のソリューションとして活用すべきだと発言して欲しい」と言った。
ジョン・ケリーもアル・ゴアも危機意識を煽るが、具体的な問題解決の手法については、2つだけしか言わない。化石燃料を辞めて再生可能エネルギーを活用し、森林の伐採を止めて植林せよとしか言わない。なぜ原発を活用することを言わないのかが、常に疑問に思っている。
以前、アル・ゴア氏と対話したことを思い出した。彼は「CO2排出によってもたらされる気候変動が問題だ。原発ではなくて、再生可能エネルギーがCO2削減の鍵になる」とスピーチしたので、終わった後に、彼に2つ質問をした。「CO2による気候変動と原発、どっちが人類の敵だと思いますか?」、彼は即座に「CO2による気候変動だ」と答えた。そして、「では、再生可能エネルギーだけで解決できると思いますか?間に合いますか?」という質問を投げかけたら、黙って去ってしまったのだ。答えられなかったのだ。正直言って幻滅し、無責任だと思った。
ドイツで「拘束」されたグレタさんもダボスに来ていたと言う。気候変動問題については、人類全体が取り組むべき最重要問題だと思うが、「問題を提議して解決せよ」と叫ぶことも大事だが、それよりももっと重要なのはソリューションを提示して行動することだと思う。それが無いと空回りしている感じしか受けない。G1精神でいう「批判よりも提案」、「思想から行動へ」が必要なのだ。
さて、ダボス会議2023は、これにて終結となった。多くの人と再会し、出会い、とても学びが多く充実していた。「ダボス会議のSNS、コラムを楽しみにしているよ」という声をよく耳にするので、夜遊びの時間を削って今回も一生懸命に発信することにした。
ある方から「ダボス会議に参加していて、現場の声や視点を発信しているのは堀さんだけだから、貴重な情報ソースになっているよ」と言われて、ハッとした。
確かにメディアが報道するのは断片的な情報・視点である。包括的な視野で書かれているこのコラムは貴重なのかもしれない。ありがたくもダボス会議に15回も参加させてもらえている立場なので、発信することが僕の使命の一つだと考えた結果、ついついこのコラムも長くなってしまった。
もうそろそろ僕が乗る飛行機は成田に近づいている。このコラムを書き終えたらやっと15回目となる今年のダボス会議が終わったことになる。成田に着いたら茨城県の神栖市に直行して、ロボッツのユニフォームに着替えて茨城ロボッツのオーナーとして、立ち上がって熱狂的に応援することになる。
世界の地政学・経済・テクノロジーから、地域密着したスポーツに頭を切り替える必要がある。7月15〜17日には2回目となるLuckyFesが開催されることが発表された。グローバルと共に、徹底的にローカルにだ。ダボス会議やG1・KIBOWに加えて、ロボッツ&LuckyFesと人間の幅が広がって、さらに僕の人生が楽しくなってきている。
また気まぐれにコラムを執筆することになるであろう。多くの機会にお会いできたら幸いです!
2023年1月20日(金)
機内にて
堀義人
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