グロービス経営大学院教員が2023年の注目トピックを取り上げるシリーズ。今回は「金融」編です。
物価高や金利上昇、続くコロナ禍からの正常化など、様々な動きのある世界と日本の経済。それらを踏まえ、2023年の事業環境を見極めるにあたり重要なポイントとは何でしょうか。「ファイナンス」など金融・財務領域の講座や、企業変革をファイナンス視点で学ぶ「ファイナンス・リオーガニゼーション」の講座を担当する教員3名に、それぞれ聞きました。
日銀の出口戦略はどうなるのか
斎藤 忠久
黒田氏は、2013年3月に日銀総裁に就任して以来、一貫してデフレ脱却に向け2%の物価上昇を目標とし、世界的にも類のない大規模な金融緩和政策を10年近く続けてきました。
一方、欧米の主要国は、ロシアのウクライナ侵攻を契機とした物価の急速な上昇を受け、これまでの金融緩和からインフレ退治を目的とした金融引き締め策に転換しています。黒田総裁の任期も来年4月8日までとなった中、日銀の金融政策は変化するのか、そしてその変化が与える影響について考えてみます。
長期金利の代表的な指標である10年物日本国債の金利は現在0.5%程度です。経済理論的には、国債の金利はその国の経済成長力を示しています。なぜなら、国債を買うということは国の成長力を買うと同じ意味だからです。国の潜在的な経済成長力は、①労働人口の成長率と②労働生産性の成長率の和となりますが、①も②も容易に推計が可能で、現在の日本の場合その潜在的な経済成長率は0.5%~1.0%程度とみられています。
更に、我々が見ている国債の金利は名目金利といって将来のインフレ率を織り込んだ数値となっています。つまり、国債の金利=経済成長率+インフレ率となります。ここに、潜在経済成長率として1.0%、インフレ率として2%を代入すると3%となります。日本の物価上昇率(インフレ率)は今現在かなり高くなっていますが、来年には2%を下回る水準に落ち着くと日銀ではみています。
以上より、本来であれば、国債の金利は3%程度になっているはずですが、実際には0.5%と極端に低くなっています。これは日銀の大幅な金融緩和政策のもとで人為的に金利が低く押さえられているためです。欧米の主要国でも同様でしたが、金融政策の変化を受け、国債金利も本来の水準(潜在成長率+インフレ率)に回帰してきています。
日本でも金融緩和政策に終止符が打たれると、国債金利は今現在の0.5%から3%程度へと上昇することになります。企業の銀行借入金や社債の金利、個人の住宅ローンの金利も、この低い国債金利水準をもとに決められており、基準となる国債の金利が大幅に上昇すれば、各種の金利も大きく上昇し、返済計画に大きな影響を与えることになります。 過去20年以上にわたり、我々は低金利に慣れてきましたが、2023年には金利が一気に上昇する可能性もあります。誰が日銀総裁に就任するのか、そしてその金融政策はどうなるのか、目が離せません。
投資家が動く、3つの観点
廣瀬 聡
2023年の注目テーマは、以下3つの観点で投資家がどのように行動するのか、になると思います。
1.投資家資金のゆくえ
ひとつ目は、米国の金利上昇が続くなか、これまで株式市場あるいはベンチャー企業向けファイナンスに向かっていた投資家の資金が今後どのような動きを見せるのか、です。
私達は1980年代以降、低金利や中央銀行による流動性の供給が幾度もバブルを生み出し、その後流動性の供給が絞られると、このバブルが崩壊するという現象を繰り返し見続けてきました。そしていま、まさにコロナ危機で積極的な資金供給を行ってきた中央銀行が、消費者物価の急激な上昇を契機に積極的な金利上昇政策を打ち出しているのを多くの国々で見ています。
こうした政策当局の方針がどのように推移し、それが投資家の投資戦略にどう影響を及ぼすのか。2023年の金融市場を見通すうえでは決して見過ごせないことでしょう。
2.ESG推進企業への評価
ふたつ目は、ESGの推進を意識した投資家の企業に対する圧力が一層強まるのかです。
2022年に入ってから、ESG視点から忌避されてきたエネルギー関連の株価指数が急上昇する一方、環境関連の株価指数は、全世界の株式指数を下回るパフォーマンスになりました。
こうした動きを踏まえて、温暖化対策だけにとどまらず、ジェンダー、所得格差、森林破壊、希少鉱物採取後の汚染問題、人種差別問題などに対する企業の取り組みを積極的に評価する投資家の姿勢はどこまで強まるのか。そして「ESGに積極的な企業の資本コストは他の企業よりも低くなる」という市場の考え方は普遍的になるのか。注目したいポイントです。
3.プラットフォーム企業への期待
そして最後に、プラットフォーム企業に対する投資家の期待にも注目したいと思います。
多くの皆さんもご存じの通り、いわゆるGAFA+Mの合計株式時価総額は一時、日本の年間GDP&東証1部(プライム)市場全体の時価総額を上回る規模にありました。日本で最大の時価総額を誇るトヨタの7倍~10倍の時価総額をもつAppleやAmazon、Microsoftの時価が高いその理由のひとつには、プラットフォームビジネスの持つ成長力への市場の期待というものが強く反映されていることがあります。
一方で、最近のメタ(旧フェイスブック)の株価急落からは、株式市場の期待はいまのところ、メタバースといった新しいテクノロジーによって生まれくる世界ではない、ということもわかります。
プラットフォームの保持が、2023年も市場によって“半永久的な持続的成長の源泉”として評価され続けるのか、興味を持って見ていきたいと思います。また、この領域特有のビジネス構造を正しく評価するためのディスクロージャー関連の議論も盛んにおこなわれており、その成果についても引き続き注目していきたいところです。
以上3つの注目点についてご紹介させて頂きましたが、この内最初の2つは特に、ロシアによる現在のウクライナ侵攻に大きく影響されます。すると、いずれにしてもウクライナを巡る地政学的な環境という不確実性の高い要因が、2023年の金融市場に大きな影響を引き続きもたらしていくことは間違いないようです。
おカネの使い途
星野 優
“失われた30年”とも言われる経済の長期停滞に2020年にはパンデミックが追い打ちをかけ、なかなか活路を見いだせない日本経済。この閉塞感を打破するために、政府や民間企業は様々な政策や経営戦略を打ち出していますが、具体的にそれらが何を意図しているのか、どの様な経済効果が期待されるのかは、正直明確には伝わっていないのではないでしょうか。
これを読み解くキーワードが「おカネの使い途」なのかも知れません。
2022年3月期のメガバンク(MUFG、みずほFG、三井住友FG)の現金預け金(一般企業の現預金に相当)の合計が237兆円。バランスシートの約27%を占めています。約10年前に発表されたアベノミクスにより世の中に出回るおカネの量が倍となった結果と言えますが、本来であれば企業の成長戦略などに活用されるべき性格のおカネです。つまり、おカネの使途が限定されているため、銀行のバランスシートに滞留しているとも解釈できます。
年末に、岸田首相は防衛費とその関連費用を大幅に増額する方針を打ち出しました(向こう5年間で43兆円)。方針発表の中でその財源を説明したこと自体は大いに結構ですが、本来は増額される防衛費約43兆円が具体的に何に使われ、どの様な効果が期待されるのかを先んじて論ずるべきではないでしょうか。
言うまでもなく、おカネは何かを実現するための道具に過ぎません。民間セクターにせよ政府セクターにせよ、そのおカネを使うことでどの様な社会、経済、国防、そして未来を実現したいのかをしっかりと考え、国民に説明する姿勢が求められます。議論の焦点が、資金使途と原資のバランスが取れているのか、原資として想定されているものが相応しいのかという「外枠」に絞られてしまうことがないよう、あらためて本質的な議論が必要です。
昨今取りざたされるキーワードとしてESGやSDGsがあります。2023年はおカネの使い途としてこうしたサステナブルな目標と紐づけた上で、そのおカネの出どころを次に語る、納得感のあるストーリーを期待したいところです。