副業が盛んになっています。企業の狙いは、従業員が社外でしてきた経験を企業の成長に役立てること。一方個人の目的は調査によると「収入補填」がトップです。思惑が異なる両者が、どうしたらwin-winになれるのでしょうか。第2回の今回は、豊商事の後藤さん(仮名)のケースをインタビューを元に紹介します。(全3回、第2回)(#Vol.1はこちら)
※本稿は、グロービス経営大学院教員の竹内秀太郎の指導のもと、社会人大学院生5名(押田 悠・榎本 睦郎 ・澤村 亮・ 矢形 宏紀・山本 まどか)が行った研究結果に基づいています。
企業変革の経緯~赤字転落の危機
豊商事は、アミューズメント向け景品卸売業を中核とする総合卸売商社です。この業界は遊戯人口の減少による市場規模の縮小という問題に直面していましたが、同社は営業所を新規に開設、スケールメリットによる仕入れコストの低さを武器に新規取引先を積極的に開拓、業界シェアを上げていきました。しかし急速な拡大路線の裏側で、効率を度外視した御用聞き営業などが横行、社員のコスト意識は低く、付き合い残業も常態化、業績が赤字に転落する危機に陥ってしまっていました。
そんな窮地から会社を復活させるべく変革を推し進めたのが五十棲剛(いそずみ・たけし)氏でした。2019年に中途入社した当時は人事部次長としてでしたが、後に社長に昇格して手腕を振るうことになります。五十棲氏はKPIを売上から営業利益へシフトし、採算性の観点から取引先を見直し、拡大路線から質の追求へと事業方針を大きく転換しました。また、事業改革と合わせて支払いサイクルを変更し、財務的にもキャッシュフローの安定化をはかりました。そして五十棲氏は社員に対しても生産性の向上を強く求めたのです。
変革前期:遠心力としての副業
社運を賭けた大胆な変革を進めていた豊商事で、副業が解禁されたのは2020年5月のことでした。人事・働き方改革施策の1つとしての位置づけで、フレックスタイム、資格取得支援、貢献に応じた評価報酬制度への改変、効率向上を目的とした手当の見直し、労働時間管理の厳格化などと並行しての導入でした。
営業利益率をKPIとした一連の施策により赤字続きだった業績は黒字に転じたものの、それまでの経営方針を覆す大変革は社員にも負担を強いるものでした。特に報酬制度の見直しに伴い、給与/賞与は抑制され、残業時間を見える化して無駄な残業を一切禁止したことにより、残業代を当てにすることもできなくなりました。そんな中での副業解禁は、自社で残業できない分、自社外で稼げというメッセージと社員は受け止めたのかもしれません。
当時在籍していた社員の大半が豊商事を去っていきました。
副業解禁の影響は社員の受け止め方次第
副業制度の狙いを社員の成長のためと謳っていても、社員は企業のおかれている状況とセットでその意味合いを解釈します。
たとえば大手航空会社で副業を大々的に認めていくとの報道がありましたが、コロナによる航空需要激減という厳しい環境下での副業解禁は「収入補填手段を拡大するので自助努力で凌いで欲しい」という経営のメッセージとして受け取る社員もいるでしょう。
数年前に話題になった大手金融グループの事例でも、銀行業務のデジタル化により今後の想定として数万人規模の人員削減があることを公表している最中での副業解禁を、会社は人減らしのため退出を期待していると解釈する社員がいても不思議はありません。人件費負担の軽減のため、副業解禁が遠心力として働くことを一定許容するという経営判断があるのも現実です。
豊商事の場合も、副業制度の狙いはワークライフバランスと自己研鑽とされていましたが、導入当初は額面通りに受けとめた社員ばかりではなかったと思われます。しかしそのままにしなかったのが五十棲氏の取り組みの特筆すべきところです。
変革後期:求心力としての副業
豊商事における副業解禁を受けて副業を始める社員が出てきました。当時関連会社で物流業務を担当していた後藤さん(仮名)もその1人です。
後藤さんがまず始めた副業は自社での仕事に近い、物流会社での集荷仕分け業務でした。しかしこの仕事は身体的負担が大きいことから長くは続かず、ほどなく別の副業に就きました。医療関係の検査会社の仕事で、業務内容は医療機関をまわって検体を回収し、その後検査結果を届けるというものでした。
この仕事に取り組みながら後藤さんは、気づいたことがありました。それまで自社であたりまえと思ってやっていたことが、他社で必ずしもあたりまえではなかったということです。たとえば報・連・相。副業先では報告がなかったり、連絡が口頭のみでコミュニケーションミスが発生したりすることが珍しくありませんでした。後藤さんにとっては「ウチの会社、意外とちゃんとできているのでは」と自社の良いところを再確認する経験になりました。
それ以外に、自分の意外な強みに気づくこともありました。副業先では今まで付き合ったことのないタイプの人と接することが少なくありませんでしたが、後藤さんは卒なくコミュニケーションをとることができました。そして副業先と自社を比較する視点をもてたことで自社を客観的に見ることができ、「同じことをしているだけで安定した給与がもらえるのは甘いのでは」と考えるようにもなりました。
後藤さんは、副業経験を通じて、自社だけで漫然と働いているだけでは得られない学びがあり、自社の良いところにも気づけ、自社でもっと頑張りたいという意欲にもつながりました。そうした気づきを得られたのは五十棲氏からの働きかけがあったからだと後藤さんは言います。
社長からの強い働きかけが社員の意識を変えた
豊商事では副業を始める際、申請書の提出が義務づけられています。実は後藤さんは当初申請理由に「収入補填のため」と書いていました。すると驚いたことに提出した申請書が差し戻しになり書き直しを求められたのです。
すべての申請書に目を通していた五十棲氏は、申請理由に収入補填や小遣い稼ぎと書いてあるものは一旦差し戻していました。「どんな仕事にも成長のチャンスがある。たとえ小遣い稼ぎ目的で副業したいというのがホンネであったとしても、その仕事が自身にとってどんな意味があるのかを理解しながら働いて欲しい」と本気で考えていたからです。後藤さんは「他業種で修行を積むため」と理由を書き直しました。
申請書のやりとりだけでなく、五十棲氏はミーティングなどで努めて声をかけていました。「副業してみてどんな気づきがあった?」との問いかけに促され、後藤さんは、感じていた違和感などを言語化し、副業がもたらした自身の変化を自覚することができました。他の社員も見習って欲しいとの意図から、後藤さんのような副業を契機に気づきを得たり成長できたりした事例を、五十棲氏は会社ブログに掲載し、積極的に発信しています。
ここ数年で副業制度を導入した企業は多いですが、制度の運用においてここまで経営の意図が反映されている例は珍しいのではないでしょうか。五十棲氏は「厳格な残業削減と並行して導入した副業が自社外からの収入補填の容認と受け取られても当初はやむなしだったと思います。ただ変革を経て自社に残ってくれた社員の成長のため、そして変革後に新たに入ってくる社員にとって自社で働くメリットとして、意味のある副業制度にしたいという気持ちは一貫していました」と語っています。
#Vol.3に続く(12/28公開)